ギルド本部長たちの混乱
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元聖獣、現ドーミィ兼子守りがうちにやって来てすぐ、母親が冒険者に復帰を決めた。
というのも、元聖獣が新しい聖獣がいる的なことを言ったからだ。
新しい聖獣とはつまり、次の勇者の仲間になる聖獣ということ。そしてその聖獣がいるということは、近々勇者が誕生し、パーティを結成、からの魔王討伐!という流れになる。
その魔王は、先代勇者の時代にもちゃんと討伐が果たされているので、今回新たに勇者パーティが発足するということはすなわち、魔王も近々復活することを意味しているのだ。
俺はトーレニアさんから聖女が召喚されたことを聞いているし、なにしろこの俺こそが勇者なわけだから、魔王が復活すると聞いても“ふ~ん。ま、だろうね”くらいにしか思わない。けど、俺以外の人たちはもうてんやわんやわの大騒ぎ。
魔王が復活すると魔物が活発化して、魔王の力が完全に戻ってしまう前に討伐しないと、人族は魔族の支配下に置かれてしまうらしいから、そりゃもう急いで確認やら対策やらをしなければならないに違いない。
とはいえ、俺はまだ3歳児。少なくともあと10年は経たないと、勇者として冒険はスタートできないと思う。
……などということは間違っても口には出せないから、父がギルドに報告やら確認やらに行って、その後母が冒険者に再登録した話を聞いても、クリスくんと同じようにきょとんとした顔をするしかなかった。
しかし、だ。いくら今すぐ勇者として立つのが無理だとしても、封呪がかけられていて魔法の練習ができないとしても、基礎体力向上を目指したトレーニングくらいはしておくべきだろうなぁ、とランニングをはじめた。
クリスくんも一緒になって、てとてと走っている。かわいい。
『小僧共、ここ数日なにを動き回っておるのだ。うろちょろするでない』
「たいりょくづくりだよ。いずれりっぱなぼーけんしゃになるために、いまのうちからしっかりきそたいりょくをつくっておかないと」
「ルイスはぼくとぼーけんしゃになるんだもんね!ぱーてぃなるんだもんね!」
にこにこ顔のクリスくん。
『はぁ…わしはもう歳だというに。体力差を考えよ』
「おじーちゃん、たいりょくないの?だったらぼくたちとたいりょくづくりしたらいいよ!」
『そういう問題ではない。よいか、クリスよ。歳をとると体力はなくなるだけで、増したりはせんのじゃ』
「そうなんだ……じゃあおじーちゃんはなんしゃいなの?」
『わしか?ううむ、人でいえば五、六十といったところかの』
「そっか!ならだいじょーぶだよ!となりのガズールおじちゃんはななじゅうごしゃいだけど、まだおじーちゃんじゃないから、おじーちゃんってよぶとおこるんだよ。だからおじーちゃんもまだおじーちゃんじゃないね!」
『む………ぅむ、しかしだな、それは人間の基準であって、聖獣とは異なるというか…』
「ちがうの?」
『いや、ちがくはないが……』
「ならだいじょーぶだね!たいりょくがんばろーね!」
『う、うむぅ……』
ぷぷぷ。
クリスくんさすがだな。
ふさふさが諦めたようによろよろ飛びはじめた。
飛んだら体力つくのか?
甚だ疑問だな。
ーーーーーーーーーー
ユゼリア王国が王都・アプステールにある冒険者ギルドのユゼリア王国本部では、片田舎の支部から寄せられた“魔王が復活しているのではないか”という問い合わせに、臨時会議が開かれているところであった。
ユゼリア王国本部長により、緊急時のみ使用する遠隔大規模通信魔法が展開され、各国に点在するギルドの本部長達を召集しての緊急会議である。
「あらかじめ言ってあるように、我が国の支部から魔王復活を示唆する問い合わせが来ている」
ユゼリア王国の本部長――モルダナ・ガナウが重々しく口を開いた。
「前魔王が滅ぼされて130余年。そろそろ復活してもおかしくはない頃合いだろう」
「今年の聖女召喚は行われたのか?昨年の召喚は失敗だったはずだろう」
「今年は我がアーマード王国の番で、先月失敗に終わっている」
「失敗しているのであれば、まだしばらくは魔王は復活しないでしょう」
「それなのだが…」
とある国の本部長の発言に、モルダナが片手を挙げる。
「聖女や勇者はともかくとして、どうやら聖獣は顕現している………ようなのだ」
「は?」
「いや、私とてわかっているとも!魔王復活の前触れはまず聖女の召喚、次に勇者誕生、最後が聖獣だということは。だが、今代の勇者の仲間になる聖獣はすでに存在するらしい」
通信魔法を通して聞こえてくる沈黙に、モルダナはどう説明したものか、と思考を巡らせた。
まさか片田舎のとある一人のベテラン冒険者が『うちの息子が拾ったドーミィみたいな生き物が元聖獣で、その元聖獣が今代の聖獣は別にいるって言っていたのだけど、魔王は復活しているのでしょうか?』と聞いてきた、なんてぶっちゃけるわけにはいかない。そんな一冒険者の戯れ言を信じたのか、と言われるのが目に見えている。
だが、モルダナにはその冒険者の言葉をただの戯れ言とは聞き流せない理由があった。
魔族の領土と人族の領土は、大陸の真ん中よりやや東側を流れるボンナ大河によりくっきり線引きされている。
そこより東が魔族、西側が人族の領土だ。
大陸の回りにある島々も、そのボンナ大河の延長線を基準に人族領か魔族領かに分かれている。
そしてユゼリア王国は人族領土の最も東側にあり、魔族が攻めてきた際には最前線となる場所に位置しているのだ。当然、普段から魔族の襲撃や魔物の被害は他国に比べて格段に多い。魔王が復活していない状態であっても、毎年一定の被害は被っている。
ところが、数年前からその被害件数が上昇傾向にあった。
爆発的に増加しているわけではないが、緩やかに増えているのは間違いなく、薄々魔王復活の可能性を考えていたところに今回の話が降ってきた。
ユゼリア王国のギルド本部としては、復活してなければ別の異変を疑わなければならず、いずれにしろ魔族領の調査は必要なのだった。
どう話してもまともに取り合ってはくれないに違いないので、モルダナは仕方なく話を盛ることにした。
「先日、我が国のとある冒険者が見たこともない生物と遭遇したらしく、魔物かどうか不明な上に襲いかかってくることもなかったので、家に連れ帰ってみたところ、それが先代の聖獣だったらしいのだ。そしてその聖獣から、今代の聖獣はすでに現れた、とお告げがあったという」
モルダナが説明を終えた瞬間、会議は紛糾した。
「よくわからぬ生物を放置するなど、なんと危険極まりない!さっさと討伐せぬか!」
「先代の聖獣だと?聖獣は魔王討伐が終わったら聖界に戻るはずではないのか?」
「本当に聖獣なのか?魔族に騙されているのでは?」
「そもそも、その冒険者の話は信ずるに値するのでしょうか?精神鑑定は行ったのですか?」
「本当に聖獣だったらことだぞ!聖獣からのお告げなど、過去に例がない。未曾有の危機が迫っているかもしれん!」
「その聖獣を語る生物と直接対面せんことにはな。我らとて動けぬよ」
口々に主張をする本部長達に、モルダナは溜め息を吐いた。
しょうがない、自分が彼らの立場だったら同様の反応を返しただろう。
どうしたものか、と思案していたところ、ギルド本部の中でも一目置かれるハンナイア帝国の本部長が咳払いをした。
「ウォッホン!!皆々様方、静まりなされ」
ざわめきが徐々に静まっていく。
注目が集まると、彼は一呼吸置き、口を開いた。
「モルダナ殿も、なにも全くの根拠なしに緊急召集をしたわけではあるまい。そこをお聞きしてからでも追求は出来ようぞ。それに、確かにそろそろ魔王が復活を果たすかもしれぬ。問題は、現時点で魔王復活の兆しがあるのか。聖女勇者はあくまでも目安に過ぎぬ。直接確かめるに越したことはないであろう」
「その通りだ。私とて根拠もなしにこのような話を鵜呑みにするほど馬鹿ではない。実は、近年我が国の魔族や魔物による被害が増加しているので、魔王復活の兆しがある可能性は否めないのだ」
二人の言葉に、本部長たちはそれぞれ考え込み、会議は建設的な話し合いへと発展したのだった。
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