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第13話「八尺様 その3」

8月7日投稿分の,3話目です。

八尺様の怪異の収束が描かれます。

 がりがりがりがり。


 がんがんがんがん。


「だれなの,出なさい……取り殺してやる。


 その子供だけがほしいんだから,余計なことをするな……!!」


 八尺様の浸食は続き,いよいよ盛り塩も半分以上が黒く染まっていく。


 このままでは結界が突破され,お守りを持っていない如月は特に危険な目に遭うだろう。


「なるほどな……大人を同じ空間に入れない理由は,これにあるのか……


 けど,はなっからそうだとは思っていたさ」


 だがそのような状況だったとしても,まだ如月は余裕だった。


 懐から厄除けの御神酒と清めの塩を取り出すと,御神酒を8つある天上と床の角に向かってかける。


 それによって八尺様の発する音が少しだけ弱まったのを確認すると,スプーンを2つ取り出すと,片方に清めの塩を盛って形を整える。


 もうひとつのスプーンで黒ずんだ部分の盛り塩を取ると,新しい塩を盛りながら結界の外側に向けて黒ずんだ塩を放った。


「な,何してるのおじさん……!? ぼく,怖いよ……!!」


「いいから,おじさんに任せてて。


 さて……これでしばらくは大丈夫のはずだ。 御神酒も盛り塩も,最初のペースなら3日は持つくらいふんだんに持ち込んできたんだ,一晩くらいは持つはずさ」


 実は如月が少年の部屋に侵入した理由には,部屋の観察や八尺様によって引き起こされる現象の実体験以外にも,もう一つ理由があったのだ。


 それは,『怪異から対象を守護する部屋の中に対象以外の人間が存在する場合,怪異による霊現象が強まる』という仮説の検証。


 如月は掲示板での心霊体験を見る中で,ある疑問を抱いていた。


 八尺様の話では,部屋には少年一人を閉じ込め,完全に1人にする。


 禁止事項は事前に説明するのみで,一緒に部屋に入るということをしないのだ。


 “縁者の声で呼び,子供がそれに惑わされる可能性がある”というのであれば,普通に考えて,その縁者本人が1人でも一緒にいれば,惑わされることなどなくなるはずだ。


 それをしないのには,何か理由があるはず。


 子供が1人でいる時にはない何かしらの影響が発生するために,一緒に入ることをしない可能性が考えられるのだ。


「お目当ての子供が大人と一緒にいることで,八尺様が怒りを感じている……全く,つくづくショタコンでロリコンな女だな,八尺様ってのは」


 その影響が正しくこれだ。


 あれから30分ほどしか経過していないにもかかわらず,御神酒の効果も,先ほど追加した盛り塩も,既に八尺様からの浸食に耐え切れなくなってきている。


「ねぇ,おじさん……助けて,怖いよぉ……!!」


 少年も不安の限界に達している様子であり,仮に盛り塩や御神酒の効果が持ちこたえたとしても少年の心が先に壊れてしまう可能性がある。


 そうなれば本末転倒であり,如月はこの場で何か対処をする必要があった。


「さて,どうするか……恐らく八尺様の目的は,しょうた君の魂だか精神だかを食うことだろう。


 そうなるとクリティカルな対処となりそうなのは……あいつが一定量満足するくらいの餌を与えてやることか」


 そういうと如月は,持参したバッグの中から形代とナイフを取り出す。


「所謂,身代わりってやつだな……しょうた君,ちょっとこっちに来てくれる?」


「ぁぅ……な,なぁに? ……いたっ!?」


 如月は少年の指先にナイフを当て,スパッと切れ込みを入れる。


 滲みだす紅い鮮血を,如月はべっとりと形代に塗り付けていった。


「お,おじさん,何それ……何してるの?」


「君の身代わりを作ってるんだ。


 半分くらいは賭けだけど……うまくいけば,外にいるばけものを退けることが出来るだろう」


「ほ,ほんとに……?」


 懐疑的な目を向ける少年を元気づけるためにしっかり頷くと,少年の血を形代の全体に塗り付け,形代を真っ赤に染めていく。


 形代の全身に塗りたくると,今度は少年の後ろ紙にナイフを当てた。


「んん……」


 すぱっと髪の毛を切り取ると,形代に糊で張り付けた。


「さて,これで君の身代わりが出来た。


 あとは,君の本体を八尺様に感じ取られないように隠してみるか」


 そう言うと如月は,御神酒を頭から少年にかけ始める。


「わぅ……!? ちょ,ちょっとおじさん……!」


 酒瓶を2本,3本と開けると,少年の身体が満遍なく濡れるように浸していく。


 それが済むと,如月は少年を仏壇の陰に連れ込んだ。


「よしっと。


 ここにいれば,八尺様からも君は補足されにくいはず……恐らく本当は仏壇の中が適切なんだろうけど,そこまで小さくはないから仕方ない。


 兎に角,この場所でじっとしているんだ……息をひそめて,気配を消していること。 そうすれば,きっとおじさんが何とかするからね」


「ほ,本当に……?


 本当に大丈夫なの?」


「そうだ,大丈夫……安心してね」


 優しく少年の頭を撫でると,如月は新聞紙で目張りされた窓に向かう。


 がんがんがんがん!!


 がりがりがりがり!!


 窓に打ち付ける振動が一層激しくなる。


 思惑通り,形代のことを少年だと錯覚しているようだ。


「しかし姿は見せないようにしないと,俺が危険だからな……慎重に,慎重に……」


 目張りの隙間から形代をするりと滑り込ませる。


 手探りで窓のカギを開けると,形代が外に出るように一瞬だけ窓を開けてすぐに締めた。


 ガタァン!!


「ひぃいっ!?」


 衝撃音が響き,部屋全体が大きく揺れる。


 その衝撃が止んだ後は……夜が明けるまで,八尺様が戻ってくることはなかった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ふぅ……それにしても,たった数日とは思えないくらいの成果だな」


 分厚くなった資料をパラパラとめくりながら,如月真実は不敵な笑みを浮かべている。


 初日に八尺様の襲撃に遭った後,2日ほど経過してから少年は亡くなった。


 第一発見者は少年の母親。


 昨晩まで何の変哲もなかったのが,翌朝一向に起きてこなかったことを不審に思い,彼の私室に訪れたところ,冷たくなっていることが確認されたのだそう。


 噂によると,どうやら突発的な心臓発作によって命を落としたということになっているようだ。


 だが……如月の仕掛けた隠しカメラや盗聴器からは,彼の死の真相を垣間見ることが出来た。


 夜になり,パジャマ姿で私室に入った少年はベッドに入って眠り始める……だが,ちょうど日付が変わった頃に目を醒まし,恐怖に怯えた目をして周囲を見渡しはじめる。


 必死に家族の名前を叫んでも,階下の彼らに届いている様子は見られなかった。


 盗聴器に記録されていた,少年が怯えていた時の音声を再生する。


 コンコンコン,コンコンコン。


 恐らく窓の方だろう,指で窓ガラスをノックする音が聞こえてくる。


『ぽ,ぽぽぽ……ぼぽぽぼぼぼ,ぽっぽぽぼ……』


 少し遅れて聞こえてくる,声であるとも,そうでないともいえるような低い声。


 八尺様……あの怪異は,やはり形代ごときで諦めるような存在ではなかったのだ。


 ずず,ずずずず……


 窓から伸びてくる,大きな白い影。


 恐らく悲鳴を上げているだろう少年の声は,最後まで盗聴器に記録されることはなかった。 恐らく家族にも,終ぞ聞こえることはなかったのだろう。


 そんな様子が1時間ほど続いた後。


 深夜1時ころになって,八尺様がずずっと動き始める。


 白目を剥き,ベッドに倒れたまま放置される少年の身体には,傷一つついていない。


 彼は最後に,何を体験したのだろうか。


 その結末は,部外者の如月たちには知る由もない。


 そもそも調査を終え十分な成果を手にした如月にとって,少年が最後に何を体験したのかなど興味の範疇にもないのだが。


「なんにせよ,八尺様に目をつけられた時点でしょうた君にながく生きる道は残されていなかっただろうし……遅かれ早かれ,だろうな」


 陽炎に揺らめく景色の中,少年を入れた棺が運ばれていく葬列が遠方に見える。


 本人はその事実を知る由もないが,既に集落の中では八尺様に少年が取り殺されたことが知られ始め,老人たちを中心に如月の情報が出回り始めていた。


 少年の死に違和感を覚えた祖父が聞きこみ調査を行った結果,様々な状況証拠が出始めていたのだ。


 “八尺様について知りたい”と話を持ち掛けてきた若者がいたという,母親の証言。


 “神社の周辺一帯を使ってかくれ鬼をやろう”と言いだす男がいたという,子供たちの証言。


 その男と遊んでいる最中に突然,少年が体調不良になったと言い出し解散を提案されたこと。


 解散を言い出された際に,“ぽぽぽという声を出す長身の女に会わなかったか”と聞かれたという話。


 事実や伝承を知っている老人たちからすれば,明らかに“知っている”人間が行う行動。


 如月真実が――老人たちはその名前を知ることは出来なかったものの――この地域が八尺様の出没地域だと知ったうえで,わざと少年たちを外に連れ出して,八尺様に遭遇させようとしているということは明らかだった。


「儀式が失敗したのも,きっとその男のせいだ!」


「絶対に許せん……何が民俗学の研究だ。


 必ず見つけ出して,罪を償わせてやる!!」


 母親が男から渡されたという携帯電話の番号に何度も何度も通話をかける老人たち。


 だが,何度かつながったところで,如月に届くことはなくなった。


「全く,五月蠅い老人たちだよ。


 最初に出た時に一回ごめんって謝ったろうに……」


 携帯の電源を切り,これから戻るまで不便だなぁと思いながら足元を見下ろす如月。


 バス停に続くその道沿いには,小さな地蔵が立っていた。


「これは……集落の方を向いているな。


 なんだろう……確か,地蔵には守り神の意味合いがあったり,結界としての役割があるんだったか?


 そうなんだとしたら,こうしてやると,どうなるのかな。


 んぐ……と,よい……しょ!!」


 如月は地蔵に手をかけると,目いっぱいの力を込めて押し倒す。


 ぐらりと傾いた地蔵はそのまま集落の外側を向いて倒れ,劣化していたのもあってか衝撃でべきゃっと壊れてしまう。


「……これで何か,あるものなのかね」


 ふんっとため息を吐いて,如月はその場を立ち去るのだった。


 鼻歌のように,ぽぽぽぽ……と機嫌の良い声を出しながら……。


次のお話は明日の12時に投稿される予定です。

☆1からでも構いませんので,評価・コメント,よろしくお願いします。

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