8話 神聖種
巨大な氷がフォルの頭上から落下する。
氷が、突然粉々に砕け散った。
エンジェリアは、輝きを持続させる事に加えて、自分とゼーシェリオンへ癒し魔法を絶えず使う。
フォルが持っている銀色の花。
エンジェリアは、それを見た瞬間、走ってゼーシェリオンの前に出た。
目の前が真っ赤になる。
エンジェリアの二の腕から線を引くように切り裂かれる。
「エレ⁉︎ 」
ゼーシェリオンが心配そうにエンジェリアを見つめている。
エンジェリアは力なく笑って、ゼーシェリオンを安心させようとする。
「だい、じょうぶ、だよ」
エンジェリアは、そう言ったのを最後に、意識を失った。
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気がつくと、フォルが隣で眠っていた。
ゼーシェリオンが、少し離れた場所で寝ている。
傷が完全に治っていないのだろう。まだ痛みがある。
「……何があったの? 」
『君が倒れたのに動揺して、ゼロが仕掛けた魔法を喰らって大怪我したんだ。もう傷は塞がっているけど、あれだけ無理に魔法を使っていたから、しばらくは目を覚さないだろう』
「ゼロは? 」
『敵が来ないようにって見張ってて疲れてあそこで寝てる』
エンジェリアは、何気なく話していたが、声だけではなく彼の姿が見えている。
「それで、こうして代わりをしてくれていたの? 」
『そういう事。君の魔力を借りてだけど、多少は役にたつから、もう少し眠っていて良いよ。傷を完全に治せはしていないから、無理してほしくない。君の意思を尊重するけど』
彼が笑顔を見せてくれた。その笑顔を見るだけで安心するのは、彼が似ているからではないのだろう。
「ううん。起きとくよ。フォルが起きた時に私とゼロの両方が寝ていて逃げられるなんてされないように。ゼロががんばってくれたから、私がそれを無駄のしないようにしないと」
『そう。俺がいたら逃げないだろうけど……なら、話でもしようか。俺が見れていなかったフォルの事、たくさん聞かせて欲しい』
「うん。私も、あなたがすきなものとか、いっぱい聞きたい。フォルに聞けはなしだから。私は、あなたから直接聞きたいの」
エンジェリアがそう言うと、彼が困り顔を見せた。
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エンジェリアが見てきたフォルの話。彼が好きなもの嫌いなもの。勉強ができないエンジェリアの悩み相談。
そんな話をしていると、フォルが目を開けた。
「……っ⁉︎ なんでにぃ様が⁉︎ 」
『お前がまた俺のために無茶するからだ。もう、一人で無茶するのはやめろ』
「だって……にぃ様は、僕がいないと……僕が、今度は守らないと」
フォルが泣きそうな表情を見せて俯いた。
『それでお前が大事にしている姫と氷の子を傷つけたとしても? 勘違いしないでくれないか? 俺は、お前に守られる存在になりたいわけじゃない。こうなるくらいなら、消滅した方がましだ』
「……そんな事、言わないでよ……僕は……にぃ様がいないと、生きる事なんてできないよ。にぃ様が、ずっと僕を守ってくれるから。安心して、いられるのに」
フォルの瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
エンジェリアは、何も言わず、そっとフォルを抱きしめた。
『大事な姫に散々心配かけて、ちゃんと全部話してやりな』
「……にぃ様が言うなら」
「……ぷしゅ……なんでもないの。私は、フォルが話したくなるまで待つよ。いくらでも待てるかどうかは、状況次第だけど」
エンジェリアは、そう言って、フォルに笑顔を見せた。
『……今、俺に嫉妬しなかった? 』
「気のせい。別にフォル奪われたとか思ってないから」
『……フォル、そこのとこも含めてちゃんと説明してやれ。エレはこう言っているけど、あんな怪我を負わせてるんだ』
彼は、少し怒っているのだろう。いつもよりも声が低い。
「……ごめん。愛姫、ゼロ」
「……お話、したくないならしなくて良いから」
エンジェリアは、フォルの頭を撫でる。
金色の蝶が、フォルの頭に止まった。
「……古代より伝説上に伝わる三代神聖種。聖星と聖月、そして、最後の種は時代によって呼び方を変えてきた。現在は神獣。一番初めは、生命か、神命とか言われていた。三種族には、特殊な役割を持つ御巫がいた。それが、僕らだ」
フォルの手が、エンジェリアの背に触れる。
金色の蝶がエンジェリアの頭に乗った。蝶の鱗粉に癒しの作用でもあるのだろう。傷の痛みが僅かに引いている。
「聖星は魔の感情の肩代わり。聖月は感情を知り、聖星の負荷を減らす。神命は、世界の意思の代行者。それが、御巫の主な役割」
『……聖星にも聖月にも他の役割とそれをするための能力がある。その辺は今度俺から教えようか? フォルが教えると、知らない事あるから』
「うん……僕の話だったよね。僕とフィルは捨て子で、元々身体が弱かった僕ににぃ様が生命魔法を使って助けてくれたんだ。フィルもだけど、元々生命魔法を使う素質だけはあったみたいで、それを発現させて助けてくれたとは聞いているけど、詳しくは知らない。僕は、にぃ様の魔法の影響で、見た目が瓜二つになったとは言うけど、それに関しても」
彼が何も話していないのだろう。エンジェリアは、彼に説明を求めるようにじっと見つめる。
エンジェリアが見つめていると、彼が頬を赤らめて視線を逸らした。
『フォルと俺の外見については、俺がフォルの負担を減らすために生命魔法を使った影響だ。その影響で、フォルは俺との繋がりがあまりに強すぎる。俺の危機にすぐに気づいてこんな事をするくらいに』
「……愛姫が歪みを作っている。そう聞こえた。だから、愛姫がいなくなれば、にぃ様は救われる。たとえ愛姫が消えようと、僕は、にぃ様がいれば」
『……フォルは、歪められた俺の身体から発する声を聞いてしまう。それでおかしく……その声に従ってしまう』
彼は、言葉にしなかったが、それがエンジェリアとゼーシェリオンを襲った理由なのだろう。
フォルがエンジェリアの胸に顔を当てている。
「……でも、すきだから迷ってくれたの? ……というより、怪我した時に、声が消えた? 」
「……うん。ずっと、助けて。愛姫を消して。そう聞こえてた。僕は、にぃ様がいないと生きていけないて言うのはほんとの事なんだ。僕のこの身体も、全て、にぃ様がくれたもの……ごめん」
「ううん。生きたい。助けたいって思うのは仕方ないよ。フォルは、彼から世界の意思の一部と生命を貰って生きている。自分のためにも、彼のためにも、こうする以外なかったんだね」
フォルの頭が下に動いた。頷いているのだろう。
エンジェリアは、顔を真っ赤にする。
「〜〜……むぅ……フォルだから、特別に……」
「……ありがと。それと、ごめん。やっぱ、こうなるんだ。だから、もう一緒に」
「いるの。一緒にいないはなしだから。というか、こんなにすきで離れられるの? それに、フォルの大事な彼が私と一緒にいるんだからここの方が良いんじゃないの? 」
フォルの頭が左右に動いた。
『……エレ、俺もできる限り手伝うから、フォルを引き離して欲しい。これ以上繋がっていると、歪みに侵食される一方なんだ。フォルは、そうならないように、ここまで逃げてきた。それを俺が勝手に、二人をここへ送った。怒るなら、俺にして』
「そんな事したら、愛姫が」
「……やる。それとその事に関しては怒ってないよ。フォルが一緒にいられない原因があるなら、私達はそれを壊す」
エンジェリアは、近くにある小さな石を手に持った。その石をゼーシェリオンに向かって投げる。
投げた石が、見事ゼーシェリオンの頭に当たったが起きない。
エンジェリアは、ゼーシェリオンが起きるまで、小さく、そこまで痛くないだろう石を手に届く範囲で探しては投げるを繰り返した。
「……エレ」
「おはよ、ゼロ。早速で悪いんだけど」
「分かった。付き合う。共有である程度は理解した。フォル達のために行くんだろ? 」
ゼーシェリオンが、石が当たっていた頭をさすりながら、エンジェリア達の方へ歩いてきている。
「うん。あっ、でも、それやる前に、彼のお名前を教えるのがさき」
「……ヴェフォムって呼んでる」
フォルの言葉を聞き、エンジェリアは、彼をじっと見つめた。
彼が気まずそうに視線を逸らす。
『……フォーヴェリフィオム・アヴェボルージェンシュ・ヴァールフェンジェンス。フォル、眠りの花。それでお前も一緒に眠って。寝ている間、俺が守るから』
「……うん」




