プロローグ 御巫の運命
朝、エンジェリアが目が覚ますと隣にフォルがいなくなっていた。
エンジェリアはきょろきょろと部屋の中を見回した。だが、フォルはいない。
「むすぅ」
エンジェリアが不貞腐れていると、扉が開いてフォルが戻ってきた。
「ごめん。ゼロと一緒に朝食当番だったんだ」
「……エレ、ゼノンってまだ呼ばないとなのかな? 」
前回や今回はゼノンと呼ばれているが、ある程度記憶を取り戻した今、エンジェリアはそう呼ぶ方のに違和感を感じる。
ゼーシェリオンジェローそれがゼノンの本名で、エンジェリア達はゼロと呼んでいた。
当の本人はここにはいない。エンジェリアは代わりにフォルに聞いている。
「良いんじゃない。昔みたいに呼べば」
「みゅ」
エンジェリアはフォルに抱きついて喜んでいると、走ってゼーシェリオンが部屋に入ってきた。
「なんで助け来ないんだよ。俺ずっと助けてって言ってたのに。エレの裏切り者ー」
エンジェリアはゼーシェリオンの側に行き頭を撫でた。
「……そういえばケープ返さないと」
「そうだったね」
エンジェリアはフォルに借りていたケープを返した。フォルがケープをベッド上に置き、エンジェリアの服を用意している。
「エレ、話があるからリビング行くよ」
エンジェリアはこくりと頷くと、フォルに着替えを手伝ってもらった。
「……怪我してる。治したはずなのに」
エンジェリアの手の甲に擦り傷がある。昨晩まではなかったものだ。
「……けーきしゃんに攻撃された夢見たの」
「原因それだろ」
「……机に当たったのかな。今度から僕がぎゅぅしtrねる」
フォルに抱き寄せられるエンジェリア。エンジェリアはフォルの匂いを嗅ぎながら「みゅ」と返事をした。
「……エレ、手、繋ぎたい」
「ゼロも……三人でおてて繋ぐの。エレ転ぶの防止」
「転ぶな」
エンジェリアはゼーシェリオンとフォルと手を繋いでリビングへ向かった。
*********
フォルの言っていた話は御巫に関する事だった。御巫の謎と御巫の運命。
「僕も全て知ってるわけじゃないんだけど、現在御巫として選ばれているエクシェフィーの御巫は片割れがいないんだ。彼女が御巫に選ばれる少し前、偶然話す機会があったんだけど、片方しか御巫にはなれない。そういう運命だとはっきり言われたらしい」
フォルが淡々と言う。その情報はルーツエングも知らないものだろう。
全員が黙る中、フォルが話を続けた。
「この件に関してはそれ以上調べても何も出なかった。でも、他の事実があるんだ。最も御巫に近い御巫候補と呼ばれる御巫候補は行方不明になる。前からそんな話が絶えなかった。今は、そんな御巫候補がいないから聞かなくなったけど」
「怪しい雰囲気なの。それって抗議? 説明を求める? とかできないの? 」
記憶があったとしてもフォルに教育をされていてそういった知識はエンジェリアにはない。エンジェリアは、隣にいたゼーシェリオンを見て聞いている。
「むりだよ。少なくとも現状は。なんの証拠もない以上は言い逃れされるのがオチだ。御巫の役割に関しても本来のものは全て破棄されているだろうからね」
ゼーシェリオンの代わりにフォルが答えた。
「……えっと、そもそも御巫候補がどう選ばれるのかって聞いても良いかな? 」
「わたしも、知らないから知りたいよ」
リーミュナとピュオがそれを聞いたが、アゼグとノーヴェイズもこくこくと頷いている。
御巫候補の選別法に関する資料を一通り持ってきていたようだ。ルーツエングがリーミュナ達に資料を見せている。
その内容は神獣向けに作られているものであり、御巫候補達が見て理解できるものではない。そもそも、リーミュナ達は文字すら読めていないだろう。資料は神獣が使う古代文字で全て書かれている。現在では使われるどころか習う事すらない。
「……聖星と聖月。二つの種族の能力を宿す者。それぞれ一人ずつ選び番とする。それが御巫候補に選ばれる条件。男女一人ずつでね」
「俺やエルグを見ていればそうは思わないだろうが、黄金蝶に性別はない。どちらと言うのがあってはならない。だから、二人選ぶんだ」
「……ルー、なんで僕は入ってないの? 」
フォルがイールグを不服そうに見ている。エンジェリアはゼーシェリオンと一緒に笑いを堪えている。
「……聖星は世界の声と未来又は過去視。聖月は秘術……ロストの秘術といえば良いかな。それと親和性。それが最低条件」
「聖星と聖月が揃い、黄金蝶に選ばれる。それが御巫候補になる条件だ」
フォルの説明にルーツエングが付け出した。
エンジェリアは何度も聞いた話。暇でゼーシェリオンと遊んでいる。
「御巫に選ばれるには神獣に認めさせる必要がある。そのためにも後ろ盾は大きい方が良いだろうね。本来は一定期間一緒にいるだけなんだけど」
「……神獣じゃなくても、他種族の後ろ盾があれば少しは有利だろ? 神殿とロスト、ローシャリナ、リューヴロは確実に味方になってくれるだろうな。あとは、天族の方か……エレ、そんな顔すんな」
瞳に涙を溜めて震えるエンジェリアの頭をゼーシェリオンが撫でる。
エンジェリアは不安げな瞳をゼーシェリオンに向けた。
「……もういなくなんねぇよ。何があろうとお前と一緒にいる」
「……うん……天族は、一部なら味方になると思うの。でも、どれだけ味方を作ろうと神獣達がその気になれば」
「今ここにいる中だと僕ら黄金蝶を除いてゼロくらいだろうね。神獣達に対抗できるだけの力があるのは」
「ああ。神獣は他種族が束になっても敵わねぇ相手だからな」
ゼーシェリオンとフォルが話していると、リビングの扉が開いた。
「久しぶり、頼もしい客人連れてきた」
「ルノ、久しぶりだね。それに……」
緑髪の少年ルノが連れてきたと言う客人二人を見て、エンジェリアは涙をこぼした。
椅子が倒れる音が聞こえ、ゼーシェリオンとフォルが客人二人に抱きつきに行った。
客人というのは、ゼーシェリオンとフォルの双子の兄、ゼムレーグとフィルだ。
「ゼム、なんでずっと会ってくれなかったんだよ。俺、記憶がなくて、一人でずっと不安だったんだ。今日はずっと一緒にいろ。一人にするな」
「フィル、なんであの時側にいてくれなかったの。なんでエレに託したの。僕、フィルの言葉なら聞いていたのに。フィルがもっと早くに言ってくれていたら、あんな事考えなかったのに」
ゼーシェリオンもフォルも長い間会えなかった兄に再会できた喜びというよりは、今までの不安や悲しみをぶつけているのだろう。エンジェリアには見せない二人の一面。
「ごめん。オレも一緒にいたかったけど、事情が会っていれなかったんだ。でも、もう一緒だよ。オレの可愛いゼロ」
「……ごめん。でも、感情を抑え込むフォルを見ていられなかった。エレならきっとそれをさせずにフォルを救ってくれると思ったから。あの時側に入れなかった分これから側にいるから許して。おれの愛しのフォル」
ゼムレーグとフィルは自分達の弟を慰めている。
「……ルーにぃ、エレ、疲れたからお部屋戻ってるね」
「俺はエレを妹のように思っているぞ。リブインで貴様には似合わない甘えの我慢を学んだようだな。そんなもの忘れろ。それともあの二人のように本物でなければか? 」
エンジェリアはふるふると首を横に振って、イールグに抱きついた。
「エレ、ずっと寂しかったの。不安だったの。真っ暗闇の中でひとりぼっちで怖かったの。今もずっと不安なの。ゼロがいなくなったら。フォルがいなくなったらって、とっても不安。ふぇぇぇぇん」
「……それでも、頑張って笑おうとしていたんだな。本当に強くて優しい子だ。だが、そんな心配はしなくて良いだろう」
泣いているエンジェリアの声を聞きつけたのだろう。エンジェリアはゼーシェリオンとフォルに抱きしめられた。
「俺のエレは俺に甘えろ。エレの俺だから安心しろ」
「そうだよ。もういなくならないから。エレは僕のなんだから、僕に甘えてよ」
「だ、そうだ。ここまで執着心が強い二人が貴様の願いを聞かないとは思えんな。ずっと一緒にいないという選択をもう一度取るほど愚かではないと俺は思う。貴様はどうなんだ? 」
ゼーシェリオンとフォルからは何があっても離さないという意思を感じられる。
「……信じないの。エレはフォルが頼まれたお仕事二つフォルから言われるまで信じないの」
「……お前、いつの間にそんな駆け引き覚えたんだ? ……俺じゃなくてフォルの影響だな」
エンジェリアは涙を拭いてゼーシェリオンを見つめた。心当たりがあるはずだがフォルに押し付けようとしているゼーシェリオンを見て冷静さを取り戻している。
「……一つは言ったはずだよ。もう一つは、呪いの聖女の処分」
「……呪いの聖女……確か、ピュオねぇとノヴェにぃが……お話してくれる? 」
「うん……でも、できる事ならわたし達の願いも聞いてほしい。フォルの立場だと難しいのはわかっているけど」
ピュオが真剣な表情でそう言った。フォルがこくりと頷き
「内容次第だ。それと、僕の心配はしなくて良いよ。元々、神獣程度の命令なんて聞かなくて良いから」
「うん……それじゃあ、話すね」




