25話 愛の蝶
アスティディアの王宮へ着く頃には、エンジェリアの涙は止まっていた。
「ノヴェにぃ、魔物自体はどうにかなったよ。まずはその報告」
「うん。ありがとう。って、王様が気安く頭下げるなってまた怒られる」
「そうなの。エレ達は、家族でだいすき同士なんだから、助けるのが当然なの。頭下げるまではいらないの」
ノーヴェイズは、エクリシェへいたが、エンジェリアが連絡したあと、ここへきていたのだろう。
「それにしても、じっくり見ると本当にすごかったの。砂漠氷。ノヴェにぃのすごさを感じるの。ゼロに負けず劣らず……」
砂漠氷を作れる人物は限られている。氷ジェルドの王のゼーシェリオンとゼムレーグ。それと似た魔法を扱う事のできる月の御巫候補に選ばれている聖月の血を継ぐ者達。
後者は、魔法の暴走によるものだが、それはその人物の開花されていない才能でもある。
「ゼロには全然負けているよ。それに、あれは無意識に」
「無意識でも、潜在的な能力が高いの。普段のゼロくらいに。潜在的なものだから、それを外に出すのはむずかしいと思うけど。それより、報告なの。魔物さんは……」
「件の魔物は人を襲わない。あとは、被害者の治療だけだ」
エンジェリアの代わりにゼーシェリオンが言った。
「ありがとう。治療に必要なものがあればできる限り支援するよ」
「情報操作。今回の事、外に漏らさないで。それと、せっかくなら君も見にくれば? すごいもんが見れるから。愛姫という存在がどれだけ貴重なものなのか分かるような」
「みゅ? 」
フォルは、エンジェリアに何か魔法を使わせるつもりなのだろう。だが、なんの魔法を使えば良いのかすら分かっていない。
そもそも、薬でどうにかするものと思い、魔法で解決など考えていなかった。
「あまりやりたくなかったけど、エミシェルスに見せてあげようと思って。愛姫がどういう存在なのか」
「みゅ? エレはエレなの」
「うん。エレはエレエレした、新種の生き物だよ。でも、そういう事じゃないんだ。とりあえず、施設に行こうか。それまでにどんな魔法を使えば良いのか分からなければ答えをあげるよ」
エンジェリア達は、被害者達の治療のため、施設へ向かった。
その間、エンジェリアはずっと悩んでいた。
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施設へ着くが、被害者達の症状は変わっていない。
「なにを見せてくれるの? 」
「ヴェレージェは愛姫が好きで色々調べていたから、何か知らないの? 」
「知らない。そんな事ができるなんてどこにも載ってなかった。シェージェミアは? 」
「知らない。俺はヴェレージェのように個人で調べていたわけじゃないから」
エンジェリアの事をかなり調べていたようだが、これを解決する魔法は、調べる事ができなかったのだろう。
だとすれば、エンジェリアが記録に残さなかった魔法。それはいくつも存在するが、その中で回復系は少ない。
「……なんとなく分かった気がするの。ありがと。みんなのおかげだよ」
エンジェリアは、収納魔法から宝剣を取り出した。
宝剣を両手に持つ。
きらきらした輝きが、施設内を充満する。
「輝きは愛。全てを癒す愛の魔法。みんなを癒すの」
エンジェリアの背に、蝶のような羽が現れる。
「自然の癒しを」
きらきらとした輝きは、自然の色となり、被害者達へ張り付いた。張り付くと、吸収され消える。
「ぷにゅぅ。疲れたのー」
エンジェリアの背にあった蝶の羽が消えた。
「大丈夫か? 」
エンジェリアは、ゼーシェリオンに寄りかかった。心配するゼーシェリオンを安心させるように、顔を擦り寄せる。
「「「「……」」」」
エミシェルス達は、目を見開き、黙っている。
「相変わらず綺麗だ」
フォルが、きらきらを手に乗せた。そのきらきらは消えていない。
「……これが、エレ様が愛姫と呼ばれる理由」
「……」
沈黙が続く。
「自分は……一体……」
「私……なんでこんな場所に……」
正気を取り戻した人々が戸惑い始める。
「みんな、聞いて。みんなは魔物に襲われて、ここで治療していた……俺が治したから、もう外に出て大丈夫だよ」
「ああ……ありがとうございます。陛下」
「流石は陛下です……ありがとうございます」
エンジェリアが治した事を黙っているためだろう。誰もこの嘘を疑っていない。これで、もし記憶があろうと見間違いか幻覚と思ってくれるだろう。
「みんな、家族に会いに行ってあげて。心配しているから」
被害者達が次々と外へ出ていく。やがて、残されたのは、エンジェリア達だけとなる。
「……」
「……ありがと」
「……うん」
奇跡の魔法の夢の中の話だ。
そこでは、玉座の奥があった。そこに、ピュオが眠っていた。
『ごめんなさい。俺達が、二人から全てを奪って。その場所をまるで自分の場所のように暮らして』
ノーヴェイズ達がそれを望んだわけではない。それでも、罪悪感に苛まれていたのだろう。
エンジェリアは、ゼーシェリオンの手を握った。
「……エレは、お疲れで別荘へ帰りたいの。ノヴェにぃ、また試験が終わったら。エミシェルス達も、また今度会おうね」
「うん。また今度……ねえ、おひめ……エレ、ありがとう。私を産んでくれて」
「……っ、う、うん」
エミシェルスが生まれた原因については、崩壊の書を見て予想はできている。それは、喜ばれるようなものではない。
エンジェリアの瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
「……また、ね。フォル、お願い」
エンジェリアが頼むと、フォルが転移魔法を使った。
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転移魔法で別荘へ帰ってきたエンジェリアは、布団を出す体力すらなく、ソファの上で寝転んだ。
「ぷにゅぅ。もうお疲れなの。フォルの側でねむねむしたいの」
「少し待って。僕いつもの仕事があるから。それが終わったら一緒に寝てあげるよ。ゼロ、エレのために布団の準備してあげて」
「ああ。エレ、布団の準備するから少しだけ待っててくれ」
「やなのー」
エンジェリアは、今にも閉じそうな瞼を必死で開き、ぬいぐるみを探している。布団はいらなくとも、フォルの代わりになるぬいぐるみはほしい。だが、ここにぬいぐるみがない。
ぬいぐるみがないなら創れば良いと、創造魔法を使い、犬のぬいぐるみを創った。
「これでねむねむさん……」
「あっ、良い忘れるとこだった。三人とも明日はしっかり休む事。最終試験は万全な体制で臨んだとしてもできるか分からないから」
「みゅ。良く分かんないけど分かったの」
「特別試験、受けさせてあげるって言ってるんだよ。僕のお姫様」
エンジェリアとゼーシェリオンとクルカムだけで解決する事。それがエンジェリア達が特別試験を受ける条件だと思っていた。
そう思っていたのは、エンジェリアだけではないだろう。
「良いのか? 俺らは自分達だけで解決せず、みんなに協力してもらっていたのに」
「ぼくなんて、なにもしていませんよ」
「そうだね。エレとゼロだけでどうにかしたわけじゃない。クルカムも、エレとゼロがんばらないと思ったより元に戻るのが早かったから、世話もしれいないからね。でも、僕が求めていた答えを聞けたからってだけ言っておこうかな」
フォルがそう言って笑顔を見せた。
エンジェリアには、その求めていた答えが分からないが、特別試験を受けられると言うのであれば、受けないと言う選択肢はない。
「ふにゅ。それなら良く分かんないけど受けるの。どんな内容かも分かんないけど」
「うん。了解。なら、今日明日はゆっくり休んで」
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エンジェリア達が寝静まった頃。フォル達はある事を決めるため、三人で話し合っていた。
「じゃあこれで決まりだね」
「そうだな」
「異論なし」




