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第15話「ひとりかくれんぼ実験 前編」

8月8日投稿分の,2話目です。

ある人物が,ひとりかくれんぼを通して狂気に飲み込まれていく過程が描かれます。

「そろそろ時間かな……」


 とあるF大学の学区内にあるカフェテリア。


 窓際の一席でぱらぱらと資料を捲っていた男は,ぱらぱらと事前調査の資料を見ながら客人を待つ。


 日暮康彦……地方の出版社でシナリオライターとして働く記者だ。


 オカルト記事を中心に扱っており,現実との近さや作り込みの深さでそれなりの評判を呼んでいる。


 そんな彼がこのカフェテリアで待っている人物とは……


「お,あの人かな……」


 からんからんと音がして,ぐったりまがった猫背で足を引きずるかのような動きで歩いてくる人影がひとつ。


「どうも,お世話になっております。


 葛城悠斗さん……で,よろしかったでしょうか」


 葛城悠斗……ともすれば日暮より老けて見えそうな彼は,れっきとしたA大学の学生だった。


「ええ,お世話になっております。 葛城です……」


 静かに腰掛け,おしぼりを用意した店員に紅茶とチョコレートケーキを注文すると,葛城はぐったりとした様子で椅子の背もたれに体重を預ける。


「本日はご足労頂きありがとうございます。


 いまだ精神的に不安定な状態にあってもおかしくない中,取材を引き受けていただき大変感謝しております」


「えぇ,まぁ……一応ある程度の整理はついてますから大丈夫ですよ。


 この隈は単純に昨日までレポート三昧(ざんまい)でしんどかっただけですから」


 ほぅっと深いため息を吐く葛城。


 そうでしたか,と軽く返答すると,日暮は本題に入ることにした。


「さて……それでは早速,お話をお伺いしてもよろしいですか?」


「……えぇ,構いませんよ。


 話したとて,別に減るようなもんじゃあないですから……」


 そう言う葛城の様子は,まるで話せば話すほど疲弊していきそうな雰囲気を感じさせる。


 減りそうだなぁ,いろいろと……などと思いながら,日暮はじっと次の言葉を待つことにした。


「……どこから話せばいいですかね」


「そう,ですね。


 リアリティのあるネット記事を作るに際して,重要なのは登場人物のバックグラウンドでしょう。


 件の彼の普段の生活についてから,まずはお聞かせ願いますか?」


「普段の生活……そうですね,ある程度は判ると思います。


 とはいえ,俺もあいつの心情とか,なんでそんなことに心血を注ぐんだとか,そんなことを言ってたりもしたんで……あいつが内側でどんなことを考えていたかとかまでは,わかりませんよ」


「えぇ,えぇ,勿論それで構いません。


 亡くなった方の想いを聞き取るなんて,霊能力者くらいしか説得力がないとも思えるくらいですからね」


「まぁ,なんかわかります」


 うんうんと頷いて共感の態度を取ると,日暮はこの日のために購入しておいた新品のメモ帳を開いた。


「それでは,葛城さん……早速お話,お聞かせ願えますか?


 あなたのご友人が体験したという……“ひとりかくれんぼ実験”について」


 こくんと頷くと,葛城はゆっくりとその重い口を開き始めた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


「降霊術ってあるだろ?


 アレさ……やっぱりもっと調べるべきだと思うんだよね」


 その言葉を私にかけた,Aという友人は,根っからのオカルト好きを公言する人間でした。


 口を開けば怖い話,心霊スポット,幽霊,妖怪……パワーストーンとか,風水とか,占い,未確認生物なんかにも執心していて,心霊現象そのものよりは……科学では説明のつかないおかしなこと,不思議なこと,そんなことへの興味が,尽きなかったんだと思います。


 でも,彼の家庭は根っからの理系で,彼自身も得意科目は数学。


 学科も物性物理でしたから,経歴自体はオカルト的なことを真っ向から否定するような人間でした。


 ……今思えば,そういう経歴だからこそ,オカルトに興味を持っていたのかもしれません。


 現代科学の象徴みたいな世界にいたからこそ……それではどうあがいても説明することが出来ないような,幽霊とか,精神とか,そういうことに興味をもつようになったのかもしれません。


 そんな彼の,妄言ともとれる主張は,当然当時の私には,理解できるようなものではありませんでした。


「降霊術を……もっと,調べるべき?


 どういうことだよ,一体何を調べるって言うんだ」


「勿論様々な事柄があるけれど……俺が今最も興味を持っているのは,その条件さ」


「条件?」


「ああ。


 降霊術って,例えば俺の家とか,教室とか……そういった場所に霊を呼び寄せる。


 いうなれば,それまで霊とはなんにも関係なかった日常空間を,心霊スポットへ一時的に変化させる儀式なわけだ。


 となるとだぜ?


 日常空間から心霊スポットへ変化するための確定的な条件が,降霊術の手順のどこかにあるはずだとは思わないか?」


「まぁ……理屈として,わからないわけではないけど……」


 曖昧な返答をする私に,うんうん,そうだろうと頷くと,彼はこう言ったんです。


「だからな? 俺,それを確かめてやろうと思うんだ。


 降霊術を行う中で,意図的に,特定の手順を飛ばして進める。


 そうすることで,最終的な降霊術の結果にどのような影響を及ぼすのか……同時に,どの手順が“心霊スポット化”の確定的な条件となっているのか……それを確かめることが出来るのさ」


 聞いたこともない主張でした。


 オカルトや心霊をそこまで信じていない私でも,非常に強い危機感を抱くに足るものだったことは確かです。


 降霊術の中で,特定の手順を,意図的に飛ばす。


 そんな霊を弄ぶようなことをして,彼らの怒りを買ったりしないのだろうか?


 そもそもそんなことをして,本当に降霊術が成功するのだろうか?


「成功しなかったらしなかったで,“この条件が無ければ降霊術は成功しない”という知見が得られるだけさ。


 それは例えば,降霊術の準備を進める中で,急に怖くなってきたとき,この手順さえ行わなければ成功しないから,安心して中断できるってことだろう?


 同時に,この手順までしてしまったら後戻りはできないから,かならず終了するまで続けなければならないとか,そういったことも言えるわけさ。


 そう考えれば,意義のある実験になるとは思わないか?」


 そう問いかけられた当時の私には,曖昧な返事を返すことしか出来ませんでした。


 オカルトに関する知識なんて,掲示板やネットで得られるようなものしかありませんでしたから。


 その考えを……その実験を,肯定することも,否定することも出来なかったんです。


「……危ないと思うけどなぁ。


 そうやって霊を揶揄うようなことしてる人間が一番ひどい目に遭うって,ホラー作品じゃよくある話じゃないか……?」


「なぁに言ってんだ,これはただ実験をするだけさ。


 それに,降霊術をするからって,本当に霊が来るとも限らないだろ?」


「ど,どういうことだよ……」


「こんなこと言っちゃなんだけどさ。


 俺,実際に霊を見たことないんだよ。


 レポート作ってる合間に心霊スポット行ったりしたことあるし,そこでやっちゃいけないって言われてることだってやったことあるんだけど……霊が怒って出てくることも,呪われてひどい目に遭うことも全然なかったんだ。


 要するに……これは本当に霊が現われるかどうかの実験でもあるってわけだよ。


 これだけやっても出てこないんだったら……降霊術なんてぜーんぶやらせで,本当は心霊現象なんて起こらないっていう実験結果が導き出されるって寸法さ」


「あんまりよくないと思うけどなぁ……」


 そんな風に言ってはみましたが,当の本人に全く聞く耳をもった様子なんてありませんでした。


 なんだかんだ彼のそういった頑固なところは私も知っていましたから……最後に私は,聞いてみることにしたんです。


「それで?


 色々言ってはいるけど……結局お前は,どの降霊術でその実験とやらをするつもりなんだよ」


 そう聞かれた彼は,ぴくりと眉を吊り上げました。


 まるで悪戯好きの子供のような,無邪気で怖いもの知らずな笑みを浮かべた彼は,そのまま私にずいっと顔を近づけたんです。


「そんなの,決まってるだろ……降霊術の中でも,特に危険だってことで有名な……


 ひ と り か く れ ん ぼ さ」


 ひとりかくれんぼ。


 私はその名前を聞いたことがありませんでした。


 ですから,帰ってから調べてみたんです。


 検索結果は,案の定でした。


 怪現象が続出しただの,テレビ番組の中で異様なことが起こっただの……不穏な話ばかりが出てきました。


 やり方を調べても,爪や髪の毛,血を人形に入れるとか,ナイフで刺すとか,物騒なことばかりで……


 きっと危ない,もう少し安全なものからやってもいいのではないか……そんな風に送ったメッセージは,終ぞ帰ってくることはありませんでした。


 翌日になって,私は恐る恐る大学へ行き,彼と一緒に取っている講義が行われる講義室へ行きました。


 しかしながら……その時の心配は,杞憂に終わったんです。


「よう,遅いぞ~,もう講義始まっちまうぜ」


「あれ,A……!? 無事だったの!?」


「おう,まぁあのくらいならな」


 彼は昨日と全く変わった様子もなく,私よりも早く講義室へ来ていたのです。


 講義が終わった後に詳しく話を聞いてみると,どうやら最初の実験は,ぬいぐるみを使うことなく行ったとのこと。


「桶に水を張るだけ張って,照明を消して……テレビだけを点けて砂嵐にして。


 他の手順はちゃんとしないと対照実験にならないから,何やってんだって思いながら人形につける予定の名前を言いながら,ナイフで虚空を刺したりしてたんだぜ」


「そうだったのか……結果は,どうだったの」


「言わなくてもわかるだろ?


 部屋に付けた監視カメラにも,手元のカメラにも,実際の俺が見聞きした中にも,なーんにも異常はなかったよ。


 少なくとも,砂嵐にしておくとか,部屋の暗さとかは,心霊スポット化に影響は及ぼさない可能性が高いな」


「そうなんだね……」


 そのとき私はほうっとため息をついて,安心したのを覚えています。


 確かに,恐らく怪異の本命である人形を使っていないとはいえ……それなりの手順を踏んでも何もなかったということは,ネットの都市伝説はただの都市伝説にすぎないのかも,と。


 その時に彼を止めていればよかったと,この先ずっと後悔し続けることになるなんて……微塵も思うことは,ありませんでした。


次の話は同日21時に投稿される予定です。

今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。

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