第12話「八尺様 その2」
8月7日投稿分の,2話目です。
如月真実が八尺様の怪異に巻き込まれます。
「白い帽子をかぶった,女の人……!?
垣根の上まで帽子が見えたのかい? 何か声とか聞こえなかった?」
内心で興奮しながらも,如月はつとめて冷静な声で少年に語り掛ける。
「う,うん……すっごい背が高くて……ぽぽ,とか,ぼぼぼ,みたいな……声?
そんな感じのを出してた……おじさん,知ってるの?」
「一応ね……その女の人を見たってことは,しょうた君は少し危ないかもしれない」
「ええ!? ど,どうなっちゃうの?」
「詳しいことは,きっと君のおじいさんが知っているよ。
兎に角少し早いけど,隠れ鬼は中止だ,すぐに変えろう」
「で,でもぉ……」
「大丈夫,また明日あそべばいいから,ね?
おうちに帰ったら,君のおじいさんに“背の高い,ぽぽぽぽって笑う女の人に会った”って伝えるんだ,そうすれば対処法を教えてくれる」
少年を説得しながら,如月は彼のズボンのポケットに小型マイクを滑り込ませる。
その後,少年を家に向かわせた如月は他の子どもたちを含めて神社の入り口に集合させ,遊びを中断して帰るように伝えることにした。
「ええ~!? しょうた,具合悪くなっちゃったの!?」
「心配だよ,みんなでしょうたの家に行こう!」
「大丈夫だよ。
おじさんが見ていたけど,家に帰って一日休めば回復する様子だったからね」
「ふぅん,そうなの?」
「そうそう,みんなも体調悪くなる前に,そろそろおうちに帰ろう。
でもその前に一つだけ,聞いておきたいことがあるんだ」
「聞いておきたいこと?」
「なぁに,おじさん?」
「遊んでる最中に,すっごく背の高い女の人とか,見なかった?
ぽぽぽぽぽ,みたいな声を出しているとまさにその人なんだけど」
「女の人~?」
「ぽぽぽ~?」
「知らなーい,何それ?」
「わかんないならいいんだ,聞いてくれてありがとう。
それじゃ,解散」
消化不良のまま帰っていく子供たちを見送ると,早速如月は少年に仕込んだマイクのGPS情報から家を探し,無線機に耳を当てる。
『えらいことになった……しょうた,今夜は決して家から出てはいけないよ』
『そ,そんなぁ……』
『大丈夫,じいちゃんたちの言うとおりにしていれば大丈夫だから。
ばあさん,俺は××さんのところに行ってくるから,あとのことは頼んだよ』
「よしよし,上手く伝わってるな。
あとは確か,掲示板の内容だと2階に……いや,オカルト現象であることを考えると仏間の方が鍵になりそうか?」
家の様子を観察していると,如月は丁度2階の窓が網戸を残して開いていることに気が付く。 恐らく少年が不用心にも空けたままにして外に出てしまったのだろう。
ちょうど入れそうな樹木が植えられていたことや,予め邪魔にならない程度の長さのロープやフックを持ってきていたことが幸いし,如月は住民に気付かれることなく家の中に入ることに成功した。
「完璧だな……母親に既に会っているとはいえ,恐らくまだ玄関から強行突破できるほど信頼は得られていないだろうからな。 このまま準備ができるまで待っていよう」
押し入れに身を隠し,無線機を使って外の情報を聞きながらその時を待つ如月。
どたばたとせわしなく準備をする振動が如月の元まで聞こえてきて,いかに現状が緊迫した事態であるかを感じ取らせてくる。
『しょうた,こっちに来なさい』
しばらく待機し,夏の夜もいよいよ更けてきた頃,無線機から少年の祖父と思しき人物の声が聞こえてくる。 いよいよ八尺様から身を護るための儀式が始まるのだ。
『もうすぐ日が暮れる。
いいか,明日の朝まで,絶対にここから出てはいけないよ。
俺もばあさんもお父ちゃんもお母ちゃんも,お前を呼ぶこともなければ,お前に話しかけることもないから。
明日の朝7時になるまで,絶対にここから出ないように……そして7時になったら,お前自身からこの部屋を出るんだ,いいね』
盗聴器から,掲示板で見たのとほぼ同じような声が聞こえてくる。
そのまましばらく待機していると,どたどたと歩く音がしばらくしてから周囲が完全に静まり返る。
「よぉし,いよいよだ。
ここからは慎重に動かないと……」
音を立てないようにしつつ,素早く如月は押し入れから外に出る。
暗がりの中慎重に歩みを進め,2階の中で唯一明かりがともっている部屋までたどり着くと,そのまま素早く戸を開けて部屋の中に侵入した。
「っえ!? お,おじ……」
「しぃい,静かに……大丈夫,おじさんは八尺様じゃないよ。
大声を出したりしたら,それこそお化けに気付かれちゃうから,小さな声で,小さな声で話すんだよ」
「ぅう……わ,わかったよ,おじさん……」
不安そうな声を出す少年に優しく微笑み返すと,如月は周囲に目を向ける。
学生用ワンルーム程度の広さの仏間は窓が新聞紙によって目張りされ,丁寧にお札も貼られている。
四隅にはしっかりと盛り塩が置かれており,仏壇とたんすが隣り合わせに,たんすとテレビが向い合せに置かれている。
掲示板にある通り,テレビの隣にしっかり簡易便器も用意されていた。
「やっぱりこんな感じなんだな……貴重な資料だ」
如月はスマートフォンを取り出し,部屋の様子を写真に収めていく。
「それにしてもおじさん,どうして僕の家に……?
八尺様っていうばけもののこと,どうして知ってるの?」
「よく調べたからさ。
数年前に,ここで同じような事件が起きたみたいでね……詳しく調べるために,この村に来たんだよ」
「そ,そうなんだね……」
「さて……掲示板では,深夜1時過ぎに出現していた。
ということは,まだ少しだけ時間があるだろうか……それまで少し暇になりそうだが,どうなるか……」
そう思っていた如月の耳に,コンコンコン……と,小さく窓を叩く音が聞こえてくる。
「……?
しょうた君,今何か……聞こえなかった?」
「え? 何かって,何が?」
きょとんとする少年。
つかの間の沈黙。
不安げな瞳を潤ませ始める少年。
彼に言葉をかけようとしたその時……“あの声”が,静寂を破った。
「ぽ……ぽ,ぽ,ぽ……ぼぼぽ……」
「……!!?
この声……!!」
「ふえ……? なぁに,おじさん?
変な音聞こえるけど,何か知ってるの?」
「八尺様だ……もう来たのか?
いや,掲示板の体験は眠ってから起きてすぐ……つまり,それまでずっと出現していた可能性があるということか……」
「っひぃ……!?」
コンコンコン,コンコンコン。
窓を叩く音がする。
指で窓をノックするような音……だが,ここは2階の仏間,普通の人間が外から窓をノックできるような高さではない。
「しょうた君,お守りはどこに?」
「お,おまもり……おじいちゃんからもらったやつ……?
そ,それなら,ここに……」
少年はがたがた震えながら,懐からお守りを取り出す。
こっちへ,というだけで,彼は俺の懐に飛びついてきた。
「何,何……? なんなの,誰なの……?」
怯える少年の声に応えるように,窓の外から声のようなものが聞こえてくる。
しかしそれは……如月が想像していたものとは,大きく違ったものだった。
「ぽぼぼぽぽぼぼ,ぼぼぼっぽぽぼ,ぼぽっぽぼぼぼぽ……」
「おじいちゃん……? でも,さっき呼んだりしないって……」
「……!!?」
腕の中で不安げな返答をする少年に,如月は驚愕の表情で息をのむ。
今の声で,少年は何か言語情報を聞き取ったというのか。
それも,聞き馴染みのある人間の声を。
「ぽぽぽぼぼっぽ,ぼぼぼっぽ,ぽぼぼぼぼ……」
「……しょうた君。 今,なんて聞こえたんだ……」
「ふえ……? お,おじいちゃんが,怖いなら無理するなって。
こっちにきても良いんだぞって言ってるんだけど……おじさんはそう聞こえなかったの?」
「……なるほどな」
衝撃的……だが,納得のいく仮説だ。
八尺様の伝承の中に,声を真似るというものがある。
鮫島の研究資料の中や,如月が参考にしている掲示板での体験談でも,本人の祖父や母親などの近しい人間と同じ声を発することで,対象となる子供の警戒心を削ぎ落すとされている。
だが,恐らくその実態は,八尺様本体がそのような声を発しているわけではないのだろう。
八尺様が出した声を,聞き取った本人が近しい間柄の人物として誤認しているのだ。
「ぽっぽぽ,ぽぽぽぽぽ……」
「しょうた君,聞かなくていい。
今の声は,八尺様のものだ……八尺様が出している音を,君がおじいちゃんの声だと思い込んでいるだけなんだ。
その声はおじいちゃんの物じゃないから,聞かなくていいよ……」
「う,うん……」
部屋の隅では,盛り塩が少しずつ変色し始め,特に窓際のそれは既に上の方が黒ずみ始めている。
しかし少年は如月がいることで安心したのか,お守りを握りしめながらもそこまで恐怖を感じている様子はない。
このままやり過ごせるか……如月がそう思った時だった。
「ぽ……ぽ,ぽ……
ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ」
がりがりがりがり!! がんがんがん!!
突然窓を叩く音が激しくなり,その衝撃でまどが割れそうなほどに打ち付けられる。
更にその音は,外に繋がる窓や壁からだけに留まらず,天井,左右の部屋と隣接する壁,ドアや少年の祖父母がいるであろう下の階に繋がる床からも聞こえ始めてきた。
「ひぃぃぁぁあああああぁぁっぁああああ!!?」
「んな……!?」
先ほどまでの様子を見ながら誘うような態度からの激変に驚愕する如月の耳に,聞こえるはずのない声が聞こえてくる。
「誰? そこにいるのは誰?
子供と一緒にいるのは誰? 出てきなさい」
「……鮫島,加耶子……!!?」
新歓の夜に聞いたものと同じ鮫島の声は怒りに満ち,まるで如月を取り殺してしまおうとするかのようだった。
「なんだ,さっきは全然そんなことなかったのに……
まさか,部屋の中に子供以外の存在がいるとこうなるのか!?」
如月の表情に焦りの色が濃くなる。
四隅に置かれた盛り塩はみるみるうちに黒く染まっていき,八尺様の猛攻を朝まで耐えることが出来ないのは明白だった。
次の話は同日23時に投稿される予定です。
今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。




