加入試験を受けたった
加入試験の項目は、歌唱とダンスによるパフォーマンスだ。
俺はやった覚えは無いけど、入学して早々に撮ってもらった既存アイドルチーム向けのデモ動画と同じ流れのようだ。
ただし、急に決まった試験のため、内容は俺の好きなようにしていいらしい。
つまり、課題曲はフリーとのこと。
大体の音源は契約しているサブスクで対応出来ると言われたが、ここはやはり相手の印象を良くするためにも『Angel*Doll用』の対応にする方が無難だろう。
Angel*Dollの曲は、ゲームに収録されていたものであれば常設から期間限定まで網羅している。
プリアイは音ゲー方面のゲームバランスやギミックは神がかっていたならな。
前世の俺は相当やり込んでいたらしく、歌詞も全て覚えている。
ただし、気をつけなければならないのは、まだこの世界ではリリースされていない曲名を挙げてはいけないということだ。
タイムパラドックス的なアレが起きてしまう云々の前に、未発表なだけで前撮りしている可能性が普通にあるからな。
その場合、『なんでお前が知ってんだ案件』となり、下手をしたら要らぬ疑惑で退学になってしまう恐れがある。
そのため、既に発表されている曲で、Angel*Dollのメジャー曲と言えそうなもの。
そして、ついでに見ていて楽しいものとなったら⋯⋯これしかないな。
「じゃあ、曲は『エンジョイ行進曲』でお願いします」
「⋯⋯良いでしょう。貴方はAngel*Dollオタクとのことなので、それくらいは朝飯前ということなんだろうね」
俺なりに色々と忖度して選んでみたのだが、虎南先輩には不評だったようだ。
凄く含みのあることを、含みのある顔で言われた。
「うわ〜、よりにもよってエンジョイ行進曲にすんのや。あれ結構激しいねんけどな」
「特に間奏のステップは地獄です。歌わないからといって、あの振付にした振付師は鬼だと思います」
「なんなら、ライブの時はあそこにメンバーのアドリブ突っ込まなアカンからなぁ。ホンマはよこの曲はサブ曲に落ちて欲しいわ」
あ、あ〜〜〜なるほど。
これ、チーム内でも難易度の高い曲なのか。
前から聞こえてくる逆浪先輩と古坂先輩による解説モドキの愚痴を聞いた事で腑に落ちる。
虎南先輩にしてみたら各々の妥協点として課題曲をフリーにしたのに、俺がわざと難題曲を選んで挑発しているようにも感じられたのだろう。
隣の芹沢先輩は曲名を聞いて今にも踊り出しそうなくらいに体を揺らしているけど、それは先輩が俺陣営の上に能天気だからってことっぽいな。
⋯⋯あの人、あんなに子供っぽい性格だったか?
ちょっとヤラカシたような気がしたが、此処はゲームの世界では無いため時を戻すことは出来ない。
ならば、もうなるようにしかならないと開き直った方が精神的にも楽だ。
軽くストレッチをしながら、前方にいる先輩達を改めて見渡す。
レッスン室の後ろで立ち見審査をするらしい先輩達は、休憩スペースである机や椅子から少し離れた所で横一列に並んでいた。
逆浪先輩は少し心配したような表情でポッケに両手を突っ込んでおり、
古坂先輩は何を考えているのか分からない無表情で腕を組み、
芹沢先輩は小さく踊りながらニコニコと笑顔を浮かべ、
真の審査員である虎南先輩はにこやかな顔でスマホを片手にして、
各々、思い思いの格好で俺へと向かい合っている。
かく言う俺は先輩達を前にしながら、一面鏡張りの壁を背景にして位置についている。
エンジョイ行進曲はタイトル通りの明るい曲で、小気味いいアップテンポさが売りだ。
音ゲーでは非常に世話になった気がする。これの『地獄』の難易度が指がつるかってくらいハチャメチャで、フルコンボした時の脳汁ときたら筆舌に尽くし難い。
曲も『人生、そんなに悪くないよ』っていう、スポンサーウケ抜群の天真爛漫さが移動中にはもってこいで、俺もプレイリストに入れているくらいにはお気に入りだ。
そんでダンスの方はというと、こっちは姫城誠時代の経験値が生きるのか、全ての振りが頭に入っている。
実際に授業の時も問題なく踊れたし、クラスメイト達からはお墨付きを頂いてるので課題曲に選んでも大丈夫だと思う。
ただ、果たしてこれが、現Angel*Dollメンバーに通じるかは分からないが。
まあ、さっきも気合い入れたし、なんとかなるだろ。多分。
軽い屈伸運動を終えてから、虎南先輩にオーケーサインを出す。
俺の準備が整ったのを見た虎南先輩がカウントを取り、スピーカーからエンジョイ行進曲のはっちゃけた前奏が響いてくる。
前方には四人の審査員がそれぞれの思惑を目に宿して、俺の一挙手一投足に注目している。
審査員達から浴びせられる容赦ない選別の眼差しを受けて、徐々にギアが上がっていくのを感じた。
期待と不安で高鳴る胸。
早く早くと急き立ててくる手足。
緊張で乾きを覚える喉。
あ、チューニングを忘れていたな。
最初の一音から音程を飛ばさなかったら良いんだが。
──しかし、オーディションなんて、いつぶりだろうな。
◇◇◇
何をそんなにクヨクヨしてるの?
好きなあの子に振られた?
会社に遅刻して部長に怒られた?
そんなの、いちいち気にしちゃいらんない
人生はたった一度きり 一度きりなんだから
楽しまなきゃソンだよ(ソーン)
笑わなきゃソンだよ(ソーン)
ほら、笑って、踊って、歌って
ほら、笑って、踊って、歌って
意外と悪くないでしょ
・
・
・
声が思い通りに喉から出て、リズムを彩っていく。
そう、ここは裏返した方が面白いんだ。
んで、こっちは緩やかに伸ばす。
あんまり力みすぎないように。
これは楽しい曲だから、裏返し以外の味付けはいらない。
歌詞通りに笑って、歌って、踊る。
ステップを踏んで、時に入るポーズを決めて、動きを止める際はしっかりと停止する。
けれど、歌に震えは乗せない。
笑顔は常にキープ。勿論、全身から溢れ出る喜びは、会心の笑みに全て詰め込んで観衆へとお届けする。
今、このステージにいるのは俺だけだ。
なんて贅沢なんだろう。
こんなに楽しいことを独り占めしていいのかと、少しばかりの罪悪感が生まれてしまうほどにドキドキして仕方がない。
俺は、やっぱり歌うのも踊るのも好きだ。
特に人前で、誰かの意識を奪っていくこの瞬間が頗る心地好い。
ずっと、ずっとこの時間が続けばいいのに。
そんな阿呆なことを考えるくらいにはトンでいたらしい俺は、すっかり頭から試験の事など追い出して、歌って踊ることばかりに夢中になっていた。
◇◇◇
パフォーマンスに夢中になっていると、あっという間に一曲が終わった。
ピタリと音が鳴り止んだレッスン室は、奇妙な程に静まり返っている。
全身全霊で踊り終えたこともあり、ゼェゼェと息が荒い。
堪らなくなって両膝に手をつく。
まるで長距離走を終えた後のような満身創痍ぶりで、とても四分強程度のパフォーマンスを終えたとは思えないほどの疲労感が重たく伸し掛ってくる。
エンジョイ行進曲って、マジでやると確かに鬼畜だな。
授業でやったように基本的なステップだけを注視して軽く流すようなら兎も角、残りの止めやポージングの振りなんかも拘り始めると、かなりしんどい。
これは夏にやりたくないなぁ。
特に屋外でやるような大型イベント。詳細に言うとフェス系。
「やっば⋯⋯え!? マジやっばいんすけど!!」
刹那、静寂を破って聞こえてきたのは逆浪先輩の興奮した大声だった。
しかも、当先輩は目にも止まらぬ速さで俺の所までやって来ると、息切れMAXの俺に追い打ちをかけるようにしてガシッと両肩を鷲掴んでくる。
「マコちゃん!あのエンジョイ行進曲を完璧に踊っとるやん!! 何あの完璧な止め⋯⋯ふらつかないって体幹鬼すぎやろ!! ってか、笑顔がプリチー過ぎてお兄ちゃんのハートはもうマコちゃんの虜やわ」
「は、はぁ。どうも」
「反応うっす!!けど、それすらも気にならへんよ。あの笑顔はライブだけのもんなんやな。よし、上手いこと出来とったからお兄ちゃん、飲み物買うたるわ──」
「こら、透。休憩中のエンジェルに絡まないでください。あんまり構いすぎると嫌われますよ」
パフォーマンスを褒め殺してくる逆浪先輩に目を白黒させていると、絶妙なタイミングで古坂先輩が仲裁に入ってきてくれた。
両肩を掴んでいる逆浪先輩を引き剥がしてくれた古坂先輩は、俺にニッコリと笑ってからズルズルと逆浪先輩を引き摺って後方へと下がっていく。
なんか、あの古坂先輩のニッコリは初めて見たけど、ちょっと怖気がしたな。
悪魔が浮かべるような胡散臭い笑みに似てるせいか⋯⋯?
二年生達が去っていく姿を見送っていると、今度は芹沢先輩と虎南先輩がやってくる。
芹沢先輩はとてつもなく機嫌が良いらしく、いつものアイドルスマイルにより磨きが掛かっていた。
というか、今にも踊り出しそうなくらいに纏っている空気が常夏状態だ。
一方、ルンルンすぎる芹沢先輩の隣にいる虎南先輩はといえば、それはもう一切の感情を払い捨てたような無の表情だ。
虚無とかそういう次元ではなく、スンと表情が抜けた落ちような様相だった。
「もしかして、姫城君は既にどっかの事務所に入っていたりする?」
「⋯⋯いやいやいや! アイドル活動してるのは此処だけっすよ!!」
芹沢先輩はこちらに来るなり早々、とんでもない質問を投げてきた。
どうしてそんな疑問に行き着いたのかは分からないが、正真正銘の一般人なので首と両手を使って思い切り否定する。
すると、先輩は信じられないとばかりに目を見張った。
「え? 本当に?」
「マジのマジです」
「そ、そうなんだ。独学であの境地に辿り着いたのは凄いね。ねぇ、聖仁」
「⋯⋯えぇ。見事だったね」
そこで虎南先輩に話を振っちゃうのか、先輩。
内容は褒めてくれているけど、虎南先輩の顔は全然そういう風には見えないが。
「歌唱力、身体能力、リズム感、音感、サービス精神、魅せ方⋯⋯どれをとっても高水準だった。正直、その腕前で一般人というのは些か気になるが、俺は姫城誠という名前を芸能界では一度も聞いたことがない。だから、事務所に所属していないというのは本当なんだろうね」
まさか、そこまで虎南先輩に評価されているとは思わず、俺は再び「は、はぁ」と歯切れが悪くなる。
こんなにも彼等が褒めてくれるということは、俺の先程のパフォーマンスはかなりの出来栄えだったのだろう。
姫城誠のポテンシャルは、俺が考えているよりもずっと非才だったらしい。
「姫城君」
「は、はい」
「姫城君にはAngel*Dollに加入する意思はあるかい?」
一度、休みの日にでもこの体のスペックを確認しないとなと意識を目の前の先輩達から逸らしつつ黙考していると、虎南先輩が唐突にAngel*Dollへの加入意志を問うてきた。
あれ程に俺の加入について渋っていた虎南先輩から聞かれたこともあり、俺は戸惑ったように先輩を見詰め返す。
しかし、先輩のビーナスベルトのような薄桃色の瞳からは真意は伺えそうもなかった。
個人的には、虎南 聖仁が何故これ程までに俺の加入について否定的な態度を取っていたのかは分かるような気がしている。
何度も言うが、今のAngel*Dollは前代未聞の逆境時代を迎えている。
元メンバーの熱愛報道を食らったことにより、ファン達の間にはチームに対する不安や不信感が生まれていて、お相手のファンからも様々な嫌がらせや妨害行為に遭っているだろう。
半端な覚悟の新入生を迎え入れたところで、育ち切る前に脱退していく恐れがある。
そして、彼が新入生の厳選に拘る理由にもう一つアテがある。
今年の一年生はカリスマ的存在である芹沢 真白と虎南 聖仁が抜けた後の一年間を支えることになる重要な世代になるといっても過言ではない。
つまり、今年迎え入れる一年生は大袈裟に言うと、Angel*Dollの今後を決める子達というキーパーソン的な存在になるかもしれないということだ。
そんな重要な世代の選定を、真白先輩のコネ一つで入れる訳にはいかないのも当然だ。
恐らく、この加入試験だって俺に何かしらのイチャモンをつけて芹沢先輩を諦めさせようとしていた筈だ。
だから、俺の加入を阻止しようとしていた虎南先輩の態度が一変した理由が分からず、俺はどう答えれば良いのかと思い倦ねていた。
そんな俺の困惑を見て取ったのだろう。
こちらの返事を待たずに、虎南先輩がさらに言葉を重ねてくる。
「本音を言おう。俺は姫城君にはウチに入って欲しいと思い直している。実力を見て態度を変えるような腰抜けで悪いが、その才能を見て思ってしまった。君がいれば、Angel*Dollは再スタート出来ると」
途端、目が点になる。
正々堂々ととんでもない事を言い始めた虎南先輩についていけなくなったからだ。
ちょっ、ちょっと待て。
待ってくれ。
なんか、すっごい買いかぶられている気がする。
不相応すぎる評価をあの虎南 聖仁からされているような気がしてならない⋯⋯!
だが、言葉に出していないのだから、虎南先輩は一切止まる気配がない。
それどころか、彼は急に腰を折ったかと思うと、深々と俺に向かって頭を下げてきた。
「先程までの無礼な態度は申し訳なかった。不愉快な思いをさせただろう。もし、この一件のみが腹に据えかねて加入しないのであれば、俺の失態が帳消しに出来るものと取引をしよう。何もかもを叶えてはやれないが、善処はする」
「聖仁!」
「改めて謝罪する。此度の件は申し訳なかった」
ハニーブロンドの旋毛を見下ろしつつ、俺は引き攣る顔をどうする事も出来なかった。
あの虎南 聖仁が、出会ったばかりの一年生に謝罪している⋯⋯だと?
常に冷静沈着で、例えどんな事情があろうとも正論武装で内外をぶった切り、「なるほど」の一言でトラブルを片付けるAngel*Dollの副リーダー。
そして、Angel*Dollの頭脳にして運営の一切合切を手中にしていることからユーザーには『裏番長』の愛称で親しまれている、あの虎南聖仁が己の非を認めて、若輩の俺に謝罪している。
あまりの非現実さに段々と頭が痛くなってきた。
もう何がどうなってこうなっているのかも、分からなくなってきた。
普通科への壁を越えられそうにない今、俺には置かれた場所で咲くが如く、学生アイドルになる以外の選択肢は殆ど無い。
そりゃあ、最悪は別の学校に転校して、普通科に入り直すっていう手もあるだろうが、己の学力も分からない以上、そんな博打は易々と打てない。
そして──学生アイドルになるということは、学校に数多くある学生アイドルチームに所属して、チームメンバーとして切磋琢磨し、頂点を目指していくということになる。
最初の切っ掛けはリーダーの芹沢真白を助けた縁からスタートしたコネ採用フラグだったけど、加入試験を受けて実力を披露した今は、『俺』という存在に価値を見出してくれて誘ってくれている。
──Angel*Dollは白蘭高校の最大手であり、稼ぎ頭だ。
ってことは、此処に所属することが出切れば、俺はもっとステージに立って、観衆に見守られている前でパフォーマンスをすることが出来る。
あの喜びをもっと、長く。
いや、今度は顔見知りも同然な先輩達だけでなく、推してくれる大勢のファンに見守られている中で、パフォーマンスが出来る。
──それは、なんて幸福なことだろうか。
「先輩、顔を上げてください」
俺の言に促されるようにして顔を上げた虎南先輩は、俺の表情を見て軽く息を呑んだ。
目を見張っている先輩は明らかに様子が一変したというのに、自分が導き出した解を先輩達に告げようと必死になっていた俺は気付くことが出来ないでいた。
後にこの時の心情を、虎南先輩は卒業してから思い出話として語ってくれた。
『俺はあの時、本当は天使じゃなくて、堕天使を引き入れてしまったんじゃないかと思ったんだ。それくらい、あの時の誠は艶やかだった』のだと。
そんなとんでもない過去の話を苦笑気味に言われてしまったので、未来の俺は『多分、あの時の俺は頭が可笑しくなっていたんだと思います』と弁護しなければならなかったが。
「別にそこまで気にしていないので謝罪は大丈夫です。ただ、取引の件は美味しいんで、覚えていてもらえるとめちゃくちゃ有難くはありますけど」
虎南先輩は気を取り戻したように肩を揺らしたが、尚も俺の言葉が信じられないというように見返してくる。
それはもう、穴が空くんじゃないかと心配になるくらいの凝視だ。
それが少々居心地が悪く、気を紛らわせるように片頬を搔く。
俺は『Angel*Dollに加入する意思はあるか?』と問う先輩に答えるべく、再度口を開いた。
「それで加入の意思なんですけど⋯⋯バリバリあります。俺、Angel*Dollオタクなんすよ。それに好きなチームからそこまで勧誘された時点で、断れないじゃないですか」
「姫城君っ!」
「うおっ!?」
そう言い切った刹那、虎南先輩の隣で、静かに事の成り行きを見届けていた芹沢先輩が俺に向かってダイブしてきた。
自分の身体が俺の10cmも高いことを忘れているらしい本気の抱き着きに、俺はなんとかたたらを踏んだだけで耐え切る。
俺の最推しは本当に⋯⋯本当に⋯⋯暴走機関車過ぎる。こんなに落ち着きがないキャラじゃなかったと思うんだが。
「ウチにくる決断をしてくれてありがとう。君が来てくれたらとスカウトまで出したが、本当に加わってくれるとなると、喜びが大き過ぎてどう表現すればいいか困ってしまうね」
「もう、随分と表現してますけど⋯⋯」
何なら、先輩の喜びホールドがキツすぎて、もうそろそろ中身が出そうなくらいだ。
芹沢先輩の腕の中でアップアップしていると、見兼ねた虎南先輩が引き剥がしてくれた。
引き剥がした同期を虎南先輩は「後輩を絞め落とすんじゃない」と説教してくれたのだが、肝心の同期は「ハグは最上位の挨拶だと教わった」とズレた言い訳をしている。
裏番長、自分とこのリーダーにはつくづく手を焼いてるよな。大変そう。
芹沢先輩から頓珍漢な言い分を食らった虎南先輩はそれ以上掛ける言葉が見つからなかったのか、一先ずは目の前の頭痛の種からは目を逸らすことにしたようで、俺へと向き直る。
「姫城君──いや、もうウチの子だから誠と呼ぶよ。君達、一年生にはこれから苦労を掛けることも多いだろう。けれど、俺も出来る限りは助けになるつもりだから、なんでも言って欲しい」
そう言って、右手を差し出される。
これはきっと、虎南先輩なりの区切りであり、そして歓迎の意を示してくれているのだろう。
「ありがとうございます」
差し出された右手を迷うことなく握り返す。
すると、漸く虎南先輩は硬い表情を解くようにして、繕っていない笑顔を浮かべた。