14話 温もりの夜明けと不器用な光
森の中の開けた場所。ぽつんと建っている古びた洋館。洋館の前で立っているフォル。前回と変わらない。
「意外と早かったね」
「ふみゅ。フォルに会いたくて急いだの。フォルが結婚してくれるって言ってたから」
ここからは、一言一言慎重に選ぶ必要がある。エンジェリアは楽しげに笑って見せた。
「それは言った覚えないけど? 」
「……なら、エレを一人にするつもりなのかも。エレはお一人で魔法も記憶もなくとっても怖い人達に捕まっちゃうんだ。エレも見捨てるんだ」
「違っ⁉︎ ……責任は取るつもりだ。二人が何不自由なく暮らせるようにする」
エンジェリアはフォルが感情を出す言葉だけを選ぶようにしている。前回の記憶が戻った影響で断片的に戻ってきたリブイン王国にいる以前の記憶。
『エレ、きっと必要になる。覚えといて。相手が聞きたくない言葉は案外単純だ。それを見つけ、演技する。それがエレの武器になる』
エンジェリアが攫われる前まで育ててくれた人の言葉。それが今思い出して役に立っている。
「嘘つき。全部全部嘘ばっかり。その言葉は、その感情は、どこまで本物なの? エレには、全部偽物にしか見えないよ」
「エレ、さすがに」
「ゼノン、エレを信じて。エレに任せて」
エンジェリアはゼノンが口を出そうとするのを止めてじっとフォルを見つめる。
「……」
「愛してるって言ったのも全部嘘なんじゃないの? 」
「……そう、かもしれないね。でも、そんなの関係ないだろ」
エンジェリアが感情を揺さぶろうとしているのに気づかれたのだろう。フォルは仕事で見せる氷のように冷たい表情を見せる。
余裕がないのはエンジェリアの方だ。それを隠してはいるが、これも気づかれるのは時間の問題だろう。その前に、エンジェリアはギュリエンの記憶を知らなければフォルを止める事はできない。
「……うん。関係ないね。関係ないんだよ。だから、フォルはただお仕事だけすれば良いんじゃないの? 何も気にせず、エレ達の運命も何もかも見捨てて」
「……そうだな。なら、望み通りそうしようか。星の御巫候補エンジェリア、月の御巫候補ゼーシェリオン。神獣の規定に則り魔力と記憶を消去する。だが、その儀式の前に最後の言葉を聞くのが決まりだ。良く考えてから言うのを勧めるよ」
どちらにせよこれ以上引き伸ばせばエンジェリアの狙いに気づかれる。短時間で見つけられなかったエンジェリア達の敗北と言って良いだろう。
「一言じゃ納まんねぇな。俺はフォルに感謝してるからそれを言いたい。そのくらい多めに見ろ」
ゼノンが時間稼ぎをしてくれる。その間にエンジェリアは何か手がかりはないか記憶を探った。
『フィル、お話聞かせて』
『……なら、今日はある種族の大切な場所を話してあげる。そこはその種族の一部の人達が築き上げた場所。そこには自然豊かな双子の姫が住む宮があった。双子の姫は王子様の友達と一緒に楽しく暮らしていた。でも、ある日全てが奪われた。その場所を快く思わないその種族の侵略。それに心を痛めた王子様が暴走で全てを枯らせた』
記憶の断片。エンジェリアはその当時、そこがどこかなど考えようとしなかった。演技の話もそうだが、エンジェリアを育ててくれた相手はフォルを救って欲しいと願って、エンジェリアに全てを託していたのだろう。
エンジェリアは、言葉には出さずに彼に礼を伝えた。それは届かずとも、礼の代わりにフォルを救い、彼に弟と会わせてあげると誓って。
「エレ、言葉にするの苦手だから、代わりに歌を歌わせて。景色を贈らせて……メロディーズワールド。歌を媒介に世界を奏でろ」
エンジェリアはそう言って収納魔法から魔法杖を取り出した。魔法杖を左手で持ち、右手を胸に当てる。
「朧げの場所。閉じ込められた世界で、ずっと一人で泣いていたの。
何年も何年も
伸ばした手、触れる事のない温もり。その温もりが、エレをそこへ導いたの。エレのたった一つの救いだった。
それが、あなただたんだ。
忘れないで、忘れないよ。この温もりを。この感情を。ずっとずっと、何千何億と転生しようと。絶対に、忘れなんてしない。何度だって絶対に、届ける。
ずっと一人。誰もいない。そんな中で家族ができたの。
初めての優しさ
不器用で、慣れてないところもあったけど、それが好きだったんだよ。それが、エレを笑顔にする魔法になってたんだ。
ずっとずっと
泣かないで、泣かないよ。だから、犠牲になんてならないで。勝手にいなくならないで。お願い、エレを一人にしないと誓って
暗い場所、なにもない。誰もいない。
そこに、一つの光が見えたんだ。黄金の夜明けが差したんだ。
忘れないで、忘れないよ。この温もりを。この感情を。ずっとずっと、何千何億と転生しようと。絶対に
泣かないで、泣かないよ。だから、犠牲になんてならないで。勝手にいなくならないで。お願い、エレを一人にしないと誓って」
エンジェリアが歌を奏でると、景色が変わる。自然と建造物が共存している。双子の姫が住んでいた大きな建造物、その周りには花畑。エンジェリアが育ててくれた彼から聞いて、魔法で見せてもらった景色。
それが、死の大地と呼ばれる前のギュリエンの一部。
「……っ!? 」
フォルが動揺を見せる。
「ここはフォルの大切な場所なんだよね? この場所をまた汚すの? この場所で……ふきゃ⁉︎ 」
突然地面に穴が開き、エンジェリアが落ちた。
「ふきゅぅ」
エンジェリアが上を見上げるが、空が遠い。かなり深い穴のようだ。
エンジェリアは着地時に足を捻ったが、そうでなくても登る事ができない。
「エレ、大丈夫か? 」
「みゅ……ふみゃ」
薄暗く、すぐには気づかなかったが、穴の中には大量の虫がいる。虫がエンジェリアの身体に纏わりつき皮膚を食い破り体内へ侵入しようとしている。
「……血の匂い? エレ」
「動かないで」
フォルの声が聞こえ、エンジェリアは震えながらその場で立っている。
突然、エンジェリアにまとわりついていた虫が全て地面に落ちて、目の前にはフォルがいる。
「なんですぐ助けを求めないんだよ! 」
「ふぇ」
エンジェリアの記憶にある限りでは、フォルはこうして声を荒げて怒る事など滅多にない。エンジェリアは瞳にたっぷりと涙を溜めてびくびくと怯えている。
「……ごめん、怖がらせるつもりじゃなくて」
フォルはそう言って、エンジェリアに回復魔法を使った。エンジェリアの傷が塞がり、足首の痛みも治った。
「……ねぇ、さっきの答え聞かせて? 」
「卑怯だ。答えなんてわかってるくせに」
「うん」
エンジェリアは魔法がきっかけで当時の事を思い出した。あの場所がフォルにとってどんな場所だったか、奇跡の魔法の最後のフォルの言葉の意味も全て理解している。
「できるわけないだろ。あそこは僕の、みんなの思い出の場所だ。大切で、大好きで、大っきらいな場所なんだ」
フォルの瞳からぽたぽたと涙が零れ落ちる。エンジェリアは、黙ってフォルの頭を撫でた。
「どうして諦めさせてくれないんだよ。もう、諦めさせてよ」
気が遠くなりそうなほど長い時間僅かな希望に縋ってギュゼルの仲間を探し続けたんだ。それでも見つかる事はなく、エンジェリアとゼノンが御巫の運命に翻弄されるのを目の前で見ていたんだ。
フォルは、エンジェリアとゼノンを理由にただギュリエンの事を諦めたかっただけだろう。
「逃げて良いの。諦めて良いの。でも、それで後悔するならだめ。後悔するような大事な事は逃げちゃだめなの。エレ達を理由に逃げないで。もっと自分を考えて」
「……そんな事、できるわけない。僕は、そうする事でしか償えないんだ」
双子の姫であるエンジェリアとゼノンを大切にしていたのがギュゼル。二人を救うというのを理由付けにでき罪滅ぼしにできるほどエンジェリア達は大切にされていた。
フォルはずっとそれに、過去に囚われている。
慰めでは、フォルは過去に囚われたままになるだろう。
「……わかったの。なら、エレは今から残酷な事を教えてあげる。エレは未来の可能性を視れるの。そんなエレに聞くべき言葉があったんじゃないの? 」
本来であればもっと早くに言わなければいけなかった言葉。それをエンジェリアも避けていたからこそ、余計にフォルを過去から抜け出せなくさせていた。それをエンジェリアは今、ここではっきりと伝えるためフォルにその言葉を言わせた。
「……あの結末は、最悪だった? 」
「ううん。エレが見た限りでは一番良い結末だった。これで救われた人達は多い。フォルは最良の選択をしたの。それでもまだ自分の判断ミスで、あれは全て自分のせいだと言うつもり? それと、どうかフォル様と一緒にお逃げください。ずっと一緒に入れれず申し訳ありません。そう言っていたよ」
「……そっか。そう、だったんだ」
慰めよりも真実を。
フォルは涙を拭いて、エンジェリアに笑顔を見せた。
「ねぇ、僕のわがままでエレ達を救いようのない運命のままいさせたらみんな怒るかな? 」
「怒らないと思うの。応援すると思う」
「……うん。ありがと。もう、ギュリエンの事から、君らの事から逃げないよ。ちゃんと向き合う。それに、ゼロはともかくエレは僕と結婚しないといやだとかずっと言ってきそう。儀式で転生しても。だから、別の方法探すよ」
「良くわかったの」
エンジェリアにそこまでの記憶はないが、御巫というのは黄金蝶と結婚する唯一の方法であるという事は本で読んで知っている。御巫でなくなるのはその権利を失う事。
たとえ記憶がなくともエンジェリアはフォルを好きになる自信がある。フォルもそれに気づいているのだろう。
「……君の歌。あれ、何ていうの?」
「……名前なんて決めてないの……みゅぅ……温もりの夜明けと不器用な光」
夜のような暗闇に閉じ込められていたエンジェリアに夜明けの明かりを灯してくれたフォル。そして、エンジェリアに希望を与えてくれるゼノン。記憶がない部分がほとんどだが、二人への想いを込めた歌として、エンジェリアはその名前をつけた。
「その歌、ゼロには一人にするなって言って、僕には忘れたとしても絶対に結婚を諦めないって言ってるようにしか聞こえなかったんだけど」
「その通りなの。エレはとってもわがままなの。今はまだエレを子供としか見てないだろうけど、絶対にフォルから結婚したいって言わすの」
エンジェリアはそう言ってフォルにとびっきりの笑顔を見せた。
「ゼロが心配してるからそろそろ出ないとだな……もう少し二人でいたかったのに」
「ふぇ」
「行こうか。タラシという名の光の王子様が待ってるから」
エンジェリアはフォルに抱き上げられた。
「行きたくなさそう」
「……だって、どんな顔すれば良いかわかんない。ゼロにもだけど、主様やイールグにも」
「きっと大丈夫名の。みんなフォルが大好きだから」
なんの根拠にもなっていないが、その楽観的な考えにフォルがくすりと笑った。
「ほんとに可愛いよね。エレって」




