甘い友達
イケメンと強面の男子高校生コンビがもだもだする話。
世間は夏休み。みなさまいかがお過ごしだろうか。
俺は友人と遊ぶため、待ち合わせ中だ。殺人的な日差しのなか、どうにか空いている日陰を見つけて佇む。それでも止めどなく湧き出る汗。
手元のスマホにはカラフルなスタンプと「ちょっと遅れる、わるいな~」というメッセージが表示された。本当に悪いと思ってるのか。誠意が伝わってこないんだが。
溜息をつき、辺りを見回す。
この暑さにも関わらず、駅前の広場は賑わっている。人混みの流れに乗らず留まっている人々は、おおよそ俺のように待ち合わせているのだろう。
と、道の向かいに立つ高校生くらいの女の子に、若い男が声をかけた。暑さにへばっていた女の子の表情が、キョトンとする。どうやら、知り合いではないらしい。
成り行きを見ていると、女の子は苦笑いしながら体を男から遠ざけた。
それでもしつこく言い寄る男。金髪でいかにも伊達だろう大きなフレームの眼鏡。一見してチャラい。
自分で言うのもなんだが、俺は硬派だ。
サークルに可愛い女子がいても、必要以上に接触はしない。ましてや嫌がる他人に絡むなんてもっての他だ。
だから、目の前のナンパ野郎にイラついて仕方ない。
「ちょっと」
近づいて声をかけると、男は舌打ちして振り向く。が、俺を見上げて少し目を見張った。よしよし、ビビってるな。
「この子とは知り合いじゃなさそうですけど、何かご用ですか?お困りなら俺が聞きますよ」
あくまで穏やかに、でも力強く話す。
「な、なんでもねーよっ」
男はうろたえたように、足早に去っていった。
こんな時だけは、自分の容姿も無駄じゃないと思える。
「あの、ありがとうございます!」
「いやいや、気にしないで」
女の子の笑顔が眩しい。そして可愛い。黒髪ボブが似合っている清楚系女子…
仲良くなれたらなぁ、という思いが頭を過る。しかし、ここでがっついては、ナンパ野郎と同じだ。俺はそのまま元の日陰に戻った。
それから5分。ようやっと待ち人のご登場だ。
「ごめんごめん!うはっ、お前すげえ汗だくだな!」
「そういうお前は涼しげで羨ましいよ…」
今の俺は恨めしさから、さぞ迫力のある表情をしていることだろう。しかし友人は慣れっこでビクともしない。
それにしても、この友人は猛暑の屋外でなぜこうも爽やかなのか。すべては、そう、整った容姿のせいだ。柔らかな茶髪のマッシュ、シャープな眉、パッチリとした二重、通った鼻梁、適度に薄い唇…並のモデルも目じゃないイケメン。そんでもって平均身長ピッタリで細いながら均整のとれた体。
正直、ヤツを見る度に己を省みて凹む。
それでもつるんでるのは、不思議と気が合うからだ。
「早く行くぞ、映画がはじまる」
「おー」
広場から移動する際、ちらりと向かいをうかがうと、さっきの女の子と目が合い、会釈してくれた。俺も微笑んで応える。
「なになに?知り合い?」
「いや。さっき絡まれてたところを助けた」
「えー!なにそれカッコイイー!惚れるー!」
裏声でキャーと女子っぽくからかってくる。コイツに言われると嫌味にしか聞こえないし、ウザいことこのうえない。
「お礼のお誘いとかなかったの?」
「ないよ、お前じゃあるまいし。てか、あっても断るって」
「えーなんで」
「俺はお前と遊びに来てんだから」
「…そっかぁー!へー」
並んで歩くイケメンがなぜかやたらニヤニヤし出した。俺をバカにしてるのか?コイツは元から表情筋ゆるいけど、今は輪をかけてひどい。キリッとしててかっこいいよねーなんて話してる学校の女子にはとても見せられないな。いや、見られて幻滅されたほうがいいか。
「じゃあじゃあ、オレが絡まれてたら助けてくれる?」
「自力で何とかしろ」
「ぶー」
あざとくむくれても、女子なら色めき立つだろうが俺からしたら面白いだけだぞ。
友人のいじりを適当にあしらいながら、足早に進む。今日はお互いが好きなハリウッドアクション映画シリーズの新作を観るのだ。悲しいかな男二人だが、上映中は気兼ねなく映画に没頭できるから、かえって心地いい。それでいて、終わってすぐに感想を共有できる、この鑑賞スタイルはなかなか気に入っている。たぶん、友人もそうだ。
目的のシネコン館内にたどり着き、程よい空調に息をつく。上映開始10分前。間に合った。
二人とも前売り券持参なので、そのままスクリーンへ向かえばいい。
ほっとして気が緩むと生理現象にせっつかれるのは、人間の性だろう。トイレに行きたい。友人は俺が戻るまで館内のショップを見るというのでさっさと済ませよう。
用を足して、手を洗いに洗面台の前へ立つ。鏡は見ないように。
自分の容姿を一言で表せば、友人とは正反対だ。
無造作に立った黒い短髪、太い眉、一重の三白眼に、無骨な鼻、厚い唇。そのうえ180超えの体はやたらに筋肉がついてしまった。
小さい頃から恐がられた。小学校での初恋は顔のせいで砕け散った。中学にあがって以降は不良に喧嘩を売られることもあり、元から交友関係は乏しいほうだったがますます人は寄り付かなくなった。それは進学しても変わらない。
なのに、なぜ人気者な友人は俺と親しくしてくれるのだろう。
トイレを出ると、ショップの前で友人が店員でない誰かと話している。表情は一見してにこやかだが、俺を探しているのかしきりに首を巡らせて、困っているのは明らかだ。
「ああ、またか…」
早く振り切らないと上映に間に合わなくなるのに、何やってるんだか。
俺は3人に近づき、友人の肩へ手を置く。そして、正面の女子二人組に微笑んで優しく言ってやる。
「ごめんね、俺のツレなんだよ。代わりはいないから連れてかれると困るんだ」
さっきまではしゃいでいた女子は俺を見て、気圧されたようにひきつった顔で去っていった。
ビビらせない配慮はしたはずだぞ…。なんで俺ばっか割食うんだよ!やはり顔か?顔なのか?
軽く落ち込みながら、そういや絡まれても助けないと言ったことを思い出し、友人に言い訳をする。
「あの子達のほうを助けたんだからな。鑑賞した後のお前の感想マシンガントークに付き合えるのは俺くらいのもんだぞ」
八つ当たり気味でぶっきらぼうな声になってしまったのはしょうがない。
「ありがとな」
いつになく素直な言葉に拍子抜けする。普段なら“いやー、色男はつらいよ!”とかくだらないボケをかますくせに。
真面目に返すのも照れくさくて、代わりに俺がおどけてやる。
「おう。惚れただろ?」
失笑が漏れるかと思ったら、整った顔はふいっと下を向いてしまった。
「そりゃ…とっくに…」
「なんだって?」
ツッコミ待ちなのに、返事はボソボソとして聞こえない。
伏せた口元に俺が耳を寄せようとした途端、友人は勢いよく天を仰いだ。
「もー!キュン死するかと思ったっての!王子様に見えたし!」
やっといつものふざけた調子に戻った。
やっぱりこれくらいハイテンションじゃないと、俺もしっくりこない。
「王子様顔はお前だろうが。余計に褒めたって次はもう助けないからな」
「またまたぁーそう言って俺に甘いの知ってるんだから!」
ぐぅっ。悔しいが当たっている。
だってコイツは、俺の容姿をからかわない。そのことは何より心を救ってくれる。
だから、俺も何か返したい。もらってばかりじゃ嫌だ。
でも考えてみれば、周りと俺が友人に対してしていることはそう変わらない気がする。
「みんなお前には甘いだろ」
「違うよ。他の人は見返りをもらうためのポイント稼ぎなの。お前はそうじゃないでしょ」
今度こそ困った。なんて答えればいいんだよ。てか、なんで感動しちゃってるんだ、俺。
会話が途切れ、気恥ずかしさを紛らわせるために時計を見る。
「…、おい、もう時間だ!」
「あっ、やべ!」
この場に来た目的を思い出して、二人して慌てて走り出す。
すぐ後ろについてくる友人の足音を聞きながら、俺は上映開始間近のスクリーンへ駆け込んだ。
友人に顔を見られずに済んだことに、ほっとする。
明かりの落ちた劇場の中でなら、すぐ隣でも表情はそうわからない。
スクリーンの反射でぼんやり照らされた友人の顔を横目で捉えながら、これから先もこんな時間が繰り返されることを願った。
end