第5話「鮫島事件」
8月4日投稿分の,5話目です。
オカルトシナリオライター・日暮康彦との出会いが描かれます。
「改めまして,こんにちは。
シナリオライターの日暮康彦です,よろしくね」
「はい,1年生の如月真実です」
間延びした声で自己紹介をする日暮の様子を,如月はじっと観察する。
第一印象は,胡散臭い……というものだった。
手入れする気概を感じないぼさぼさの髪はべとっと光っており,一体何日風呂に入っていないのかと疑ってしまう。
服装もだぼっとしたシャツ1枚にぶかぶかのズボンをはいており,ズボンもベルトでなく紐で留めるタイプの適当なものだ。
正直言って,そこら辺の大学生よりも身嗜みの意識が出来ていない。
如月は早くも帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「とりあえず,玄関で話してるのもなんだしさ,入りなよ。
あんまり片付いてる部屋じゃないけどね」
頭をぼりぼり掻きながら招き入れる日暮について,如月も玄関に入る。
廊下の隅っこには埃が溜まっており,掃除も行き届いていないようだ。
「……これ,いつから掃除してないんですか」
「んん~,いつだったかなぁ。
最近新しい本の執筆依頼が来てさ,資料集めに奔走してたから忙しくてね。
あぁ,勿論今がそうってだけで,落ち着いてるときは落ち着いてるんだよ?」
「……要するに,ろくに掃除もしてないし,風呂にも入ってないんですね」
「にははは……面目ない。
社会人としては失格だね」
そんな話をしながら脱衣所を抜け,恐らく仕事場であろう部屋に案内される。
「……って,うわ……なんですかこれ」
そこに広がっていたのは,まさしく資料の山。
恐らくデスクが置かれているであろう場所には所狭しと紙の資料が積まれており,天板が全く見えないのだ。
山の頂点は如月の頭よりも高いところにあり,ひとたび地震が起きてこの山が総崩れになってしまえば,生き埋めになることは避けられないだろう。
少しだけ見えている紙の表面を見てみると,そこには“ネッシー”の文字が確認でき,恐らく都市伝説ネタを扱った2,000年代の古臭いゴシップ記事だろう。
「おわっと!?」
歩き出そうとすると足元にある何かに躓く。
下を見てみると,そこには“超心理学研究会”などという聞いたこともない分野の学会誌が積みあげられている。
いよいよデスクに置くことすら出来なくなったということなのだろうか。
棚の方を見てみると,そこには黒い背表紙がメインの本が所狭しと並べられている。
その内容はどれも都市伝説だの心霊だのといったタイトルに加え,明らかにホラー小説とわかるような文庫本などなど,オカルト系といっていいものばかり,よくもまあこれほどまでに同じようなジャンルの本を集められたものだと感心するくらいの量だった。
「……凄いっすね」
これに関しては,如月の口をついて出た本心の言葉だった。
確かに見た目はずぼらであるし,部屋の中もお世辞にも片付いているとは言えない。
特にデスクの上に積んであるものの中でも下の方にある黄ばんだ資料たちなど,どうせ見ることも出来ないんだろうから纏めて捨ててしまった方がいい筈だ。
だがそれも,彼が覚悟を以て探し求めた人生の軌跡なのだろうかと思うと,部外者が安易に貶してはいけないもののように感じるのも確かだった。
「そうかなあ,そう言ってくれるのは嬉しいなぁ。
最近は家に招くどころか,仕事以外で人と関わることもしなくなっちゃったからさ……お世辞にも片付けられた綺麗な部屋だなんて言えないから,心配してたんだよ」
「いろいろとやばい人の部屋だなってことはよくわかりますよ。
今の時代,学生でもパソコン1台で資料なんて全部済ませるって言うのに,紙束なんて」
「なっはは~,俺もパソコンは持ってるんだけどね。
でも,やっぱり資料を持つならどこまで行っても紙とペンだよ……手軽に直接書き込めて,同じ資料内で付箋を貼ったり目印をつけたりすることは,なんだかんだ紙媒体の方がやりやすい。
それじゃあほら,奥の作業スペースに案内するから,ついてきて」
「あぁ,はい……」
人一人が通るのでやっとの通路と化している床をえっちらおっちら踏みながら,日暮と如月は部屋の奥に歩みを進める。
すると,部屋にひとつだけの大窓の直下にPCの置かれた横長の机があり,丁度編集中なのであろう記事がディスプレイに映されていた。
その周辺には最近集めたのであろう資料が大量に散乱しており,どの紙面にもところせましと蛍光ペンによるメモ書きがされており,余白という概念が消失してしまっているほどだ。
やはりこの男は生粋のライターであり,目の前の資料と向き合う姿勢だけは誰よりも秀でているのだろう。
「ここが俺が普段仕事で使ってる作業台。
ここにいると,自然と集中モードに入れるような気がするんだよね」
「ふぅん……確かにそういうの,いいですよね。
毎回毎回こんなふうに紙に書いて纏めてるんですか?」
「ああ,そうだよ。
君が聞きたいって言ってた“彼女”に関する情報も,既にここに用意してある。
……探すの,結構大変だったんだけどね」
「……そしたら,早速……見せてもらってもいいですか?」
「勿論さ。
……ほら,どうぞ」
そう言うと日暮は,資料棚から分厚い紙束をズッ……と取り出す。
手渡された,黄ばんだそれを見た如月の表情は,一気に引き攣ることとなった。
「……これ……当時の,新聞記事……!?」
「そうだよ。
もうそろそろ30年前になるかな……当時の地方紙は,みんなこれを取り上げていたんだよ」
大学構内で変死。
殺したのは,悪霊の呪いか。
エリート大学生,怨霊の狂気に取り憑かれたか。
そこにあったのは,それらのおどろおどろしい文言で彩られた,複数の地方紙による鮫島加耶子の死亡記事だった。
「す,すげぇ……こんな,ちゃんと残ってるなんて」
「っふふふ……俺が昔の記録を紙で保存している理由,わかっただろう」
得意げな日暮の言葉を聞き流しながら,如月はその記事の内容に目を通し始める。
ただ記事を見せられただけでは,まだ納得がいかない部分があるからだ。
鮫島加耶子……彼女の死を取り上げるということの,一体どこにそれほどの価値があるのだろうか。
言ってしまえば,今の如月の中で,生前の彼女はまだ何の変哲もない一人の女子大学生だ。
死亡事故,というもの自体が悲劇的なスクープであることは疑いようがないにしても,地方紙がこぞって取り上げるほどのものではないはず。
そこにはきっと,センセーショナルな何かがある筈なのだ。
そう思って記事を読んでいた如月は,そこにあった不可解な記載に眉を顰めた。
「これ……どの記事も“変死事件”として扱ってる。
死亡要因とか,わからなかったんですか?」
如月の言葉にぴくりと眉を吊り上げると,日暮は椅子の背もたれにぎしっと体重を預ける。
「……よく気付いたね。
そう……ただの事故死,というには,彼女の死は不可解だった。
死亡時の健康状態に,全く違和感は見られなかった。
目立った外傷もなかった……あったとて,現場から全く凶器が見つからなかった。
部屋は内側から鍵がかけられていた……誰かが出入りした形跡もなかった。
そして,第一発見者もまた,彼女と特段確執もなかった知人女性……発見の経緯にも,全く事件性を感じることがなかったんだ。
そして,生前の彼女の行動,興味,研究……それらもあって,彼女は“心霊現象に殺された”という結論が,一番自然である……としか,言い様がない状態だったんだよ」
「……そんな,ことが……」
あまりにも非科学的……だというのに,目の前に状況証拠として提示されてしまってはどうしようもない。
そんな如月の様子を見ながら,日暮はほぅっとため息を吐いてコーヒーを手に取る。
ずずっと一口すすると,しばらく待ってから彼は口を開いた。
「……どこから知りたい?
新聞記事には書いていない,事件の詳細,裏側のこと」
「へ? ……あ,あぁ,そうですね……」
その言葉にはっとする如月は,慌てて思考を整理し始める。
そしてまずは,先ほどの説明で明らかにならなかったことについて一つずつ聞いてみることにした。
「そうですね……まずは,そうだ。
発見の経緯に事件性を感じなかったって言ってましたよね」
「ああ,そうだね」
「……どんなふうに,彼女は見つかったんですか。
そして,彼女は……その時,どんな状態だったんですか」
「……そうだね。 まずはそこを知りたがるだろうと思っていたよ。
第一発見者とは,俺も鮫島の生前から関わっていたんだ。
当時出来たばかりだった,撮影サークルの同期だよ……事件が起こってからカメラは辞めちゃって,今では中小企業の事務員をやってる。
そんな彼女は,事件の前日深夜……鮫島から,あるメールを受け取ったそうなんだ」
「ある,メール?」
「そう。 内容は,夜が明けたら,警察と一緒に大学構内のあるゼミ室に来るようにとのことだった。
そこは彼女がほとんど独占状態で使っているような場所で,何かしらの思い入れがあったんだろうって言われてる。
半信半疑で,まずは一人で行ってみたようなんだけど,ドアの小窓にも,部屋の窓にも,真っ黒な紙が貼られていて中を確認することが出来なかった。
つっかえ棒を立てられていたせいで開けることすら出来なかったため,意を決した彼女は警察に通報,無理やりドアを破壊して侵入することにしたんだ」
そこまで言うと,日暮は一旦語るのを止めてしまう。
その表情はどこか苦しげで,言いにくそうで……言葉に出すことすら恐ろしい,といったような様子だった。
それを見たことで余計に興味をそそられてしまった如月は,思わず催促の言葉をかけてしまった。
「……それで,どうだったんですか?」
「……凄かったよ。
真っ黒な部屋にはいたるところにろうそくが灯され,壁一面にびっしりと脈絡もない意味不明な言葉が書き込まれていた。
鮫島は床の中央に,全くの無傷のまま膝をついて座っていた……が,発見時点で既に息は無く,口をだらんと開いたまま白目を剥いて死んでいた。
その周囲にはおびただしいほどの動物の肉と骨,血痕が飛び散っていて,まさに地獄絵図といってもいい様相だったそうだ。
そして,部屋の中に一つだけ置かれたデスクには……この狂気の儀式が自身の研究の成果であるという,鮫島の歓喜に満ちた文章が書かれた紙が,置かれていたんだ」
次のお話は明日の12時に投稿される予定です。
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