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第1話「ある夏の夜の怪談」

8月4日投稿分の,第1話です。

次回に繋がるお話ですが,これだけ見ても十分楽しめる内容となっております。

「お,着いた着いた。


 ここが例の場所か……」


 昼間にわんわん鳴り響いていた蝉の声もすっかり静まり,静寂に包まれる真夏の深夜。


 大学生のユウタ,マイ,リョウ,サチ,カズキの5人は,大学の学区内でも隅の隅,人が誰も寄り付かないような街の外れにひっそり佇む廃屋に訪れていた。


 いつもは映画を観たり、ゲームをしたりして過ごしている5人だったが、夏休みの終わりに何か刺激的な体験を求めたユウタが提案したのが、心霊スポットにいくというもの。


 大学生ならば定番中の定番ではあるが,なんだかんだ5人そろっていくのは初めてのことだった。


「面白そうじゃん。 夏の終わりにピッタリだ」


「どうせなら一番怖い場所に行きたいよね」


 とんとん拍子で話が進み,最終的に選ばれた場所こそが,地元で最も恐れられている心霊スポットでもあるこの建物。


 戦前からあるとさえ噂されるこの廃墟ならば,大学生の余りある好奇心を満たしてくれるだろうとのことだった。


 月明かりに照らされた屋敷は、不気味に静まり返っている。


 その様はまるで,得体のしれない何かが悪意を持って彼らを待ち受けているかのようだった。


「ひえ~,昼間に視察に来た時とは大違いだ」


「こっから建物の中もあるんだろ? やべえよな」


「やっぱりちょっと後悔してきたかも……今なら引き返しても間に合うんじゃない?」


 不安げな声を上げるのは,計画の時にも一番消極的だったサチ。


 屋敷に関する妙な噂も聞いたことがあるとのことで嫌がっていた様子だったが,結局4人の説得によって一緒に参加することとなった。


「相変らずびびりだなあサッちゃんは。


 大丈夫,俺がついてるって」


 買ったばかりのマイカーのトランクから懐中電灯を取り出しながらカズキが声をかける。


 恋人に元気づけられてほんのりでも安心できたのか,サチは笑顔を浮かべてカズキのもとに寄り添った。


「そら,いくぜ」


 ユウタが呟き、錆びた門を押し開ける。


「怖くない、怖くない…」


 一番後ろでカズキを盾にするサチの呟きをかき消すように,門はギギギと音を立てて開く。


 そうして彼らは,一歩ずつ魔窟の中に入っていった。


「うわ……ここ、すごいね」


 カメラで撮影しながらマイが声を上げる。


 屋敷の中は埃まみれで、古い家具が散乱していた。壁には古びた絵画や写真が掛かっており、かつての栄華を物語っていた。廊下を進むと、ひび割れた壁や天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がっていた。


「これ、絶対何か出るでしょ……女の幽霊とか,ド定番すぎるか?」


 その場の雰囲気に圧倒されたリョウが笑いを誘うために冗談半分で言ってみるも,乾いた笑いが虚しく響くのみ。


 特にサチは終始落ち着かない様子で、何度も後ろを振り返っていた。


「本当に大丈夫かな…」


「大丈夫だって、みんなで来てるし、何かあっても一緒だよ」


 カズキが肩を叩いて励ます。そうして5人はそれぞれ別々に部屋を探索し始めた。


 リビングルームには古びたソファやテーブルがあり、キッチンには古い食器が散らばっていた。 2階に上がると、寝室や書斎が並んでおり、それぞれに歴史の痕跡が感じられた。


「ここ、昔はどんな生活してたんだろうな」


「まあ、今はただの廃墟だけどね」


 ユウタの呟きにマイが答える。


 そんな話をしながらしばらく探索を続けていると、不意にリョウが何かを踏んだ。


 彼が足をどけると,そこに落ちていたのは,古びた日記。


「これ……日記? ぉおーい,みんな,なんか日記見つけたぞ!」


 リョウの声に反応して他のメンバーも集まってくる。


 全員集合したところでリョウは日記を開き、中を読み始めた。


「ここに来る者は皆、死を迎える……?」


「なんだよこれ,どんな内容かと思ったらただのよくある脅し文句じゃん。


 どうせ以前ここに来た不良かだれかが適当に書いたんだろ,しょーもな」


 あまりにも突飛な内容に,カズキがふんっと鼻で笑う。


 そのままぽいっと日記を捨てようとしたところで,部屋中が突然冷気に包まれた。


「……!!?」


 まるで冬の真夜中にいるかのような寒さが襲い、5人は凍りつく。


「な、なによこれ…」


 サチが震えながら言った直後,5人の後ろにもうひとつの気配が迫る。


 振り向いた彼らの前に立っていたのは,白い衣装をまとい、髪が乱れた女の幽霊。


 彼女の目は虚ろで、口元には不気味な笑みが浮かんでいた。


「逃げろ!」


 ユウタが叫び、5人は一斉に出口に向かって走り出す。


 しかし、入る時に空いていたはずのドアはピクリとも動かず、窓は完全に開かなくなっていた。


「どうなってるんだ、ここから出られない!」


「冷静になれ! 何か方法があるはずだ」


 パニックに陥るリョウをユウタが宥める。


 次々と起こる怪現象により、5人は徐々に正気を失っていった。


 突然、廊下の壁から血が流れ出し、床が揺れ始める。


 サチは悲鳴を上げ、カズキを突き飛ばして屋敷の奥の方に走り出してしまった。


「おい,サチ!!」


 ユウタの声に耳も貸さず,壁の裏に消えてしまうサチ。


 呆然と立ち尽くす4人の頭の中に,地縛霊の声が聞こえてきた。


「あなたたちは、ここに来るべきではなかった。


 この屋敷で、私たちは惨殺された……私の家族は皆、無惨に殺された……その怨念が、この場所に残っているのだ。


 逃がしはしない……私達と同じ苦しみを味わうまでは」


 ユウタは一瞬同情の念を抱いたが、それが今の状況を変えるわけではなかった。


「ごめんなさい,ここに来たのはただの好奇心からで,決してあなた達の居場所を踏みにじるつもりはなかったんです。


 だからどうか、どうか解放してください」


 必死に祈り,謝罪の言葉を念じていると,その思いが通じたのか,地縛霊からの意思が伝わってきた。


「地下に私達の眠る部屋がある。


 そこで私の家族も含めて,全員に今のように謝れば還してやる」


 ユウタは地縛霊の言葉を信じ、残った3人に事情を説明して地下室へ向かった。


 地下室へ入ると,そこには茫然自失の状態で立ち尽くすサチの姿があった。


「サチ!!」


「……へ? カズキ,みんな……!!? よかったあ……!!」


 それまでの間にずいぶんと怖い思いをしていたのだろう,サチはカズキに抱きついて泣き始める。


「よかった……急に発狂してどっか行っちゃうんだもん,心配したぜ。


 よし,サっちゃんも無事だったのなら,もう心残りはない……早速始めようぜ」


 カズキの声に各々は頷き,5人で並んで座る。


 みんなで手を重ねると,必死にここで亡くなった人たちへの謝罪の思いを捧げた。


「ごめんなさい,ごめんなさい……」


「勝手に入って,本当に申し訳ありませんでした……」


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……!!」


「お願い,もうこんなことしないから……ここから出して……!!」


 ユウタの耳に,他の4人の声も聞こえてくる。


 周囲の空気が重くなり,怨嗟の声が聞こえてくる


 きっと俺達の周囲には,この屋敷で亡くなった家族たちの霊が浮かび上がっていることだろう。


 想像するだけで恐怖に飲み込まれそうになるが,俺達は祈りを止めるわけにはいかなかった。


 どれほどの時間がたっただろうか……突然,リョウの瞼の裏がまばゆい光に包まれる。


 光が収まると、地縛霊の姿は消え、屋敷の中の異変も全て収まっていた。


「やった、成功したんだ!」とリョウが喜びの声を上げた。


 しかし、喜びも束の間、彼らの体は次第に重くなり、意識を失っていった。


 翌朝、地元の人々が廃墟を調べに来ると、ユウタだけが倒れているのが見つかった。


 彼は病院に運ばれ、数日後に意識を取り戻したが,彼の記憶には断片的な部分しか残っておらず、友人たちが消えた理由を説明することができなかった。


 警察は事件として捜査を続けたが、他の4人の行方は結局わからずじまいだった。 屋敷には何の痕跡も残されておらず、ただ静かに佇んでいるだけだった。


 ユウタはその後、心の中に深い傷を負いながらも、友人たちの行方を探し続けた。彼は地元の図書館や歴史資料館を訪れ、屋敷の過去について調べた。


「これは……」


 そこでわかったのは,終戦直後の出来事。


 屋敷の住民であった4人の家族は,戦後の混乱の中,飢餓に苦しむ周辺住民によって殺害されたのだという。


 住民たちの飢えは家族に配給された食料を根こそぎ奪った後も収まらず,彼らの遺体にナイフを突き立て,細かく切り分け自身の腹の中に押し込んだ。


 その解体現場になった場所こそ,あの地下室なのだそうだ。


「あの人達の魂は,まだあの屋敷に囚われている……なんとか助けてあげないとな……」


 数ヶ月後、ユウタは再び屋敷の前に立っていた。


 今回は一人ではなく、地元の霊媒師と共に訪れていた。霊媒師はユウタの話を聞き、彼が再び屋敷に入るのを助けることに同意した。


「あなたの友人たちを見つけ出し、彼らを解放するためには、この場所の怨念を完全に浄化する必要があります」


 霊媒師の言葉にユウタはこくんと頷くと,霊媒師とともに慎重に屋敷に足を踏み入れる。


 以前と同じように、屋敷の中は冷たい空気が漂っていたが、今回は二人で力を合わせて進んだ。


「ここが地下室です。


 ……さあ,早速お祓いの儀式を始めましょう」


 地下室にたどり着いたユウタは,後ろにいるはずの霊媒師に声をかけながら振り向く。


 だが,そこに霊媒師の姿はなかった。


「あれ? ……っが!?」


 突然の激痛に歪むユウタの顔。


 その眼の前には……かつて見た地縛霊と同じ気配を纏いながら,勝ち誇ったような不気味な笑みを浮かべる霊媒師の姿があった……。


 数日後、地元の警察は屋敷を捜索したが、ユウタたちの姿は見つからなかった。


 屋敷には彼らの持ち物が残されていたが、まるで突然消え去ったかのように、何の痕跡もなかった。


 地元の人々は再び屋敷に近づかなくなり、その場所はさらに恐れられるようになった。屋敷は今も静かに佇んでいるが、その中には消えない怨念が渦巻いている。


 新たな若者たちが興味本位で訪れることもあるが、彼らもまた同じ運命を辿ることになるだろう。屋敷の呪いは決して消えることはなく、永遠にその場に留まり続ける。


 そして、屋敷の中からは今もなお、かつての悲劇を物語る囁きが聞こえてくるのだ。


次のお話は15時に投稿予定です。

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