23話 何も知らない
早朝、宿から出たエンジェリア達は、ユグベーズの名を使ってここへ来たクルカムと合流して、偽の愛姫のいる場所へ向かった。
「嘘殿。確かそう呼ばれていたと思う」
「嘘で塗りつぶされている貴族殿。それが嘘殿だと、おれ達は教わった」
「……何も信じちゃだめってむずかしいの。でも、分かっているなら、何も信じないってできると思うの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンの手をぎゅっと握った。
「大丈夫だ。そんな言葉にも耳を貸さなければ良いんだ」
「そう言われても、できる気がしないの。というか、なんで誰もいないの? 門番さんとか愛姫を守る騎士様とかいても良い気がするのに」
エンジェリア達は現在嘘殿にいるが、人一人いない。偽の愛姫の居住地。他の場所以上に警備が必要なはずだというのに。
「……フォル、これはどういう事なの? 理由を教えて欲しいの」
「僕に聞かれても。ここにくるのは初めてなんだ。世界が愛姫を守っているとか噂は聞いた事あるけど……まさか、世界が守るために、ここの警備を全て無くして……それはないか」
「……あるかもしれねぇな。俺達が話した世界の意思が、オーキェメとかいう世界の意思の監視のために一緒にいたんだ。だから、もしかしたら、俺らが入りやすいようにしておいてくれたかもしれない」
エンジェリアは、ゼーシェリオンの手を握っている手に力を込めた。
「……」
「……みゅぅぅ」
「ずるいとか思ったのは分かるが、お前のそのささやかで可愛らしい仕返しは全く効果ねぇからな? 」
エンジェリアは必死に力を入れているが、ゼーシェリオンは涼しい顔をしている。
「……もう良いもん。それより、そういう事なら、私達は、簡単に偽の愛姫のところへ行けるんでしょ? とってもお得なの……なんか意味違う気がする」
「だからって気を抜くなよ」
「うん。常に防御魔法くらいは使っておいた方が良いよ……」
フォルが急に考え込んだ。エンジェリアは、不思議な顔をしてフォルを見つめる。
「どうかしたの? 」
「うん。エレのあの力を使いこなす事なんて可能なのかなって。使う事ができるのと使いこなせるかは別だから」
「分かんないの。自分でもまともに使いこなせないものを他の誰かが使いこなせるとか考えたくないけど」
エンジェリアは、少しだけ不機嫌になった。
「ごめん。でも、考えておいた方が良いと思うよ。それと、相手は君のその力を使いこなせる。そう思っていた方が良い」
「……うん。そうする。考えたくないけど、考えておくの。でも、もし使いこなせるとしたら、防御魔法程度でどうにかなるわけはないんだけど」
客観的に見ても、エンジェリアのその力は防御魔法程度で防げるものではない。
エンジェリアは、念のため結界魔法もかけておいた。
「……これで少しくらいならどうにかなるの」
「うん」
「エレ、なんかそれっぽい扉発見」
エンジェリアの隣で目をきらきらと輝かせているゼーシェリオンがいる。エンジェリアは、無視しようとしたが、きらきらと何か期待に満ち溢れている目で見ているゼーシェリオンを無視できなかった。
「……う、開けて、良いの」
「ありがとな」
ゼーシェリオンが笑顔を見せた。エンジェリアは、それだけで満足できた。偽の愛姫と対峙する心構えはまだできていないが。
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赤と金が使われた部屋。貝紫色のドレスを着た少女が椅子に座っている。
「あなたが、本物の愛姫ですか? 」
落ち着いていて、柔らかい声だ。
「一応そういう事になっているの」
「ふふふ、あーははっはははは! 本物の存在は世界様から聞いておりましたが、まさかこんな魅力皆無女だなんて! 王も王よ、こんな女を好きになるだなんて! 」
貝紫色のドレスを着た少女が腹を抱えて笑い出した。
「……」
「ねぇ、あなたも自分が愛姫に相応しくない貧相な身体だと思っているのでしょう? でしたら、あたくしと交換なさって? あなたはこの世界から消えて、あたくしにその役割をくださる? 」
外見は誰が見ても美しい。これほど美しい美女がいるものかと皆が口を揃えていうだろう。だが、愛姫に必要な素質があるかどうかは別だ。
現在の愛姫の持つものに美しさは関係ない。身体つきも。王達に愛されている事の方が必要だ。目の前でエンジェリアに敵意を向けている偽の愛姫は、その事を知ってか知らずか、自分が愛姫に相応しいと本気で思っているようだ。
「あなたがどれだけ自分が愛姫に相応しいと思っていても、譲るつもりなんてないよ。それと、愛姫は見た目だけで決まるものじゃないから」
「あなたの意見なんて関係ないですわ。あなたは消えてあたくしが新たな愛姫となるのです。その時はもちろん、昔からずっと愛姫はあたくしと発表して、全世界の人々に愛されるのです」
どこからか歌が聞こえてくる。美声で、落ち着くような歌が。
「抵抗せずにいく事をお勧めしますよ。あなたではどれだけがんばろうとあたくしには敵いませんから。この、世界様よりいただいた最強の力がある限り」
「……人から奪い取ったもので良くそんなに高らかとしていられるよ」
フォルがぼそっとそう呟いていた。それにはエンジェリアも同意しかない。だが、偽の愛姫はその力がエンジェリアのものであるという事を知っているかすら怪しいところだ。
「音と光合わさり、消滅の光とならん」
偽の愛姫が右手を前に突き出す。
「メディーラート」
「……」
光があたりを包み込み、周囲の物が振動で壊れる。
だが、エンジェリア達には何も起こらない。
エンジェリアが、一緒に来たゼーシェリオン達を見ると、フォル以外呆れているようだ。フォルは、右手で口を押さえて笑いを堪えている。
「な、何をしたの! なんでなんともないのよ! こ、これならどう! あたくしのとっておきですわ! 輝く大地の力、破壊の音の力、聖なる力と混ざり合い、破壊の輝きとならん! 」
球体の光が数多に浮遊する。
「……っ」
エンジェリアは、防御魔法を解き、強化魔法を足に使い、地面を蹴った。
「セートボー! 」
球体の光が一斉に爆発した。
同時に、エンジェリアが偽の愛姫を押し倒す。
「な、何するのよ! 」
「それはこっちが言いたいよ! あの距離であんな魔法を使えば巻き込まれるに決まってるでしょ! 防御魔法すらかけずにあんな魔法を使うなんて何考えてるの! 」
エンジェリアは、偽の愛姫に怒りを見せた。
偽の愛姫は、訳がわからないと言いたそうな顔をしている。
「何を言っているのよ! あたくしにはあたくしの魔法が効かないって世界様が言っていました! そんな嘘を」
「自分に効果がない魔法なんてほんのごく一部よ! 効果をなくす知識どころか魔法の知識もろくにない状態でそんな事ができる訳ないでしょ! 疑うなら魔法の事を調べれば嘘じゃないって分かるよ! 」
世界の意思、ゼーシェリオン達の話を聞いた限りではオーキェメという可能性が高いだろう。オーキェメにとって、偽の愛姫は道具としか思っていないのだろう。偽の愛姫が役目を果たしてさえくれればあとはどうでも良かったのだろう。
「嘘……嘘に決まってます。世界様が嘘をつくなんて……」
『嘘な訳がない。世界の意思と言っても、自分の事で動く輩もいる。今は特に、人の事なんて考えていない行動をとっている世界の意思が多くなっている。それと、愛姫になると言っていたが、愛姫になるという事は愛される事ではない。世界の魔物を生む感情を、愛を持って浄化する。それが今の愛姫の役割だ』
「……今の愛姫は、人の恨みや憎しみの声がずっとやまない。楽な役割じゃないんだよ」




