12話 前回の記憶
エクリシェ中層ゼノンの部屋。
エンジェリアは魔法具の設計図を持って、勢い良く扉を開けた。
「ふっふっふ、見るが良いの。このとっても素晴らしい、エレ特性の魔法具設計図を」
エンジェリアを胸を張って得意げにそう言った。
読書中のゼノンに魔法具の設計図を見せびらかすが、ゼノンは見向きもしない。それどころか、本に夢中なのか話すら聞いていない。
それでもエンジェリアはめげずに自慢を続けた。
「この設計図を見ると良いの。エレ特性の設計図なの。とってもすごいの。エレを讃えろなの」
「……」
それでもゼノンはエンジェリアの話を聞かない。エンジェリアは瞳に涙を溜めて設計図を見せびらかす。
「見るの……見て……見なきゃやなの……ふぇ」
「わかった。見るから泣くな」
エンジェリアが泣きそうになっていると、ようやくゼノンがエンジェリアの方を見た。
「いつも通り説明するんだろ? ちゃんと聞いてやるから泣くな」
いつも以上に優しく言うゼノンに、エンジェリアは涙を拭いて説明する。
「みゅ。この魔法具はフォルに頼まれたの。とってもがんばったの」
「ならフォルに見せびらかせば良いだろ。俺じゃなくて」
「いなかったの。だから探しに行くお誘いをしようと思って。でも、その前にゼノンにも自慢してやろうと思って」
エンジェリアはしゅんっと俯きながらそう言った。
フォルは仕事で数日間いないというのは良くある事だ。だが、その時は必ずエンジェリア達に連絡を入れる。
今回のように連絡すらせずにいなくなるのは珍しい事だ。
「探し行くってどこ行くんだよ」
「管理者の拠点。そこなら何かわかると思うの」
フォルはエクリシェへいない時は管理者の拠点にいる事が多い。エンジェリアは今回も管理者の拠点にいる事を期待して提案した。
「転移魔法で行くか」
「みゅ。というかそうじゃないと行けないの」
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ゼノンが転移魔法を使い、エンジェリア達は管理者の拠点を訪れた。
扉がなく、長い廊下が続いている。管理者の拠点は全ての扉が魔法で隠されている。
エンジェリアはゼノンと一緒にフォルの執務室へ向かって歩いていると、オレンジ髪の少女とすれ違った。
「ふぇ⁉︎ ネージェなの」
「あっ、双子姫様お久しぶりです。どうかされたんですか? 」
「フォルを探しているの。知ってる? 」
オレンジ髪の少女ネージェは、ふるふると首を横に振った。
「最近は見ていません」
「そうなの? ありがと。エレ達は監視部屋行ってみるよ」
「あそこは階段が多いのでお気をつけて」
エンジェリアとゼノンが地下へ向かおうとすると、ネージェのそう言っている声が聞こえ、振り向いて笑顔を見せた。
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監視部屋は長い階段を降りた先にある。エンジェリア達は三十分かけて階段を降り、監視部屋を訪れた。
無機質な部屋の中に巨大な魔法機械が設置されている。ここは世界の全てを見る事のできる唯一の魔法機械部屋だ。
「ジュリン、ジュリア、久しぶり」
「お久しぶりです。双子姫様」
ピンク髪の少女と空色の髪の少年。この部屋で働く管理者の双子だ。かつては別の名だったが、現在では妹のピンク髪の少女はジュリア、兄の空色の髪の少年はジュリンと名乗っている。
エンジェリアは、ジュリンとジュリアに挨拶をして、目の前のある魔法機械の前に立った。
「これ使っても良い? フォルを探したいの」
「ええ、姫様でしたら」
「ありがと」
扱う事が難しく、長年この部屋にいるジュリンとジュリアでさえ触る事はできないが、エンジェリアは慣れた手つきで楽々と扱っている。
だが、この魔法機械は扱えるだけで探し人を見つけられるようなものではない。
エンジェリアが怪しい場所を見つけるだけでも一時間はかかった。
「ゼノン、怪しい場所発見なの」
「そうだな。行ってみるか」
「ふみゅ。行ってみるの」
エンジェリアが見つけた怪しい場所は、魔の森オーポデュッデュ。一般的な魔の森同様に、日差しを遮るほどの木々が生い茂る場所だ。だが、その中央には謎の結界が張られている。
その結界の中は、監視用の魔法機械を持ってしても見る事のできず、実際に行ってみなければ何があるのかはわからない。
「ありがと、ジュリン、ジュリア、エレ達はここへ行ってみるの」
エンジェリアはそう言って、ゼノンに転移魔法を使ってもらった。
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「ふみゅ、尊敬するの。行った事のない場所の転移魔法までできるなんて。一発成功なんて」
ゼノンの転移魔法で魔の森オーポデュッデュに何事もなくついてエンジェリアは感心している。
転移魔法は方向感覚と地図の読み取り能力が最低必須条件となっている。それ以外にも座標の暗記など必要になるものは多い。そうでなければ、使えたとしてもどこへ転移するのか運次第になってしまう。
習得難易度的には低いが、使いこなすとなると高難易度魔法となってくる。
「そのくらいできねぇとどこにも行けねぇからな」
「ふにゅ。だとしても成功するだけですごいの……中央まで歩くの面倒だからもっと中央近くで転移して欲しかったとは思ってないの」
「行けなかったんだ。転移魔法が使えねぇ場所みたいだからな。歩くしかねぇ」
「みゅぅ」
エンジェリアは嫌々ゼノンと一緒に中央まで歩く。ここがただの魔の森だと思いながら。
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に時間経っても中央の結界にはつかない。日が沈み多少入っていた光すらなくなっていく。
「……ふにゅ……つかないという事は……ゼノンが迷子なの⁉︎ 」
エンジェリアはにこにこと嬉しさが隠しきれていない笑顔でそう言った。
散々エンジェリアを方向音痴と言ってきたゼノンが迷子になっているこの状況に喜びを隠せない。
「なんで嬉しそうなんだよ」
「にゃ!? にゃんでバレてるの⁉︎ 」
エンジェリアは、表情で気づかれた事に気づいて両手で顔を隠す。ちらっとゼノンを見ると、呆れた表情をしている。
「もう遅いんだよ。つぅか迷子じゃねぇし」
「言い訳は見苦しいの」
「迷子じぇねぇ」
「言い訳は以下略なの」
エンジェリアがゼノンで遊んでいると、エンジェリアの目に木が光って見えた。その光は一本の道を示している。
「こっちなの」
「おい待て、迷子になる」
「もうすでに迷子なの。迷子にならないか更に迷子になるの二択しかないの」
エンジェリアは光を信じて、ゼノンと一緒に走った。
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森の中とは思えないひらけた場所。ぽつんと建つ古びた洋館。エンジェリア達の探し人はそこへいた。
「やっと見つけたの」
洋館の前で立つフォルに、いつもエンジェリアに見せる穏やかな笑顔はない。
「探したの。帰るの」
エンジェリアはフォルを連れて帰ろうとするが、フォルに断られた。
「……ごめん。今の君らとは一緒にいる事ができない」
「ふぇ? 」
「君らの処分が決まった。君らといるのは仕事だったんだ。特別な感情なんて持っていない」
何の感情も見せずに言っていたその言葉は、エンジェリアとゼノンに向けてというのもあるだろう。だが、言葉を紡いだ後に見せた悲しそうなフォルの表情に、エンジェリアはその言葉には自分への言い聞かせがあったと理解する。
それに気づいたエンジェリアの瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
「全部仕事って、愛してるだとか好きだとか一緒にいて楽しいだとか言ってたのも全部嘘なのかよ」
「そうだよ。全て君らの監視を楽にするための演技だ」
その言葉の全てが嘘というわけではないのだろう。この回でフォルは一度もエンジェリアに愛情は向けていなかった。
「……その処分って何するの? エレ、痛いのも苦しいのもやだよ」
「記憶と魔力を全て奪い。心中の監視下におく。今回は一部のみで、完全に奪うのは次回の転生になるけど」
実行のための時間が足りていないのだろう。エンジェリアは本で見ただけだが、数十年の準備が必要になる儀式だ。
「エレ達の意思でここにくるの。だから、少しでも良いから側いて? 」
「……うん。それと、さっきの質問。君は眠るだけだから痛みも苦しみもないよ」
「……うん。フォル、最後に愛してるって言って。嘘で良いから」
次回にかけるため。エンジェリアはフォルに今回最後の頼みをした。
「良いよ。ゼロには夢を見せてあげる」
ゼノンが巨大な花に包まれる。その後どうなったかはエンジェリアは知らない。
エンジェリアの方は、フォルが何かの液体を口に含んでから近づいて唇を重ねた。
甘い液体がエンジェリアの口に入る。液体を飲み込んでも、唇が離れない。
エンジェリアの意識が薄れていくとようやく離れた。
「愛してる。ずっと、ずっと、だめだとわかっていても、どうする事もできないくらい」
エンジェリアが最後に見たのはフォルの泣き顔。記憶がある限りで初めてだろう。それは演技なしのフォルの本心だ。
エンジェリアは最後までフォルに抱きしめられていた。その温もりが次回に残った想いの一つだろう。
そして、それぞれの強い想いが奇跡の魔法をより強力なものとする。本人達が意図してない部分まで現実へ干渉できるほどに。




