24話 その存在は大切なんだ
フォルが転移魔法を使い、魔物の近くへ転移した。
「タコ? 蛇かも」
タコのようにも蛇のようにも見える魔物。魔物の背には羽が生えている。
この魔物が件の魔物だろう。
「エ、サ」
「……」
エンジェリアは、魔物を見つめたまま動かない。その瞳からは、涙が流れている。左目には、蝶と花と星の紋章、聖星の紋章が浮かんでいる。
「……久しぶりだね。何年ぶり、なんだろう」
「……これって⁉︎ ……」
「……なんで」
遠い過去の事。その姿を見て、過去の記憶の一部が蘇った。
エンジェリア達は、あるものを崩壊の書の中でしか知らなかった。だが、そのあるものと深い関わりがあった。
「やっと本物に会えたの。この魔物さんといれば、会える気がしてた」
腰までの桃色の髪と桃色の瞳。エンジェリアの映し身のような姿をした少女。翠色の髪と瞳の少年。黒髪と青い瞳の少年。亜麻色の癖毛が目立つ髪と朱色の瞳の少女。
エンジェリア達は、実際に会った事はないが、崩壊の書で書かれていた。愛姫と王の代理と。
「はじめまして、私はエミシェルス。ずっと会ってみたかったんだ」
「エレもだよ。ずっと会ってみたかった。良かった。偽の愛姫じゃなくて」
愛姫の代理という事で、今まで偽の愛姫である可能性を否定できなかった。その答えは、今会っている。これが全てだろう。
「本物って、エミシェルスより幼い? 」
「見た目だけだろ」
「この人が、世界が愛した……」
「……偶然なのかな? 誰かのいたずらなのかな? ねえ、お姫様は、過去を視る事ができるよね? それで、この子の過去を知ってあげて。きっと、お姫様にしか救えないから」
その存在について。その過去について。視ずとも知っている。もう視ている。その日の事を。エンジェリアの記憶に存在する。
「フォル、フォルが昔出会ったのって」
「違うよ。この子じゃない。多分、擬態だ」
「……そうしないと、この世界を滅ぼしちゃうからなの? 」
その存在は、本来の姿では、自ら望まずとも世界を滅ぼしてしまう。
恐らく、その存在は、偶然出会った人々に少しずつ魔力を分けてもらおうとしていたのだろう。襲うつもりなど、初めからなかったのだろう。
ただ、擬態した魔物の制御すらできなかっただけで。
「……ごめんね。エレが、また止めるから。本来の姿を見せて」
「ヤ……セテ」
「やませなんてしないよ。今度は、ずっと一緒なの。エレ達が絶対に一人になんてさせないから。あんな悲劇を生ませない」
エンジェリア達だけではそれはできないだろう。エンジェリア達だけでは。
「エミシェルス、手伝ってくれる? あの子を今度こそこの悲しい運命から解放する。フォル、フィル、あの子と遊んで。エミシェルス達は、結界をお願い。結界がないと被害が大きいから。ルーも一緒に」
これは試験。だが、そんな事を理由に助けられる可能性を潰すわけにはいかない。エンジェリアは、迷いなくフォル達に手伝いを頼んだ。
「うん。でも良いの? これで特別試験はなしになっても」
「良いよ。そんなのいらない」
「……分かった。じゃあ、久しぶりに遊ぼうか」
「おれも一緒に遊ぶ」
その存在は、本来の姿を見せた。生き物とは言えないようなその姿を。
「ゼロ、お願いがあるの」
「分かってる」
エンジェリアは、ゼーシェリオンと向き合い、両手を繋いだ。
「……ゼロ、どうだと思う? あの子が人を襲わないといけない理由。それを解決する方法」
「転生しても変わらなかったんだ。難しいだろうな。だが、俺らなら、できないわけじゃねぇだろ」
その存在がその存在でいる限り、呪いのように魔力を人々から奪わなければならないというのはなくならない。
解放するには、その存在がその存在でなくならなければならない。
「砂漠氷。氷と雪……雪でできたうさぎとか可愛いの。姿はあとで変える事もできるから、それでどう? 」
「エレがそれにしたいなら。つぅか、お前が俺に合わせるのはできねぇだろ」
今回の魔法は、互いのイメージの同調が必要となる。
アスティディアの周囲は砂漠氷。一般的な砂漠の中に氷の山や岩や花などができている。
これは自然に作られる環境ではない。そうなるような事が過去にあったのだろう。
「フォル達、大丈夫かな」
フォルとフィルの方を見ると、楽しく遊んでいるようだ。巨大な花で落ちないように乗り継いでいる。エンジェリアもやりたくなるが、今は魔法の方に集中すべきだ。
「やろう」
「ああ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、互いに最後の確認をする。共有でイメージが一致しているか。
「星の音よ」
「月の華よ」
「変化と安らぎの音色を奏でろ! 」
「変化と安らぎの華を舞い踊れ! 」
エンジェリアの星の呪言とゼーシェリオンの月の呪言。その二つが重なりあう。
普段のエンジェリアとゼーシェリオンでは、その存在を変える事はできないが、ある条件でそれができるようになる。
美しい音色が華に纏う。音色を纏った華が、その存在を包み込む。
「まだここまではできないか。フィル、少しだけ手助けしてあげるよ」
「了解」
ピンク色と空色の美しくの妖しげな花。
その存在の姿が、エンジェリア達がイメージした雪のうさぎとなった。
「アリ、ガト、ウ」
「……ゼロ、らぶなの。らぶなの。ちゅぅなの。らぶちゅぅなの」
「エレ、らぶ。らぶ。らぶ。らぶちゅぅ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、抱き合って、頬擦りをする。
「……これが、あの……エレ様、ゼロ様、アスティディアに戻りますよ」
「……しゃ……クーム……クームはらぶ良いの」
「クームは弟」
「弟で良いので、アスティディアまで帰ってください」
「にゃー」
エンジェリアとゼーシェリオンは、クルカムの言う事を聞き、アスティディアへ戻る。
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「にゃにゃにゃー」
「みゃみゃみゃー」
エンジェリアとゼーシェリオンは、手を繋ぎながら、楽しく歩いている。アスティディアへ帰ったが、王宮まではまだ遠い。
「子供みたい」
「これはエミシェルスより子供っぽい」
「……シェミーリム、それは姫に失礼だよ。助けるために、そうする他なかったんだから」
「可愛い……これがあの……」
エンジェリアとゼーシェリオンのこの姿は、知らない者が見るとかなり驚く事だろう。
だが、エンジェリアとゼーシェリオンは、そんな事を気にせず、楽しく歩いている。
「……フォル様、このまま、この件の解決まで一緒にいて良い? 私、見てみたい。本物のお姫様と王達が人々を救う姿を」
「良いよ。この件が解決しても、好きな時に遊びきて良いよ。エクリシェの転移魔法具を渡しておくよ。これでいつでも僕らの家に来る事ができるから」
「今は違う場所で寝泊まりしてるけど、そのうち帰るから」
「……うん。ありがとう。昔調べた通り、とても優しい人。ありがとう。私を産んだお姫様をあそこから逃げしてくれて。この世界に戻ってきてくれて」
エミシェルスが笑顔でそう言った。
「……一つ、聞いて良い? 」
「なに? いくらでも聞いて良いよ? 」
「君らは僕らの事、どれだけ調べたの? 」
「……愛姫と呼ばれる事になった日の事からは大体調べられたの。愛姫と王達の意味も、失踪理由も。初めはどうしてって思った。お姫様がいなくなったから、世界はこんなに異変だらけになったんじゃないかとか、色々と、調べていて思った。でも、最後の理由を知った時、世界がこうなって当然なんだって思った」
エミシェルス達は、エンジェリア達が愛姫と初めて呼ばれた日の事を知っている。崩壊の書によると、エンジェリア達がその回の世界で失踪したあとに生まれてきた。
「真実を知って、ずっと会いたかった。私を産んだ、だいすきな人が、どんなものを見ているのか。どんな人と一緒なのか。嬉しかった。だいすきな人が、今を生きていてくれて。壊れてなくて。本当に良かった」
エミシェルスの想いは、中身が幼くなっているエンジェリアにも届いた。
「エレも良かった。とても素敵な人と出会えて。恋して、エレが産んでしまった子が……ううん。産んだ子が、幸せそうで。本当にありがと。エレの大事な子を、ずっと守ってくれて。氷の代理さん」
先頭を歩き、誰にも顔を見せなかったが、ゼーシェリオンだけは隣で見えただろう。頬から伝うその涙が。




