3話 邪魔変魔法
エンジェリア達との話の後、ゼーシェリオン達は買い出しにノキェットの城下町を訪れていた。
「……ルーにぃ、あれエレに土産で買ったら喜びそう」
アイス専門店を見ながらゼーシェリオンは物欲しそうにイールグの服の裾を掴んだ。
「アイスか……ゼロが喜びそうの間違いだろう」
「……ぷにゅ⁉︎ ってエレが喜びそう」
「……自分が欲しいならそう言え」
ゼーシェリオンはアイス専門店から目を離そうとしない。ずっと見つめている。
「アイス……」
「ルー、絶対買うんじゃない。ゼロは昨日夜中にこっそりお菓子を持っていた」
「チッ、なんで知ってんだよ」
エンジェリアとは違うがゼーシェリオンも魔力疾患がある。
食べ物には魔力回復効果があるが、その中でも甘いものには魔力回復効果が高く、魔力吸収率も上げてしまう。
ゼーシェリオンの場合、魔力吸収率が上がると魔力酔いを起こしてしまうため、甘いものは控えなければならない。
それを知っていても甘いものが欲しく、時々夜中にクッキーを作り部屋に隠している。そしてエンジェリアを共犯にしている。
「むすぅ……」
ゼーシェリオンはこれ見よがしに頬を膨らませて不貞腐れた。
「……ゼロ、甘いものでなければ買ってやる」
「……願いの星最新刊。まだ持ってねぇから」
最近大人気の恋愛小説。ヒロインがエンジェリアに似ているからという理由でゼーシェリオンは愛読している。
その最新刊の発売日は二十日後だ。
「それはまだ出ていないだろう。あるので言え」
「……最新の魔法具設計図ランキング本」
「それなら。エルグ、本屋に寄っても良いか? 」
エンジェリアが大好きな本。ゼーシェリオンは妥協してやった感を出しつつ、表情に出さずに喜んでいる。
「ああ。俺達も欲しい本があるって話していたところだ。この辺りに大きい本屋がある。そこへ行こう」
ゼーシェリオン達は、ルーツエングの案内で本屋へ向かった。
*********
本屋の中はそれぞれ欲しい本を見つけるため単独行動となった。ゼーシェリオンは一人で目的の本を探していると、イールグが写真集を買おうとしている現場を目撃した。
「……ルーにぃにそんな趣味が」
ゼーシェリオンは若干引き気味でそう言った。
「なんだ、意外だな。貴様も興味あると思ったんだが? 」
「あるわけねぇだろ。エレが怒るからな。そんな女の子の水着の写真集……えっ? は? 」
イールグの持っている本は屈強な男達が表紙を飾っている。タイトルも、女性の水着も写真集のようなものではなく、堂々と筋肉写真集と書かれている。
「この屈強な姿。まさに歴戦の戦士と言っても良いだろう」
「……うん。あとで部屋行って良い? 俺も見たい。エレに隠れて」
フォルはゼーシェリオンと同じような悩みがあるが、二人してエンジェリアに隠している。
ゼーシェリオンは自室に置けばエンジェリアに確実にバレるため、自分で買う事はできない。
「隠す必要などないだろう。だが、興味があるなら歓迎しよう」
「ルー、少し手伝だ……ノヴェに頼むか」
ルーツエングがイールグに何かを頼もうと来たが、写真集を見なかった事にするかのように立ち去ろうとした。
ゼーシェリオンはルーツエングの手を掴んで止めた。
「エルグにぃ、これ筋肉写真集」
「そんな言い訳……世の中色んな需要があるのだな。勉強になった」
ルーツエングが写真集をまじまじと見ている。
「エルグ、興味ないのか? 歴戦の戦士達に」
「……あとでこっそり紹介してくれ」
ルーツエングも知られたくない相手がいるのだろうか。いつもより小声でそう言っていた。
「ふっ、良いだろう。それで、さっき頼もうとしていたのはなんだ? 」
「禁呪の魔法書がないか調べてもらおうと思っていたんだ。最近、市販で売っているものがあるようで回収している」
禁呪の魔法書は販売禁止書物に分類されている。ゼーシェリオンでも知っている事だ。
かなりに数出回っているのだろう。ルーツエングはだいぶ悩んでいるようだ。
「俺も手伝う。魔法具設計図ランキング本探しながらだが」
「助かる」
「俺も両方探すのを手伝おう」
ゼーシェリオンはイールグとルーツエングと協力して目的の本を探した。
*********
買い物が終わり、ゼーシェリオン達は本屋を出た。禁呪の魔法書は三冊見つかり、全てルーツエングが買っていた。
「これはどうするんだ? 」
「管理者が所有する書庫で保管する」
「そうか。これで用が済んだな。遅くならないうちに帰ろう」
ゼーシェリオン達が転移魔法で帰ろうとすると、離れた場所で悲鳴が聞こえた。
「エルグ」
「ああ。魔物が現れらかもしれない。リミュ達はそこで待っていて。ゼロは」
「俺も一緒に行く」
ゼーシェリオンはイールグとルーツエングと一緒に悲鳴が聞こえた方へ向かう。
悲鳴が聞こえた場所は人通りの多い商店街。女性が血まみれで倒れている。
ゼーシェリオンはすぐに女性に近づき回復魔法を使った。
「回復魔法は苦手じゃ」
「苦手だ。エレとの共有もねぇからな。だから応急処置程度しか出来ねぇ」
ゼーシェリオンでは、傷を完全に治す事はできない。傷を塞ぐ事すらも。
「代わろう。これでも神獣だ。回復魔法くらい心得てる」
「……ああ」
ルーツエングがゼーシェリオンに代わり女性に回復魔法を使った。
「ゼロ、誰にでも得意不得意はある。ゼロのように特殊系統魔法一つに特化していれば尚更な」
「落ち込んでねぇよ。最低限は使えてんだからな。それより……ルーにぃ、おかしいと思わねぇか? 」
ゼーシェリオンは回復魔法のために女性に近付いていた。その時、ある事に気づいた。
「まるで抱き合っていたみたいだ……もし魔物に襲われたとしたら、ここまで至近距離になるか? 普通逃げるだろ。だが、逃げた痕跡なんてねぇ。まるで操られていたかのように、魔物の側にいたつぅ事になる」
「……至近距離か。その割には傷が浅い。近接で速度も速い魔物であれば変わってくるが、そんな魔物が街中に出るとは思えない。それに、これもだ。ゼロの抱き合っていたは合っているかもしれない。まるでキスでもしていたかのようだ」
女性の唇に血がついている。牙のようなものに噛まれたような跡まである。
「……俺の魔法では跡までは治せなかった」
「それもおかしいだろ。回復魔法の効き目が悪いんじゃねぇのか? ……あと、さっきから気になってたんだが、こんな悲鳴が聞こえて警備兵がこねぇ。それどころか誰もいねぇ」
全員逃げたからという説明はできない。周りに人がいないどころか、王都に人の気配が感じられない。
「……ルー、意見が聞きたい。ここの人を全て誰かが消したとしよう。では、誰が消した? 何故、ここ女性はここにいる」
「……その女性が怪しいと言うのか? 」
一見、ただの被害者にしか見えない。だが、それは一番疑いづらい立場で安全圏と言える。
疑われず、機を待つ。そのために襲われたふりをしている。だが、怪我は本物。
怪我をしても自分で治せる前提で考えられているのだとすれば、相当な魔法の使い手だろう。
茶髪の女性。ゼーシェリオンはそれですぐには気づかなかった。
「……エルグにぃ、俺の考えも聞いてくれるか? 」
「ああ」
ゼーシェリオンは倒れている女性を見る。
「呪いに聖女……リミェラねぇ、なんだろ? 」
「うふふふ……やっと、やっと見つけた! 絶対に許さない! 」
倒れていた女性が起き上がる。ゼーシェリオンに気づかれたからだろうか。変装魔法を解いたようだ。
「リミェラといえば、ノーズとヴィジェの黄金蝶だろう。それに……」
「ああ。だから俺を恨んでんだろ。俺らがその二人をどこかへ消したと思ってるから」
それをゼーシェリオンは否定しない。その場にいて助け出そうとしたエンジェリアを止めた時点で、その汚名を受け止める覚悟はできていた。
ゼーシェリオンは、両手をぎゅっと握り拳を作った。
「なんで、関係ねぇやつまで狙うんだよ。俺らだけを狙えば良いだろ」
「お前達が一番許せない。けど、あの民衆どもも許せない! 全部、全部呪ってやる! 」
「ゼロ、一旦引くぞ」
「けど、俺のせいで」
呪いの聖女の発言は彼女をそうさせてしまった原因も含まれているのだろう。そうであれば、原因は彼女の御巫候補を大切な人のためだけに見捨てたゼーシェリオンに責任がある。
ゼーシェリオンは責任を感じているからもあるだろう。だが、楽しかった思い出がより強く彼女を救いたいと願う。
「……ぜ、ろ? 」
「えっ」
「会いたかった」
突然そう言って微笑んだ呪いの聖女。だが、それはすぐに消えた。
まるで人が変わったかのようにゼーシェリオンを睨んでいる。
それにゼーシェリオン達が気を取られたのはほんの数秒。だが、その数秒が邪魔変魔法発動の阻止を失敗させた。




