第八話 魔法の花
窓の外で鳥の声が聞こえる。
あたしの部屋は比較的日当たりが良く、朝にもなると気持ちの良い日差しが差し込んでくる。
眠い目をこすりながら、あたしは寝台から起き上がった。
「あ、とうとう咲いたのね」
枕もとに置いておいた鉢植えを見ると、ここ数日の間、育てていた鉢植えの植物が花を咲かせていた。
この花は、オークガルデに来てからエルに渡された種から育てていたものだ。できるだけ自分のそばから離さないように、と言われていたので、眠るときは枕元において、なにか作業をするときは近場にもっていってお世話をしていたが、とうとう花を咲かせてくれたのだ。
エルが言うからには何か育てなくてはいけない理由があるのだろうが、この花はいったい何なのだろう。
起きたての目をこすりながら、あたしは首をかしげた。
「それにしても、珍しいお花ね」
花というものは赤や黄色などたいてい色鮮やかなものだというのに、このお花は花びらの色が明るい緑色をしている。
きれいではあるが、ちょっと今までに見たことがないお花だ。
本当になんていう種類なのかしら。
「咲いたことを伝えないといけないから、いっしょに聞いてみるとしましょうか」
エルからは花が咲いたら教えるように言われているし、その時に聞けばいいわ、とあたしは寝台の上から抜け出し、身支度をし始める。
さて、今日の朝ご飯はどうしようか。よくわからないお花のことよりも、今日の朝食の方があたしにとって目先の問題だった。
*
「ふむ、エガルの色は緑色でしたか」
「あら、エガルっていうのね、このお花。エルも何色に咲くのか知らなかったの?」
エルが育てるようにと言ったのに、どんな花が咲くのか知らなかったのだろうか。
あたしはパンの実で作った粥をよそいながらたずねた。
粥をよそった椀をエルとあたしの前に置き、席につく。
今日も今日とてご飯を食べるためだけに、エルは人間族の姿をしている。
そばに置いた匙の使い方もきれいだし、こう言う姿を見ていると、本当は人間族じゃないなんて、見ているだけだとわからないほどだ。
猫妖精ってやっぱり不思議な種族ね。
パンの実をミルクでやわらかく煮込んだので、朝食にふさわしくとても食べやすい。一口分、匙でよそえば、ミルクを煮込んだ甘い香りが、やわらかく立ち上る。
卵を落としたりチーズをのせたりすればもっと食べ応えが出るが、ちょっと朝食には重すぎるから、これくらいでちょうど良い。
朝からは胃に優しいくらいでちょうど良いのだ。
「いいえ。この花はもともと育てた人に合わせて色を変える花なのです。どんな色に変化するのかは、当然知っています」
口の中に入れたものを飲み込んでからエルは答えてくれた。
あたしはエルの言葉に返事を返しながら、世の中には珍しい花があるものね、と不思議に思っていた。
色が変わる花なんて初めて聞いたわ。
「人に合わせて色が変わるって面白いお花ね。どうして色が変わっちゃうのかしら?」
「育てる人の魔力を吸って育つからです。吸収した魔力の量によって色が変わるのです」
「へえ~……。え!?」
さらりと言われたが、それってけっこう重要なことではないだろうか。つまりあたしの魔力量がわかるってことよね!?
驚くあたしを横目に、「ふむ、これは良い」と言いながら、淡々とパンの実の粥を口に運んでいる。
「あの、それってあたしの魔力量がわかるってこと?」
「そう言っているでしょう。ちなみに変化する色は、下から黒・紫・青・緑・黄・赤・白の七色となります。とはいえ、白はほぼ伝説の中の存在ですので、考慮に入れる必要はありませんが」
「そういうことは、育てる前に言ってちょうだい!」
ちょっとは心の準備位させてほしいものだ。
まったく、何も知らずに結果だけ知ってしまったこちらの身にもなってほしい。
唐突に自分にとって重要なことを教えられるのは心臓に悪い。
あたしは食べ終えた椀をかたずけながら、エルにたずねる。
「えーっと、あたしのエガルの花の色は緑色だから、ちょうど真ん中くらいなのね。うーん、あたしの魔力量は高くもなく低くもなくって感じなのかしら」
「いいえ。魔術士としては、という観点が抜けています。魔術を日々使っていかねばならない魔術士で、黒や紫の者がやっていけると思いますか?」
「え?……いや、改めて言われるとそうね。やっぱり、難しいのかしら」
「はい」
カタン、とエルはかたわらに匙を置き、手を組んだ。
これだけはしかと話せばならないと、そう姿で伝えるかのように。
あたしは背筋を正した。
「魔術士となるためには、最低でも青は必要です。ここに至らなければ、魔術士になることはあきらめた方が良い。そうでなければ、魔術士となるにあたって課せられる試験の一つ、『一定以上の強さを持つ魔獣の討伐』。基本は上級とみなされる魔獣の討伐ですね。これが非常に難しくなります」
「えっと、どうしてなのかしら?」
「根本的に魔術の攻撃力が足りないからです。上級の魔獣を打ち倒すに足る威力の魔術を使うには、青以上の魔力が必要とされています。あなたは緑なので、魔力量は問題ありませんが、黒や紫だった場合、魔術士はあきらめろと、伝えざるを得なかったので、これは一つ朗報ですね」
知らない間に山場を越えてしまっていたようだ。
本当に黒や紫じゃなくてよかったわ、とあたしは頬をひきつらせた。
さすがに何も知らないまま、魔術士になるのは無理だと突き付けられるほど嫌なものはないもの。
「いや、けどちょっと待って……」
エルは上級とみなされる魔獣の討伐が必要と言ったわ。
けれど、それには問題点が一つある、とあたしは青ざめた。
「あの、あたしの攻撃魔術って……」
「はい、そこがあなたの問題点です」
ピンッ、とエルは右手の人差し指を立てる。
「あなたは緑です。魔術士としては最低限より一段上程度ですが、本来なら余裕をもって『魔獣の討伐』くらいできる力があります。けれど、私が確認したあなたの魔術の威力はかなり弱い。本来なら木の的を打ち砕き破壊する魔術で、穴をあける程度では話になりません。あなたの攻撃魔術は、本来の威力よりもだいぶ下です。本来なら上位の魔獣相手でも問題のない魔術であっても、今のままだと討伐は厳しいでしょう」
「低級の魔獣ならなんら問題はないですが」とエルは頭痛でもするかのように、頭を抑えた。
あたしもまた頭が痛い。エルの言いたいことが、大体理解できてしまったからだ。
つまり……。
「あたしはこのままだと魔術士になることは難しいのね……」
「はい、端的に言ってそういうことです」
無慈悲な宣告。
淡々とした声で告げられた言葉に、あたしは顔を覆った。
「ううっ、どうしてあたしってば攻撃魔術の威力がこんなに低いのかしら?」
「普通に苦手なんでしょう。特定魔術が苦手という人は、別に珍しくありません。攻撃魔術全般が苦手、までいくとかなり珍しいですが」
問題点を訪ねれば、あまりにも単純な答えが返ってきた。あたしは肩をがっくりと落とす。
もしかしたら、なにか特別な問題があってそれを解決すれば、攻撃魔術の威力が低いという弱点を一気に解消できるのかと思ったが、それも無理そうだ。
単純に苦手と言われたらどうしようもない。
「魔術士以外の道を考慮することも一つの道です。先日連れていきましたが、トマの様に錬金術師として生きることもできます。魔術士見習いまで至りながらも、魔力量が足りない人は残念ながら存在します。そういう人にとって錬金術師となることは、ありふれた選択の一つです」
「正直、合っているとしたら錬金術師の方でしょう」と、エルは眉一つ動かすことなく断言する。
ただ、あたしもその意見には賛成だ。
トマに錬金術師の仕事の手伝いをさせてもらった時、なにかを作る方が性に合っているのは感じていた。
だが……。
「錬金術師になるとして、あたしが王都に、家族の下に帰ることができるのは、いったいいつになるのかしら?」
「……魔術士になるよりは長くかかるでしょうね。魔術士になれなかった場合、かかった費用の返却か、相応の労働奉仕が必要となるので。けれど、魔獣の討伐にかり出されることもある魔術士と比べたら安全な道なのは間違いないです」
たしかにその通りだ。エルは、嘘は何一つとしてついてはいないのだろう。
そしてたぶん、こちらの身を案じてくれているのも事実だ。
それは師としての義務感か、それとも純粋にあたしのことを思って言ってくれているのか。あるいは両方か。
このオークガルデに来たばかりの短い付き合いでは、彼女が何を思って言葉を連ねているのか、残念ながらわからない。
けれど、それでもわかることもある。
エルは、あたしが魔術士になるのは無理だとは、一言も言っていない。
なら、たぶん大丈夫。きっとなんとかなるはずだわ。
「けど、魔術士になることはできるのよね?」
「はい。可能性はあります。ですが、厳しい道となるのは事実です」
わずかにエルは眉をひそめた。
たぶん、もうあたしがどちらの選択をするのかくらい、わかっているのだろう。
「解決策があるのなら、いいわ。あたしが、がんばれば良いだけだもの。それに苦手なものを克服しなきゃいけないのは、どんなことでも一緒じゃない」
こんなところであきらめる方がまっぴらごめんだわ、と訴えれば、エルの口の端が小さく上がった。
「やりきる意志があるのならけっこう。ただし、泣き言を聞く気はありませんので、お覚悟を」
「ええ、もちろん。あたしはあきらめが悪いの。なんとしてでもやり切って見せるわ」
「その言葉、聞きましたので」
エルの言葉に大きくうなずいた。
もともと、魔術士となるのは難しくて、大変なことだというのはわかっていた。白の塔に行った時も、初めてのことばかりで慣れるのにも苦労したし、魔術言語の勉強も大変だった。
そこをやっと乗り越えて、魔術士見習いになれたというのに、今更諦めるなんてできるはずがない。
ただ、やらなきゃいけないことが追加されただけ。苦手な攻撃魔術を克服する、ただそれだけだ。
「さあ、あたしはまず何をすればよいのかしら?」
どうすれば克服できるのかは、師匠であるエルが教えてくれる。せっかく目の前に答えまで用意してくれているというのに。
こんなに至れり尽くせりで、あたしが諦めてどうするというのだ。
「まずは冒険者ギルドです。そちらに行きます」
「……え!?冒険者ギルド!?」
「ええ。そうです」
とはいえ、まずは魔術の技術か鍛錬か。そこらあたりから始めるものだとばかり思っていた。
魔術とは関係のない、冒険者ギルドに何の意味があっていくというのだろうか。
「そんなに驚くということは、王都には冒険者ギルドはなかったのですか」
「そんなことはないわ。ちゃんとあるわよ」
しかし、だからといって冒険者ギルドをよく知っているかというと、そんなことはない。
王都で暮らしているときは、全く関係がなかったので、ごく当たり前のことしか知らない。
知っていることと言えば、冒険者をまとめているギルドで、そこで登録した人は冒険者として働くことができるとか、その程度だ。
攻撃魔術の威力をあげることと冒険者ギルド、いったいどんな関係があるのだろうか。あたしには全くわけがわからなかった。
どうやら、また予想外のことがおこりそうだ。
このオークガルデに来てから何回目だろう。驚きすぎて驚くのにも慣れちゃったわ。
そうだ、もしかして……。
「冒険者になって働く、とか?」
まさか、そんなはずはないわね、とあたしは自分の想像のばかばかしさにちょっと笑えてしまった。
だってあたしは魔術士になるのだもの。
冒険者になって何をするというの。
その時のあたしは、それがいかに甘い考えなのか、まったくわかってはいなかった。