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第18話「命の泉 前編」

8月9日投稿分の,2話目です。

命の泉と呼ばれる,人が蘇る湖に如月真実が訪れます。

 その話題をはじめに彼に――如月真実に――話したのは,同じオカルトサークルの中で部長を務める,儀保愛華という女だった。


「ねぇ,如月君……今度の長期休暇って,予定空いてる?」


「えっ……あぁまぁ,帰省の準備もしてないし,開けることは出来るよ」


 そうと頷くと,儀保は如月に耳を寄せる。


「実は最近ね,私の地元で面白いお祭りがあるんだ……所謂奇祭ってやつ。


 どう? 興味ない? 如月君みたいな人がいると助かるの」


 そう話す儀保の声はやけに熱がこもっていて,如月は少しだけ違和感を覚える。


「奇祭,ねぇ……どんなものかにもよるな。


 単に他じゃ行われていない変な祭りってだけなら,あんまり興味はそそられないけど」


「その点は大丈夫,安心して? オカルト好きなら絶対に興味をそそられる,面白い噂があるのよ」


「面白い,噂?」


 うんっと頷くと,彼女は告げる。


「そのお祭りではね……亡くなった人が,蘇ることがあるんだって」


「……はぁ? 蘇る? なんだぁそれ」


 彼女の説明を要約すると,こういうことらしい。


 儀保の地元では,“おめぐりさま”と呼ばれる神様がいて,普段は縁結びの神様としてあがめられているのだが,毎年ある時期には特別力が強まるらしく,結ばれた縁を辿ることで,亡くなった人間を蘇らせることも出来ると伝わっているんだとか。


 しかしながら,蘇らせることが出来ると言っても,その人数には限りがある。


 そこで,蘇らせる人物を選定するため,ある特殊なお祭りが行われるのだ,とのこと。


「ま,本気で人が蘇るだなんて,信じてる人はほぼいないんだけどね。


 なんにせよ,そういう言い伝えから生まれた奇妙なお祭りがあるってこと。


 どう? 如月君,気にならない?」


「ふぅん,そうだなぁ……」


 如月は先ほどの反応と比較して,うぅんと唸るような悩ましい声を出す。


 興味が全くないかといえば,嘘になるからだ。


 恐らく,というかほぼ確実に,死んだ人間が蘇るなんていうのは尾鰭だ。


 十中八九,何らかの勘違いが発端となって,人が蘇ったかのような現象が起きたことで,祭り上げられるようになったことが起源だろう。


 だがそれによってどんな祭りの形態になるのか……何より,人が蘇るなんていうありえないことが,形骸化したとはいえ今日まで信じられ,祭りとして続いている事実そのものに如月は興味を示したのだ。


 それに,説明の中で,恐らく意図的にだろう……儀保が話すことを伏せた内容がある。


『如月君みたいな人がいると助かるの』


 如月みたいな人,とはどんな人なのか。


 そして,そのような人物がいるとどう助かるのか。


 恐らく今儀保に聞いてもはぐらかされるだろう……その真相は,きっとその祭りに参加し,如月自身の眼で確かめることで,理解することが出来るはず。


 そう考えた彼は,早速予定を開ける準備にかかる。


「いつぐらいに開かれるの? その祭りってやつは」


「来月の半ばだよ。 お祭り自体は三日間かけて,段階を踏んで行われるの。


 時期的には,期末考査もとっくに全部終わって,ちょうど成績が出る頃になるんじゃないかな」


「なるほどね……確かに余裕が出来る頃合いだ。


 わかった,開けておいてやるよ」


「わぁ,すんごい上から目線……誘ったのは私の方だからしょうがないんだろうけど,もうちょっと自分から行ってみたい! みたいな気持ち出してくれないの?」


「知らんな,行ってやるだけありがたいと思えよ」


 如月の軽口は,興味で心が躍っていることの裏返しでもあった。


 そうして,それからひと月ほど経った後。


 如月は儀保と共に,彼女の地元へ向かう電車に揺られていた。


 外の風景は農地と住宅街が間隔的に広がっているような印象があり,遠方にはビルの陰も見えている。


「奇妙な祭りが行われる……なんていう割には,意外と都会的で栄えてるような感じがするな」


「んま~そうかもね,SNSとかで田舎の風景! なんて言って投稿したらホンモノに袋叩きにされちゃったりするかも。


 でも,うちの大学の学区とかと比べたらじゃない?」


「そりゃあ大学周辺はそうだろうさ,最低限それなりに発展してるところに立てないと採算立たないんだから」


「わかってるよー,全く……ネタにマジレスなんてしらけるなぁ」


 はぁっとため息を吐いて背もたれに体重を預ける儀保。


 その様子を見るともなく見つつ,如月はそろそろ聞き時かと判断し,保留していた疑問をぶつけていく。


「それで?


 俺,まだ祭りの詳細について,全然聞かされてないんだけど……いつ説明してくれるんだ?」


「え? 詳細って,話さなかったっけ。


 亡くなった人をよみがえらせる力をこの時期だけ使える神様がいて,その神様によみがえらせる人を選定してもらうっていう……」


「それは祭りの概要だろ。


 俺が言ってるのは,実際にどんなことをする祭りなのかってことだ。


 段階を踏んで行われる,っていうくらいなんだから,初日には何をするとか,二日目には,最終日には何をするんだとか,いろいろあるんじゃないのか?」


「あぁ,その話?


 大丈夫,それに関してはもうすぐ見えるから,そこで説明するよ」


 さらりとまたはぐらかす儀保に疑念の眼を向ける如月。


 それに気付いているのかいないのか,儀保は見ればわかるから,と付け加えて会話を中断させた。


 それからしばらくして,2人は最寄り駅に辿り着く。


 周囲を見渡す如月に,儀保はあっち,と指を指す。


 そこには遠方に背の高い樹木が伸びる森の影が見えた。


「あっちにあるのが,祭りの行われる神社。前に言った,命の泉があるのもあそこだよ。


 明日の夕方くらいからお祭りの影響で立ち入り禁止になるから,今日が普通に行ける最後のチャンスなんだよね」


「ふぅん……なるほどねぇ」


 最後のチャンス,と言われて如月の顔がにやりと歪む。


 その様子をみて,儀保はまるで,疑似餌に魚が食らいついた時のような笑みを浮かべた。


「どう……? 行ってみる?」


「……そんな話聞かれたら,行くしかないだろ。


 早速案内してくれよ」


 よしきた,と微笑むと,儀保は木々の生い茂る森に向かって歩き始めた。


 しばらく歩いていると,ふと如月の眼に奇妙なものが留まる。


「んん……?


 なぁおい,儀保……あれはなんだ?」


 視線の先にあるのは,ある一件の庭付き戸建ての家屋。


 その庭では,住民がシャベルを使って大きな穴をせっせとあけていたのだ。


「あぁそうそう,あれだよ。


 あれがさっき,もうすぐ見えるよって言ってたやつ……庭のある家庭はその庭に,無い家庭はお部屋の中で工夫して。


 あんな感じに,水をためることが出来る穴を,1日かけて掘り作るの」


「水を溜める穴を,ねぇ……」


「そう,お察しの通り。


 お祭りが終わった後,埋めるまでに穴に水が溜まっていたら,そこから大切な人が蘇る……っていう伝説があるのよ」


「なるほどねぇ。


 裏を返せば,本気で信じているにしろいないにしろ……誰か蘇らせたい人がいる家庭が,あーいうふうに穴を掘るわけだ」


「そうでもないよ,今では形骸化してるって言ったでしょ?


 今ではほとんどの家庭で,先祖をお迎えするって目的で掘ってるみたい。


 自分たちで穴を掘って,神社にお参りに行く前にお水を自分たちで溜めて……朝になったら水もなくなってるから,埋め立ててお祭りは終了って感じよ。


 そんな中で,もしご先祖様が蘇ってきたら嬉しいよね~って,私達の家でも言いあってるわ」


 なるほど,よく考えたものだと如月は感心する。


 大切な人が蘇る,なんてありもしない伝統にばかり固執していては,お祭りの継続もままならなかったのだろう。


 その点,先祖供養の儀式と併せたりすれば,祭りとして続きやすいのも確かだ。


「それで……肝心の神社はと言うと,あそこだね」


 そんな考察を巡らせているうちに儀保の声がして,2人は神社へと到着していた。


 大きな鳥居が立てられた神社の通路は人が10人横に並んで手を広げることでようやく塞げるかというほど広く,その先には野球かサッカーができそうなくらい大きな広場があり,境内の奥には鬱蒼とした木々の生い茂る林が広がっていた。


「随分とでっかい神社なんだな……」


「ま,この辺りの地域全体で祀られている,かなり長ぁい歴史のある神社だからね。


 でも明日と明後日の夕方から夜にかけては,この境内が一杯になるくらいの人が集まるんだ」


「なるほどなぁ……」


 感心しながら境内に入ると,こっちと言って儀保は如月の手を引く。


「さぁさ,あそこだよ。


 あの道から奥の森に進めるんだ」


 ちょいちょいと指で指し示すその先には,人ひとりくらいなら余裕をもって通れる程度の踏み分け道が出来ていた。


 儀保の先導に従って進んでいくと,やがて鬱蒼と木々の生い茂る森の中へ入っていく。


 ところどころ人工的な,倉庫であろう木造の建物があったりもするが,人の気配そのものは何処にもなかった。


「えーっと,確かこの道を……あ,そうそう,こっちこっち……あ,あれだ!


 如月君,あそこに開けたところが見えない?」


 獣道をしばらく進んでいると,儀保が突然そんな声を上げる。


 彼女の指さす方向へ如月が目を向けると,なるほど確かに木々の向こうに,開けた空間を垣間見ることができた。


「あの先に,湖が……あそこにも行くことは出来るのか?」


「うん。


 まぁ,明日の夕方以降は絶対侵入厳禁なんだけどね」


「わかった,それなら行ってみよう」


 がさがさと草木をかき分け,如月たちは広場に侵入する。


 そこは円形に広がった草むらの中に,青白く光を放っているかのように澄み切った池のような湖が広がっていた。


「綺麗でしょ~。


 老人会の人たちとか,町おこしやってる市の職員さんとかは,神様のご利益でこんなにも澄み渡った水質になってるんだ……なーんて言ってるけどね。


 実際のところは,単に湖の中の栄養が周囲の土壌や植物に吸われて少ないだけよ」


「まぁ,そんな非科学的なことを本気で信じてる奴なんていないだろう」


「オカルトなんて非科学的なことを本気で信じてる奴がよく言うよ」


 軽口をたたきながら,如月は湖の淵にかがんで湖の中の様子を見る。


 すると彼は,湖底の様子が確認できないことに気が付いた。


 これはつまり,この湖に相当の深さがあるか……あるいは,泥や土砂が隙間なく堆積した,所謂“底なし沼”の状態であるということ。


 それに気付いた如月が疑問を口にするよりも早く,儀保の声が彼の耳朶を打った。


「さ,もういいでしょ?


 そろそろ日も暮れてくるころだし,ここらへんで切り上げて帰りましょ」


次の話は同日22時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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