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第8話「二十日百物語 後編」

8月5日投稿分の,3話目です。

二十日百物語の中で語られた怖い話をひとつした後,その後のオカルトサークル内でのやりとりが描かれます。

 ある地方都市の郊外にある,古びたアパート,『月影荘』。


 一見すると何の変哲もないアパートだが,その一室には誰も住もうとしない部屋があった。


 203号室……不動産会社や住民の間ではこの部屋は,「呪われた部屋」として恐れられていたのだ。


 そんな203号室の隣に位置する202号室に,ある大学生Sが引っ越してきた。


 新しい生活に胸を膨らませる彼にとって噂はただの噂。


 不動産会社の職員にも軽く注意はされたものの,そんなものすぐに忘れて新しい友人と過ごす時間を楽しんでいた。


 そんなある晩,Sが部屋で勉強をしていると,時計の針が深夜2時を刺した辺りで不意に壁の向こうから微かな音が聞こえてきた。


 カタカタ…カタカタ…


 それはまるで誰かが壁を叩いているような音だった。


 真一はその音が気になり、耳を澄ませた。


「なるほど? これが件の呪われた部屋の怪異ってやつか。


 別に気にすることじゃないんだろうけど,ちょっと邪魔だなぁ……」


 結局音が気になって眠れなかった彼は,翌朝アパートの管理人に尋ねてみることにした。


 管理人のTさんはやっぱりかと溜息をつき,Sにこんな話を始めた。


「203号室には,かつて若い女性が住んでいたんだよね。


 彼女はとてもおとなしくて,周囲の人々とほとんど関わりを持たなかったんだ。


 ある日突然彼女は姿を消し,誰も彼女の行方を知らないままになってしまったんだよ。


 そして彼女の失踪後、その部屋から奇妙な音や声が聞こえるようになったんだ……けど,管理人として何度確認しても誰もいない。


 それ以来,誰も203号室には住もうとしないんですよ」


「ふぅん……面白そうっすね」


 興味を持ったSはその夜も耳を澄ませて音を聞いてみることにした。


 深夜,再び壁の向こうから音が聞こえてくる。


 カタカタ……カタカタ……


 Sは思い切って203号室の前まで行き,ドアに耳を当てた。


 すると,今度は女性のすすり泣く声が聞こえてきたという。


「助けて……誰か……」


 真一は驚きと恐怖を感じつつも,203号室のドアをノックしてみた。


 しかし,返事はなく,気付いたころには音も消えてしまっていた。


 Sはその場で立ち尽くし,冷たい汗が背中を流れ落ちるのを感じた。


 翌日Sは大学で友人たちに昨夜の出来事を話した。


「本当にそんなことがあるのか?」


「夜の間だけ誰かいたんじゃねぇの?」


 友人たちは半信半疑であったが,肝試しがてら203号室を訪れることに決めた。


 そうして夜になり,Sと友人たちは懐中電灯を持ってアパートに集まった。


 ドアをノックすると,再び女性のすすり泣く声が聞こえてくる。


「助けて…誰か…」


 管理人室から拝借した鍵を使って開けると, 友人の一人が勇気を振り絞ってドアノブを回してみる。


 だがその瞬間,部屋の中から何かが動く音が聞こえ,彼らは一斉に後ずさりした。


「な,なんだ……?」


「よくわかんねぇけど……入ってみないことにはわかんねぇだろ」


 そう言いながら,友人のうち一人が一気にドアを開ける。


 部屋の中は薄暗く,埃が積もって家具は古びていた。


 恐らく女が住んでいたころのまま家具も出さずに放置していたのだろう。


 Sたちは慎重に部屋の中を進み,音の出所を探した。


 すると,クローゼットの中から微かな声が聞こえてきた。


「助けて…」


 真一は恐る恐るクローゼットのドアを開ける。


 そこには古びた日記が置かれており,恐らくかつてこの部屋に住んでいた女のものであろうことは容易に想像がついた。


 彼らはごくりと唾を呑むと,ばっと日記を開いて中を確認しようとした。


 瞬間,部屋の空気が一変し,窓も空いてないのに突然冷たい風が彼らの周りを吹き抜けた。


 部屋の明かりがチカチカと点滅し始め,テレビが勝手に点いた。


 画面にはやせこけたボロボロの女の顔が映し出され,その目には怒りと怨念が宿っていた。


「どうして勝手に入ってきたの?」


 Sたちは一斉に逃げ出そうとしたが,ドアは何故か硬く閉ざされていた。


 彼らがパニックに陥った瞬間のこと。


「おい,あれ!!」


 友人の一人が指を指す方向には,部屋の奥にある大きな窓。


 そこには,窓一杯に無数の手形がびたびたと浮かび始め,まるで今この時にも外に姿の見えない人間が平手で窓を叩き続けているような状態だった。


「うわぁぁぁああああああああああああ!!!」


 がんがんがんがん!! と何度も何度もドアを叩きづづけるうち,ばぎっという音と共にドアノブが破壊され,Sたちは外に転がり出る。


 そのまま彼らはアパートを飛び出し,近くにあった友人の部屋に逃げ込んでそのまま朝までガタガタと震えて過ごしていた。


 翌日,Sは恐怖と疲れの張り付いた表情のまま管理会社へ転がり込む。


「誰も住もうとしない理由がわかった,あんなとこの隣に住み続けるなんてできっこない」


 202号室のドアノブの弁償代も全部出すからと言って,早々に引っ越しの手続きを済ませてアパートを後にした。


 それ以来,Sも友人たちも二度と203号室に近づくことはなく,その部屋が今どうなっているのか,アパートそのものがまだ存在するのかどうかすらも,わからないままだという。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ふぅ……


 蝋燭が消され,視界が真っ暗になる。


 しばらくして電気がぱちっとついて,活動室の雰囲気が一気に弛緩した。


「いやあ,凄かったね~。


 特に森の奥にいる魔女の話とか,203号室の女の霊とか,私結構お気に入りになっちゃうかも!」


 最初に話を始めたのは更屋敷舞。


 彼女の言葉に一番に反応したのは,ちょうど203号室の話を終えたばかりの猿山夢子だ。


「ほ,ほんとですか!?


 そう言ってくださると,持ってきた甲斐があります~!」


「うんうん,そうだよね~。


 私,あーいう自業自得系っていうの? 自分で心霊スポットに入って呪われちゃう,みたいな話好きなんだよね~」


「そ,それはそれで,字面的に結構えぐいこと言ってますよね舞先輩……」


 苦笑するのは儀保と同じ1年生の赤尾普。


 彼の言葉になはは,と照れたような笑みを浮かべると,早速更屋敷は考察を始める。


「それで……203号室にいたっていう女の人,一体どうして失踪したりしちゃったんだろうねぇ?」


「女の人……あぁ,最初に行方不明になった人ですか?」


「そうそう,ほとんど人とかかわりを持ってなかったっていう……アパートに住んでるとき何かあったのかな」


 部員同士での怪談の考察は,二十日百物語において本編のお話と同じくらい重要なもの。


 それをすることで話した怪談の注目点や重要なところを話し合い,賞賛しあうことで,交流を深めると同時に怪談の質の向上にもつながるのだ。


「一応私が見たサイトでは,助けて,誰か……って声が鍵になるんじゃないかって言われてましたね」


「あーそうねぇ……霊の行動は基本的に生前重要だったものを基準に形成されるのが普通だからね。


 彼女は生前,何かひどい目に遭ってて……それで助けてもらえなかったことを心残りにしている,とか?」


「DV彼氏とかがいたのかもですね」


 更屋敷の考察に,ひょっこりと如月が顔を出す。


「あぁ,ありえる~!


 もしかしたら,逆らえないのをいいことに嫌がらせとかされてたのかもね」


「窓に浮かんだ手形とか……もしかしたら,女の物じゃなかったりするかもですね」


「ひぃい,こぉ~わ!!」


 ぶるぶると多少オーバーに震え上がる赤尾に,やれやれと如月はため息を吐く。


 そんな話をするうちに部室棟の電気を消す前の最期の時報が鳴り,学生たちに帰宅を促す。


「さぁさ,そろそろ時間みたいだ。


 みんな帰りの準備してくれ~,早くしないと施錠されて真っ暗な部室棟に閉じ込められちまうぞ~」


 部長の遠山が全体に通るように声を上げる。


 はぁいと言って各々帰りの支度を始めるオカルトサークルのメンバーたち。


 だが当然話の種が途中終了によって収まる筈もなく,帰り支度を続けながらもいろんな考察の声が飛び交っていた。


 そんな中で,如月がぽろっとある発言をする。


「そういえば,今日話した内容っていくつだったっけ」


 その発言を聞いていたのは,傍にいた1年生の面々と,更屋敷,遠山などの数名の上級生だ。


「いくつって……5話に決まってるだろ?」


 きょとんとした顔で指摘するのは,如月たちとは別の怪談で盛り上がっていた嶋北山彦。


 彼がそう断言できるのは単純,この怪談会が二十日百物語であるからだ。


 二十日間で百物語を行うという趣旨であるため,どうあっても一日5話から外れようが無いはずなのである。


「そういうコンセプトなんだし,5話じゃない?


 えぇっと,今日話したのは……私が話した203号室の話と,人肉館って話でしょ?


 湖から人が蘇る伝承のある集落の話,海外の妖怪,それから七人坊主。


 この5話だったよね」


「そうそう,その5話で全部だったよな?」


「……え?」


 猿山の言葉に赤尾が同意した直後,彼らの背後から絶句したような声が聞こえてくる。


 2人が振り向いた時,そこにいたのは更屋敷だった。


「……森の奥にいる魔女の話もしなかった?


 ほら,祖父母のいた故郷に帰って,幼いころに怖かった森に入ってって……っていう」


「あれ?


 確かに,その話も今日?」


「てことは,さっきの5つの中にべつの日に話してたとか……?」


「い,いやいや,そんなことないでしょ!?」


 混乱し始める一年生たちに,落ち着いて,と冷静な声が聞こえてくる。


 声の主は3年生の志島蘭(しじまらん)


 彼女はクスクス笑うと,冷静に提案をした。


「確かめてみればいいじゃない,順番にね。


 みんな~? 舞ちゃんの言ってた,魔女の森の話……聞いたよって人,手ぇあげて~?」


 彼女の声にしたがい,ぱらぱらと手が上がり始める。


 その場にいた全員の手があがり,そのほかの5話分も同じように全員が聞いていた。


 それが判明したところで,志島はふっと口の端を吊り上げた。


「OK,じゃあ次……203号室の話を,私が話したよって人は?」


 猿山以外の全員が手を降ろす。


 海外の妖怪の話は志島が挙げ,七人坊主,湖の伝承の話と,順番に手を上げていく。


「じゃあ次……魔女の森の話を,私が話したよって人は?」


 手を上げた者は……誰もいなかった。


「うふふふふ……はい,決定。


 一体この話をしたのは,誰だったのかしらね」


次のお話は明日の12時に投稿される予定です。

☆1からでも構いませんので,評価・コメント,よろしくお願いします。

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