5話 リブス王国
十日が経ち、婚約発表当日。エンジェリアが使っていた部屋でゼノンと二人でフォルを待っている。
「……管理者だっけ? ギュゼルの代わりになっている組織。その制服なの? 」
「知らない。俺着てるところ見た事ない」
ゼノンと話ながら待っていると、フォルが戻ってきた。
「お待たせ」
白いシャツの上に紺色の服。フォルの姿を見たエンジェリアは、見た事ないはずだが懐かしさを覚える。
「これが、管理者のお洋服? 」
「ううん。ギュゼルの制服。もう二度と袖を通さないと思っていたけど、今回と次の仕事だけはこれを着ようと思うんだ。今回はこれを着るから見えないけど」
フォルが悲しそうな表情でそう言って深緑のケープを着た。
「みゅ? お顔見せて良いの? 」
「うん。義務ではないから。ゼノン、ここからは別行動だ。何かあった時は頼らせてもらうよ」
「ああ。エレ、俺は少し離れた場所にいるから」
ゼノンがそう言って先に会場へ向かった。
エンジェリアはフォルと二人きりになり、衣装を見せるようにフォルの目の前でくるりと回った。
「可愛いよ。夜の国のお姫様みたい……可愛らしいお姫様、僕がエスコートしてもよろしいですか? 」
「ふにゅ……よろしいですの」
「ありがと。僕らも遅れないように行こうか」
エンジェリアはフォルに部屋を出るところからエスコートしてもらい、会場へ入った。
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煌びやかな会場。高そうな宝石が沢山使われている。この会場だけでどれだけの金が使われているか。エンジェリアがこの会場に入って一番最初に抱いた感情はそれだった。
この煌びやかな会場に赴く今日という日のためだけに準備したのだろう。見るからに高そうで華やかな衣装に身を包む貴族達。
今までのエンジェリアには縁のない世界だ。
その会場の中央に立つ一際目立つ衣装で身を包んだ男女一組。
「ようやくきたか。エンジェリア。キサマとの婚約を破棄する! 」
会場に響き渡る声。その瞬間、会場にいる貴族達の注目はエンジェリア達に集まった。
「なぜ? という顔をして、白々しいぞ! キサマはこのクィーチェに嫌がらせをし、暗殺者まで送り込んだ! しらばっくれても無駄だ! 証拠は揃っているんだ! 」
エンジェリアが会場内をいくらかかってるんだろうと眺めているだけで、男は勝手にそう叫んでいた。まるで台本でも用意しているかのように。
証拠も全て捏造するほど準備をしていたという事は、初めからこうする予定だったのだろう。
初めから、エンジェリアが望んでいたものを渡す気などなかったのだろう。
「……」
エンジェリアは、常に髪飾りで姿を変えている。腰までの金髪に青い瞳。大人びた顔立ちに。
決別のため、そして新たな居場所のため、エンジェリアは十年以上とらなかった髪飾りを外した。
ピンクと青のグラデーションの足首と変わらぬ長さの髪に同色の瞳。幼さを残した愛らしい顔立ち。
それがエンジェリアの現在の姿だ。
「エレはずっと王宮の外に出られず、本の復元ばかりしていたんだからそんな事できないの。でも、婚約破棄は喜んで受けてあげる。この国の終わりと一緒に」
エンジェリアはそう言って笑みを浮かべた。
「この国の終わりだと! ふざけるのも大概にしろ! この国は未来永劫続いていくんだ! 」
「ふざけるのも大概にしろ? それはこっちの台詞なの。礼を忘れ、欲を満たすだけになって。そんな国のために、神獣さんはこの国を……リブス王国を救ったわけじゃない。この国に惨状を神獣さんが見て、お許しになられると思っているの? リブス王国を救って良かったと思ってくれると思うの? 」
精霊達に教わり、本でも読んで知った情報。その神獣に関してもエンジェリアは目星がついている。だからこそ、その言葉を出していた。
「その国名を出すな! 」
エンジェリアの婚約者らしき男の隣にいる女が声を荒げる。
会場内が突然、真っ黒い霧で覆われた。
エンジェリアの復元していた本でも多少載っていた神獣が定めた禁止指定魔法。エンジェリアとフォル、そしてゼノンと当事者の女を除いた会場内全員が魔法の影響を受けているようだ。
「感謝するよ。これで証拠の手間は省けた」
「……くらくらする」
エンジェリアは何かに守られて魔法の直接的な影響が出てはいないが、魔力疾患の発作のような症状が出ている。
「魔力を吸収しすぎだ。あとで放出するから少し待ってて」
「……みゅ」
「起きてるの大変でしょ。少し眠ってな」
フォルが睡眠魔法をかけたのだろう。エンジェリアは、抗う事のできない眠気に襲われ瞼を閉じた。
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エンジェリアを魔法で眠らせたフォルは、大事にエンジェリアをお姫様抱っこした。
「さて、お姫様が寝た事だし始めようか。禁止指定魔法の使用他、数々の違法行為によるリブイン王国貴族への処遇を言い渡す」
エンジェリアに見せる優しく、穏やかな表情はそこにはない。氷のように冷たい表情をしている。
「そうだな……エレの監禁の件も考慮して、全財産没収、貴族身分剥奪、それと玉座返却。こんなとこか」
会場内に悲鳴が響き渡る。エンジェリアの監禁は処罰内容に含んだが、まともな薬を渡さず更には適切な日数分与えない。それに関しては処罰には入れていない。
その分として、幻覚魔法と氷魔法を使用している。
幻覚魔法で手足が消えたように見せ、氷魔法で感覚を麻痺させる。幻覚の精度と感覚麻痺で誰一人として幻覚だとは気付いていない。
「……でよ……なんでこのブス女じゃなくて私がこんな仕打ち受けないといけないのよ! 私はあの方に選ばれたヒロインよ! こんな仕打ちを受けるべきなのはあのブス女よ! 」
「禁呪まで使っておいて良くそんな事言えるな。クィーチェ・マビュ・クゥルウィー。エクランダの元貴族でリブス国王の婚約者候補だったか。これならエクランダにいれなくなるのも納得だな」
仕事を引き受ける際にフォルは必ずルーツエングから関連資料を全て渡される。その中にこの会場の全員の過去の情報が書かれた資料も入っていた。
エクランダ帝国とリブス王国の同盟のために当時第二王子であったリブス国王にエクランダ帝国の貴族令嬢が婚約を交わす話があった。
エンジェリアの婚約者だった男の隣を陣取る女クィーチェも候補の一人に入っていた。だが、婚約者にはならず、問題を起こしてエクランダ帝国で貴族身分を剥奪されている。
「あれは私のせいじゃないわ! 全部あのブス女のせいよ! リブス国王の事だってあのブス女が何かしたに違いないんだから! みんなあのブス女に騙されて私を嵌めたんだから! ヒロインのこの私にこんな目に合わせるなんて、絶対に許さない! 」
「……話すだけ時間の無駄だな。ゼノン、用は済んだから帰る」
フォルの仕事は処罰の言い渡し。それ以上はする必要がない。
呼ばれたゼノンが駆け寄ってくる。
「この後始末どうするんだよ」
記憶のないゼノンは知らないのだろう。フォルが後始末をせずに帰るのを当たり前なほどしている事を。
心配するゼノンに、フォルは淡々と答えた。
「そのうち主様の使いがくる。調整はしてあるからほっといても生きてはいる」
「ま、待ちなさいよ! そのブス女は管理者様の所有する本を読んでいたのよ! それこそ処罰の対象でしょ! 」
クィーチェが叫んでいるがフォルは無視してエンジェリアを愛おしいものを見るかのような目で見た。
「エレ、もう帰るから大丈夫だよ」
「……俺にも抱っこさせろ」
「えぇ、これ僕の持ち物だから」
フォルは普段の穏やかな笑顔をゼノンに見せた。
ぐっすりと眠っているエンジェリアを抱っこできずに拗ねているゼノンを無視して、フォルは転移魔法を使った。
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フォル達が住んでいる特殊な建物エクリシェへ帰って一番最初にするのはエンジェリアをベッドで寝かせる事。フォルにはこれ以上に優先させるものはない。
「みゅぅー、みゅぅー」
エンジェリアの魔力を放出させると寝息が聞こえる。会った当初のような酷い発作にはならなかった事に安堵する。
「ゼノン、暇なら夕食当番代わって。僕は主様に報告しないとだから」
「ああ。エレは薄めのスープだよな」
「うん。それとパンに甘さ控えめのデザートも。今日は頑張ったご褒美に」
エンジェリアの食事は毎回フォルが別で作っている。だが、今回はルーツエングに仕事の報告をして遅くなってしまう。今日の夕食当番でもあるためゼノンに全て任せるよう頼むと、ゼノンが快く受けてくれた。
「……やっと帰ってきてくれたね。僕のお姫様」
「……みゅぅ」
偶然だろうか。エンジェリアが寝言で返事をした。
「……君の望み通りリブスは守れそうだよ」
最後にエンジェリアとリブス国王に向けてそう言って、フォルはルーツエングに報告へ向かった。




