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第19話「命の泉 後編」

8月9日投稿分の,3話目です。

人をよみがえらせる湖に関するお話の結末が描かれます。

 翌日の夜。


 日付も変わり,あらゆる生命が寝静まる丑三つ時。


 如月真実は,儀保と共に歩いた踏み分け道をたどり,鬱蒼と茂る森の中に侵入した。


「流石に暗すぎるな……これじゃあ歩くこともままならない」


 かちりと懐中電灯を点け,後をつける人間がいないかと後方を入念に照らして確認する。


 細い三日月が照らす中,一通り追跡者がいないことを確認すると,如月は森の奥の方へと進み始めた。


「全く,いくら立ち入り禁止になるとはいえ,あんなのまで置いておく必要はないだろうに。


 お陰で相当時間喰っちまったから,時間的に多少急がないといけないかもな」


 神社の入り口には,儀保と来た時にはなかった高い鉄柵が設けられていたのだ。


 如月が設置しておいた隠しカメラの映像から,設置されたのは夕方から行われた祭りの終盤,巫女による舞台での舞が行われている最中のことだった。


 儀保曰く祭りの最中は立ち入り禁止ということだったので,恐らくその影響で設置されたものなのだろう。


 如月は時計を見る。


 彼の中の予定からは,凡そ10分ほどの遅れが出ていた。


「ま……急ぐ必要があるのかはわかんねぇけどな。


 こういうのって,大体このくらいの時間に観察するのが王道だろ」


 彼の目的はただひとつ。


 人をよみがえらせる力を持つ神が住むという,湖の観察。


 もしかしたら特に何か成果を得られるわけではないかもしれない。


 ただ,祭りの期間のみ立ち入り禁止にするということは,立ち入り可能な通常の期間とは違った,何か特別なことが発生する可能性は高いと如月は考えたのだ。


「それにしても,神主や巫女の人たちが森の奥に行っていないことは確認しているから,安心して懐中電灯で周りを照らせるのは幸いだな。


 お祭りは明日までって聞いてるから,命の泉で何かするのは明日だろうか?」


 祭事についての考察をしながら,如月は踏み分け道を進んでいく。


 周囲の景色は一切変化の感じられない真っ暗闇の森の中月光すら届かない中で如月が迷わずずんずんと進むことが出来たのは,儀保と一度訪れた際に歩いてきた道筋を入念に記憶・記録しておいたことだけでなく,踏み分け道自体が湖に繋がる一本道になっているからだった。


「本当に,湖専用に作られた森なんだな……


 蟲の声は聞こえるけど,鳥も小動物も全然いない。


 駆除剤でも使ったのかってくらいだ」


 昼間に来た時に見つけた木造の建物もあらかた通り過ぎ,丑三つ時と言われる時間帯もそろそろ終盤に差し掛かろうという頃。


 如月はついに,湖の見える空間まで到着した。


「きた,ここだ……」


 がさがさと草をかき分け,円形のギャップの中に侵入する。


 懐中電灯の先には,そのライトを満月のように明るく反射する湖面が広がっていた。


「……今のところ,あんまり特異なことは起こっていないだろうか?」


 懐中電灯を周囲に振り,湖の周囲には何かないかと見渡してみる。


 案の定,昨日の昼間に来た時から大した変化は見られなかった。


「はぁ……なんだよ,くだらねぇ。


 命の泉とか,神様の住む場所とかいろいろ言ってるけど,結局のところは尾鰭の塊ってことだな」


 可能性自体は考慮していたものの,その考慮は結果を目の当たりにして悪態のひとつも出てこない理由にはならない。


 如月は大きくはぁっとため息を吐き,どさっとバッグを降ろした。


「まぁ……そういうこともあるか。


 とりあえず,暗視カメラの設置と……なんか面白いことがあるかもしれないし,水の採取とかしておくか」


 バッグを開けた如月は,木に取り付けることの出来る小型のカメラと試験管を取り出す。


 一応湖面全体が映るようにと意識して,ギャップの外縁部に生えた木の一本にカメラを取り付けた。


「これで何か儀式の映像が撮れてたりしたら,部長辺りにでも見せてやるか」


 鼻歌を歌いながら試験管を振り,懐中電灯を取って湖の縁に向かう如月。


 屈みながら湖面を照らした彼は,早速試験管をちゃぷんと水に浸ける。


 水を掬い取ろうとした時,ふっと感じた違和感に如月はその手を止めた。


「……?」


 懐中電灯に照らされる湖面。


 そこには当然,如月の顔が映っている。


 しかし,それだけじゃない……その奥にもう一つ,人の陰が見えたのだ。


「っ……!!?」


 ばっと飛びのき,直前までいた場所に振り向く如月。


 そこには,淡い月光に照らされた一人の人影が確認できた。


「……おっと。


 惜しい,ばれちゃった」


「……その声……儀保か?」


 慎重に懐中電灯に手を伸ばし,ばっと距離をとって人影に向ける。


 そこにいたのは,確かにオカルトサークルで一緒に活動し,2人でこの地に訪れた儀保愛華だった。


 ライトに照らされた彼女は手を前に突き出しており,まるで如月を突き落そうとしているかのようだった。


「……どういうことだ。


 お前,こんなところで何を……」


「こんなところでって,それは君もでしょ?


 ま,焚きつけたのは私なんだけど」


 クスクス笑い,如月の方に振り向く儀保。


 その際にほとんど足音がしなかったことから,わざわざ足音を立てづらいような靴を履いて,音がしないように如月の背後に歩み寄ったのだろうということが感じられた。


「焚きつけた……?」


「うん,そうだよ。


 普通に行ける最後のチャンスとか,絶対侵入厳禁とか……そんなようなことを言ってれば,好奇心旺盛な如月君ならきっと禁忌をやぶってくるだろうと思ってさ」


 何かに取り憑かれたかのような不気味な笑みを浮かべる儀保の様子を注意深く観察しながら,如月は彼女の行動の真意を探り始める。


「その目論見自体は大成功ってわけだ。 ただ……理由がわからないな。


 お前はさっき,俺のことを突き落そうとしていた……それも,俺に気付かれないように足音を殺しながら,入念にだ。


 一体,何が目的だ……俺をこの湖に突き落とすことは,そんなに重要なことなのか?」


「うん,多分ね」


「多分……?」


 さらりと言う儀保の態度に,如月は驚愕する。


 その理由はひとえに,儀保の計画の綿密さと返答の曖昧さに大きな隔たりがあったからだ。


 大学での儀保とのやり取りを思い起こす。


『如月君みたいな人がいると助かるの』


 そのように明言する以上は,何か儀保の中で,如月である目的があるはず。


 わざわざ発破までかけて,警戒されるかもしれないリスクを冒してする行動の割には,“多分”という言葉は如月にとって曖昧過ぎたのだ。


 そんな戸惑いの感情が伝わったのか伝わっていないのか,儀保はクスクスと嗤う。


「うん,多分……でも,ほとんど確証に近い根拠はあるよ。


 現代でそれを確認することが出来ないから,多分なんて言ってるだけでね」


「どういうことだ」


「死んだ人間をよみがえらせることが出来る……神様の権能については,言ったと思うけど。


 その蘇りの儀式はね……今やってるようなものでは,絶対に成功しない。


 あるものが足りないみたいなんだ……それが何かは,オカルト好きな君なら,わかるよね?」


「……生贄,か」


 こくんと頷いた儀保は,それも,余所者のね……と付け加える。


「記録を探すのには結構苦労したんだよ? 図書館の郷土史にはなんにも残ってなかったし。


 まだ明治政府も出来ていない頃は……お祭りが終わった後,本当に亡くなった人が蘇ってたみたい。


 そして,その前には必ず……外から来た観光客のひとりが,行方不明になっていた。


 勿論状況証拠でしかないけれど……“部外者一人を湖の中にぶち込めば,そいつを元手に死んだ人が呼び戻せる”っていうのも,理に適っていると思わない?」


「……まぁ,そうかもしれないな」


「そう,だからね? 如月君……この中に落ちてほしいの」


 ぎらりと儀保の眼つきが変わる。


 あまりのトンデモ理論に圧倒されていたせいか,最初よりずっと二人の距離が縮まっていることに如月はその時初めて気づいていた。


「そうしたらさ……事故で死んじゃった,私のお姉ちゃんが還ってくるかもしれないんだから!」


 如月を突き飛ばすため,儀保は手を衝きだす。


 だがそんなことをしてくることは,如月も当然わかっていたのだ。


「きゃあっ!!?」


 ばっと身体を飛びのかせると,儀保が体勢を立て直す前に如月は全力の蹴りをお見舞いする。


 悲鳴があがり,儀保の身体はばしゃん!! と湖面に落下した。


「ちょ,き,如月君!!


 あんた,何して……!!」


「こっちの台詞すぎるだろ,それは……人をぶち転がそうとしておいて,自分がそうなったらキレ散らかすとか,自己中心的過ぎるってなもんだ」


 ばしゃばしゃと必死にもがく儀保にふんっと鼻を鳴らし,如月はバッグを手に取る。


「明後日にはカメラを回収しに来るから,その時もまだ生きてたら助けるのも考えといてやるよ。


 それまで精々,月にでも祈ってろ……見てみろよ,祈り甲斐のあるいい満月だぜ」


「いや,ちょっと,如月君!! 待ちなさいよ,ちょっとお!!」


 儀保の悲鳴が夜空にこだまする。


 その声は,夜が明ける頃までにはすっかり聞こえなくなってしまっていた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ねぇ,如月君……ちょっといい?」


 長期休暇も中盤に入り,オカルトサークルのメイン活動である心霊スポット巡りが始まる初日。


 活動室でスマホを見ている如月に,部屋に入って真っ先に話しかけてきたのは,同じサークルのメンバーでもある猿山夢子だった。


「ん,あぁ猿山か,おはよう。


 どうしたの,何かあったのか?」


「ええ,おはよう。


 何かあったっていうか……如月君,儀保ちゃん知らない?」


「儀保ぉ? 知らないよ,なんで俺が知ってると思ったんだ」


「儀保ちゃん,1週間くらい前に如月君と一緒に実家に帰るって言ってたんだよね。


 でもそれ以来連絡が全然取れなくて……あんた,何か知ってるんじゃないの?」


 疑りの眼を向けて詰め寄ってくる猿山に,やれやれと如月はため息を吐く。


「だから知らねぇって……あいつ,しばらく家族とゆっくり過ごしたいなんて言うもんだから,俺だけ帰ってきたんだよ。


 そんなに気になるなら,あいつの実家の連絡先でも探したらいいんじゃないか?」


 むぅっと煮え切らない態度のまま引っ込んでいく猿山。


 その後姿をみながら,如月はため息を吐いた。


「ほんと……自業自得だってのに,俺のせいにしないでほしいものだよ」


次のお話は明日の12時に投稿される予定です。

☆1からでも構いませんので,評価・コメント,よろしくお願いします。

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