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第4話「事故の後」

8月4日投稿分の,4話目です。

事故の後の様子が描かれます。

「いやぁ災難だったねお兄ちゃん,怪我がなくてよかったよ」


「ええ,そうっすね……」


 トラックが突っ込んできて数分後,如月は警察からの事情聴取に応じているところだった。


 ガードレールを破壊したトラックはそのまま建物のブロック塀に激突し,バンパー部分がぐしゃぐしゃにつぶれてしまっていた。


 恐らくあのまま如月が避けていなかったら,押しつぶされて一瞬にしてあの世いきだっただろう。


 事故の直接的な要因は,居眠り運転。


 トラックの傍では運転手が警察に向かって何度も何度も頭を下げており,下手をすれば人殺し,なんて言葉も聞こえてきていた。


「……こっちも死にかけたんで同情するつもりはないですけど。


 なんだかんだ言って,この時期はみんな疲れてるんスかね……」


「かもしんねぇなぁ。


 お兄ちゃん,18ってことは新入生だろ?


 新歓帰りの浮かれた気分のままでいたかったんじゃねえかい?」


「あっはは,そうッスねぇ……」


 気さくな中年警官の言葉に苦笑する。


 どちらかと言えば,事故に遭う前から浮かれた気分ではなかったなぁと思っていると,そういえばとある事実に思い至る。


「あ,そうだ刑事さん……


 この辺で俺とおんなじくらいの女子学生,見ませんでした?」


「女子学生? ……特徴は?」


「ん~と……結構ぼさぼさめな黒い長髪に,白いアウター着た奴で……活発そうな感じの」


「あぁ……お兄ちゃん,そいつ名前はなんて言った?」


 如月が特徴を挙げると,警官の声が急に低く,呆れを含んだものに変わったのを感じた。


「へ? 名前は……ええっと,鮫島,加耶子」


 如月からその名前を聞いた警官は,頭を抱えてはぁっとため息を吐いた。


「なるほどねぇ……お兄ちゃん,あの女に掴まってたのか。


 そうなると,災難の意味も変わってきちまうなぁ……」


「……災難の意味?


 どういうことですか?」


「この時期になると増えるんだよ,件の女を見たって言う学生さんがね」


 そう言うと,警官はパトカーの近くにいた部下に指示を出し,トランクからバッグを取り出させる。


 バッグを開くと,彼が取り出したのはポリ袋に入れられた1枚の学生証だった。


「……それ,学生証?」


「ああ,そうだよ。


 あんたが会ったのは,この女じゃないか?」


「……!!?」


 ポリ袋の中に入っていた,学生証の持ち主の名前。


 鮫島加耶子。


 そして,その学生証の有効期限は……


「……この,日付……!! 25年前……!!?」


「そうなんだよ,ありえねぇだろ。


 毎年毎年,おんなじ女と一緒にいたって言う学生さんが,一定数似たような事故に遭うんだ。


 鮫島加耶子……一体なんなんだろうな」


 如月の表情は引き攣り,こわばっていた。


 最初は大袈裟に肩を竦めていた警察官も,その深刻そうな視線に何かを感じ取ったのか,少しだけ眉を吊り上げた。


「……お兄ちゃん,何か知ってるのか?」


「……知っている,というほど知ってるわけではないと思います。


 けど,これかなっていう推測はあります……刑事さん,警察がその学生証を持ってるっていうことは,鮫島加耶子は既に何らかの事件やら事故やらに巻き込まれて死んだってことですか?」


「そうらしいね。


 どうやら30年近く前に大学の敷地内で自殺したらしい,っていうことはわかっているんだが,いかんせん記録が古すぎてなぁ……遺留品も,奇跡的にこの学生証が残っていたっていうぐらいだったんだ」


「自殺……大学の,敷地内で……?」


 如月の頭の中に,様々な情報が駆け巡っていく。


 直前に彼女とした会話は,彼の記憶に鮮明に残っていた。


『おんなじだからだよ,私も』


『私も同じ,地縛霊』


「……刑事さん。


 さっき,毎年のように,似たような事故に遭うって言ってましたよね?」


「あ,ああそうだな。


 それが何かあるのかい?」


「いえ……事故が起こるってわかってるんなら,この周辺の警備を増やすとかすればいいんじゃないですか?」


 如月の問いかけに警官は苦笑する。


「いやぁ,そうしたいのはやまやまなんだがねぇ……どこに出るか皆目見当もつかないせいで,的を絞って張り込みしたりとかもできないんだよ」


「どういうことですか?」


「ああ……実は鮫島加耶子と一緒にいたって証言する学生が被害に遭う事故は,大学の学区内全域で起こっていてな。


 1か所で起きているんだったらそこを巡回ルートに加えれば済む話なんだが,いかんせん学区内の端から端まで事例があるもんだから,最早対応不可能ってことで,警察も放置しちまってるんだ」


「……事故って言うのは,毎回交通事故なんですか?」


「あーそうそう,それもまたいろいろあるんだよ。


 今回みたいな交通事故から,アパートの上階からの転落事故,よろけて線路に入って電車に跳ねられかけた奴の中にも,鮫島加耶子に突き飛ばされたってのが複数あるんだ。


 ホント,こーいうのが都市伝説ってやつなんかねぇ……」


「都市伝説……そうかもしれませんね。


 目撃例がそんなに多いんだったら,警察の方で鮫島加耶子に気をつけろ,なんてビラとか配った方がいいかもしれません」


「あっははは,冗談きついぜお兄ちゃん。


 そんなビラ配ったりしたら,いよいよ警察の信用問題に関わっちまうだろ。


 上官だってこんなへんてこりんなオカルト話を信じるわけもないし,無理無理」


「それもそうですね……」


『地縛霊が呪うことの出来る範囲って,どこまでだと思う?』


 鮫島の不気味な声が,耳の奥でこだまする。


 ありえない……どれだけそう思っていても,彼は自分の体験を錯乱や妄想と決めつけることが出来なかった。


「まあ兎に角無事でよかったよ兄ちゃん。


 新歓の時期だからしょうがないとは思うけど,あんまり初対面の女に気を許さないように,同期の子たちにも言っておいてくれよ」


「ええ,わかりました」


 そうして警察と別れ,帰路につく如月。


 直前まで,ただオカルトに興味があっただけの彼の心は……鮫島加耶子という,学区すべてを呪う異常な地縛霊に取り憑かれてしまっていた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 がたん,がたん。


「えー次はー,××××~……××××~です」


 無機質な駅員の声が聞こえてくる。


 そろそろ目的となる駅に辿り着く。


 如月真実は痛む腰を上げ,荷物を持ってゆっくりと立ち上がった。


「……静かだなぁ」


 無人駅に降り立った彼はスマートフォンを取り出し,メッセージアプリを開く。


 簡単に駅に着いた報告を終えると,はぁっとため息を吐いて改札口に向かった。


 彼が目指している先は,ある一人の男性の家。


 日暮康彦(ひぐれやすひこ)……30年前,如月と同じ大学に在学しており,生前の鮫島加耶子と交際していた経験があるという人物だった。


「全く,なんでこんな住みづらいところに……」


 春のひだまり……というにはいやに暑い気温に辟易する。


 長袖を着てきたことを後悔しつつ,シャツの襟元をぱたぱたとはためかせ,如月は畑の合間に伸びる道路を歩いていく。


「ぁあ……? どの辺だこれ,道間違えたか……?」


 しばらく歩いてから地図アプリで現在地を確認する。


 うんうん唸りながらようやく見つけたランドマークは,目的地に着くために曲がる交差点をとっくに過ぎた地点にあった。


「あぁ,もう最悪……おんなじような道が多すぎるんだよ。


 これ,時間通りに着けるかなぁ……」


 ため息を吐いてきた道を引き返す。


 すると,目の前に小さな祠が立てられていることに気が付いた。


「は? なんだこれ……」


 祠の中には小さな地蔵が立っている。


 説明書きも何もなく,地図を見てみると近くに小さなお寺があるということがわかったくらいで,それらの繋がりも見えてはこない。


 だが……なぜかはわからないが,不思議な引力を感じる地蔵だった。


「……こういうのを,縁っていったりするのかな」


 考えてみれば,振り向いてすぐにこれがあったということは,この地蔵を過ぎたちょうどその時に道を間違えたと気付いたということでもある。


 この地蔵が気付かせてくれたというのなら,お礼のひとつもしなければならないだろう。


 そう思い至った如月は,バッグから財布を取り出すと,ちょうどよく1枚余っていた5円玉を地蔵の手前にある箱の投入口にちゃりんと入れる。


 二礼,二拍手,一礼。


 とりあえず心の中で感謝の意を示すと,如月は地図アプリを広げて道を探す。


 しっかり交差点を確認すると,日暮の家に向かって歩みを進める。


 歩き始めた如月は,どこか先ほどよりも心が晴れやかになったような気持ちがしていた。


「……この辺,かな……あ,あれか?」


 最後の交差点を曲がってしばらく進んでいると,家庭菜園のある広い庭付き一戸建ての家が見えてきた。


 メッセージアプリで送られてきた家の情報と一致する。


 ここが件の,日暮康彦の住んでいる家だ。


「やっと着いた……あーあ,待ち合わせ時間オーバーしちまったよ」


 はぁっとため息を吐き,インターホンを鳴らす。


「はぁい,どちら様~?」


 聞こえてきたのは,低く間延びした男性の声。


 もうお昼もいい時間帯だというのに,まるで寝起きのような,誠実さの欠片も感じられない声だった。


 日暮に対する信頼感を薄れさせながら,如月は不服そうな声でスピーカに向かって声を出す。


「〇〇大学の如月真実です。


 今日この時間に,お話聞かせていただく約束をしていた筈です」


「んん……? あ~はいはい,そうだったね。


 着いたら連絡してって言わなかったっけ」


「しました。


 メッセージ,確認していただけてないでしょうか」


「してた~? ……あーごめんごめん,プライベート用の奴でやってたっけ。


 わかった,今開けるからちょっと待ってて~」


 今にも欠伸をしそうな声を最後に通話は切れる。


 そのまま立って待っていると,がちゃりと家の玄関扉が開く音がした。


「ぉお~い,如月君?


 おいで,入ってきていいよ~」


 ぼさぼさ頭のくたびれた中年男性の顔がひょっこりと顔を出し,こちらを誘ってくる。


 はぁいと返事をした如月は,そのまま彼に誘われるままに玄関まで向かった。


次の話は同日23時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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