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第17話「ひとりかくれんぼ実験 後日談」

8月9日投稿分の,1話目です。

ひとりかくれんぼ実験の結末と,その後が描かれます。

「……警察と一緒に……現場まで,行った……ということですか」


 押し黙る葛城に,慎重に日暮は問いかける。


 こくんと頷くと,葛城は一度目を逸らす。


 よほど凄惨な光景だった,と言うことなのだろうか。


 しかし,と日暮は慎重に葛城の様子をうかがう。


 彼の中では,オカルトシナリオライターとしての本能とも呼ぶべき部分が激しくざわめいていた。


 日暮には,全く根拠のない確信があったのだ。


 葛城の得た体験は,必ず飛ぶように売れる記事になる。


 そしてその記事を完成させるためには,葛城が見たAの最期を聞き取ることが必要不可欠なのだ。


「勿論,無理にとは言いません。


 しかしながら……葛城さんの見た最後の光景を後世に残る形で記録すること……それこそが,Aさんの魂を価値あるものにする最大の手段だと,私は思います」


 日暮の説得がどのくらい葛城の心を揺さぶったのかは定かではなかった。


 だが,何かを堪えるようにぐっと口を引き結ぶと……しばらくの沈黙の後,葛城はその重い口を開いた。


「……彼の遺体は,玄関にありました。


 私は警察と一緒に,彼の部屋の前に行き……しばらくの間,インターホンを鳴らしたり,扉を叩いたりして,呼んだんです。


 でも,それでも反応がなかったから,警察の人が手袋をして,ドアノブを引いたんです。


 昨日と同じように,鍵もかかっていなかった扉は開きました。


 その瞬間……私達の目の前に,どさっと……大きな塊が倒れ込んできたんです。


 それが,うつぶせになったAの遺体であるということに気が付くまでに……そう時間はかかりませんでしたよ」


 葛城の言葉が頭に入ってきて,その光景が表す意味が解ってくると……ぞっと日暮の背筋に,怖気が走った。


 ドアを開けると同時に倒れてきた……しかもうつぶせで。


 ということは……Aの遺体は玄関扉に向かってもたれかかるようになっていた,ということだ。


 そう,まるで……玄関から外に脱出しようとして,それが叶わず力尽きたかのように。


「凶器は,背中から腹部に突き刺さった,鋭利なナイフ。


 死因は失血死が濃厚だろう,と警察の方から聞きました。


 死亡推定時刻は,午前5時……だったそうです」


 そこまで聞いた日暮は,葛城の抱く罪悪感について理解する。


 死亡推定時刻,午前5時。


 そして,葛城が起床した時間が,4時30分。


 これは,裏を返せば……もし,起床してすぐに葛城がAの部屋に向かっていたら,Aの命は助かったかもしれないという可能性を示していることになるのだろう。


 当然,確証のある話ではないため,葛城が気が付いてすぐにAの家に向かったとて,手遅れだった可能性もある。


 だが,そんな可能性などどうでもよくて……ただ“自分があの時駆けつけていればAは助かったかもしれない”という後悔のみが,今の葛城を支配しているのだ。


 それを理解した上で,日暮は更に問いかける。


「……その現場には,一体何が残されていたのでしょうか。


 ナイフを使って,彼の命を奪ったのは……何だったのでしょうか」


 再び二人の間に沈黙が訪れる。


 重く苦しい静寂だった。


 だが日暮はそれを全身で受け止め,待った。


 葛城が,再び口を開くその時まで。


「玄関扉の内側には,引っかいたり叩いたりしたような跡が大量に残されていました。


 それこそまるで,厳重に鍵を閉められた室内から脱出することが出来ずに,もがき苦しんだみたいに。


 室内は昨日の状態のまま……荒らされた形跡もなく。


 そして,倒れたAの傍には……一体のぬいぐるみが,置かれていました。


 詰め物をすべて引き出され,代わりに米粒と……剝がされた血塗れのAの爪が,ぱんぱんに詰め込まれたぬいぐるみが」


「……事件性は,無かったんですか。


 たとえば,そう……第三者の指紋が見つかったとか」


 日暮の問いかけに,葛城は首を横に振る。


「ありませんでしたよ,そんなの。


 ぬいぐるみに詰まっていた爪も,Aが自分自身で剥がしたもの。


 ナイフに付着した指紋も,拭き取られた形跡はなく……Aの物だけが残っていたそうです」


「監視カメラのデータは?」


「警察の方に頼んで,数日分のデータをもらいました。


 浴室と居間に設置された監視カメラは,どちらも破壊されていてデータを見ることが出来ませんでしたよ。


 それも……事件の起こる1週間くらい前から,ずっとね」


「……っえ!!?」


 ふむふむ,とメモを取っていた日暮は,思わずその手を止めて驚愕の表情で葛城を見る。


 日暮が違和感を覚えたのは,先ほどの葛城の体験談との矛盾。


 葛城がAの部屋に訪れた時,AはPCで録画したデータの確認を行っていた筈。


 そうなれば,少なくとも事件の起こる前日までのカメラ映像は残っているはずではないのか。


 その疑念が伝わったのか否か……葛城はこくんと頷く。


「……ええ,そうですよ。


 残ってなどいなかったんです,データなんて。


 あの日,彼の眼に何が映っていたのか……一体何の映像を確認していたのか。


 今となっては,もうなんにもわからないんです」


 日暮は,想像していた以上のAの異常性に混乱が収まらずにいた。


 映ってすらいない映像の確認をし続けていたA。


 彼は一体,何を見ていたのだろうか。


 一体いつから,彼はその世界に囚われていたのだろうか。


 そんな疑問と混乱が伝わったのかそうでないのか……虚ろな目で日暮を見ていた日暮は,ふふっと乾いた笑みを浮かべた。


「……ねぇ,ライターさん。


 彼は一体……いつからあぁだったんでしょうね」


「え……?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう日暮と目線を合わせることもなく,葛城は続ける。


 彼の視線の先にあるのは,とあるアパートの一室だった。


「私ね……ずっと考えていたんです。


 あいつの行った研究の,何がいけなかったんだろうって」


「……それは,どういった意味合いで?」


「Aが行っていたのは対照実験……他の条件を変えずに1つの条件のみを変更することで,その効果を検証するものでした。」


「そうでしたね。 それに何か不備があった,ということですか?」


「はい。 きっとA本人も気付いてなかったことでしょう。


 自身がどれだけ正常かなんて,自分では気づけないものでしょうから」


 葛城は背もたれに預けていた身体を前に倒し,うつろな表情のまま日暮を見る。


「ライターさん。


 もし,この内容で記事を書くとしたら……最後に,こう書いて締めてほしいんです」


 彼の研究目的は,何でもない日常空間を心霊スポットに変える条件を探ること。


 その研究通り,彼は何でもないアパートの一室を,事故物件という名の心霊スポットへ変えました。


 しかし私は,その条件まで特定することが出来なかった。


 そこで,この体験談を見ている皆さんにも,考えていただきたいのです。


 彼は一体……いつから狂っていたのでしょうか。


 そして,彼の部屋は……一体いつから,“心霊スポット”だったのでしょうか。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……で?


 そのAさんって人がいた部屋が,ここだと」


 数日後。


 如月真実は日暮に誘われ,あるアパートの一室に訪れていた。


 体験談の現場となった,Aの借りていた部屋である。


「その通り。


 あれ以来,何人かこの部屋を借りたいっていう人はいたみたいなんだけど……どの人も長続きしなくて,今は空き部屋になっているんだってさ」


「その人たち,全員生きているんですか?」


「ふっふっふ……知りたいかい?」


「そういうのいいんで」


 芝居がかった日暮の笑みをバッサリ如月は切り捨てる。


 つれないなぁと言うように大袈裟に日暮は肩を竦めたことから,恐らく全員生きてはいるのだろうということは如月にも予測がついた。


「ま,霊感の無い俺からしたら,あんまり他の物件とは変わらない感じはするかなぁ。


 そうでないと特殊清掃が入った意味もなくなるだろうし,仕方ないんだろうけど」


 アパートの大家から借りた鍵を挿し,日暮は部屋の扉を開ける。


 玄関を過ぎると,左手側にキッチンが,反対側にはトイレや浴室に続く洗面台の扉が確認できる。


 そして廊下の奥には,八畳ほどの居間が広がっていた。


「ひーろいなぁ……都内でこのくらいのスペック探すんだとしたら,軽く20万は飛ぶんじゃないか?」


「ま,ここは都内じゃないっすからね。


 それに,この部屋……」


 呑気な声を出しながら部屋を見渡す日暮を軽くあしらいながら,如月は何かに気付いたようにスマホを手に取る。


「ねぇ,日暮さん。


 そのAさんって人,自分で部屋選んでたりしたんですかね」


「どういうことだい?」


 日暮が如月のいる方に目を向けると,あぁ……と,理解したような声を出す。


「気付いた?


 この部屋さ……立地,あんまりかんがえられてないよね」


 如月が開いていたのは,コンパスのアプリ。


 それを見ながら,如月はそうですねと浴室を見る。


「キッチンと,その奥の浴室……思いっきり北東方向に続いてる。


 こんな状態で,浴室使って降霊術やったんでしょ? やばくないっすか」


「ああ,鬼門って言葉を建築会社が知らなかったのかってくらいだね。


 しかも,それだけじゃない……ほら,これ見てみなよ」


 なんですかと如月が傍によると,日暮は印刷した部屋の図面を広げる。


「これさ,北西の方向から入ってくるじゃん?


 それなのに,窓が南向きなんだよ……玄関入って真正面に窓があるんじゃなくって,右手側に窓が来るようになってる。


 そうなると,左手側……北西方向のこの一角に,空気が溜まって淀んじゃうだろうね」


「確かに……仮にその一角に使用済みのぬいぐるみを詰めたゴミ袋を置いていたんだとしたら,相当ひどいことになっていそうですね」


「仮にそれを全部想定済みで部屋を借りたんだとしたら……まぁ,なるべくしてなった事故物件,とも言えそうだね」


 確かにと同意しながら,如月は洗面台の方に脚を向ける。


「これ……空き家の状態で水とかって出せるんでしたっけ」


「んん……? あーどうだったかな,定期的に水通しはしてるはずだけど」


「ふぅん……」


 日暮の話を聞きながら,如月は意味深に目を細める。


 一体どこの誰が置いたのか……浴室の床に,水が張られ,ぬいぐるみが入れられた,小さな風呂桶があるのを眺めながら。


次の話は同日18時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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