表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/27

第7話「二十日百物語 前編」

8月5日投稿分の,2話目です。

オカルトサークルの活動内容と,怖い話がひとつ描かれます。

「お,如月君がいる。 やっほ,元気かい?」


「んん……?


 あぁ,部長……お疲れ様です」


 梅雨も近づく春の終わり頃,学生食堂。


 安さだけが取り柄の低品質な定食を無言で食べる如月真実に声をかけてきたのは,3年生の遠山傑(とおやますぐる)


 先日の新人歓迎の時にもいたことにはいたのだが,あまり喋ることもなく見守っていた人物だ。


「おう,お疲れ。


 今日の活動もまたいつも通りだから,よろしくね」


「はぁい,内容は二十日百物語(はつかひゃくものがたり)の続きですか?」


「そうそう,如月君,今日の当番の一人だろ? 楽しみだな~」


 二十日百物語。


 それは,部長の遠山曰く,オカルトサークルのメイン活動。


 部員の中から5名ずつ順番に指定され,活動日までに怪談話をひとつ用意してくる。


 そうして持ち寄った怪談話を順番にしていき,感想や考察などの意見を部員全員で交換しあうというものだ。


 元ネタは勿論,一晩のうちに百個の怪談を話すという百物語。


 5名ずつ,二十日に分けて行うのは,部長曰く“霊が集まるのを防ぐため”とのこと。


 怪談話はするだけで霊を誘う効果があり,1話話すごとに周囲に霊が寄ってきやすくなるのだとか。


 それを一晩のうちに百話もしてしまうとその場所が一時的な心霊スポットと化してしまうが,一日5話に留めることで本当に危険な事態を避けることが出来る……と,遠山は説明する。


 といってもそれは後付けの設定で,本来の意味は百話も用意する作業が面倒だったことと,サークル創設時のメンバーが5人であり一人一話持ち寄っていたことの名残であるということは,遠山自身も知らないことである。


 その当番――すなわち今日怪談を持ってくる係――に如月が含まれている,という話であり,改めてそれを聞かされて如月は苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「そうっすねぇ……ないことはないんですけど,今日のはあんまり自信ないっす」


「いーのよいーのよ,そんなお金取ってるわけじゃないんだしさ。


 ネットから引っ張ってきた奴で全然OKだし,怖い話ってジャンルさえ外れてなければね」


「まぁそうっすね……」


 そうして会話が途切れ,如月にとって気まずい会食の時間が続く。


 居心地悪く感じていると,そう言えば……と遠山は新しい話題を振った。


「如月君,日暮先輩にはもう会ったんだっけ?」


「日暮さん?」


 そう。


 如月が日暮のもとに向かったのは,何を隠そう遠山の差し金だった。


 鮫島加耶子に遭遇したという話を活動中にした如月は,更屋敷を中心にひとしきり質問攻めにされた後,彼女に関する情報を何か知っていないかと尋ねていた。


 その質問に開口一番応え,日暮の連絡先を渡したのが遠山だったのだ。


「鮫島加耶子については……俺達よりも,もっともっと詳しい人間がいる。


 自分の脚で会いに行くといいよ……君が本当に真実を知りたいと思うならね」


 その時のことを回想しつつ,如月はこくんと頷く。


「あぁ,はい,会いましたよ。


 あんまりにも大量の資料の山に,初めて見た時はドン引きちゃいました」


「ふふっははは! あの人,まだ片付けてなかったのかよ?


 俺,アレ絶対デメリットの方が大きいと思うんだよなぁ」


「古い資料を当時のまま保存しておけるんだとか,確かに魅力っぽいのは感じましたけど……冷静に考えて,探すのに一晩かけたりかさばったりする時点で駄目ですよね」


「言えてる。


 それで? どうだったよ……鮫島加耶子の話を聞いた,感想は」


「あー……はい。 なんか……


 すごい,異様な人だったんだな,って感じですね」


 如月の返答を聞いた遠山は,一旦食べる手を止めて背もたれに体重をかける。


「……だよなぁ。 俺もいっぺん話を聞いたことはあるけどさ……異常だよ。


 サイコパスって言葉は,きっとあーいうのに名前を付けるために生まれたんだろうな」


「そうかもしれませんね……俺,それなりにオカルトのこと好きだとは思ってましたけど,考えを改めさせられた感じがします」


「はっはっは,同感だぜ」


「日暮さんは,憧れる対象として間違っていないとは言ってましたけどね。


 ……っと,やば,もうこんな時間か。 すんません,次の講義あるんで,俺はこれで失礼します」


「んぁ,はーい。 それじゃあ後でね,如月君」


 のんびりと手を振る先輩に一礼すると,如月はありもしない講義を受けに向かうのだった。


 そうして夕方になった頃,如月はオカルトサークルの活動室に入る。


「お疲れ様で~す」


「おーっす如月,お疲れ~」


「待ってたよ~,もうみんな準備できちゃってるから,席についてついて~」


 これから怪談会が始まるとは思えないテンションではしゃぎながら誘う更屋敷の誘導にしたがって,如月は荷物を置いて部屋の中心に向かう。


 そこには火のついたロウソクが5本立てられており,それぞれ話し手の前に置かれている。


 如月が座ったところで電気が消え,カーテンも閉められた空間はロウソクの火が届く範囲以外すっかり真っ暗になってしまう。


 そうして今宵も,20分の1の百物語が始まる――。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 山深い村の土を,ある日,1人の青年が踏みしめた。


 仮に名前をFとする。


 Fは都会での仕事に疲れ,かつて彼の祖父母が住んでいたこの村にやってきていた。


『懐かしいな……』


 幼い頃は夏休みになると,毎年のように訪れていたその村からは,祖父母の他界と共に足が遠のいていた。


 しかし,心の中にある懐かしさに押されるように,彼は再びこの地を訪れることを決意したのだという。


 村に着いたFは,かつての記憶を辿りながら村を歩いた。


 変わってしまった風景,変わってしまった人々。


 あの頃おじさんおばさんだった人はおじいさんおばあさんとなり,一緒に遊んでいた友達の家は別の家族の家となり,思い出通りに探索することなど出来やしなかった。


 しかし,村の端に広がるとある森だけは,彼の記憶の中でも,目の前に立ったその時でも,不気味な存在感を放っていたという。


 やしき森……Fが子供のころからそう呼ばれていたこの森には,ある噂が広まっていた。


 曰く,Fが子供のころより更に昔……その森には,あまりにも美しすぎる娘が住んでいたのだという。


 彼女の美貌はこの世のものとは思えなかったため,恐怖に見舞われた村の住人によって森の奥深くに追いやられてしまったのだそう。


 村の人々はその森を“魔女が住み着く屋敷の森”として忌み嫌い,人間の寿命が尽きるのに十分な月日が経った後も,終ぞ近づくことはなかった。


 それ以来,やしき森には彼女の怨念が宿っており,近づく者に呪いをかけるという。


『大人になってから考えてみれば,自業自得過ぎるよな……なんでこんなバカげたお話信じて,びくびくしていたんだか』


 今となっては,鬱蒼とした迷いやすい森の中に勝手に子供たちが入らないようにするための噂だということは明白……とはいえ,その噂を子供達が信じるに足る,不気味な雰囲気を纏っていることも確かだった。


『……今になって確かめてみるのも,ありかもな』


 いくつになっても好奇心というものは人の心を少年にするようで,Fはその日の晩にでも,やしき森の中へ入ってみることにしたのだった。


『……とはいっても,やっぱり夜に来るのは間違っていたかな……』


 村の端にある森は漆黒の闇に包まれ,月明かりと懐中電灯しか頼りがない。


 そのせいか,森の奥に進むにつれ、Fは次第に奇妙な感覚を覚え始める。


 何かに見られているような,冷たい視線が背中に突き刺さるような感覚。


 しかし,振り返っても当然誰もいない。


 ただ木々が立ち並び,真っ黒な影が揺れているだけだった。


『気のせいだ。


 ただの森になにビビってんだ……呪いなんて存在しないというのに』


 しかしその時,突然足元に冷たい風が吹き抜け,Fは驚いて立ち止まる。


 風はまるで彼を導くように,ある方向を指し示していた。


 Fはその方向に進む……すると彼は,森の奥深くにひっそり佇む小さな祠を見つけた。


 古びた木製のもので,苔が生い茂り,半ば崩れかけている。


 その中には,一つの古い鏡が置かれていた。


 鏡はひび割れ,埃まみれだったが,その表面には何かが映っているように見えた。


 Fはそっと,鏡を拭く。


 すると,鏡面の中に一人の女が映っていた。


 彼女の姿はあまりにも美しく,深い悲しみと怒り,そして怨念が宿る目をしていた。


 Fはその目を見つめた瞬間、全身に寒気が走った。


『これが……魔女……!?』


 その時,鏡の中の女が口を開いた。


『やっと来てくれたんだね』


『ひぃい!!?』


 Fは驚き,鏡を取り落とす。


 いくら目を逸らそうとしても,鏡から視線をずらすことが出来なかった。


『そんな顔しないでよ……私,まだ魔女みたいなの?


 こんなにも……こんなにも,醜くなったのに!』


 その声と共に,魔女の顔がぼろぼろと崩れ落ち,その顔が血に染まっていく。


 獣に引き裂かれたかのような傷がいたるところに付けられ,蟲に食われた皮膚は形を保ったまま皮一枚で垂れ下がっている。


 きっとアレが,彼女の死ぬ間際の姿なのだ。


 あまりに美しすぎる容姿から迫害された女は,村の人々に受け入れてもらうために,ひたすら醜くなろうと思ったのだ。


 醜くなれば……受け入れられると思ったのだ。


『うわぁぁぁあああああああああああああ!!』


 絶叫を上げてFは逃げ出す。


『どうして!? どうして私を否定するの!? これでも駄目なの!? まだ,まだ醜さが足りないというの!? 応えてよ!!』


 魔女の声は,耳を塞いでも,叫び声を上げてかき消そうとしても,がんがんと耳に響いてくる。


 必死に村に戻ったFは,そのまま乗ってきた車のエンジンをかけ,夜が明けるよりも早く村から逃げ帰った。


 その時務めていた会社も辞めて,出来るだけ人の多い都会に引っ越した。


 まるで……人の波に紛れて,女の怨嗟から身を隠そうとするかのように。


「……でもね。


 まだ,終わらないんだそうですよ。


 都会に引っ越しても,どれだけ人ごみに紛れても……今もなお,時折聞こえてくることがあるんだそうです。 どうして私を否定するのっていう,朽ち果てた魔女の声が。


 一体彼は……いつになったら,彼女の声から逃れることが,出来るのでしょうね」


次の話は同日21時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ