15話 ありがと
エンジェリアがフォルに穴から出してもらうと、ゼノンが心配そうに抱きついてきた。
「……心配したんだ」
「みゅ。大丈夫なの。フォルもエクリシェに帰るって……言ってないの⁉︎ 別の方法探すとしか言われてないの⁉︎ 」
エンジェリアは、今にも泣きそうな表情をしてフォルを見つめた。
「……エレとゼロに会うつもりだけはあったよ。仕事の合間に」
「しゃぁー! エクリシェ帰るの! 帰りづらいかもだけど帰れなの! 言い訳も禁止なのー! 」
「……わかったから泣こうとしないで。帰るから。あの中に荷物少しあるからとってくる」
エンジェリアが泣こうとしていると、フォルが慌てた様子を見せた。
「エレも一緒に行くの。もう一人にさせないの。エレが逃げないように側にいてやるの」
「俺も、俺もエレと一緒にいく。俺もフォル一人にしない」
エンジェリアはゼノンと一緒にフォルに抱きついて離れない。連れて行かない限りはずっと離れないつもりだ。
「……離れて。歩けないから。一緒に連れてくから」
エンジェリアはゼノンと言質をとってから離れた。
「おてて繋ぐ」
「……うん」
エンジェリアはフォルと手を繋いで洋館の中へ入った。
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薄暗く、埃っぽい。歩くたび床がギシギシと音を出している。
エンジェリアはぷるぷると震えながらフォルにべったりくっついて歩いている。
「エレ、歩きづらい。離れて」
「やなの……というか、なんか変な音しない? 」
エンジェリアは無意識に魔法を使う癖があるからだろう。普通は聞こえないようなチッチッチと小さな音を拾った。
古びた洋館が出す音とは思えないような機械音。
不審に思うエンジェリアの隣でゼノンが静かに目を閉じている。音を拾おうとしているようだ。
「……何も聞こえねぇんだが」
「……聞こえるよ。聞き覚えはないけど」
「エレはあるの。どこだっけ……わかんないけど、エレが作った爆発魔法具の音にとってもよく似ているの。心地良い音なの。不思議ー」
エンジェリアは謎の音をゆっくりと聞いている。どこで聞いた音なのか思い出そうとしながら。
「なぁ、それ答えて……爆弾? 」
気づいた時には遅い。爆発魔法具が起動して轟音が鳴り響く。
「……っ、ごめんエレ」
エンジェリアはフォルに抱き寄せられ、ゼノンが転移魔法でどこかへ転移されていた。
爆発が収まり、エンジェリアは周囲を見渡した。古びた洋館は崩れて瓦礫の山となっている。エンジェリアはフォルが防御魔法を使ってくれていたようで怪我の一つもない。
「……ごめん、咄嗟に転移魔法使えば君に負担かけるかもしれなかったから。怖かったよね。大きい音、苦手でしょ? 」
フォルが心配そうにエンジェリアを見つめている。エンジェリアは安心させるように笑って見せた。
「何があった⁉︎ 」
「ふにゃ⁉︎ エルグにぃとルーにぃなの……ゼノンいない」
轟音が聞こえたのだろう。ルーツエングとイールグが駆けつけた。
「……これは」
「……エレの魔法具が悪用されたんだと思うの。多分神獣さん達に」
爆発の威力に独特な音。エンジェリアが過去に作った魔法具以外は考えられない。
エンジェリアは俯いてそう言った。
「……この仕事の結末がどうであれ、あの連中にとって僕は邪魔だからだろうね。エレ、君のせいじゃないよ。ゼロもすぐにこっち来れるようにしたから安心して」
エンジェリアはこくりと頷いて震える手でフォルの手を握った。
「……えっと」
「帰ったら暫く二、三日休暇を与えるから、エレとゼロの機嫌取りをしてやれ。それと、何も気づいてやれなかった義兄をまた兄と呼んでくれないか? 」
「……エレ、一日くらい俺にもフォルを貸してもらいたい。フォル、友というのは一緒に遊びに出かけるものと聞いた。どこかに遊びにいくぞ。貴様と俺は友なんだから当然良いだろう? 」
ルーツエングもイールグもフォルのいづらさを無くそうとしているのだろう。エンジェリアは二人を見て「ぷしゅん」と笑った。
エンジェリアはふと、ゼノンはまだ来ないのかと気になり周囲を見渡すと、森の奥からゼノンが走ってくるのを見つけた。
「ゼロ……ふみゃ」
エンジェリアはゼノンに飛びつきに行こうとしたが、目眩を起こしてフォルに支えられた。
「くらくら」
「あれだけ酷い怪我してればそうなるよ……エレ、帰って休もうか」
フォルが何かを思いついたかのようにそう言って、笑顔を見せた。
そして転移魔法を使ってエクリシェへ帰る。エンジェリアだけを連れて。
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エクリシェ下層、フォルの部屋。最下層はエンジェリアとゼノンの面影しかなかったが、下層の部屋は落ち着いている。生活に必要な最低限のものと仕事の書類が少しある程度だ。
エンジェリアはフォルにベッドまで連れてってもらい寝転んだ。その隣にフォルが座った。
「……最下層のお部屋ってなんなの? 」
「君らがいなくて寂しかった時に寂しさ紛らわしていた」
「……ふみゅ。戻ってきてくれてありがと」
エンジェリアはそう言ってフォルに擦り寄った。
「礼を言うのは僕の方だ」
「ねぇ、一緒にねむねむしたい」
「良いよ」
「だいすき」
「僕もだ」
エンジェリアはフォルが帰ってきた事が嬉しく、もっとその実感を持ちたくフォルの手を握って離さない。
フォルも離れようとしない。
「寝な。側にいるから」
「やなの。寝たくない」
眠気はあるが、寝たらフォルがまたどこかへいくのではと不安になるエンジェリアは、必死に眠気に抗っている。
「君が寝たら僕が持っている記憶を返すよ」
「記憶よりもフォルを堪能なの」
エンジェリアはフォルの手に口付けをした。フォルに会えなかった数日分フォルを堪能している。
「……」
「ぷにゃ⁉︎ 」
不意にフォルに額に口付けをされてエンジェリアは顔を真っ赤にする。真っ赤な顔を布団で隠してフォルを見つめる。
「……エレのペースに合わせろなの」
「それ近づく事すらできなくない? だったらあの計画が成功していた方が良かったんだけど。外へ出れないのを良い事に僕だけが得をする教育を二人にしておいて、僕だけを好きと言わせて側にいさせるつもりだったのに……失敗したら、今まで以上に離れないとって」
フォルがそう言って拗ねている。
「ふみゃ⁉︎ そ、そんな計画が⁉︎ ……エレ飼われるの? それエレ飼われるって事だよね? 」
「そんな事は」
エンジェリアはフォルにここへ連れてこられてから、ずっとゼノンとフォルに世話をしてもらっている。居場所をもらい、食事を与えてもらい、着替えから入浴まで手伝ってもらっている。
「エレはここでゼロとフォルに飼われていたの⁉︎ 」
エンジェリアは驚いたと言わんばかりの表情でそう言った。
フォルが呆れた表情をしながらもエンジェリアの頭を撫でている。
「うん。違うから。ゼノンは兄として君を守りたいだけだと思うから」
「……聞いてみるの」
エンジェリアが前回の記憶を取り戻した時に知った魔法共有。エンジェリアとゼノンは繋がるが強く、互いに感情や思考などを共有する事ができる。
エンジェリアはそれを使ってゼノンと繋がった。
――ゼロ……共有なの。できてるの?
――エレー、タスケテー。虫いっぱいやだ。タスケテー、俺のエレ。
魔の森オーポデュッデュの中では転移魔法が使えない。転移魔法で帰ってきているフォルを除いては。
ゼノン達は転移魔法を使えず、道もわからずあの森の中で一晩過ごすのだろう。森の中であれば虫が多いのはわかりきっている。
「……エレはフォルと一緒が良いの。ゼロごめんなの」
「大丈夫だよ。魔物は近づけない。それに、明日の朝になれば帰り道がわかるよ」
「……あれも……ありがとなの。無意識だったとしても、エレはあの光のおかげでフォルと会えたんだから」
エンジェリアはそう言って瞼を閉じた。
「……違う。あれは僕じゃない。君を導いていたのはきっと」
「……エレ、心配されてるかも。連絡できるなら、エレは無事でフォルと一緒って伝えて。それと、ありがと。ちゃんと届いたよって。おやすみ」
エンジェリアはたった一人の強い願いのおかげでフォルと一緒にいられる。
フォルとフィルがまた一緒に笑っていてくれますように。また、フィルに会えますようにと願い眠りについた。




