12話 初代世界の記述者
ゼーシェリオンが手入れをしている庭園。星明かりがエンジェリア達を照らしている。
「……それで、話って何? エクーの事? 」
「いいえ、エレ様達の事です。エレ様、あなたは、こんな話を知っていますか? 未来を視る少女。星の子となり地上へ降り立つ。星の子は、世界の声を聞き、生命の愛し子に愛される。そして、生命の愛し子は、自らの身体を滅ぼさん」
クルカムが淡々と言うそれにエンジェリアは耳を疑った。
エンジェリアが知らない世界の伝承。それを知るのはエンジェリアの知る中ではある一族だけ。
ユグベーズと同じ血族。エンジェリアは、左拳を胸に当てる。
「クーム」
「……ユグベーズ・クルカム・ファブグオージェ。あなたが知らないはずはないでしょう。エレシェフィール姫様」
「……ユグベーズは襲名制。それに相応しい能力を持つ子に名を受け継がせてきた。思い出した。ユグベーズ・クルカム・ファブグオージェ。初代ユグベーズのフルネーム」
クルカムがこくりと頷く。
「はい。ですが、今のぼくはただの物知りな男なだけですよ。思い出したのも、本当に最近なんです……それで、先ほどの質問にお答えください」
「……聞いた事ない。でも、ユグベーズの残す伝承は全て、過去に起こった事。生命の愛し子はフォル? フィル? それとも」
「生命魔法の使い手。生命の意思。それが、生命の愛し子です。生命の愛し子は、フォル様を助けるために、世界に与えていた生命をフォル様に与えた。身体を滅ぼすというのは、世界を滅ぼすという意味です。生命の愛し子は、世界と同一視されていたので」
星明かりだけでは、クルカムの表情は見えない。
だが、喜んではいないだろう。
「……こんな話をして、今まで通りに接して欲しいというのは、さすがにないですよね」
「ううん。そんな事ないよ。ありがと……変わる事ないけど、私からも聞いて良いかな? こんな事知っているなら、フォルがなんでヴェフォムと姿が似ているのかっていうのも知っているんじゃないの? どうでも良い事なんだけど、ちょっと気になって」
「えっと、それなんですが、フォル様は実験成功者らしいです。エレ様は世界の愛し子達により拾われた存在なので知らないと思いますが、御巫となったゼロ様とフォル様は実験の成功者です。フォル様は、生命の愛し子の能力を入れられて生まれた影響で似ていますが、性格までは似ないものなんですね」
エンジェリアは、クルカムの手に触れる。
「……ありがと。教えてくれて……そんな事をいっぱい詰め込むのは大変だったと思うの。ここまで詳しく知っているなんて。私は、お勉強とかそういうのは苦手だけど、大変なら相談くらいは乗れるから」
「……ありがとうございます。そんな事言ってくれたのは、エレ様が初めてですよ。ぼくの一族は、それをできて当然と言ってましたから。あの頃出会っていればと少し思います」
クルカムがエンジェリアが触れていた手を握った。
「手、冷えてます。中へ入りましょう。一緒に寝ると言っていたので、続きは部屋の中で」
「うん……あっ、でも、フォルに嫉妬されないかな? 」
「……ゼロ様と生命の愛し子の方が可能性ありますよ? ぼくが記憶している歴史の中ではですが」
「クームも知らない事いっぱい。フォルはね、奥手にも関わらず、自分から近づいてきては逃げるの。しかも、私がイヴィと楽しく話しているのを遠くから羨ましそうに見ていた事だってあるの。そのあと、ぎゅぅしてとかちゅぅしてとか言ってやろうとしては逃げるの」
エンジェリアは、そう言って笑顔を見せた。手を繋いで、先ほどよりも距離が近いからか、クルカムが笑っているのが見えた。
「そうですね。ぼくは何も知りませんよ……あなたのそのどこまで気づいているのか分からない優しさも。皆様の事も、全てを知っているようで何も知らないんですよ。なので、これからいっぱい教えてくださいね? エレシェフィール姫」
「うん。飽きるほど、たっぷりみんなの事教えてあげる。それで、初代ユグベーズの幻想を壊してあげるよ」
植物の花粉をばら撒く特殊な風が吹く。
エンジェリアは、立ち止まり瞼を閉じた。
「この風、すきなんだ。生命を運ぶ風。とても暖かく気持ちが良い。ゼロがフォルとフィルと一緒に何年もかけて開発していた魔法具がこの風を吹かせているの」
「そうなんですね。本当に気持ちが良いですね。なんというか、この風に当たっていると、生命の加護にでも当たっているかのようです」
「うん。フォルが生命魔法を使ったって言っていたから、きっとその影響なのかな……早くお部屋行かないと。冷えたら心配させちゃうし怒られちゃうから」
エンジェリア達は、庭園から出て、部屋へ戻った。
**********
ベッドの上に置いておいたフォルの縫いぐるみを抱きしめて、ベッドの上に座る。
「……むすぅ」
「フォル様と一緒が良いんですか? 」
「別に。そんなんじゃないもん……クーム、こっちでぎゅむってしない? 」
エンジェリアは、ドアが少し開いているのに気づき、クルカムをベッドの上に招いた。
わざとらしく、クルカムの腕に抱きつく。
「……」
「……エレ様? あの、これぼくがあとで」
「フィルの方ばかり構ってしてた方が悪いの。それより、偽の愛姫の事知っているんじゃないの? 」
エンジェリアは、クルカムの腕に顔を擦り寄せる。
「……あの、なぜかもう一人いるみたいなのですが」
「これは今日の食べられそうな量を見てくれてるの。私の食事量の管理は全部ゼロに任せているから」
「そういう事だ。わざわざ部屋入って出るのでが面倒だからな。こうして部屋の外から見る時が多いんだ」
ゼーシェリオンがそう言って部屋を訪れた。
「クルカムの分はこっち。エレはこういうのしか食えねぇからな」
「……ぼくの好きな激辛系を……わざわざありがとうございます」
「礼ならアディとイヴィに言ってくれ。クルカムの事をどっかで見た事あるって言って、これが絶対好きだって作ってたんだ。味は保証しないだと」
エンジェリアだけでなく、アディ達も昔のクルカムと面識はないはずだ。偶然何かで知ったのだろう。
エンジェリアは、ゼーシェリオンにスープを食べさせてもらう。
「……自然とこうなっちゃう」
「……良いだろ。こういう時に甘やかすくらい。それよりどうしたんだ? 俺がきた時にはフォルが部屋の前でじっと見てたんだが? 羨ましそうに」
「ほっといて良いと思うの。ほっとかれたのはこっちなんだから。相手して欲しければフィルのところにでも行くと思うの」
フォルがフィルにばかり構っている事をまだ根に持っているエンジェリアは、ぷぅっと頬を膨らませた。
「……そんな事より、偽の愛姫の事を教えて欲しいの」
「はい。えっと、偽の愛姫は、エレ様達が歪みと言っている何かが干渉したのが原因です。愛姫の存在を知った女の人に力と地位を与え、その人を愛姫として敬うように神獣達の多くを洗脳しています。洗脳ではなく、自分から愛姫を敬い支えている神獣もいるのですが」
「……洗脳なら解けば良いけど、それだと難しいのかな。世界の意思と同等だと考えた方が良いと思うから、そうなら洗脳魔法一つにおいても、普通と考えない方が良いと思う」
エンジェリアは、フォルの縫いぐるみで口元を隠す。
「……エレ、一人で悩むなよ? 」
「分かってる。私が知ってる事なんて少ししかないのに一人で悩まないよ……洗脳魔法については、下手に解く事ができないから、むずかしい」
「……解けば精神に異常をきたす類の魔法もあるからな……俺ら以上に魔法、特に禁呪の知識を持っている奴がいれば良いんだが。都合良くそんな奴いるわけねぇよな。親切で優しくて、禁呪を含む魔法の知識が豊富で、世界の意思についても少しは知っていて、この話も全部聞いていて説明が必要ねぇような奴なんて」
ゼーシェリオンが、部屋の外をちらちらと見ながら言っている。
走る音が聞こえたと思うと、何かにぶつかる音が聞こえてきた。
「……エレと同じ手に引っかかるかよ」
「……慰める……エレが一番エレらぶって言ってもらう……エレらぶって言って一緒に眠してくれる……らぶしてくるの! 」
エンジェリアは、部屋を出て、フォルの元へ向かった。




