第20話「終わらない祭り 前編」
8月10日投稿分の,2話目です。
如月真実が不思議な世界に迷い込みます。
しゃんしゃら,しゃんしゃら,しゃんしゃらりん。
ぴぃひょろ,ぴぃひょろ,ぴぃひょろろ。
綺麗で美しい鈴の音。
永遠に鳴る,鈴の音。
その鈴の音を背景に,子供たちは遊び続ける。
いつまでも,何度でも。
楽しい遊びに終わりはない。
飽きも,疲れも,門限すらも,子供達には関係ない。
子供たちは生者と共に,時間も忘れて遊び続ける。
たとえ時間が経ちすぎて,生者の肉体朽ちても,なお。
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「……この景色も,長いこと見てないと懐かしくなるものなんだなぁ」
空が橙色に染まる黄昏時。
如月真実は,久しぶりに彼の地元に帰ってきていた。
彼は大学でオカルトサークルに所属しているのだが,オカルトサークルと銘打っている以上,その活動が最も活気づくのは真夏の長期休暇。
そのため,サークル活動に熱中すればするほど,帰省のタイミングは逃しがちになってしまうのだ。
「まぁ,そもそもの話……そうまでして帰りたいって思うほど,魅力のある場所じゃないしな,ここは」
大都市のベッドタウンとも言うべき彼の地元は,子育て支援が充実していて学校もそれなりに多く,家族で暮らすには便利なことこの上ないのだが,その分彼の主な生活圏となる大学の学区内と比較して,娯楽施設や心霊スポットが圧倒的に少ないのだ。
そんなものが無くても親への顔見せくらいはするべきとの意見もあろうが,その指摘こそ今の彼にはナンセンスに聞こえるのだろう。
「とはいえ,折角帰ってきたんだからな……このまま実家に行くだけっていうのも味気ないし,ちょっとその辺ぶらついてみるか」
駅を出た彼は,その足でふらふらと散策に出かける。
懐かしい遊具のある公園や,社会科見学で訪れた施設,異様に目立つパチンコ屋。
高校を卒業するまで当たり前に目にしていた何でもない光景だというのに,思い起こすのは中学校に上がる以前の幼少期の思い出ばかり。
「あそこに見える野球場とかも,陽キャの友達によく連れて行かれたっけな。
思い返せば,よく俺みたいなつまんねぇのに飽きもしずに声かけていたものだよ」
子供ならではの,身内に対しての遠慮のなさ,というものもあるのだろうと,感慨深い想いを抱く。
いつのまにか失くしてしまった記憶に苦笑しながら歩いていると,彼の耳朶を不思議な音が打った。
しゃんしゃら,しゃんしゃら,しゃんしゃらりん。
ぴぃひょろ,ぴぃひょろ,ぴぃひょろろ。
「……?」
周囲を見渡す。
彼の視界に映るのは,せわしなく移動し続ける車たちに,アスファルトの地面……あとは,人の気配も感じないような,寂れた工場や飲食店。
たった今聞こえてきたような音がするものは,どこにも見当たらない。
空耳か……そう思い,彼がまた歩き出そうとした,その時。
しゃんしゃら,しゃんしゃら,しゃんしゃらりん。
ぴぃひょろ,ぴぃひょろ,ぴぃひょろろ。
また聞こえる,謎の音。
不気味だとか,異様だとか,そういった雰囲気を感じることはない。
ただひたすらに楽しげで……この世のものとは思えないような,不思議な気配を纏った音色だった。
しゃんしゃら,しゃんしゃら,しゃんしゃらりん。
ぴぃひょろ,ぴぃひょろ,ぴぃひょろろ。
「……お祭りでもやってるのか?」
それは幼いころに経験した,夏祭りの屋台を歩くときによく効いていたような音だった。
だが,この近くでこんな時期に,お祭りなどしていただろうか。
いや確かに時期が時期のため,本当にどこかの自治体主導で夏祭りが行われていても不思議でないことは確かだが。
少なくともこの地域で幼少期を過ごしてきた如月には,この日この時間帯に行われるまつりごとに心当たりはなかった。
「一体,何が……」
音に意識を集中して,もう一度周囲を見渡してみる。
すると……
「……あ,っれ……か?」
彼の視界の少し先の方に,大きくもない,しかし小さくもない,ひとつの鳥居が確認できた。
しゃんしゃら,しゃんしゃら,しゃんしゃらりん。
ぴぃひょろ,ぴぃひょろ,ぴぃひょろろ。
祭りのような音は,その鳥居の奥から聞こえてくるような感覚がする。
その音は如月に,幼いころ親に連れて行ってもらった,夏祭りの光景が思い起こされた。
「……そういえば,そんなこともあったな」
興味を惹かれた彼は,ふぃ……とその鳥居に爪先を向ける。
なんだか周囲の音が聞こえにくくなったような感覚もするが,恐らくそれは意識的な問題だろうと思い,この時の如月は気に留めることもしなかった。
「こんなところに神社なんて,あったかなぁ」
少しだけ首を傾げるも,幼いころに過ごしていた生活圏など,たかが知れている。
お参りくらいはしていってもいいだろうと,如月は鳥居の奥に足を踏み入れた。
すると,どこからか,きゃっきゃっ,あははっ,と子供たちの遊ぶ声が聞こえてくる。
その声は茂みの奥から近づいてきて,その方向に目を向けていると,ぴょんっと小さな影が飛び出してきた。
「あ,みない顔だ」
「うん,知らない顔だ」
現れたのは,浴衣姿の,2人の小柄な少女たち。
片方は空色の,もう片方は桃色の浴衣を着ていて,その手には水風船にわたあめを持っている。
恐らくお祭りを楽しんでいる子どもたちだろう。
「君たちは……?」
「わたしたちは子どもだよ」
「そうそう。
あっちでやってる,おまつりにきてるんだよ」
「お祭り,ねぇ……どんなお祭りなの?」
如月が問いかけると,きゃっきゃっと遊びながらくるくると子供たちは如月の周りを駆け回る
「行ってみればわかるよ!」
「そうだよ,一緒に楽しもう!」
「わわ,ちょ,ちょっと……」
とことこと歩き回るせいで足を動かせばどちらかを踏んでしまいそうになり,如月は動けずにいる。
そんな彼の手を桃色の浴衣の子が取り,こっちこっち,と茂みに向かって歩き始めた。
「わかったわかった,一緒に行くから落ち着いて……」
どうせ聞かれもしない制止の言葉を出しながら,如月は屈んだまま子供たちについていく。
しゃんしゃら,しゃんしゃら,しゃんしゃらりん。
ぴぃひょろ,ぴぃひょろ,ぴぃひょろろ。
茂みの向こうに出ると,祭りの音は一層大きく,賑やかになった。
「ぉお……す,すごいな。
思ってた以上に規模の大きい祭りなんだね……こんなに大規模な祭りが行われているなんて,初めて知ったよ」
周囲を見渡すと,だだっ広い空間に大勢の子供が遊んでいて,右手の通りには屋台が並び,左手側には神社のような大きな建物が複数建ち並んでいた。
「さぁさ,まずは食べ物屋さんに行かないと」
「そうだよ,食べないといっぱい遊べないよね」
「それもそうだね……どんなお店があるのかな」
今度は空色の浴衣を着た子供が如月の手を引き,こっちにいいのがあるよと誘う。
如月はこのころから,2人のことを心の中で,浴衣の色から空色ちゃんと桃色ちゃんと呼ぶことにしていた。
「わたしのおすすめはねぇ,りんごあめ!
あまくてとっても美味しいから,すぐにぺろっと食べちゃうんだ」
「そうなんだね。
財布にどのくらい空きがあったかな……」
如月のその言葉に,くっくっと桃色ちゃんが笑う。
「心配しないで,わたしたちが買ったげる」
「え? い,いいの?」
「いいんだよ~。
だって君,まだおさいふ持ってないでしょ?」
「お財布?
財布なら,ここに……」
如月が財布を取り出そうとすると,2人はぶんぶんと首を横に振る。
「だめだよ,そのお金はここじゃ使えない」
「ここじゃ子どもたちのためのとくべつなお金を使うの,それじゃないよ」
「そ,そうなの……じゃあしょうがないか」
違和感を覚えながらも了承すると,2人は満足したようにうんうんと笑みを浮かべる。
そして,空色ちゃんが早速屋台の奥に向かって声を上げた。
「さあおじさん,りんごあめひとつちょうだいな」
「はいよ,りんごあめね。
百円だよ」
「はぁい,どうぞ~」
空色ちゃんは小さな財布から小銭を取り出すと,上の方から差し出されるトレイにぽんっと乗せる。
まいどあり,と言う声が聞こえた後,台の方からりんごあめが差し出された。
「ありがと~おじさん!
それじゃあ君,りんごあめどうぞ~」
「あぁ,うん。
ありがとう,空色ちゃん」
りんごあめを受け取ると,今度は桃色ちゃんが声をかける。
「次はわたしのおすすめ,教えてあげる!
こっちだよ~,食べながらでいいから,ついてきてね!」
「あぁ,ちょっと待ってよ~!」
とことこと,こちらのペースも構わずに駆けていく桃色ちゃん。
慌てて追いかけると,辿り着いたのはわたあめの出店だった。
「ここ,ここがわたあめ屋さんだよ!
いろんな色とか味があって,とっても美味しいんだ~!」
そう言われて見てみると,大きな看板にはいちご,ブルーハワイ,グレープ,メロンなど様々なフレーバーがイラスト付きで紹介されていた。
「それなら,俺は苺味にしようかな」
「わぁい,いちご!
わたしもイチゴ味好きなんだ~,それならわたしの分といっしょに,おふたつ買っちゃおっと」
先ほどの空色ちゃんと同様,桃色ちゃんがイチゴ味のわたあめを注文する。
伸びてきた腕とやりとりすると,受け取った2つのわたあめのうち片方を差し出した。
「はい,これ!」
「う,うん,ありがとう桃色ちゃん。
そうだ……2人が使ってるお金,僕も使いたいな。
どうやったら使えるようになるの?」
「あぁ,その話?
りんごあめとわたあめ食べてからしよっかなって思ってたのに」
「うーん,でも……これから食べたいって思ったものも,全部空色ちゃんと桃色ちゃんに払って貰うわけにはいかないからさ。
自分で払って買いたいから,教えてくれない?」
「うーん,そっかぁ……それでもいいかぁ」
「そっちが先でもいいかもね。
それじゃあ,こっちきて」
二人はうーんと悩んだ後,如月を広場の一角に案内する。
そこでは如月たちより少しだけ背格好の高い,中学生くらいの男の子が,テーブルクロスのかかったデスクの奥に立っていた。
「いたいた……おぉい,いんちゃん!
おさいふ作りたいって子,つれて来たよ~」
次の話は同日19時に投稿される予定です。
今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。




