先輩と値踏みお見合いした
今朝、習慣のランニングを済まして学校へと登校する前にスマホでハクステを確認したら、スカウトの項目に一通の通知が届いていた。
一瞬、見間違いかとも思い、目頭をよく揉みこんでからもう一度スマホに視線を落とす。
しかし、やはりスカウトの項目の所に『1』の数字がある。
つい不審げな顔つきになって、首を傾げてしまう。
というのも、スカウトをされるような活動を交通事故に遭ってから一度もやってない為、俺には全く心当たりがないからだ。
何処のアイドルチームが、こんなやる気もない俺にスカウトを出したんだろうかと思いつつ、通知をタップしてスカウトメールを開く。
メールの差出人の箇所には、『Angel*Doll official』とあった。
開いたメールには長々と定型文が書いてあり、つい目の当たりにした俺の顔が苦虫を噛み潰したようなものになる。
ビジネスメールと言うよりも、就活生宛の合否メールみたいな堅苦しさだ。
メールを要約すると、『是非とも君をウチに招きたい。まだ所属チームが決まっていないのであれば、話だけでも聞きに来て欲しい』とのこと。
俺はこのメールを送ってきた『Angel*Doll official』の文字に、うっすらと芹沢先輩の顔が透けて見えた気がした。
俺の最推しが何を考えているのかが全く分からないと、早朝から宇宙猫になってしまう。
これって要は⋯⋯コネ採用って奴では⋯⋯?
◇◇◇
芹沢 真白からのコネ採用フラグが立っている件について、ウンウンと唸っていた月曜日の日中。
興味のないコンプラの授業を受けて、「また色恋系の話かよ」と金曜日に濃厚なスキャンダラス成分を浴びていた俺はゲッソリとしていた。
どいつもこいつも何で危険を冒そうとするのか。
俺にはちっとも分かんねぇよとやさぐれていたのだが、Angel*Dollに加入するのならば、この問題は避けて通れないよなと唐突に思った。
スキャンダルを起こす、起こさないとかではなく、既に起こしてしまったグループに加入するということは、必要最低限の知識は必要だろう。
⋯⋯まだ俺としては加入するかどうかは悩み中なのだが、銭湯で聞いた『姫城 誠』の言葉を真に受けるなら、加入した方が俺孝行にはなる。
アイツは、Angel*Dollに入るために白蘭高校に入学したらしいからな。
そういうことで、過去に絶対に女が居そうな柳村に聞いてみることにした。
途中で桜羽にも聞いてみようかと思ったが、彼にはメインストーリー中で恋人いない歴=年齢であることが発覚するので、無駄足を踏むこともないと結局聞かなかったが。
そんなこんなで戯れている内に放課後になって、Angel*Dollにスカウトされたことを柳村に話したら、酷い目に遭った。
まさか、こんなにもクラスメイト達にとって、Angel*Dollが憧れの存在だったとは思わなかったのだ。
男から取り囲まれることほど、無益なものは無い。
それが、アイドル科に来るような顔の良い男達だとしても、ムサイものはムサイからだ。
三十分ほどの尋問と、スカウトされるような行いの教授を懇々とお願いされたが、多分裏ルートからお誘いが来ていると思うため、必死な形相の彼らにあまり話せることはなかった。
勿論、制服姿の芹沢先輩と学外で会ったことだけを話し、銭湯に連れ込んだことやお家にお持ち帰りしたこと等は一切口にしていない。
この辺は芹沢先輩のプライベートに関連することであるし、何より白蘭に来るような男達の中にはガチの芹沢ファンがいたとしても可笑しくないからだ。
前世のリアコではなく、今世のガチファンである男からもジャンヌ・ダルクされるのは俺としても遠慮したい。
野郎共は俺の証言に納得しながらも、どうしてスカウトされるまでに至ったのかが分からず、かなり混乱しているようだった。
最終的には、「やっぱり世の中顔だよな。くっそ、お前は見た目だけは美少年だもんなぁ。中身はただのガラ悪いやんちゃ坊主なのに⋯⋯」と罵りを受ける始末。
とても的を得ていたので、口は災いの元を見事に体現して見せた姉川には、スリーパーホールドを決めておいた。
目の前にいる姉川が俺に背後を見せた瞬間に首元へ両腕を回し、ギリギリと締めていく。
この格闘技はジャイアント馬〇が自分より背の低いガニ〇にキメられた技としても有名で、当時を再現するように自分よりもデカいクラスメイトを落としに掛かった。
笑顔でギシギシとよっ友の首を絞めていると、首の中の彼が白目を剥き始めたくらいで、漸く方々から仲裁が入る。
もうちょっと早めに助けてやっても良かったんじゃないか。
俺が言えた義理じゃないけどな。
時間も良いところだったので、俺は十八時から集団オーディションだという柳村にファイトを送ってその場を後にする。
明日に、Z:Climaxのオーディション内容を聞くのが凄い楽しみだ。
スカウトメールによると、集合場所はアイドル科の教室棟よりも更に奥まった場所にあるレッスン棟の最上階らしい。
レッスン棟には授業で来たことがあるが、何度見ても高校内の敷地にあるのが疑われるほどの綺麗なオフィスビルのような外観をしている。
実際に三年前に増築を伴う改修工事を施行されたばかりである、らしい。担任情報なので間違いは無い筈だ。
地上十五階、地下四階建て。
しかも地下には駐車場も完備されているらしく、レッスン棟からそのまま駐車している車に乗って現場へ行けるようにもなっているようだ。
此処が何処かの芸能事務所と言われても信じてしまいそうな程の豪華さに、「金持ってんなぁ、この学校」とつい庶民的な感想を抱く。
流石、私立。
アイドル科なんてファンタジーな学科を設立しているだけはある。
エントランスを潜り抜けて、警備室に駐在している警備員から十五階に行くための入館証を貰い、エレベーターへと乗り込む。
エレベーター内には入館証を読み込むカードキーがあり、入館証を翳すと15のボタンのみが光った。
目的の階に行くまでの道程がめちゃくちゃ面倒臭いが、仕方ない。
学生アイドルとはいえ、セキュリティ対策をしておかないと彼等の私物やレッスン場面、または未公開の音源等が侵入者によって外へと流出した場合、大変なことになるからな。
それに、万が一そういうことがあったとしても、セキュリティがしっかりしていれば犯人の絞込みも容易になる。
意外とこの手の流出は見知らぬ誰かではなく、よく顔を合わせている誰かの方が多い。
悲しいことではあるが、真相なんて大体そんなものだ。
世の中の不条理を憂いている間にお目当ての15階に辿り着いたようで、エレベーターが到着を知らせるようにポーンと鳩時計のような音を鳴らす。
開いたドアを抜けると、無機質そうな真っ白い壁と床、それから曇加工された硝子のドアが等間隔に並んでいる様子が視界に入った。
授業でよく来る3階とは違って、15階はどうも彩りに欠けており、来る者に圧迫感を与える内装になっている。
この階は確か、Angel*Dollが占有している階だったよな。
OBやファンからの寄付、また稼ぎ頭であることを考慮して、レッスン棟の一つのフロアを丸々与えられていたはずだ。
この下にはZ:Climaxの階があり、その下にはエッジ雑技団、更に下にはN=?の専用階があるのだと授業で聞いた。
N=?よりも下の階はフリー階となっており、ハクステでレッスン室やミーティングルームを予約すれば誰でも使用出来るんだったよな。
こうして考えてみると私立校が運営するアイドル科とは言いつつも、殆どアイドル事務所に所属している研修生達と変わらない待遇のように思えてくる。
専用階を貰うにも実績が必要で、その実績を得るにもイベントに参加させて貰えるようなコネが必要だったり、大会で一発逆転出来るような運と実力が求められるだろう。
恐らく、もし下克上が起きればこの専用階も繰り上がったアイドルチームへと譲らなければならない。
まさに陣取り合戦が頻発していた戦国時代のような群雄割拠ぶり。
ならば、チームメイトだけが気心を許せる中なのかと言えば、それもまた違う。
この学校は元々、ソシャゲが舞台だったが故に──。
「あら? ウチの階に知らん子おるやん!?」
突然聞こえた関西弁に、エレベーターを出た所で物思いにふけっていた俺は驚いたように両肩を揺らす。
声の主を探すように視線を上げると、自販機で購入したばかりだろうペットボトルを持った二人の男が角から現れた所だった。
一人はダークブラウンの毛先を緩く巻いて、パーカーを腰巻きにしている女性雑誌で取り上げられていそうなチャラめな男。
そして、その男と連れ立って歩いているのは、黒髪をオールバックにし、銀縁の眼鏡を掛けた如何にも一定のオタク受けしそうな玲瓏な風貌の男。
どちらも立ち絵やガチャ絵で見たことがある男達だ。
「透。恐らく彼は、真白さんがスカウトした一年生かと」
「あ〜?あ゛!!聖仁さんが言ってた間男君か!!」
「えぇ。真白さんを随分と誑かしたらしい何処ぞの馬の骨君ですよ」
画面越しに見たことがある彼等の登場に密かにテンションをぶち上げていたのだが、二人の俺への認識を聞いた途端、顔から表情が抜け落ちそうになる。
あのさ⋯⋯Angel*Doll内の俺の評価、さんっざん過ぎねぇか!?
間男とか馬の骨とか、まるで誰かの彼女を寝とったような言い草なんだけど!?
え、えぇ、俺本当に此処のチームにスカウトされんだよな?
怒涛のツッコミを心中で放つも、動揺はしっかりと身体にも表れているようで、つい口角と目元がピクピクと痙攣してしまう。
だが、初対面からカマされることなど芸能の世界ではよくあることだ。
俺は即座に気持ちを切り替えて、両腿に手を当てて深く腰を折った。
「はじめまして。姫城誠と申します。Angel*Dollの逆浪先輩と古坂先輩とお見受けします。本日はどうぞ宜しくお願い致します」
秘技・礼儀正しい挨拶。
年下だからこそ、この必殺はより威力を発揮するはずだ。
因みにこれは芸能界だけではなく、体育会系部活や会社でも威力を発揮する。
ただし、部活や会社で使用する場合は声を張ることも大事だ。
レッスン後っぽい先輩達には逆効果なので、普段通りの声量でするけども。
「おお〜! 俺らのこと知っとるんや! 後輩から名前を覚えてもらっとるっていうのは格別なんよねぇ。マコちゃん、これからどうぞよろしくなぁ」
パーマを当てた毛先をピョンピョンと揺らした逆浪先輩が、大歓迎とばかりに人好きしそうな笑顔で挨拶を返してくれる。
これぞ秘技の威力と、好感触な逆浪先輩の態度に少し悦に入る。
逆浪 透はゲーム通り、単純そうだな。
コイツは多分、なんとか御せる。
しかし自信をつけた俺に、早速冷水をぶっかけて冷静さを取り戻してくれたのは古坂先輩だった。
「気が早いですよ。あと渾名をつけるのも早いです。彼はまだスカウトメールに応じて来てくれただけですし、加入が認められた訳でもありませんから」
「え?そーなん?」
「あの聖仁さんを見てたら分かる事だと思いますけども」
流石、二年生組の中で唯一運営等を任せられている男、古坂 柊矢。
俺に現実を見せるタイミングもバッチリであるし、逆浪先輩を窘めるのも早い。
コイツも見た目通り、一筋縄ではいかなさそうだな。
だが、彼等のやり取りを聞くに古坂 柊矢程度で難儀しているようにはいかないようだが。
っつーか、どんな態度を取ったんだ、虎南 聖仁⋯⋯!
話を聞く限り、明らかに歓迎してないっぽいんだけど。
「どちらにしろ、ウチからスカウトメールを出したことには間違いありませんからね。姫城さん、案内しますので僕達についてきてください。緊張しなくともいいですが、心構えくらいはしておいたが良いかと思いますよ」
何のだよ。
何の心構えが求められてるんだよ。
「此方です」と先陣を切っていく古坂先輩と、「マコちゃん、もし今度ピザパやる機会があったら誘ってなぁ。俺もめっちゃ行きたかったわ〜」と隣ではしゃぐ逆浪先輩に挟まれて、口角が再び引き攣ってくる。
ピザパ、バレとるし。
ってことは、芋づる式で家に持ち帰ったのもバレてんなコレ。
いや、でも普通に考えたら芹沢先輩のプライベートSNSなんだから、そりゃあそこに写真を上げたら、繋がっているだろうAngel*Dollメンバーも閲覧することが出来るよなぁ。
コイツらは、ゲーム内でも1、2を争うほどに仲のいいアイドルチームだし。
俺はクラスメイトの芹沢先輩ガチファンよりも、もっと怖い存在のことを忘れていたのを思い出して、その場で頭を抱えたくなる。
しかし、現実は無情にも待ってはくれない。
子牛が売られていく歌を空耳しつつ、俺は二人の先輩に誘われるようにして連れていかれた。
◇◇◇
逆浪先輩と古坂先輩に連れられて同フロアにある三つのレッスン室のうち、『レッスン室1』に入室した俺達を出迎えたのは、後ろに設置された折り畳み長机とパイプ椅子で休憩中の芹沢先輩だ。
「あ!姫城君、よく来たね。透君とシュウ君に連れてきてもらったんだ」
練習着らしいトレーナーとジャージ姿の先輩は、レッスン後とは思えないいつも通りのアイドルスマイルを炸裂させてニコニコと手を振ってくる。
パイプ椅子に座っていても姿勢が良いせいで、全くオフ感が無かった。
今日も完璧なアイドルぶりだ。
「お疲れ様です。はい、エレベーターの所でたまたま会いまして」
「真白先輩もやっぱりAngel*Dollのリーダーなんすねぇ。マコちゃんの顔見て、俺しみじみ納得しましたもん。ウチのリーダーになろうと思ったらやっぱり『エンジェル・レーダー』が必要不可欠なんだなぁって」
「顔だけなら僕も問題ありません。パーフェクト・エンジェルです」
「姫城君の前で、あんまりウチの闇部分は見せて欲しくないんだけどな」
「え?何処に闇成分ありました?」
逆浪先輩と古坂先輩が仲良く首を傾げている。
仲良く心底分からなさそうにしている二人を見せつけられて、芹沢先輩は「ははは」とから笑いだ。
開幕早々、エンジェルのゲシュタルト崩壊が置きそうになっているが、俺も先輩に倣えとばかりに愛想笑いを装着する。
Angel*Dollはプリズム☆アイドルの代表的なアイドルチームであり、メンバーの見た目もテンプレ一直線で、誰もが思い浮かべる二次元的なアイドルグループなのだが──こういうちょっとした独特のノリがある。
他のチームに比べたらこんなものは全然序の口だが、最初にこのオトボケ洗礼を浴びると初見は吃驚するんだよな。
⋯⋯段々と色んなルートを嗜んでいくうちに、Angel*Dollがこの世界ではまだ比較的にマトモなアイドルチームであると再確認させられるのだが。
「うん、そこまでにしようか。一年生の子が固まっちゃってるし」
刹那、先輩達の漫談をぶった斬るようにして、芹沢先輩の向かい側でノートパソコンを弄っていた男が顔を上げる。
芹沢先輩を視界に入れた時から姿だけは視界に入っていたのだが、敢えて認識しないようにしていた男は俺へと一瞥を投げてきた。
急に俺をロックオンした男は、二つの涙ボクロが並ぶ艶やかな目元を柔らかく緩める。
「三人とはもう自己紹介を終えたかい?」
「は、はい。ご挨拶頂きました」
「じゃあ、此処にいるメンバーでしてないのは俺だけか。三年生の虎南 聖仁です。Angel*Dollの副リーダーを担当しています。今日は遅くに御足労頂いてもらって悪いね」
猫毛なのか、柔らかなハニーブロンドを軽くセットしただけのノーパソ前の男──虎南先輩はこれぞ王子様と言わんばかりのキラキラ笑顔を放って挨拶をしてきた。
その威力といったらもう。
これを生で、しかも心構えもなく初見で浴びてしまったらひとたまりもないに違いない。
俺がもし女だったら、財布を握りしめていたことだろう。
芹沢先輩がキュート系アイドルであるのならば、虎南先輩は王子様系アイドルと言ったところだろうか。
キュートな芹沢先輩と爽やかな虎南先輩の二人が率いているからこそ、Angel*Dollは前世でも今世でも学生アイドルのトップを走っているといっても過言ではない。
「姫城誠です。本日はよろしくお願い致します」
虎南先輩の王子スマイルに晒されながらも、なんとか自分の自己紹介を終える。
俺の自己紹介を聞いて、「ほぉ」と虎南先輩が楽しげな声を漏らしたのが聞こえてきた。
その曰くありげな様子にめげず、纏った笑顔で精一杯対峙する。
虎南先輩が俺を値踏みしている一方で、俺も虎南 聖仁の価値を推し量っていた。
そして案の定、天を仰ぎたくなる。
顔も良いんだけど、やっぱり声も良い!!
先ず、虎南 聖仁は芹沢 真白と対になるキャラなため、互角になるようにと声も気合いが入った人選になっている。
この今にも裏切られそうな繊細な声音は、男の俺でも聞き惚れてしまうほどに格好良い。
あと、単純にこの声がするキャラクターを好きになりがちだったような気がするというどうでもいい裏事情もある。
けれど、そんなゲーム仕様もなんだかんだと言っても+α要素でしかない。
虎南 聖仁の佇まいは、芹沢先輩同様に他の学生アイドルとは一線を画していた。
俺の隣で楽しそうに見守っている逆浪 透や、古坂 柊矢も同級生達の中では頭一つ飛び抜けてはいるんだろうけど、やっぱり顔が良い一般人の枠からは未だに抜け出せていない。
しかし、芹沢先輩と虎南先輩は顔が良いことは勿論、そこにいるだけで華がある。
人の視線を惹き付けてやまない魅力や魔性といった不可視的な要素が体の内側から滲み出ているのだ。
それらは業界ではオーラと呼ばれていて、持っている人間こそが一流の芸能人になることが出来るのだとも言われている。
この二人はやはり、別格の存在だった。
「では、皆が揃ったことだし、軽くAngel*Dollの説明を──」
俺達の値踏みお見合いもなんその、気付いていないのか、気にしていないのかが定かでは無い芹沢先輩が強引に話を進めようと口火を切る。
だが、それに待ったを掛ける者がいた。
「真白。彼を加入させるのは、もう少し待ってくれないか」
話を止めたのは、ノートパソコンの向こうで困ったように微笑んでいる虎南先輩だ。
芹沢先輩は虎南先輩に止められることが分かっていたのか、予め決めていたように話の途中で口を閉じる。
「俺は昨日も言ったけど、このスカウトは承服しかねるかな。彼のデモをもう一度見直したけど、歌とダンスはどう評価しても並程度だった。ウチに加入した所でついて来れるとは到底思えない」
淀みなく告げられた反対意見から、虎南先輩が如何に今回のスカウトに乗り気じゃないかが伝わってくる。
これ、入りたての高一の子には強烈な一発だろうな。
あの古坂が「心構えをしろ」と言うだけある。
しかし、反論されることは織り込み済みらしい芹沢先輩も挫ける様子は無い。
「一年生ならあんなもんだろう。私達も最初はそうだった。特訓してライブを重ねていくうちに研磨されていっただろう?」
「今年のその枠は雪成で既に埋まったな。今後のことを考えたら、次に採用するメンバーはある程度の技量がいる。真白なら分かるだろう?」
「⋯⋯それはそうだが。しかし、だからといって端から否定して掛かるのはどうなんだ。私達はまだ彼のパフォーマンスを見ていない」
「俺は見ないまま却下するつもりは無かったよ。見ないまま、チームに入れるのは却下だけど」
「ということはだ。ここで姫城君が実力を見せて、君達を納得させることが出来れば、異議はないんだな」
「そうだな。それならば構わないよ」
しかも、なんか当事者抜きで、話がどんどん進んで行ってるな。
そもそも俺、まだ企業説明会ならぬチーム説明会に行くような軽い気持ちで話を聞きに来たんだが。
説明会に行ったら、適性試験と一次面接まで受けさせられてしまったような心地だ。
虎南 聖仁と静かに火花を散らせていた芹沢先輩はふんすと鼻息荒く立ち上がると、俺の方へとやってくる。
「姫城君。思いっきり聖仁をギャフンと言わせてやって」
そして、プンスコ怒り顔をしつつやってきた先輩は、来た瞬間に無茶なことを言ってきた。
「ギャフンまでは分かんないすけど、売られた喧嘩は買いますよ」
ただ、Angel*Dollに加入するかは兎も角として、俺としてもここまでお膳立てされたからには乗らないわけにはいかない。
いくら芹沢先輩の暴走っぷりを止めようとしてあそこまでコケにされたのだとしても、引っくり返したくなるのが男の性だ。
「さすがは姫城君。君の男気は本当に惚れ惚れするよ」
「あと先輩。スカウトメールを出す時は、流石に虎南先輩のゴーサインくらいは貰った方がいいっすよ。今日みたいに超グダるんで」
しかし、それはそれとして、やっぱり芹沢先輩の暴走機関車ぶりは頂けない。
ただでさえ、今のAngel*Dollはメンバーが一丸となって逆境を跳ね除ける時期なのだから、こんな些細なことでリーダーと副リーダーが対立してしまうのはかなり不味い状態だ。
「⋯⋯それもそうだな。それどころか、色々と此方の事情に巻き込んでしまって申し訳ない。今からも手間を掛けさせる」
流石に先輩も少しは我に返ったのか、いつも通りの礼儀正しさで頭を下げてくる。
ここで部外者でしかない俺の話をちゃんと聞いて、誠実に対応出来る先輩はやっぱり凄い。
芹沢先輩の好成績さなら、この時期だと多少は天狗になっていても不思議ではないのに、謙虚で居続けることが出来るのは最早一種の才能だろう。
「いいっすよ。俺の事を評価してもらっているからこそ、こんな事になっているようなもんだし。推薦してくれた先輩に恥欠かさないように頑張りますね」
ムンッと握り拳を作って気合いを示すと先輩は少しだけ呆気にとられたような顔をしたが、直ぐにクスクスと笑い始めた。
アイドルらしくないポージングだが、個人的には売られた喧嘩を買った試合だ。
少しばかり血の気が騒いでいる。
そんな俺達の直ぐ近くでは、逆浪先輩と古坂先輩がすっかり傍観者に徹する構えで駄べっていた。
「やっぱり真白さん強いわぁ。結局全部流れ作っていったもんな」
「聖仁さんは真白さんに弱いですからね。元々、こうなるような予感はしていました」
「今年の後輩も楽しみやねぇ、シュウちゃん」
「はい、新しいエンジェルに会えるのは楽しみです」
「⋯⋯今年はもう、エンジェルネタではツッコミせんことにしたんよな」
「おや、そうなのですか? 透がツッコまなくなるなら、多少の寂しさを覚えますね」
「心のハリセンからホットラインがあって、これ以上は堪忍してくれ言うとるんや」
「それはもう、どうしようもありませんね」
「せやねん」
⋯⋯此処のチームに入ったら、上はコレになるんだよな。
やっぱり、Angel*Dollへの加入については姫城誠の意向があるとは言え、真剣に検討しよう。
※初登場キャラクターが多すぎて覚えきれないよという人のためのコーナー
『逆浪透』⋯⋯ダークブラウンの毛先を巻いているチャラチャラした感じの関西弁先輩。語り手のことを初対面時から『マコちゃん』と渾名で呼んでいる。
『古坂柊矢』⋯⋯黒髪オールバックに銀縁眼鏡の執事喫茶で働いていそうな敬語で喋る先輩。初っぱなから語り手に現実を見せてくる曲者そうな男。
『芹沢真白』⋯⋯『最推しを助けたった』で初登場した語り手が銭湯に連れ回し、実家に持ち帰ったチョロ先輩。金髪緑目のアイドルスマイルが得意な好青年。初登場回では過労一歩手前だった。
『虎南聖仁』⋯⋯実は『最推しを助けたった』で名前だけは出ていた厄介そうな三年生の先輩。ハニーブラウンの猫毛に、二つの涙ボクロがチャームポイント。語り手がAngel*Dollに加入することに難色を示している。