第三十八話 危機
メイドカフェに行くとそこには沢山の客がいた。
なるほど理由が分かった。
劇で俺が朱里と言ったからだな。
俺が広告塔に立ってしまったという訳だ。
別にうれしいことだが、向こうにいるマドンナさんは自身消失しているようだ。
何か嫌な事でもあったのだろうか、なんていうと、嫌みキャラに見えてしまうだろうな。
「私が来たからもう大丈夫」
そう俺は皆に対して言う。すると客たちが目を輝かせてきた。
食料はどうやら俺のいない間に調達してきたようだ。
俺はその中で必死で接客をしていく。
「朱里さん、先ほどの劇は良かったよ」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる、
「あの格好で、接客してくれないの?」
そう子どもが無邪気に笑う。
残念ながらあの服は借り物だ。返してしまった。
それが、目当ての客もいたわけか。
「大丈夫ですよ。私は、あくまでも王女ですから」
「あれやってー」
「分かりました」
そう、俺は言って劇のセリフを吐く。すると楽しそうに少女はゲラゲラと笑い出した。
一人の客にいつまでも時間を使い続けるわけには行かない。
どんどんと、次々に客を捌いていく。
先程体力をぎりぎりまで使った後だ、中々体力が削れているが、それでもまだ頑張れる。
俺は次々にサービスをしながら、朱里を演じながら接客する。
時間帯的に、ほぼこれで今日という日は終了だ。
そして、やはり来た。
親父。
「ご注文はどれにいたしますか?」
俺は朱里口調で言う。すると、「感動した!!」と、マジなテンションで言われた。
正直ビビる。
「感動したよ。俺くらいの年齢になると、こんなことめったにないからなあ」
そう言って涙を流してくる。
正直ウザイ。俺がこの人の実の息子じゃなくてもイライラするだろう。
感動を言葉にするのはいいが、こんな表情をされたらこちらも困る。
「ありがとうございます」
とりあえず俺は頭を下げる。
「それで、明太子スパゲッティを頼む」
「分かりました」
俺は頭を下げ後ろに戻る。
「理恵子、明太子スパゲッティを頼むわ」
「うん分かった」
そして俺は素の口調に戻して。
「はあ、何だよ親父」
愚痴を言う。
「とにかくうざい。ここまで来なくていいだろ。てか俺じゃ無かったらセクハラだろあれ」
愚痴が止まらない。
「朱里ちゃん……」
「大丈夫。私上手くやるから」
親父に関しては、厳格過ぎて嫌いだった。
悪い意味での昭和の親父。厳しく子どもに接し、いつしか自分が偉いと勘違いしてしまった人、それが親父だ。
しかも曲がったことが嫌いで、自分の気に入らないことがあったら怒る。
おかげで幾度無駄に怒られたか分からない。
でも今は、親父のことがエロ親父過ぎて苦手だ。
何なんだよこの変化のしようは。
親父のことは無視無視! と思い、必死に客をさばいて行った。
「はあ、疲れた」
遂に三時。文化祭の終了時間が来た。
疲れすぎてまともに頭が回らない。
今日は頑張りすぎたな。
「理恵子、帰ったらもうすぐに寝るわ」
「それでいいよ。それとも私が奏君の家に行こうか?」
「理恵子が行きたいだけだろ」
「うん、そうかも」
笑顔で理恵子は言う。
別に理恵子が俺の家に来ても構わない。
「迷惑はかけたくないな」
理恵子は俺のために尽くそうとするだろう。
それはなんとなく嫌だ。
「そう、分かった」
思ったよりもあっさりと引き下がってくれたか。
俺は携帯を見る。親父から「一緒に歩かないか」と来ていた。
正直嫌だ。親父と一緒に帰るなど。
俺は見なかったことにして家に帰った。
ちなみに帰り道は奏として帰る。
騒ぎになるのを恐れたのだ。そして親父に見つかるのも。
文化祭自体は明日もある。しかし例年一日目の方が人が多い。明日はかなり楽になるだろう。
家のベッドにダイブ。
ベッドがふわふわで癒される。
ピンポーン。
インターフォン音が鳴った。
理恵子が来たのだろうか。俺は「はーい」と言って来訪者を招いた。
だが、それが失敗だったかもしれない。
そこにいたのは親父だった。
「なんでここに?」
「わしが契約した家だ。ここにきて何かおかしなことがあるか?」
親父はそう睨む。先程まで朱里にデレデレしてたくせに。
家に入れなければならなそうな雰囲気だ。しかし、親父を家に入れるには問題がある。
俺の家には女装グッズがある。
ウィッグや、化粧品や女性用の服などなどだ。
それらを見られたらいい訳のしようが無い。
理恵子の服を預かっている、そんなことは言い訳にはできない。理恵子が来そうにない服もあるし、預かっているにしては服の量が多すぎる。
俺は、この状況何と答えるのが正解かどうかは分からない。
だが、入れるしかないだろうというのは分かる。
家に入れない方が、諸々のリスクは高いのだ。
ばれない可能性にかけるしかない。
「分かった」
俺は言った。最悪俺に審判の時が下るだろう。でも、文句は言えない。
俺は今までさんざんわがまま放題だったからな。
それも神の判断。仕方のないことだ。
「ほお、きれいにしておるな」
親父が感心だなんて言ってくる。
その裏には女装グッズがあるんだから仕方ない。
「それで、もういいか?」
流石にこれ以上親父に進ませるわけには行かない。この奥には女装グッズがあるのだ。
「ふむ、わしに見せたくない物でもあるのかね?」
そう鋭い眼光でにらまれる。
先程まで朱里にデレデレしてた人と同一の人間だなんてとても思わない。
「ここはわしが契約している部屋だ。中までしっかりと見せてもらうぞ。
ああ、もう、本当に無理だ。隠し通せなかった。
理恵子にあずかってもらってた方がよかったな。
しかし、今思っても後の祭りだ。
理恵子の提案通りに、理恵子に家に斬れ貰っていたほうが良かったな。
ため息が止まらない。
「これは何じゃ」
運命の時が来た。
「これは女装グッズ?」
親父に俺のひそかな趣味がばれてしまった。
いや、趣味などではない。しっかりと俺の人生の一部分になっているものだ。
「まさか」
怒られる。女装しているなどと、親父にばれた暁にはもう、転校させられるかもしれない。
とりあえず理恵子を読んだ方がいいか?
すると途端に親父は赤面し始めた。
急にどうしたんだ?
「まさか、朱里さんは」
これに対して俺はどう答えたらいいのだろうか。
今ここで親父が恐れていることは、自身の威信が無くなってしまう事だろう。
白髪が目立ち始め、卑下もはやし始めた54歳の親父が
「どうだろう」
俺は濁す答えしか送ることが出来なかった。
「いや、正直に言ってくれ。わしは怒らない」
怒らないというのは俺が睨んでいる第一の懸念材料を言ったのか。
「俺は朱里だ」
俺は息を吸って、ついにそのことを告白した。
その瞬間とんでもないことになったと、思った。
親父にばれたという事実を深く胸で受け入れ始めた。
「なら、わしは何て恥ずかしいことを」
親父は怒るではなく、自責の念に駆られ始めた。
うん、確かにめちゃくちゃ恥ずかしい事だった。あれは、恥ずかしい事と自省しなければ。
「まさか、わしが普段俺を一人称にしていることも」
「ああ」
すると、親父は頭を抱え始めた。
「わしはもうだめだ」
親父はその場でぐったりと倒れた。
俺が女装をしているというショックよりも、自分の醜態が息子にさらされちゃったことをショックに思っているというのか。
「親父……」
俺はぐったりとしている親父をとりあえずベッドに運ぶ。
「はあ」
忘れててくれないかなと、思ってしまう。
今回は親父のショック具合が出かかったとはいえ、次はどうなるかなんてわからない。
親父……。っくそ。
「んん」
親父が寝返りを打った。そして目を開けた。
「親父、体調はどうだ?」
「ここは、お前のベッドか」
「ああ」
「という事はわしは、朱里ちゃんが寝てたベッドで寝たという事だな」
「あ、ああ」
親父にそう言われるのはなんとなく嫌なんだが。
「しかしお前が朱里じゃったんだな」
「ああ」
俺は頷く。
「真か。わしは息子に欲情していたと。わしはだめだな。お前の母さんに顔向けできまい」
「そう、だな」
どうにかして欲しい。この気まずい空気。
親父の方は自分が息子に発情していたと知られ気まずいし、俺は女装のことがばれて気まずい。
互いに気まずい状況なのだ。
うむ、どうしたものか。
理恵子は結局呼んでいない。理恵子だって疲れているのに、わざわざ呼ぶのは申し訳なかった。
だが、この状況を打破できるのは理恵子くらいだ。理恵子がいてくれたらよかったと、ここまで理恵子を熱望することになるとは思っていなかった。
「親父。俺が女装していることに対してはどう思っている」
この気まずい空気は黙っていても解決しない。ならば、俺から先に話題定期だ。
「わしは構わんと考えている。それは朱里が好きだという事は関係なくな」
「それはなんで?」
「わしは、迷惑かけるなと思っている。女装に対しては受け付けられない部分がある。しかし、思うのだ。あそこまでレベルの高い女装をするというのは、やはりよほどの練習をしたという事だろ。劇も良かったしな。わしは、そこまでひねくれてる人間ではない。勿論、面と向かtぅてお願いされて認めてたかどうかは分からんが、今はお前の考えを尊重している」
「親父」
誤解してたかもしれない。
「それで理恵子さんは、本当に奏の彼女なのか?」
「ああ、本当だよ」
「そうか。幸せなら全然オッケーじゃ」
そう言って親父は帰って行った。
この修羅場は何とか切り抜けたか。
親父からの仕送り金を使ってる結果だけど。
しかし、こうなったらもっと堂々と活動してもいいかもしれないな。




