4話 エレの秘密
夜になり、ゼノンは夕食を取りに行き、フォルは仕事で、エンジェリアは部屋で一人の時間を過ごしていた。
フォルが部屋を出る前に、クローゼットの中にある服を好きに着て良いと言っていたため、エンジェリアはベッドから降りてクローゼットを開けた。
クローゼットの中には女性用の衣類が大量にかけられている。
エンジェリアは適当に一着選んで手に取ると、浴室へ向かいシャワーを浴びた。
「……みゅ……おっきぃの。裸でいれば良いのかな? 」
エンジェリアのサイズには合っていない服。着てみたは良いが、大きすぎてずれ落ちてしまう。
エンジェリアは、服を着るのを諦めてそのまま過ごそうとするとゼノンが夕食を持って部屋を訪れた。
「……なぁ、隠せよ」
エンジェリアを見たゼノンが呆れた表情を浮かべている。
「エレは恥ずかしくないの。それに、エレはなりたくて裸じゃないの。お洋服ぶかぶかだから裸で過ごすの」
「……リミュねぇ達に頼んでいたが、サイズがちゃんと伝わってなかったな。悪い。すぐに別の服を用意する」
ゼノンが夕食を机に置いて、慌てて部屋を出た。
エンジェリアは、ゼノンに気を使い、嫌々布団を身体に巻いて待つ事にする。
「エレー、やっと仕事終わったよー」
「みゃ⁉︎ お帰りなさいなの。お疲れ様なの」
「うん。ただいま」
エンジェリアは、仕事が終わり戻ってきてくれたフォルを近くに招く。
フォルが近づくと、エンジェリアはフォルの頭を撫でた。
「寒い? 」
「ゼノンがうる……隠せっていうから」
エンジェリアは不服だと言わんばかりの表情で答えた。
「今うるさいって……まぁいっか。ゼノンがいないって事は……エレ、あーん」
フォルがエンジェリアにスープを飲ませてくれる。昨日はゼノンがやっていたからか楽しそうだ。
「エレ、気になってる事があるんだけど聞いても良いかな? 」
「みゅ」
フォルの真剣な表情に疑問を持ちつつ、エンジェリアはこくりと頷いた。
「君が監禁されていた割にものを知っている理由。本で見ただけでは説明がつかないほどに」
リブスの件で不審がられたのだろう。エンジェリアは枕を持っては落とすを繰り返す。
エンジェリアは枕を拾って、瞳にたっぷりと涙を溜めてフォルを見る。
「言いたくないなら言わなくても良いよ」
「……みんな、危険な事ならないようにしてくれる? 」
「うん」
しばらく考えてからエンジェリアは口を開いた。
「……エレ、生まれて間もない自我を持たない精霊さんに自我を与えられるの。そのお礼にってお外を教えてくれるの」
自我を持ち始めた精霊は魔法を使わない限りは見る事ができない。エンジェリアはそれを知っていて隠していた。
自我を持って間もない弱い精霊達を守るために。
「……すごいね。記憶がないのにそこまでできるなんて」
「みゅ。フォルはこれがどんな魔法なのか知ってるの? 」
エンジェリアは魔法を使えはするが、理解して使ってはいない。
フォルが魔法で紺色の花を創ってエンジェリアにくれた。
「生命魔法。それが君の使った魔法系統だ。これも生命魔法の一端。生命魔法を使えるのは君を含めて三人」
フォルがいつもの穏やかな笑顔を見せた。
三人。エンジェリアとフォルとあと一人。三人と言ったのであればフォルは知っているだろう。
「……もう一人ってだぁれ? 」
「ルシア……ミーティルシア。君の憧れ二位の魔法具技師だ」
そう言ったフォルにエンジェリアは抱き寄せられた。エンジェリアは赤くなった頬を枕で隠している。
「……エレ、覚えておいて。生命魔法は三人しか使えないんだ。似た魔法を使ってもそれは偽物。おんなじ魔法を使っていると思って、話しちゃだめだよ」
「みゅ。お話しないの。黙っているの……ほめて? 」
「うん」
エンジェリアは、フォルに頭を撫でてもらえた。
声に出さず喜んでいるエンジェリアは、扉が少しだけ開いている事に気がついた。
開いた扉からゼノンの不機嫌そうな顔が見える。
「……むすぅ」
ゼノンが自分は不機嫌ですと言わんばかりの声を出してエンジェリアを見ている。
「……ゼノン可愛くなってる」
「……これ俺のエレ。フォルの違う」
扉が開くと、ゼノンが服を持っているのが見える。エンジェリアのために用意してくれたものだろう。
扉が開いたが、エンジェリアの方へは来ないゼノンにエンジェリアは不思議な表情を浮かべ、理由を考えている。だが、理由は思いつかない。
エンジェリアが考えていると、フォルに抱きしめられた。
「エレ、ゼロと僕どっちが好き? 」
「りょぉほぉ」
エンジェリアは明るい声で答えた。
「……エレには早かったかな。それよりエレに服渡さないと風邪ひいちゃうよ」
「そうだな」
エンジェリアはゼノンから服を受け取った。受け取った服を一人で着ようと試みる。
だが、何かが違うとエンジェリアはきょとんと首を傾げた。
「みゅ……おかしいの。何かが違う気がするの」
「そうだな。全部ボタンずれてる。つぅか、なんで余ってねぇんだ? ボタンつけ間違えてたら余るだろ」
ゼノンから受け取った服はボタンがある。エンジェリアは自分でボタンをつけていたが、全て一つずれていた。
「……俺がやってやる」
ゼノンがボタンを正しく付け直してくれる。
エンジェリアは鏡を見て、これが正解と一人で納得していた。
「ふにゅ。自然なの。あり……みゅ? 」
見るからに男物の服。これはゼノンが数年前に着ていた服なのだろう。
エンジェリアは両手を顔に近づけて匂いを嗅いだ。
「くんくん……みゅにゃ⁉︎ こ、これは⁉︎ お気に入りなの。あのリブイン国王様はどちらかと言えばきらいタイプの匂いだったけど、これはお気に入りなの。リスト入れとこ。愛されるならお気に入りの匂いが良いの」
愛がほしいというのはエンジェリアの中に初めからあったものだ。その想いをリブイン国王に向けていたのが魔法の影響だったというだけで。
「かぐな」
「エレ、僕も僕もー」
突っ込むゼノンの隣でフォルが楽しそうに言っている。
「……意外だな。前はそんな事に興味すらなかったみたいだが……いや、俺が来てすぐの頃はそうだったか」
「なんの事? 気のせいだよ。それよりエレ、僕の匂いも嗅いで」
自分から匂いを嗅がれに来るフォルの望み通りにエンジェリアは匂いを嗅いだ。
「くんくんくんくん……みゅにゃ⁉︎ ふんみゅんみゅにゃ⁉︎ エレ一番のお気に入り。いれておくの」
エンジェリアは、フォルの匂いをゼノンの匂いよりも気に入った。まだ嗅いでいたいと離れない。
「勝ったー」
「勝って嬉しいか? 」
「僕の方が好きって事だから」
匂いお気に入りランキング一位が嬉しいのだろう。フォルが喜んでいる。喜んでいるはずだが、エンジェリアの目にはそれが嘘のように見える。
フォルのその姿を見ているとエンジェリアの感情は切なさと寂しさで支配される。
「そう言えばエレってそれなしだと理解できない? 」
「翻訳魔法? 」
「うん。便利だからって使っているみたいだけど君の体質に良くないんだ。常に少量の魔力を放出して大量に吸収しているから。ずっととは言わないけど、安定するまでは使ってほしくないんだ」
エンジェリアは自分にかけていた翻訳魔法を解いた。
「エレなの。みゅにゃなの」
どの言語なら会話ができるのか。実際に話して教える。
「チティグ語か。ホヴィウ語は使えねぇんだな」
「うん。翻訳魔法、言うのも聞くのも見るのもだから便利なの」
エンジェリアが使うチティグ語は現在の共通語であるホヴィウ語よりも千年ほど前に使われていた共通語。
現在ではほとんど使われていないが、エンジェリアは恐らくリブイン王国で監禁される前から使っていた。
「……ゼノン、子供向け絵本持ってる? エレにホヴィウ語覚えさせたい」
「ああ。ゼムに押し付けられたのがある。今日は疲れてるだろうから明日持ってきてやる」
「読んでみるの」
本の復元をしていたが、その中に絵本はなかった。エンジェリアは初めての絵本に目を輝かせている。
「語学を教えるのもだけど、調合学と魔法学がどれだけ知ってるかの確認とかもしたいかな。ああ、ここの案内も必要か」
「いっぱい。忙しいの」
「君の体調を考えてゆっくりやってくから大丈夫だよ。君のやりたい事も優先させてあげたい」
エンジェリアはこくりと頷くと、あくびをした。
「ふぁぁ。ねむねむさん……ゼノン、フォル、お隣なの」
エンジェリアはそう言ってベッドで寝転んだ。だが、ゼノンとフォルが来るまでは眠らない。
「……ゼノン、今日の当番終わってる? 」
「ああ。寝ても大丈夫だ」
ゼノンとフォルがエンジェリアの隣に来る。
エンジェリアは二人が隣にいるのを見てから瞼を閉じた。
「……不思議だな。エレといると安心する。これが俺の当たり前だったんだって思う」
「うん。そうだろうね」
「……俺も今日は寝るか。おやすみ」
「うん。おやすみ」




