プロローグ お呼ばれ
本が貴族達の間で密かに話題になり始めている頃、エンジェリア達は神殿に呼ばれた。
「ふにゃぁ、もうこの時期なの。エレはやりたくないの」
「それは分かるけど、この機会を逃すわけにもいかないよ。ここで多くの貴族と会えるからね」
エンジェリア達が呼び出された理由は説明されていないが、予想はついている。
神殿が主催の貴族達が多く参加する大規模な魔物討伐だ。
貴族達が参加するのは、討伐で名をあげるのではなく、魔物がこれだけ多く出現しているというのを改めて実感するため。
国は土地を納める貴族達は、これだけ多くの悪しき感情が人々の中にあるというのを知る必要があると神殿が定期的に開催している。
参加する多くの貴族達も、それを理解し、そのために参加している。
「最近はかなり増えているよね。参加する貴族達。良い事ではあるんだけど、エレ達には苦行」
「そうだな。本来は聖女様がやる事だが、聖女様は別の仕事があるから、俺らがやらされてるからな」
「ぷにゅ。フィル、ゼム、来てくれてありがと」
「おれは暇だったからなだけ。チェリドに会えるのもあるけど」
「オレも。それに、大勢でやった方が早く終わるでしょ」
呼び出されたのは、エンジェリアだけだ。ゼーシェリオンとフォルも、ゼムレーグとフィルと同じで、エンジェリアの手伝いで一緒に来てくれている。
「お久しぶりです。エレ。みなさんも」
「うん。久しぶり」
神官の少年、チェリドがエンジェリア達を迎えに来た。
エンジェリア達は、チェリドが神官になる前、ある領土の領主をしていた頃からの付き合いだ。
「急にお呼びしてしまい申し訳ありません。皆様には、いつものハンカチの準備をお願いしたく」
「ふにゅ。がんばるの。参加するみんなの安全のためにも、エレ達がいっぱい作るの」
「ありがとうございます。今回は参加者がかなり多く、しかも、ハンカチの発注に時間を要してしまい、時間がかなり少ないですが、ぼくも手伝うので一緒に頑張りましょう」
魔物討伐の開催日は、六日後。普段は、十六日前くらいには呼ばれるため、十日間も早く終わらせなければならない。
エンジェリア達が頼まれているのは、ハンカチに龍の紋の刺繍。刺繍をしながら、ハンカチを持っている相手が大怪我をしないように魔法をかけておく事。
エンジェリア達からすれば、慣れているため簡単な作業だが、この簡単な作業を、大量にやらなければならない。
「今回はどれくらいなの? 」
「その、一人千枚ほど」
「六千人? 参加者多すぎない? 」
「参加者は千人ほどですが、今回は龍達がくるらしく、龍達に配るそうです」
「龍族……分かったの。がんばってみる」
「ありがとうございます。では、参りましょう」
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エンジェリア達は、ハンカチの刺繍をする部屋についた。
「……エレ様」
「きたか。言われた通り連れてきた」
部屋の中に、イールグとクルカムがいる。
「ありがと。エレ、ゼロ、クルカム。今から君ら三人の管理者見習い試験を行う。クルカムは今まで見習いというより、勉強でという事だったけど、管理者になりたいと希望したから、ちゃんと試験を受けてもらう」
今まで、エンジェリアとゼーシェリオンを危険な目に合わせたくないからと、遠ざけていた試験。フォルにどんな心境の変化があったのか、エンジェリアは知らないが、受けさせてくれる気になったようだ。
「まずは、受けるかどうか。それを聞かせてもらう」
「受けるの」
「俺も、受ける」
「ぼくも受けます」
「分かった。試験と言っても、特性検査のようなものだと思って気楽に受けてくれて良い。とりあえず今は、みんなで刺繍をやろう」
わざわざ刺繍をやる前に宣言したという事は、この刺繍も試験の一つに入れているのだろう。
気楽に受けて良いと言うが、エンジェリアは、ゼーシェリオンやクルカムと違い、管理者見習いになれるだけの能力を持っているというわけではない。
少なくとも、エンジェリアは、そう思っている。
少しでもフォルがエンジェリアを見習いにしたいと思えるよう、成果を見せなければならない。
「ぷにゅ。がんばるの。エレがいっぱい刺繍するの」
エンジェリアは、ソファに座り、ハンカチを手に取った。
「あまり気負わなくて良いよ」
「だめなの。エレは、ゼロとクルカムと違って、見習いとしてフォルの欲しいって思ってもらえる取り柄なんてないんだから。少しでもエレを良く見せるの」
「……エレ」
「フォル、少し様子を見た方が良い」
「……うん」
エンジェリアは、誰よりも多くハンカチの刺繍をするため、早速始める。
「……エレ、色間違ってる。そこはこれだ。気合い入れんのは良いが、少し落ち着いてやれ」
「しゃぁー! 」
「敵意剥き出しになりたいのは分かるが、そんなに敵意剥き出しにする事ねぇだろ。フォルは見習いにする気があるからこの試験をやってるんだ。お前がどれだけ失敗しようと、試験の結果は決まってるんだ。俺ら全員見習いになるって」
ゼーシェリオンが、エンジェリアの頭を撫でている。これで落ち着かせているのだろう。エンジェリアは、ゼーシェリオンを威嚇していたが、次第に威嚇が消えていった。
「エレ、一緒に頑張るだ」
「ぷにゅ。がんばるの。一緒にがんばるの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンと一緒に、焦らず、自分のペースで行う。
「クーム、龍のつのー。お触り禁止だよ。つのは敏感だから」
エンジェリアの両側頭部に一部の龍族が持つ、つのが出る。
「伝説より美しいです」
「ふにゅ。これを見れば、もっと刺繍が上手になれば良いの」
「エレのつの見て作った」
「ふにゅ⁉︎ 上手になってるの」
まだ初日。エンジェリア達は、楽しく、和気藹々と刺繍を楽しんでいる。
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徹夜一日目。眠気はあるが、まだいつも通りのパフォーマンスで刺繍をやっていられる。
会話も、いつも通りの会話だ。
徹夜二日目。眠気が増している。エンジェリアは、あくびを何度もしている。多少速度が遅くなっているが、それ以外に何か支障が出ているという事はない。
会話もいつも通りだ。
徹夜三日目。かなり眠い。エンジェリアは、うとうとと寝そうになり、針を指に何度も刺している。
会話は意味不明な事を時々言っている。
徹夜四日目。かなり眠い。早く寝たいと思うほど眠い。だが、寝る事はできない。
会話はエンジェリアが理解不能言葉以外言わなくなっている。
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徹夜五日目。
「大丈夫? 」
「少し休んだら? 」
「残りは俺達がやっておく」
「これならオレ達だけでもなんとか終わるから、寝て良いよ」
フォルとフィル、イールグとゼムレーグは、まだまだ余裕そうだ。
エンジェリア達を気遣う余裕まである。
「ふにゃにゅにゃ。にゃみにゃみゅ。ぷにゅにゃ(がんばるの。試験だからとかじゃなくて、ここまできたんだから、最後までがんばった達成感を味わうの)」
「俺も、達成感欲しいから頑張る」
「ぼくも、ここまでやってきたので」
「ぼくは、神官なので、最後までやり切ります」
エンジェリア達は、休む事はせず、必死にハンカチに刺繍をする。
「そうか。分かった。終わったら癒し魔法を使うよ」
「ぷにゅ」
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五日間に及ぶハンカチ刺繍。エンジェリア達は、とうとう六千枚の刺繍を終えた。
エンジェリア達は、刺繍が終わると、そのまま眠った。
「お疲れ様」
「少し時間があるからおれ達も寝よう」
「そうだな」
「うん」
「そうだね。癒し魔法もかけたから寝よっか」




