第11話「八尺様 その1」
8月7日投稿分の,1話目です。
如月真実が掲示板の内容を参考に,八尺様に会いに行きます。
「ここか……やっと着いた。
全く,こうも長くバスに乗るなんてめっきりなかったから,尻が痛すぎる」
夏の日差しが照り付ける。
陽炎によって遠くの景色が揺らぐ中で周囲を見渡してみても,バスの停留所以外,家屋はまるで確認できない。
都市部からは電車とバスを乗り継いで,片道3時間……如月真実は,とある山間の集落まで来ていた。
「さて……時期は見て来たものの,これで収穫が無かったら本気で凹むぞ……頼むから,誰かしらはいてくれよ……?」
バス停を出ると,見渡す限りの田園風景が広がっている。
あぜ道を歩きながら,如月は手元の資料に目を落とした。
「……八尺様。
白いワンピース姿,“ぽぽぽ”という声を発しながら出没する,八尺……すなわち,身長240㎝ほどの女性型の怪異。
成人前の子供を狙い,昼間に目を付けた人物を夜になってから襲撃し,取り殺す性質を持っている。
鮫島先輩の調べ方がうまいのか,オカルト界隈の情報更新が遅いのか……俺の付け足す必要のある情報,何にもなかったな」
そう。
如月がこの集落へとやってきたのは,八尺様と呼ばれる怪異に関する調査のため。
過去に鮫島加耶子がフィールドワークに訪れたこの集落であれば,何か情報がつかめるかもしれないと思ってのことだった。
「さて……まずは村人探しだな。
何人か子供を見つけておく必要がある……それも,伝承についてよく知らない親のとこの」
ふんふんふん……と鼻歌を歌いながら歩いていると,しばらく先の田んぼで作業をしている老人が見える。
「こんにちは,おじいさん。
お仕事,お疲れ様です」
「んあ……? あぁ,はいはい,どうもおはよう。
どうも見ない顔だねぇ……どこの子だ? 最近しばらく帰ってないっていう齋藤さんとこのお孫さんかい?」
「あぁいえ,ここには始めてくる者です。
今仰っていた,齋藤さんっていうのは?」
「あぁ~,はいはい,こんな辺鄙なところにどうもご苦労さんねぇ。
齋藤さんっていうのは,向こうの方に住んでる人でねぇ……ちぃーさいお孫さんもいるとこなんだよねぇ」
「小さいお孫さん?」
「うんだぁ,最近は上の子が全然連絡もよこさないってんで,子供も困ってるんだってねぇ」
「へぇ……まぁよくわかんないですけど,折角の子供や孫が頼りのひとつもくれないっていうのは寂しいですよね」
「そぉ~だねぇ,うちの孫もみんなすっかり成人しちゃって,寂しくなってねぇ……」
「それは寂しいですね……教えてくれてありがとうございます,それじゃあまた」
「ぉお~う,元気でなぁ」
これ以上情報は得られないだろうと思って早々に見切りをつけると,如月は軽い挨拶を済ませて老人と別れる。
しばらく歩みを進めていると,寂れた商店街を過ぎたあたりで小さな子供の声が聞こえてきた。
「こぉら~! あんまり遠くに行っちゃだめよ~,置いてくわよ~?」
「わ~!」
そこにはきゃっきゃっとはしゃぎながら道を駆けまわる,小学校低学年ほどの男の子と,その母親と思しき女性がいた。
ちょうど如月が角を曲がったところで遭遇してしまったことで,とことことかけてくる少年の身体がどんっと如月にぶつかってしまった。
「おっと……!」
「あっ! すみませんうちの子が,ご迷惑をおかけしました!」
「あぁいえ,大丈夫ですよ」
「ほらしょうた,そんなに走ってるからお兄さんにぶつかっちゃったでしょ。
お兄さんにごめんなさいしなさい」
「あぅう~……ご,ごめんなさ~い」
慌てて駆け寄ってきて謝らせる母親に,如月は微笑ましい気持ちが芽生えてくる。
同時に,この子なら使えるかも……と思いつつ,話を振ってみることにした。
「いえいえ,気にしないでください……それに,素直に謝れるなんて偉い男の子ですね。
ついでにといっては何ですが,ひとつお伺いしたことがあるんです,よろしいでしょうか」
「すみません……はい,なんでしょうか? 私にわかることならお聞きいたしますよ」
「ありがとうございます。
実は私,民俗学の研究をしている学生でして……この集落の近くに伝承が残っているという,八尺様について知りたいのです。 ご存じないですか?」
「八尺様……ですか?」
怪訝そうな顔をする母親。
ハズレを引いたか……と思っていると,彼女はしばらくして何かに思い至ったかのような顔をした。
「うーん,そんな話を聞いたような,聞かなかったような……すみません,私はここの出身ではないもので。
主人が確か,そのようなことを言っていたような気がします」
「ご主人が? 後日にでも,お話を聞かせていただくというのは……」
「ええ,構いませんよ。
それに恐らく,主人よりも義父の方が詳しいと思います。
彼はこの村から出ることもなく長年居続けているそうで,きっと村の伝承やしきたりには詳しいはずです」
「そうなんですね。
……そしたら,私もしばらくやらねばならないことがあるので……明日,明日の正午以降などに,お伺いするというのはいかがでしょうか」
「あぁ,えぇ,その程度なら問題無いはずです。 義父にはそのように伝えておきますね」
「ええ……こちら,僕の携帯番号です。 もし都合が悪くなった場合などは,ここに連絡をお願いします」
「はい,ありがとうございます。 ほらしょうた,いくよ」
「はぁ~い……ばいばい,お兄さん」
「はぁい,ばいば~い……またね,しょうた君」
笑顔で手を振る如月。
母子の姿が見えなくなった後,彼の表情はしてやったりといった様子の怪しい笑みへと変わるのだった。
そうして昼過ぎになり,如月は先ほど遭遇した少年を探し始める。
「ふぅ……あまりにも田舎すぎると,娯楽施設どころか飯を食うところもないんだな。
まさか探すだけで一苦労だとは思わなかったよ」
如月の中ではかなり余裕をもって動いたつもりではあったものの,結局探索を始めたのは最も太陽の照り付ける時間帯を少し過ぎた頃合だった。
「お……いたいた。
って,おや……今は友達も一緒にいるんだね」
「あれ,さっきのおじさん。 どうしたの,何かあった~?」
如月が件の子供を見つけたのは,団地の近くにある公園。
都会では老人たちが文句をつけるせいで中々できなくなっているという公園でのボール遊びも,こんな田舎では何のそのということなのだろう。
周囲を見てみると,3人の子供と一緒に遊んでいる。
どれも少年と同じ小学校低学年ほどであり,そのうち女子が1人含まれていた。
「うん,丁度さっきお母さんに,君たちと一緒にいるように頼まれたんだよ。
どうやらみんなの親御さんたちも大人がいないのは心配みたいでね,おじさんと一緒に遊ぼう?」
「え,そうなの? いいよ~おじさん,みんなでドッヂボールやろ!」
「お,いいぜ? 負けないぞ~!」
そうして軽く子供たちと遊んだ後,疲れ始めた子供たちを相手に如月は隠れ鬼を提案する。
狙いは当然……子供たちをばらばらに散策させて,個々に八尺様と出会わせるためだ。
「かくれおに~?
いいよ,場所はどこにする~?」
「そうだなぁ,この公園内は隠れられる場所もないかぁ……みんな,よく遊んでるのはどこ?」
「うーん,いつもはこの公園と,あと神社のまわりとか……裏山とかだよ!」
「神社のまわり? 遊んで大丈夫なの? 神主さんとかに怒られない?」
「いーの,大丈夫だよ! あそこも周りのおうちもぜんぜん人いないもん!」
「お,ほんと?
それじゃあそこにいこっか! おうちには入らないようにしながら,その周りも含めた全部使って隠れ鬼やろう!」
「いいの~!? やったー!」
「勿論だよ! でもおじさん,その神社ってとこわかんなくて……みんなで案内してくれない?」
「ええ~? おじさん神社の場所知らないの~? 変なの~!」
「あはは,ごめんね~おじさんこの辺りはよく知らないからさ……みんなが教えてくれないと,おじさん迷っちゃうから」
「しょうがないな~! じゃあ案内してあげる,こっちだよ!」
きゃっきゃっとはしゃいで回る子供達の案内に従って,如月は神社を目指す。
到着したのは,背後に鬱蒼とした藪を湛え,手入れも行き届いていない様子の寂れた神社だった。
「なるほどな……確かにここなら,隠れ鬼もしやすそうだ。
……それに,これだけ寂れた様子なら,八尺様も……」
「どうしたのーおじさん! ほら,早く早く~!」
「あーごめんごめん,すぐ行くよ~!」
如月の呟きは子供たちに聞かれることなく,隠れ鬼は開始される。
真夏の太陽照り付ける中,如月は出来るだけ全員の位置を把握し,満遍なく声をかけることを意識するよう心掛けることにした。
「八尺様……掲示板では,垣根のところから帽子だけ見えていたんだったな……垣根の上の方を見ていたりしたら,すぐに声掛けに行ってみようか。
さてさて,みんなは何処にいるかな……」
「あー! おじちゃんみっけ!
隠れ鬼なのに隠れてないんだぁ~!」
「おわわっと! まずい,逃げろ逃げろ~!」
大袈裟な反応をして逃げ回り,しっかり子供のペースに合わせて丁度捕まえられそうで捕まえられない距離感を維持しつつ逃げ回ってみる。
しばらくして神社から十分に離れたあたりで見切りをつけると,さっと角を2回曲がって鬼役の子の視界から消え,隠れている子供たちの探索に移ることにした。
「さぁて……ちょうどこっちの方には,しょうた君が逃げていた筈だったな……」
上空を見てみると,真夏とはいえ次第に太陽も傾き始めてきている。
時計を見ると,そろそろ夕方と言える時間帯に入る頃合だろう。
流石に一日目から収穫は難しいか……と思っていると,ふと最初に会った少年の姿が確認できた。
「お,いたいた……って,ん……?」
声をかけようとする如月の身体が硬直する。
その視界の先にいる少年は……ぼぅっとした様子で,生垣の上に目を向けていたのだ。
それを認識した瞬間,夏の暑さに酩酊していた如月の思考が冷や水を浴びせたかのように鮮明になる。
「……しょうたくん……何を見ているんだ?
その生垣の上に……何かいるのか?」
「あ,おじさん。
よくわからないけど……あそこに,でっかい白の帽子をかぶった女の人が……」
次の話は同日21時に投稿される予定です。
今回のお話が気に入っていただけましたら,ぜひ次のお話もお読みいただきたく思います。




