第23話 呪いと温泉と毒草〈1〉
「ここが出発地点……と言っても、谷に入ることを歓迎してくれるゲートがあるわけでもないか」
バイパーバレーの出発地点は、他の場所と比べて傾斜が緩やかで登りやすい場所という意味でしかない。
そして、温泉同行隊が探す温泉は谷の低いところではなく、高いところにあるとされる。
要するにやることはほとんど登山なのだ。
「それで……どっちの山を登るんだ? 町長さんよぉ」
狼の獣人ルーブが圧をかける。
谷というのは2つの山の間にあるもの――つまりバイパーバレーを挟み込む2つの山のうち、どっちの山の方へ登っていくのかとルーブは聞いているのだ。
この判断は大いにこの同行隊の結末を分ける。
温泉がどちらかの山にしかないとすれば、この判断で早くも探索の成否が決まる。
温泉同行隊のリーダーを務めるローウェは、この重要な判断を……フロルに任せた。
「フロルちゃん、どっちの方に温泉がありそうかしらっ!?」
「う~ん……この位置では山全体を探索出来ませんが、やれるだけやってみます!」
フロルは目をつむり、祈るように胸の前で手を組む。
彼女の体から髪色と同じオレンジ色のオーラが吹き出し、限界までギフトの能力を行使していることが周囲にも伝わる。
「むむむむ……! やはり、この位置からではハッキリわからない……! 山の中は障害物も多くって、上手く地形を探れない……!」
苦戦しているフロル。
その肩にウォルトが手を置いてささやく。
「ギフトの発動に魔力を消費するなら、俺が魔力注ぎ込むことでその能力を多少強化出来るかもしれない。一緒に草生神木刀を握ってくれ」
「わかった、ウォルト!」
鞘から抜かれた草生神木刀をウォルトとフロルが一緒に握り、その切っ先を山の方に向ける。
すると、フロルから湧き出るオーラの質が明らかに変わった。
「す、すごい……! 力が流れ込んで来て、山全体に意識が届く感じがする……!」
「温泉は見えそうか?」
「ちょっと待ってね……。水じゃなくてお湯、人が入れるくらいの広さ……あっ、見つけたっ!」
フロルは草生神木刀の切っ先を彼女から見て左側の山に向ける。
方角で言うと谷の西側にある山だ。
「こっちの山の少し高いところ……七合目あたりにありますっ!」
「温泉があるのっ!?」
ローウェが食い気味に尋ねると、フロルは力強くうなずいた。
「ハッキリ捉えました! 私ならそこまで案内出来ます!」
「や、やったああああああああああああっ!!」
まるですでに温泉にたどり着いたかのようにローウェは喜ぶ。
今朝から強まっている腰の痛みも何のその。
もうすぐこの痛みともお別れだと思うと、ちょっと痛みが強まったくらいでへこたれたりしない。
「今すぐ行きましょ! 温泉同行隊出発ぅ!」
ローウェが高らかに宣言する。
温泉同行隊はフロルを先頭にいよいよ山に入った。
ウォルトはフロルを守るためすぐ後ろを歩く。
「あらあら? あなたたちもこっちの山に来ることにしたの?」
フロルと並び立つようにルーブやマジナのパーティが前に出て来る。
それに対してフロルは挑発するような仕草を見せた。
「ふんっ! 俺たちもこっちの山に当たりがあると判断したまでだ」
「こちらも同じくです」
ルーブ、マジナ共にとりあえずは一緒に行動することにしたようだ。
フロルは自分の力が信用されていると思って悪い気はしなかった。
「さあ! 私について来なさい!」
12人でほとんど自然そのままの山の中を進む。
ここはかつて北との往来に使われていた商人たちのルートとも違うため、見つかる道といえば魔獣たちが通った獣道くらいだ。
「そこかしこに巨大な足跡がある。どうやら、ここの魔獣は相当デカいらしい。それにさっきからずっと気配を感じるな……。みんな、気をつけて進もう」
ウォルトの呼びかけにみんながうなずく。
バラバラになったかに思われた温泉同行隊は、山が放つ独特の雰囲気によって一つにまとまりつつあった。
この山の中で孤立すれば死ぬ……そんな気配を全員が感じていた。
「あまり植物にも触れないように。大体は毒草です。まあ、俺が解毒の力を持ってるから、体に異常が起こった時は強がらず早めに申告してください」
ウォルトはそう言った後、足元に生えている草をちぎって自分の口の中に放り込んだ。
それを見た温泉同行隊のメンバーは訳がわからずに硬直する。
植物に触れるなと言ったそばから、本人があろうことか草を食べているではないか……と!
「お、お前何やってんだ……! 自殺志願者なんてお呼びじゃねぇぞ! 早く吐き出せっ!」
ルーブが獣の耳をぴくぴくさせながら叫ぶ。
彼は憎まれ口を叩きはするが、別にこの隊のメンバーの死を望んでいるわけではない。
「あ……足元に珍しい毒草があったから、つい食べちゃった……」
「た、食べちゃったってお前……」
極力隠すつもりだったウォルトのギフト【草】のこと。
しかし、目の前で毒草を食べちゃった以上、隠しておくわけにもいかなくなった。
それにここは危険な気配が漂う山の中だ。
何が起こるかわからないし、戦闘が発生する可能性もある。
ウォルトのギフト【草】の情報を開示しておけば、全員がその力を前提に動くことが出来る。
結果として、温泉同行隊全員の命を守ることにもつながるかもしれない。
「仕方ない……。俺のギフトのことをみんなに話します。何を隠そう、俺のギフトは【草】なんです」
ウォルトは真剣に言ったつもりだったが、フロル以外の人間には毒草を食って頭がおかしくなったと受け取られた。
「おいっ! 誰かこいつに解毒薬を飲ませろ! こんなアホに俺の持って来た薬はやりたくねぇ!」
「ち、違うんです! 本当に俺のギフトは【草】なんです!」
ギフト【草】一番の問題――
それはなかなか信じてもらえないことである。




