第21話「終わらない祭り 後編」
8月10日投稿分の,3話目です。
不思議な空間に迷い込んだ如月真実は,異常性に気付けるのでしょうか。
「いんちゃん……?」
懐疑的な目を向ける如月に,2人の浴衣の子供たちはきゃっきゃっとはしゃぐ。
「そう,いんちゃん!」
「かくれんぼが上手なんだよ~」
如月が目を向けると,“いんちゃん”と呼ばれた男の子は優しく微笑む。
声を発することはなかった。
だが同時に,彼の思考が言語情報となって如月の頭に響いてきた。
「おいで。
おさいふをつくりに来たんだろう? 歓迎するよ」
その声に導かれるように,如月はわたあめとりんごあめを空色ちゃんと桃色ちゃんに渡すと,かんちゃんに歩み寄る。
彼が如月の手を添えると,掌の上の空間が歪み始めた。
「……!」
すると,如月の手に子供が持たされるようながまぐち財布が現われる。
「できた,おさいふ!」
「これでお買い物ができるね!」
はしゃぐ2人の意見を肯定するように,かんちゃんはこくんと頷く。
「えっと……ありがとう,かんちゃん。
それじゃあ,またね」
手を振ってお別れをすると,すぐに空色ちゃんが如月に歩み寄る。
「さあきみ,これでお買い物ができるようになったから,わたあめを食べよう」
その声に同調して,桃色ちゃんも詰め寄ってきた。
「そうそう,はやくこのりんごあめを食べて。美味しいからさ」
彼女らの纏う雰囲気はどこか焦っているような,急かすような様子を感じ取る。
その時になってようやく,如月真実は彼女らの持つ異常性を意識することが出来た。
なんだ。
何かがおかしい。
何故この子たちはこんなにも詰め寄ってくるのだろうか?
ひょっとして,このわたあめとりんごあめには何かがあるのだろうか……?
「う,うん,わかってるよ。
他の屋台とかさ,行事とか,いろいろあるだろうし……おまつりを楽しみながら食べることにするよ」
そう言うと,2人ははっとして身体を引っ込める。
「そうだった,そうだった」
「いそいで食べたらおなかこわしちゃうかもだもんね。
それじゃあ,いろんなお店を回ろう!
金魚すくいとかもあるんだよ」
くいっと手をひかれ,如月は二人に連れられて歩き始める。
その先には,先ほどの空色ちゃんの言葉通り,金魚すくい屋さんがあった。
周囲を見渡すと,射的や水ヨーヨー釣りなど,お祭りの屋台として王道なラインナップの屋台が並んでいた。
「金魚すくいなんて,いつぶりだろうなぁ……」
黒い影から渡されたポイを手に取ると,幼い頃,親に連れてきてもらった思い出がよみがえってくる。
その時は親から与えられたお小遣いの範囲でしか遊べなかったり,夜遅くまで居続けることが出来なかったりと,様々な制約があったもの。
この場ではそんなこと考えなくてもいい……そう思うだけで,先ほどの浴衣の少女たちが見せた異様な雰囲気も,どうでもいいような感覚がしてきた。
「がんばってー!」
「いいぞー,上手上手!」
2人の楽しげな応援を聞いているだけでも,なんだか楽しくなってくる。
それに,おじさんが丈夫なポイを渡してくれたせいなのか,すいっすいっと金魚が取れてくれる。
最終的に膜が破れてしまう頃には,如月の持つ容器には10匹にも迫るような数の金魚が入っていた。
「すごいすごーい!」
「いっぱいとれたねー!」
「ふふふ,ありがとう!
それじゃあ次は射的に行こうよ!」
舞い上がってしまった如月は逸る気持ちを抑えきれず,空色ちゃんからわたあめを差し出される前に彼女の手を取って射的の出店に向かう。
その時に彼女たちの制止する声が聞こえたような覚えがしたが,その声に果たして応えていたのかは,記憶があいまいになってしまっていて覚えてはいなかった。
結局射的では特に何も取れなかったものの,その後の水ヨーヨーでは水玉の間に星が散りばめられたデザインのものが取れたりして,如月の心はお祭りの楽しい気分に満たされていく。
結局その楽しい気分が落ち着きを見せたのは,屋台を一通りめぐり終えて最初の茂みのところに戻ってきた頃だった。
「ふぅ~,やっぱりお祭りって楽しいね」
「うんうん,そうだね~。
つられてこっちまですっごく楽しい気持ちになっちゃった!」
「そうだね。
いつまで出来るかわからないけど,もっと遊んでいたいな」
「ほんと? 嬉しい!」
目を輝かせて水色ちゃんが身体をずいっと寄せる。
そうして如月の手を取った彼女の言葉に,改めて如月は違和感を覚えた。
「ならまた一緒に回ろ!
このお祭りは,いつまでだって続くんだから!」
「……いつまでだって?」
水色ちゃんがまた屋台の方まで連れて行こうとするのを,如月は,水色ちゃんが掴む腕を自身の方向に引いて抵抗する。
「……どうしたの,キミ。
なんにもおかしいところはないでしょ?」
「……本当に,そうかな?」
如月はじとっと二人を睨み,ぐっと足に力を籠める。
一体何がトリガーになったのか,自身でも定かではなかったが……如月は自分の理性が急激に戻り,どんどん冷静になっていくのを感じていた。
「いつまでだって続くって何?
この空間は,時間の流れが止まっていたりするのか?」
そう言われてはっと気が付く。
周囲を見渡せば,空は明るく橙色に染まっていた。
まるで……この神社に来てから,一切の時間が経っていないかのように。
「……どうかなぁ」
顔を伏せた空色ちゃんがふっと笑う。
如月の本能が鳴らす警鐘がそう感じさせたのか……彼女の声は,先ほどと大きく違い,まるで地の底から響くかのような不気味なものへと変わっていた。
「わたあめとりんごあめを食べてみればわかるんじゃないかな」
「そーだよ,食べてみればわかるよ」
ぞわっとする。
やはり何かあるのだ,これには。
食べてみればわかる……その意味について考えるうち,如月はあることに思い至る。
よもつへぐい。
この世のものではない食材を使って作られた食べ物を食べることで,この世に戻ってこれなくなるという言い伝え。
それが,このわたあめとりんごあめにも当てはまるのだとしたら。
この2人が最初に食べ物屋さんを案内したのは,真っ先に現世に戻る手段を断つためだとでもいうのだろうか。
この世界は既に死者の世界で,永遠に日が落ちることの無い夕暮れの中で,終わらない祭りを繰り返すことになるのだろうか。
そのことに思い至ったとき,更に如月が今まで見聞きしてきたことの異常性が思い起こされる。
『わたしたちは子どもだよ』
如月が彼女らと初めて逢った時,子供たちはそう言った。
仮に本当に自分たちが子供だったとして,何者か問われた際に“自分たちが子供であること”を紹介するだろうか。
それだけではない。
祭りの最中,屋台の向こうにいた大人はどれも,黒い影に見えていた。
如月が金魚すくいの屋台に行った時も,ポイを渡してきた腕は真っ黒だったではないか。
極めつけは,今この現状。
迷い込んだ時には如月の腰の高さにも満たなかった浴衣の2人の身長が,ほとんど如月と変わらないくらいになっているのだ。
「ねぇ,食べなよ……わたあめと,りんごあめ」
「ねぇ,回ろうよ……もう一度,お祭りの屋台を」
怪異の象徴たる2人の声が聞こえてくる。
「ふざけるな,帰せ。
こんな不気味な祭りなんて……」
如月が言い終える前に,2人はがしっと手を掴む。
「何言ってるの,遊ぼうよ」
「ずっとずっと,お祭りはつづくんだよ」
「いろんな屋台があるんだから,飽きたりなんてしないんだよ」
「元気いっぱいの子どもだから,疲れたりだってしないんだよ」
「ずっと夕暮れが続くんだから,大人が決める門限だってないんだよ」
「「だから,遊ぼうよ。 ずっとずっと,遊ぼうよ」」
子供のものとは思えない力で引っ張られる。
いや,如月自身が子供になっているから,抵抗できるような力が無いのだろうか。
なんにせよ,力業で脱出することは不可能だ。
「い,嫌だ……っ!
違う,俺は……!!」
ならば,どのようにすれば抜け出すことが出来るのか。
如月は必死に考えを巡らせ,ある可能性に辿り着いた。
「……ぼ,僕には……これ以上,一緒に行けない理由があるんだ」
「「……え?」」
2人の手が止まる。
一体どういうことかと疑問に思っている様子の2人に向かって,如月は必死に思考を巡らせながら次の言葉を考えていく。
「それは……」
利用するのは,目の前の2人が子供であるということ。
つまり,“子供が友達を遊びに誘うのを,止めさせるための言葉”。
飽きと,疲労と,門限以外の,その条件に当てはまる言葉は……
「別の子を,連れてきたくって」
その言葉を聞いた時,ふっと2人の力が弱まるのを感じた。
「……べつの子?」
「そう。
こんな楽しいお祭りなんだもん,僕の友達も呼びたいな」
そう言うと,2人の子どもはふっと顔を見合わせる。
「……ほんと?」
「他の子もいっしょに遊んでくれるの?」
「うん,ほんとだよ。
だから,その子を呼ぶために,一度ここから出してほしいな」
如月にとって,これは賭けだった。
仮にこの怪異たちが生者の世界に干渉できて,任意の人物を誘い込むことが出来るのだとしたら,如月の計画は破綻する。
だが,いくら怪異といえど,縁もゆかりもない人間を任意に選んで引きずり込むことは出来ないはずだと踏んだのだ。
そしてその予測は,恐らく的中したのだろう。
「しょうがないね,そういうことなら」
「わたしたちはここから出られないし,つれてきてくれるのならとってもうれしい!」
くくっと子供たちは笑みを浮かべると,ぱっと如月から手を離す。
「でも,ちゃんとつれてきてよ」
「そうだよ,ずっと待ってるからね」
「終わらないお祭りで遊びながら待ってるからね」
クスクス笑いながら,2人は手を離す。
周囲の景色は次第に薄くなっていき,如月の身体は現実に帰っていく。
「……ふぅ,なんとかなったかな」
騒々しい車の音が聞こえてくる。
強い風が吹き,夏の終わりに見られるような,涼しげな暑さが戻ってくる。
恐らくそろそろ,日も暮れる頃だろう。
そう思って,そろそろ実家に戻ろうと如月が足を踏み出す。
その,瞬間。
「……っ!?」
ぐらりと視界が歪む。
強烈なだるさと眩暈に,如月はがくんと膝をつく。
「これは……まさ,か……」
ある恐ろしい事実に思い至った如月は,震える手を無理やり動かしてスマートフォンの画面を確認する。
その日付は,10月28日……如月が迷い込んだ日付から,2カ月以上が経過していた。
次の話は同日20時に投稿される予定です。
今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。




