第二十一話 SNS
「今日は疲れたわ」
帰り道で俺は理恵子にぼやく。
「そりゃ疲れるでしょ、服屋さんに行くの明日にする?」
「今日にするわ、こういうのは後回しにしたら困るもの」
「朱里ちゃん偉い!!!」
そう言って理恵尾は俺の頭(正確にはウィッグ)を撫でてきた。
「そんなほめても何も出ないってば。じゃあ、行こっか」
「うん」
そして俺たちは服屋さんに行く。
今からする話は彼女次第では軽蔑されてしまうだろう。
引っ越しなどまっぴらな嘘であり、しかも俺が男だったという事を伝えなければならないのだから。
「行くよ」
「ええ」
服屋さんに入っていく。
すると、向こうにいた店員が即俺の方に来る。
その瞬間、心臓がギュッとなった。
もう逃げることはできない。
もう、嘘をつくわけには行かない。
真実を話さなければならない。
「武村さん?」
話しかけられた。
「えっと、引っ越されたはずでは?」
やっぱり言われるよな。
「ごめんなさい。あれは嘘なんです」
正直に答えよう。隣には理恵子もいるのだ。
「私はもう一つ隠してることがあったんです」
そう言うと、俺はすぐにウィッグを外した。
そこには、男性特有の短髪が現れる。
朱里の茶色いロングな髪の毛ではない、俺の黒い地毛だ。
「これが私、いえ、俺の真の姿です」
おどおどとなどせず、毅然とした態度で言った。
「えっと、どういう……」
混乱しているようだ。無理もないだろう。
これは普通の人間なら直面したことのない状況だからだ。
「ここからは私が説明します」
そう言って理恵子は俺の代わりに一連のことについて話し出した。
なぜ俺が女装をしているのか、なぜ引っ越しすると嘘をついたのか。
「なるほどねえ、あなたが実は男子で、そう言う事ね」
「何がおかしいんですか?」
「いえ、あんなに服選びがうまいのに男だったなんて驚きだなあって。正直、高校卒業後スカウトしたいなってくらいファッションセンスがいいんだから」
「それはまあ、……俺に対してキレないんですか?」
「……なんで?」
とぼけた顔をされた。
「あなたも苦労してるんでしょ? それにさっきの説明で女装して近づいたかもしれないって言ってたけど、私はそんな性的にみられているって感じはしなかったわよ。……ただ、びっくりしただけで、嫌いになんてなってないわ」
「……そうですか」
そんな考えこむこともなかったなと、胸をなでおろした。
思ったよりもこの世界は優しいようだ。
次のスーパーの店員。
こちらは上手くはいかなかった。
「騙してたんだな」
そう、男の男性に言われた。
「今まで、可愛いと言われるためにしてたとか、同じ男として軽蔑する。何が多様性だ。私利私欲のためじゃないか」
正直かなり凹んだ。
初対面だったならいい。だが、知り合いだったのもあって、辛い。
「私は奏君の気持ちわかってるから、大丈夫だよ」
「ええ、ありがとう」
「今日は私の家に着ていいよ」
帰り道、理恵子に言われた。
「何をするの?」
「それは来てからのお楽しみ」
そして、俺は理恵子の家に招待された。
正直、今は一人では痛くなかったから安心だ。
「ほら」
理恵子が床に座って膝をポンポンとする。
「もしかして……膝枕?」
「そう、疲れている朱里ちゃんを癒そうと思って」
「それはありがたいのだけど……」
正直心の準備が出来てない。
「ほら、遠慮しないで。さあ!」
「わ、分かったわ……」
そして俺は今理恵子の膝の上に寝かされている。
膝は流石と言ったところか、普通に気持ちがいい。
「このまま寝てもいいよ」
「ええ、そのまま寝させてもらうわ」
もう俺の瞼は閉じかけている。
言葉に甘えさせてもらう。
「は、何時間寝てた」
目が覚めた。結構ぐっすりだった気がする。
「一時間くらいだよ」
「そ、そう」
「驚いたからか素が出たね」
「ええ、そりゃあまあ」
「まだ奏部分あるね」
「うるさいわね……うるせえ」
「もう完全に奏君じゃん」
俺はむくっと立ち上がる。そして、トイレに向かう。
寝てたからか結構尿意がたまっている。
「朱里ちゃん!!」
トイレに向かう途中、武美ちゃんに会った。
「こんにちは」
「朱里ちゃんって奏君なんだよね」
「ええ、そうね」
「あの、ミルクレアみたいだね」
「ミルクレア?」
「うん、女装した主人公が女子高に忍び込んでてんやかんやする話だよ」
「そうなんだ」
正直今の俺の状況とは違う気がするけど、突っ込むのもやぶさかだ。
そして、部屋に戻る。
「ねえ、朱里ちゃん、相談があるんだけど」
「何かしら?」
「これ、もう一回やりたい」
そして見せつけられたのはSNSだ。
「ええ、いいと思うわ」
「いや、私は朱里ちゃんにもやってほしいんだけど」
「……え?」
どういうことだ。
「勿論朱里ちゃんとしてね」
「え、えっと……」
意味が本当に分からない。
「私はできないよ」
俺が朱里としてやったらそれこそ理恵子が嫌いなネカマになっちゃう。
「朱里ちゃん、やろうよ!!!」
「なんでよ……私は男だからネカマになっちゃう」
「でも、朱里ちゃんはネカマじゃないでしょ? じゃ、いいよね」
「いいよねって、え?」
「ほら、貸して」
理恵子が俺のスマホを素早く奪う。
そして素早い動きで、色々と操作した後、俺に帰って来た。
そのスマホ画面にはもうライターというSNSのアプリが入っていた。
そしてそのプロフィールネームにはアカリンという名前がついている。
「勝手に入れたの?」
「うん、だって、このままじゃあ一生入れる気ないでしょ?」
「そうだけれど……」
これますます俺が女装してだます相手が多くなるってことだよな。
「ここなら朱里として、居れるから」
そう言われたら仕方がない。とりあえず一つライトする。
「こんにちは、わたしはアカリンです。高校生です。よろしくお願いします」
「これでいいのか?」
「うん、いいよ。じゃあ、私もしよっと。でも、出会い厨怖いから一人称僕にしよっかな」
「それ私と逆になるんじゃないかな……」
普通だったら俺が僕で、理恵子がわたしのはずだ。
まあ、それは別にいいか。
「それでね、もう女装姿公開して行こうよ。そして、朱里ちゃんの可愛い所見せていこうよ!!!」
理恵子がやけにハイテンションだ。
そう言えば朱里と理恵子の出会いは理恵子が朱里の可愛さに心打たれたからだったな、
だからこそ、朱里の可愛さを広めたいのだろう。
「分かったわ。じゃあ、その方向で行きましょう」
「やったあ!!」
はしゃぐ理恵子。相当だったんだな。
そしてライターに俺の女装姿を張り付けたところ、早速いいねがどんどんと来た。
「ほら、みんな朱里ちゃんのことを評価してる。でしょ、これこそが朱里ちゃんの価値なんだよ」
「価値ね……」
そう言われたらなんとなく嬉しくなる。
「でも、この人たちは私が男であることを知らないのでしょ?」
そこだけが引っかかる。
騙しているようで気が引ける。
「そこは大丈夫だよ、こんな顔の時点で女装には見えないから。それに、嫌だったら女装って言ってもいいんじゃない?」
「……それは」
なんとなく嫌だ。
「私はじゃあ、隠していく。私の可愛さが女装というフィルターで汚されるのが嫌だから」
本当に、顔とか服だけで勝負したいところだ。
女装とばれたら、男なのにすごいねとか、そう言う枕詞が突くことになる。
そんなの絶対にお断りなのだ。
「そっか」
そう理恵子が笑う。
取り合えず理恵子と相互フォローになって、今日のライターは終了にした。
ご飯を食べ、そして、理恵子の家に泊まることになる。
というのも、いつの間にか泊まる流れになっていたのだ。
まあ、この前も泊まったし、家から主な道具は持ってきているから別にいいんだが。
「それでね、一緒にお風呂入らない?」
「あー」
そう言えば俺はいつも断ってたな。
「水着きるから」
「それならいいよ、てか、そう言えばこの前は一緒には入ってなかったけど」
「あの時は思いつかなかっただけ、レッツゴー!!」
そして、俺も理恵子の家にあったスク水を着て、お風呂に入る。
なぜか理恵子父の水着が残っていてラッキーだった。
「はあ、あったまるね、奏君」
「ああ、そうだな。理恵子と入ってるのが不思議な気分だ」
「え? 変態」
「違うよ。俺にそう言うの無いってわかってるだろ」
それは理恵子が一番わかっているはずだ。
「ふふ、冗談よ。奏君ならするかもしれないけど、朱里ちゃんならしないもん」
「それは……どういう意味だ?」
「いいじゃん。どういう意味でも♪」
本当に理恵子のテンションが暴走してる気がするんだよなあ。
それもこれも、二つのきっかけがあったからだろう。
一つは、俺に告白して彼氏ができたこと。
そして二つ目は、俺が朱里ばれして、その結果、朱里として一緒に学校に通えるようになったからか。
「本当に良かったな」
「え?」
「朱里と、一緒に学校に通えて」
「ふふ、本当にね、」
そして理恵子は俺の頭をポンポンとしながら、
「本当に朱里ちゃんが奏君でよかった」
そう言った。
そうはにかむ彼女の姿は可愛かった。
朱里には朱里の理恵子には理恵子の可愛さがある。
それは朱里にはまねのできない可愛さだ。
朱里はメイクで作られた可愛さだ。
純粋な理恵子にはかなわない。
「理恵子、俺もあの日出会えてよかったよ」
「ありがとう!!」
理恵子は俺に抱き着いてきた。
胸が当たる。
理恵子はどちらかと言えば貧乳だ。
がっつりは当たってこない。
ただ、ちゃんと女子の胸だなあと思う。
「はあ、お風呂気持ちよかったあ」
理恵子が洗面所で言う。
とはいえ、俺たちは一緒に上がったわけでは無い。
一緒に上がってしまうと、互いに裸を見ることになる。
俺的には別にいいが、理恵子にとっては困るだろなと思い、理恵子に先に上がらせたのだ。
テンションが爆上がりしてる理恵子も流石に裸は見られたくなかったらしく、「ありがとう」と、お礼を言っていた。
そうして俺も理恵子も上がった後、俺たちは一緒の布団にくるまる。
「ねえ、奏君。今どうなってる?」
「んー。今見る」
スマホを触り、ライターアプリをタップする。
そのアプリをタッチすると、通知が三七〇〇件来ていた。それを見ると、言い値とフォロー通知だ。
それを見ると、一五七〇フォロワーになってる。
「怖」
思わず突っ込んだ。
いやいや朱里が可愛いという事は知っている。だが、まさかそんなにも来るとは。
「ん、どうしたの?」
理恵子も俺のスマホをのぞき込む。
それを見て、
「え? すごくない?」
そう言った。
「私、三フォロワーだよ」
「そりゃ少ないな」
「しかもほら」
そのプロフィール欄にはエッチしたい人、このリンクをタップしてねと書いてあった。
「私女なのにひどくない?」
「僕っ子にしてるからだろ。それに、出会い厨よりはましだろ。こんな奴らブロックしたらおしまいなんだから」
「まあ、そうだよね」
「それにそう言うやつ、俺のところにも来てるみたいだぞ」
そして俺はスマホを見せる。
(株で億り人になった私のセミナー開講中。株でお金を稼ぎたい人はリンクをタップ)
(金が余ってるので、毎日100万円プレゼント中)
(エッチしたい人見て)
(見られながらエッチがしたい)
「こんなんだ。似たようなもんだろ?」
「むむむ、そうかもしれないけど。……てか、それブロックするのにも時間かかりそうね」
「だな、もうあきらめるしかねえ。こういうやつらはまだまだ出てくるだろうしな」
そして、DM欄にも通知が来ていることに気付いてみる。
すると、そこには(アカリンちゃん大好き、付き合って)
(アカリンちゃん、可愛いと思ったからDMしました。俺医者なのでどうですか?)
(アカリン、毎日話したい)
想像以上に気持ち悪いDMがたくさん来ていた。
「あ、なるほど」
これはきついな。
「ほれ、理恵子。お前が言っていた気持ち悪い連中だぞ」
「辞めて向けないでよ、気持ち悪い」
理恵子は本気で嫌がっている。これは冗談では済まないだろう。
「悪かった。配慮が足りなかった」
「なんか素直に謝られると、どうしたらいいのかわからない……」
ぽかんとした顔の理恵子。
そんな彼女に対して、
「これどう対応すればいいんだ?」
「無視一択でしょ。もし反応したらすぐさま調子に乗ってくるよ。そしたら最悪ストーカーみたいなことするんだから。というか、貸して」
理恵子が俺のスマホを取る。
「DM拒否できるからさ、ほら、相互フォロー以外はDM遅れないようにしたから」
「……ありがとう」
SNSに対しては知らない事ばかりだ。
本当に助かる。
「本当に変な人多いから気を付けてよ」
「ああ、恩に着る」
そして、SNSはそこで打ち止めにしてスマホの電源を切る。
「ねえ、奏君は今日の一日を振り返ってみて、女装で学校に行っていいと思った?」
「俺は思った。意外にも受け入れられてるし、楽しかった」
「そう……それなら私もうれしい!!!」
そう言ってはにかむ理恵子。
「それに、嬉しいの理恵子の方だろ」
「分かっちゃった? 私、奏君も朱里ちゃんも等しく好きだからさ、本当に楽しかったの」
「それはよかった。んじゃあ、メイク用具もあるし、明日も朱里で学校行くか?」
「いや、明日は奏君の方がいい」
「なぜ……?」
「だって、交互に味わいたいもん」
「そうか」
理恵子らしいと言えば理恵子らしいな。
ただ、
「俺は明日も朱里で行くよ。その代わり、土日は奏として一緒にデートするのはどうだ?」
「え、良いの?」
思ったよりも食いつきがいいな。
「そう言う事だ、明日は朱里で我慢してくれ」
「えー、私朱里ちゃんが嫌とは一言も言ってないんだけど」
「……理恵子もさ、」
「ん?」
「であった頃より、表情が豊かになって来たよな」
「え、そう?」
「ああ、だって、もっとおどおどとした感じだったのに、今では結構明るいじゃん」
「私はもっと明るかったよ」
「人を怖がってた話だったね、まあ、俺的には心配になったよ、何しろ初対面の人と気軽にメール交換するもんだから」
そして、それは本当にそうだ。
男性が怖かったくせに、奏を家に招いたりとか、色々と心配になってしまうところが多かった。
「それは、言ったでしょ。朱里ちゃんを見た瞬間に話しかけないとって思ったって」
「まあ、それもそうだな」
そう言えば言っていた事だ。
「だからねえ、本当に一目ぼれって大事な話。だって、私の人生を幸せにするような出会いだったもん。……ねー」
理恵子は俺に抱き着く。でも、確かに理恵子の言う事も尤もだ。おかげで理恵子とこうして一緒に過ごせるし。女装しながら学校に行くことが出来たし。
「そう考えたら、俺たちは相互的にいい作用を及ぼしてるな」
「ね、奏君も朱里ちゃんも大好き!!!」
その後もいろいろな話をした。そのうちに眠たくなり、俺たちは眠りについた。




