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第8話 サッパリして草

「近接戦にてナイフは最強……ッ!」


 一人の騎士が基本装備である長剣を捨て、ナイフ一本でウォルトに切りかかる。

 その目にも留まらぬナイフ(さば)きは、常人ならば回避することは出来ないだろう。


 だが、ただの視力だけでなく動体視力も極まっているウォルトにとって、迫りくるナイフはあくびが出そうなほどにとろくさい。

 なので、ウォルトはこのナイフ攻撃を別のことに利用してやることにした。


「カットと顔()りで頼む」


 ナイフをギリギリのところで回避するたびに、無駄に伸びていた毛やヒゲが切れていく。

 そうして、徐々にウォルト本来の顔立ちがあらわになる。


「やだ……! あの人結構イケメンじゃないっ!?」


 村のご婦人たちが黄色い声を上げる。

 今やウォルトの顔からヒゲはなくなり、髪も短く切り揃えられていた。


「か、髪はまだしもヒゲまで剃れるなんて……! イカれてやがるっ! 顔を切られるのが怖くないのか!?」


 ナイフ使いの騎士は驚き、震える手からナイフがこぼれ落ちる。


 実を言うと、ウォルトは完全にナイフを回避していたわけではない。

 何度も刃が肌に触れていたし、そもそも肌に触れないとヒゲは剃れない。


 回避しようがしまいが、元からこの程度の刃物でウォルトを傷つけることは不可能だったのだ。


「罪を(つぐな)った後は床屋(とこや)になるといい」


 ウォルトは立ち尽くすナイフ使いの両腕を折り、顔面に拳をぶち込んだ。


「ぐわぎゃ……っ!? う、腕を折られたら……床屋には……」


「そのうち治る」


 いとも簡単に行われる暴力による制裁……。

 他の騎士たちはその無慈悲(むじひ)な光景を目撃し、茫然自失(ぼうぜんじしつ)としている。


「来ないならこちらから行くぞ」


「「「へあっ……!?」」」


 武器を構える間もなく残りの騎士たちはボコボコにされ、地面に転がされていく。

 騎士たちのそれなりに高い技力値をもってしても、ウォルトの動きは見切れない。


「お、おい……! あいつの能力値を調べろ……!」


 腹に深刻なダメージを負い、立っているのがやっとの統領騎士(ロードナイト)ダロームは、いつもいいようにこき使っている雑用係を呼び出す。


「はいっ! 水晶ボードをお持ちしました! あの、ですけど……」


御託(ごたく)はいい! 早くよこせっ!」


 雑用係から能力値を表示出来る水晶ボードをふんだくるダローム。

 そして、彼は信じられないものを目撃する。


「なっ……!? なんで『0』しか表示されてねぇんだよ!?」


 水晶ボードにはでかでかと『0』の一文字が表示されていた。

 体力値とか、魔力値とか、そういった文字は一つも表示されず、ボード全体に一文字だけ『0』が表示されているのだ。


「水晶ボードは真実しか映さないはず……。だが、それならこいつの『0』とはなんのことなんだ……!?」


 困惑して声が震え始めるダローム。

 目の前に現れた謎の男は、一切合切(がっさい)その正体が掴めない。


「あっ、待ってください! ここに何かが表示されています!」


 雑用係が水晶ボードの左の端っこを指さす。

 そこには、ほんの少しではあるが何かが表示されていた。


「おそらくは数字の端っこ……これは『0』の端っこだと思います。つまり、二つの『0』が並んで表示されるはずが、文字が大きすぎて一つの『0』しか映せていないんですよ!」


「つまり、どういうことだ……!?」


「水晶ボードは真実を映す……。ですが、あの男の能力値は文字がデカ過ぎて、このサイズの水晶ボードでは一桁目の『0』しか表示出来ないんですよ!」


「……説明されても意味がわからんぞ!」


「わからなくて当然だ。俺もまだ【草】のすべてを理解していない」


 すべての騎士を倒したウォルトがダロームの目の前に立つ。


「ひ、ひぃぃぃ……!」


「理解し切ったと思ったら、また新たな一面を見せる……。【草】とは奥深いものなんだ。きっと俺の体がデカくなったから、文字もデカくなろうと思ったんだろうさ」


「な、何を言っているんだ……!?」


 文章としては理解出来る。簡単な言葉と文法しか使われていない。

 しかし、その文章からダロームに伝わってくるのは謎ばかりだった。


(こいつは南の果ての樹海から来た化け物とでもいうのかッ!? 異常な身体能力に噛み合わない会話……人間とは思えんッ!)


 ここから逃げ出したいという衝動に駆られるダロームだが、ウォルトに食らった鉄拳のダメージは大きく、脚が思うように動かない。


「さて、これから貴様……いや、統領騎士(ロードナイト)ダローム殿にいくつか質問をする。正直に答えるように」


「う、くぅ……!」


「ダローム殿が取り仕切る騎士はみんなこんな感じなのか? それとも、この一団だけが腐っているのか? もしくは……騎士団全体が腐敗しているのか?」


「さ、さあな……! 全体のことはこんな地方に飛ばされた俺にはわからんわ……! だが、少なくとも俺の見える範囲にまともな騎士なんてほとんどいねぇぜ……。そりゃ多少なりとも仕事はするが、規律(きりつ)を完璧に守ってる人間なんていねぇよ……!」


「ふむ……」


 ウォルトは穴の開いた鎧の中に指を突っ込んんで、ダロームのお腹をツンツンする。


「ぎゃあっ!? いてえ……っ!! な、何しやがんだ……!」


「多少のルール違反には目をつぶろう。だが、こんなあからさまな略奪や暴力行為を当然のように行っているのか……と聞いている」


「……ああ、やってるだろうな。俺の目の届く範囲では殺しだけはさせてねぇが、辺境の統領騎士(ロードナイト)なんざ全体から見れば下っ端だ。自分の見える範囲以外はわからん……」


「そうか……」


 ウォルトは目をつむり、思考を巡らせる。

 ダロームはそれを自分にトドメを刺す前触れだと思い、グッと奥歯を噛みしめる。

 しかし、ウォルトはそれ以上ダロームに攻撃することはなかった。


「赤子の頃から大切に育てた息子に対する扱いがアレだったんだ……。きっと、王国騎士団は頭から腐っているんだろうな。俺がそれを知らないまま育てられただけで」


 拳を握り、目を細め、遥か北の方角をにらみつけるウォルト。

 その方角には王都、そしてウォルトの運命を変えた王城と覚醒の間がある。


「あ、あんた……。まさか、本物の……!」


「自分から名乗っておいて悪いが、そのことはあまり言いふらさないでくれ。父や弟たちには実際に会って驚かせたい。俺が生きていることを……」


 人生のほとんどを過ごした王都。その外はどんな世界になっているのか……。

 自分が最果ての地に放り出されたのは、それを知ったうえで父に対峙すべきだと、誰かに言われているような気がしたウォルトだった。


「お前たちを裁く権利が俺にはない。犯した罪を考えればどこかに閉じ込めておきたいが、この村の人たちに監獄を作って看守をやれとは言えない。もっと上の立場の騎士に処罰を願いたいが、そいつらがお前たちよりもまともである確証もない。だから……」


 ウォルトは射貫くような視線でこの場にいるすべての騎士を見据(みず)える。

 そして、驚くべきことを言い放った。


「今この場で心の底から反省し、心を入れ替えて騎士としての役目を果たせ!」


「……な、なにっ!?」


 ある意味『死ね』と言われるよりも無理難題。

 改心したとしても、その証拠をこの場で見せることは不可能だろう。


 世間知らずのお坊ちゃまの妄言(もうげん)……。

 普通なら鼻で笑っておしまいだろうが、ウォルトの瞳に宿る光は『ガチ』だった。


「改心出来ないというならば……俺がフングラの樹海でこの身に取り込んだ、遥か古代に絶滅したはずの『邪悪なる草』の実験台になってもらう……フヒヒw」


 ウォルトの語尾からにじみ出る狂気……。

 騎士たちは体の芯から震え上がり、ダロームは言葉を絞り出して叫んだ。


「か、改心しますっ! いや、もう改心しましたッ!」


「ならば、よし」


 ウォルトの瞳に宿る(あや)しい光は消え、あどけない少年のような表情が戻る。


「その心に免じて、これ以上の折檻(せっかん)はしない。だが、次はないと思え。(たみ)に手を出さねば食っていけぬというのなら……飢えて死ね。それが騎士道だ」


「は、はい……!」


「日々責務を果たしている高潔(こうけつ)な騎士ならば、飢えたところに民の方から手を差し伸べてくれるはずだ。信頼があれば、奪い取る必要はない」


「肝に(めい)じておきます……!」


 自分の発言を少し綺麗ごと過ぎるかもな……とはウォルトも思っていた。

 騎士だって人間だ。民を優先すべきとわかっていても、お腹が減れば冷静ではいられない。


 その時、ウォルトはふとギフト【草】の本質が見えたような気がした。


(体を強くするには特別な成分や力を宿した草を食べなければならないが、ただ単に空腹を満たして肉体を維持するだけなら、そこらへんの草でも構わない……。つまり、【草】とは本当の騎士になるためのギフトなのかも?)


 そう考えると妙にしっくり来る。

 ウォルトは自分のギフトがさらに好きになった。

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