10話 服選び勝負
星の音。魔原書リプセグに綴られた物語を最後まで読んだエンジェリアとゼノンの瞳から涙が溢れた。
「エレ、記憶ないのに、涙止まらないの……フォルと一緒じゃなきゃやなの」
リプセグに綴られていた通り、想いは残っていたのだろう。エンジェリアとゼノンは抱きしめあい、互いに互いを慰めている。
「俺も、フォルと一緒が良い」
「みゅ。全部、全部諦めたくないの。フォルの事も、転生前にできなかった事も。全部諦めたくない。だから、フォルを止めるの」
エンジェリアはフォルがいなければ、リブイン王国に裏切られた悲しみの中で生きる事になっていた。今のように前を向けていなかっただろう。
過去は覚えていないが少なくとも今、エンジェリアにとってフォルは大切な相手。
そんな相手には笑っていてほしいというのがエンジェリアの願いだが、計画が終わった先でフォルが笑っているとは思えない。
だが、計画が失敗したとしてもそれは同じ。
「悩んでいるようだね」
「クロ……ロジェ」
ローシェジェラが部屋を訪れた。
星の音を読んだエンジェリアはローシェジェラが来た目的を理解している。
「エレ達、フォルの計画には反対なの」
「そうかい。それは良かった。僕も反対だからね」
「ふぇ⁉︎ 」
エンジェリアは耳を疑った。フォルの味方としてきているはずのローシェジェラがフォルの計画を反対しているとは思っていなかった。
「どうして」
「契約で協力しているだけで賛同してるわけじゃない。あれを見ていて賛同できるわけないからね。計画が進むにつれて無理に諦めようとしている」
ローシェジェラはエンジェリアの知らないフォルを知っているのだろう。それを知りたくもあるが、エンジェリアは聞かずにただ一言
「フォルが大事なんだね」
それだけを言った。
「恩人だからね。フォルがいなければ僕に今はない」
「ならその迷いは別か。ああ、別に無理に聞く気はねぇよ。話してくれるなら聞くが」
エンジェリアはゼノンが感情を色で視る事ができると聞いている。それでローシェジェラの迷いに気づいたのだろう。
「それと俺らは手土産もなしに信用するほど甘くねぇよ。信用してほしいならフォルの計画について何か情報くれ」
星の音の中にはフォルの計画については詳しく載っていなかった。エンジェリア達がフォルの計画を知るためには誰かから情報を得る必要がある。
エンジェリアは手土産など必要なく信用しているが、ここは黙っている。
「君らの全てを奪い転生させる事。僕は二人の世話をするついでにノキェットの城下町で服を買いに連れてってほしいと頼まれている」
「……みんなで行って良いの? 」
エンジェリアがここで何も学んでいないわけではない。ゼノンと二人きりで行かなければ、何かあった時に対処できるだろうという考えだ。
「うん。みんなで服を選んで買い物を楽しめだって」
「みゅ。ゼノン、楽しみなの。計画なんだって知っても楽しみなの」
エンジェリアは目を輝かせている。
「みんなで勝負するのも面白そうだね。誰が一番エレに似合う服を選ぶか。僕が勝つけどね」
自信満々なローシェジェラを見て、エンジェリアは不安な表情をした。それも転生前の影響なのだろうか。
「わかんないの。ゼノンが最下位は確定だけど」
「なんでだよ」
「勝たせたくないから。ゼノンはマイナスから開始」
ついでにゼノンを勝たせたくないというのも影響しているのだろう。
「いつ行くの? 」
「明日」
「ゼノン、連絡よろしく」
連絡魔法具を持っていないエンジェリアはゼノンに頼んだ。ゼノンが連絡魔法具を取り出してメッセージを送ってくれる。
「……便利なの。エレも、ほし……便利なの」
「欲しいって言え。もらえないなんて思うな。もっとわがままになれ」
「……欲しいの」
「ああ。明日買おうな」
ゼノンが笑顔でそう答えた。
エンジェリアが欲しいと言えたからか、ゼノンに頭を撫でられる。
「……エレ、もう一個わがままなの。設計図描くための道具欲しい。いっぱいいっぱい描いてゼノンとフォルにあげるの……その、大切にして欲しいの」
「当然だろ。お前がくれたもんが大切にされねぇわけねぇだろ。一枚一枚額縁に入れといて部屋に飾ってやる」
「……それはやりすぎだと思うの。でも、嬉しい」
エンジェリアは大真面目だと言わんばかりの表情でそう言うゼノンを見て笑みを浮かべた。
「ふぁぁ……ぎゅぅ……すゃぁ」
エンジェリアは眠くなり、目の前にいたゼノンに抱きついて眠った。
「……ここで寝んなよ」
**********
翌日、エンジェリア達はノキェットの城下町を訪れた。
活気あふれた明るい街並みにエンジェリアはきょろきょろと周囲を見ている。
「エレ、こっちだよ」
エンジェリアの服を買う店は、裏通りにある服屋。人通りは少なく、薄暗い場所に店はあった。
「いらっしゃい。 姫様の服ですよね。こちらからお選びください」
「うん。ありがとう。それと、ここで服選び勝負やって良いかな? 」
「ええ。管理者様以外来ない場所ですから構いません」
エンジェリアはローシェジェラから管理者御用達の店だから安全だとしか聞かされていない。だが他の客が来ないのであれば管理者御用達ではなく、管理者専用の店なのだろう。
なぜ専用と言わなかったのか。エンジェリアの疑問はそれだけではない。薄茶色の髪の老婆の姿をしている店主にも疑問を抱いた。
「姫様、管理者の統率様から預かり物がございます」
「みゅ? なぁに? 」
「こちらです。先日、統率様が直接ご来店なさり姫様のためにと服を選んでいました」
店主の老婆にフォルからの預かり物をもたったエンジェリアは、すぐには着ずにゼノン達が服を持ってくるのを待っていた。
「ありがと、おねぇさん」
服を受け取ろうと店主の老婆の手に触れた時、エンジェリアの中にあった疑問の一つであった違和感の答えに気づいた。エンジェリアは、店主の老婆にそう言って笑顔を向けた。
「いつから気づいていたんですか? 」
「はじめからおかしいなとは思っていたの。おてて触って気づいたの。エレ、魔法にはちょっぴり詳しいから。ついでにおねぇさん、淫魔でしょ? 」
「ちょっぴり、ですか。それはいささか過小評価がすぎますね。マークから教わった魔法をこうもあっさり……姫様、待っている間魔法の話でもしていましょうか。姫様のその知識、興味深いです」
エンジェリアは、服がくるまでの間店主の老婆に魔法の知識を披露していた。
**********
服選びが終わり、全員分の試着と採点が済んだ後、エンジェリアは結果発表のため、メモしていた点数を見た。
「……」
エンジェリアにとっては予想外の結果に残念そうな表情を浮かべた。
「……むすぅ」
エンジェリアはゼノンを睨んでから結果発表へ移っる。
「優勝はフォルなの。二位はゼノンしゃぁなの。二人とも生地まで考えてくれてたの。着やすいの。三位は同率でピュオねぇとリミュねぇ。着やすさが欲しかったの。五位はノヴェにぃで六位はアゼグにぃ。意外と良かったの。それ以降はエレのお口からは言えないのー」
残っているのは黄金蝶メンバー。神獣の希少種である黄金蝶には独自の文化があるのだろうか、奇抜な服しか持ってきていなかった。
「……着やすさ。今度はそこも考えないと」
「うん。次こそ優勝目指す」
「アゼグ、良かったね」
「うん」
順位が発表されて、次回の優勝を意気込むリーミュナとピュオ。その隣でアゼグとノーヴェイズは安堵しているようだ。
順位が発表されていない黄金蝶達は納得していない様子を見せている。
「……なんで俺が二位とったから不服そうなんだよ」
「最下位にしてやろうと思ってたから。ちなみにこれは優勝お洋服なの」
エンジェリアが現在着ている淡いピンクの上着と空色のワンピース。それがフォルがエンジェリアのために選んでくれた服だ。
「……そろそろ昼時だ。少しエレと話があるから先に店探しといて。エレはこっちに」
「うん」
エンジェリアはローシェジェラに誘われ、店の裏口へ向かった。
重厚感のある扉に前でローシェジェラが立ち止まり、扉を開ける。
「こっちで話がしたい。重くてすぐ閉まるから先に出て」
「みゅ」
エンジェリアが外に出ると扉が閉まった。ローシェジェラは外へ出ていない。
エンジェリアは扉を開けようとするが、重くて開きそうにない。
「……とりあえずゼノンのところ行くの」




