3話 新たな居場所
大きな机に幾つも並んでいる椅子は高級感のある質感をしている。エンジェリアは本で一度見た事があるかないかの、特定の映像を見る事ができる映像視聴魔法具。見るからにふかふかそうなソファまである。
「エレ、ソファと椅子どっちが良い? ああ、僕がずっと抱いているという選択肢も」
遡る事十分前、エンジェリアはフォルからここにいる住民を紹介したいと言われた。エンジェリアがそれを了承するとフォルに抱き上げられ現在いる部屋であるリビングへ連れてかれた。
そして現在、エンジェリアは三択を迫られている。
「……ソファなの。エレ、ふかふかソファが良い」
エンジェリアの知っている硬いソファとどう違うのか。エンジェリアは、それを確かめたくソファを選んだ。
「了解」
エンジェリアはフォルにソファに座らせてもらう。
「ふあぁぁ。変装魔法をつけていてもこの可愛さ。久々に見るこれは破壊力やばすぎ」
「これが生ミディ……じゃなくてエレ。初めて見るけど、めちゃくちゃ可愛い」
エンジェリアよりも一、二歳年上の少女達がエンジェリアに寄ってくる。
エンジェリアは、ソファから立ち上がりフォルの背に隠れた。
「フォル防御なの」
「……二人ともこの子を怖がらせないでくれる? この子は極度の人見知りだって説明しといたはずだよ」
フォルの手がエンジェリアの手に触れる。それだけで安心感が生まれる。
「あっ、ごめんなさい。私はリーミュナアニシェフ・リシェシミール。よろしくね、エレちゃん」
「初めましてエレ。わたしは、ピュオ・リリシェア・キュリフェー。これからよろしく」
「……エンジェリアなの。エンジェリア以外知らないの。本当の名前も何も知らないの……それでも良いならよろしくなの」
記憶のないエンジェリアは自分の名前すらわからない。
エンジェリアは、震える手でフォルの手を握った。
「アゼグとノヴェもこっちきて」
青髪の少年と金髪の少年がエンジェリアの方へ来る。
「初めまして。俺はアゼグ。アゼグ・シークナス・ロスト」
「……氷の国の王子様なの。エレなの」
エンジェリアが本で見た中でも好きな国。氷の国ロスト王国。エンジェリアは目の前にいるロスト王国の王子をじっと見ている。
「……写真では見た事があるけど、本当に可愛い。俺はノーヴェイズ・コンゼッグ・ギュレド。よろしく、エレ」
「ふにゃぁぁぁぁぁ⁉︎ むにゃぁぁぁぁぁぁ⁉︎ ファンなの! 代表作の世界管理システムの処理能力もすごいけど、あまり知られていない、連絡魔法具十二型に花の空間魔法具。ファンなの! 」
金髪の少年ノーヴェイズはエンジェリアが三番目に憧れる魔法具技師。エンジェリアは目を輝かせてノーヴェイズを見ている。
「俺もエレのファンだよ」
「ふにゃぁぁぁ⁉︎ 知っていただけてるだけで感激なのー! 魔法具技師でエレが三番目に憧れてるすごい人なのに」
「三番目? 一番と二番を聞いても良い? 」
「二番は天才魔法具技師ミーティルシア。一番は素性を明かさず、ほとんど表舞台にはでない謎の魔法具技師ヴィティス。魔法具技師以外にも調合界隈とかいろんなので少しだけ載ってるの。まさに謎の超天才。性別、容姿、年齢何も知らないけど憧れなの」
エンジェリアは、早口で憧れの人物を教えた。憧れの人に会ったという興奮を落ち着かせるために深呼吸をする。
「ノヴェとお話いっぱいしたいの。それに、ロストも行きたい」
「大丈夫なのか? 俺らロストの住人は丁度良いくらいだが、常人は寒くて凍えるどころじゃねぇぞ」
「大丈夫だよ。僕が保温魔法かけてあげるから。他の誰がついてきてもエレだけ限定で」
フォルが笑顔でそういうのを見たエンジェリアの頬が赤くなる。鼓動も早くなっているようだ。
「……アゼグ、ノヴェ、あの二人はどこ? 」
「ルーは部屋にいるって」
「なら二人とも主様の部屋か。エレ、また抱っこして良い? 」
「みゅにゃ! 」
エンジェリアはフォルに抱っこされてどこかへ連れて行かれた。
**********
シンプルな内装。集中力を上げるようにか、青色の壁。
部屋にはエンジェリアとフォル以外で、二人の青年がいる。どちらも少し違えど緑色の髪だ。
「主様、エレを連れてきました」
「……フォル、お仕事してるって……それに、主様……なんで、気づかなかったんだろ」
エンジェリアは青ざめた顔で、震える手をぎゅっと握り、フォルを見つめる。
「大丈夫だよ。君は保護対象だから」
「保護? ギュゼルがそんな仕事受ける訳ない! ギュゼルは……執行部隊だから」
「……君のその謎の知識に関しては後で聞くとして、嘘じゃないよ。僕らは、主様が手を出しづらいものと禁止指定魔法の取り締まりとかが主な仕事。保護の仕事もした事はあるよ。疑うなら、僕が貰っている依頼書でも見せてあげる」
エンジェリアはふりふりと首を横に振った。
「話、の前に自己紹介からだよね」
「そうだな。俺はイールグ・ギュリン・ジェリンド」
「ルーツエング・レルグ・ヴァリジェーシル。神獣王の直系ヴァリジェーシル本家当主をしている」
フォルがエンジェリアをベッドの上に座らせる。
「昨日はごめんね。ギュリエンにいた時の癖で。改めて、僕は……フォル・リアス・ヴァリジェーシル」
「それも偽名なんでしょ? 」
「うん。ごめん。本名は君とゼロとおんなじで覚えてないんだ。それで、本題に入るけど君は僕が聞きたい事くらい知ってるんだろ? 」
エンジェリアはこくりと頷いた。
「でも、言いたくない。エレはもう自分で考えられるよ。その上で言いたくないの」
「なぜだ? あの国は貴様に精神系統の魔法を使って貴様を利用していたんだぞ。あんな連中といても愛なんてもらえなかった。裏切られていただけだ。俺はそんな事にはなってほしくないんだ。エレには笑ってほしい。それが俺の願いだ」
「……うれしいの。どうしてそう思ってくれるかなんてわかんないけど、信じたい。エレ、もう一個信じたい事があるの。リブス国王。だからエレは答えないの」
リビングへ向かう前エンジェリアはフォルから精神系魔法を使われていた事を聞かされていた。現在はゼノンの努力もあり完全に解かれている。
「リブス? 」
「そう。リブス国王。空っぽだったエレに、エレにも価値があるんだよって言って、お薬初めてくれた人なの。だから、エレはあの国を残したい。取り戻させてあげたい。エレ、初めはそれだけだったの。だから、エレは何も答えない」
「……今でもそう思うのか? もしそうなら、貴様がそう思わなくなるまで何度だって貴様にはいっぱい大切なものがあるんだと言ってやる。貴様にそんな言葉を投げかける輩には俺が言えなくしてやる」
「ルーの言う通りだ。それと、リブス国王にあの国を返すつもりでこちらは動いている。そのためにもエレの持っている情報がほしい」
イールグとルーツエングの言葉に、エンジェリアは赤くなった頬を隠すように俯いた。
「……おかしいの。ここの人達、とってもおかしくてぽかぽかなの……エレ、ずっとここにいて良いの? エレ、ここにいたい」
「当然だ。逃げたらどこにいようと探してやる。攫われたら、そいつらが二度と貴様を攫わないようにしてやる」
「……ぴにゅ。穏便になの……エレ、がんばってお話する。苦手だけどがんばるから、リブス国王様にお礼を言う機会をちょうだい? 」
エンジェリアの知る情報は少なくない。教育を受けた事のないエンジェリアが理解しているものはほんの一部だが、ある方法によりエンジェリアは多くの情報を得ていた。
エンジェリアが復元した本の出所の予想。国王の裏取引。謎の魔法の儀式。エンジェリアが来てからの金回りの良さ。
説明は苦手だが、それでも理解してもらえるようエンジェリアは必死に説明した。
「……ありがと。あとはこの情報をもとに証拠探しか。できればリブス国王を見つけたいけど……そっちは難しいかな。どこで言い渡すのかも重要だね。できるだけ大勢の重役が集まる日が良いけど」
「エレの婚約発表。リブス国王様に王国を返すんでしょ? なら、エレの婚約発表の日を使って。エレも、もう覚悟を決めたの。リブインの悪事を暴いてリブスを取り戻す」
エンジェリアは凛とした瞳をフォル達に向ける。驚くイールグとルーツエングの側でフォルだけが、僅かに口角が上がっていた。
「……記憶も自覚もないのに、姫であり続けるか……君のドレスはこっちで用意しよう。ゼロも連れてくか。あの子正装持ってたかな」
「持ってなければ貸せば良いだろう。身長全く同じだろう。それに、貴様の正装はそれじゃなかろう」
「それもそうだね。エレ、話は終わりだから部屋に戻ろうか。薬、今日もちゃんと飲むんだよ? 」
フォルがそう言ってエンジェリアに穏やかな笑顔を見せた。
「……エレをずっと試していたの? エレが使えるかどうか」
「良くわかったね。それも全て魔法が解けたからこそ使える直感かな? 君が来るのは想定内だから。君をあそこへ連れて行っても良いか見ておかないと」
「……ふみゅ。でも、ルーにぃとエルグにぃが優しくて、フォルがエレを絶対に守ってくれるって思わなかったら使わなかったの。ルーにぃがエレにちゃんと想いを伝えなかったら使わなかったの」
エンジェリアの持つ魔法の応用による直感力強化。エンジェリアは感情を読み取れない分、それを使うのにイールグが直接言った事を重要視していた。
「……お部屋戻るの。またなの」




