《4》
「おい、そこの誰か。そんな下手くそな尾行でよくバレないと思ったな。」
細い裏通りに入っておもむろに口を開いた奈菜の背後に、スーツを着た男性が数人並んだ。
「アンタのようなアマには興味ないんだよ。我々がつけていたのはその少年だ。」
1人の男性が指を指した先にいるのは、食材が詰まった大きなバッグを持った舜だ。
「・・・・・・!」
舜は顔を青ざめさせた。
「舜?どうした?」
「逃げて!」
一声叫んだ舜は男性達に突進すると宙に浮き上がり、蹴りをかました。背後から迫る別の男性の腕を掴み、背負い投げ、別の男性にはパンチを繰り出した。しかし、攻撃中の隙を見られて繰り出されたパンチの餌食になってしまった。舜を羽交い締めにして首筋に拳銃を添えた男が、奈菜に尋ねる。
「我々はレザールの戦闘員。こいつもだ。貴様は何者だ?まさかアニマル・ファミリーのメンバーではないだろうな。」
「仮にアタシがそうだったとして、アンタらはアタシらをどうするんだい?」
「もちろんたっぷり可愛がって、本拠地のありかを吐かせるさ。こいつはお前の新しい仲間か?なあ、No.1056。」
「我々がソイツをNo.1056と呼ぶ義務はない。ソレは我々を裏切ったんだから既に仲間ではない、玩具だ。だからソイツに情けをかけるのは止めろ。虫酸が走る。」
「それもそうだな。さあ答えろ、No.1056。このアマはお前の新しい仲間か?」
舜は一瞬、申し訳なさそうな目をした。しかし、その目はすぐに鋭い光を帯びた。
「・・・・・・ち、がう。アイツはオレとは無関係の他人だ。関係ないヤツなんてどっかに行っちまえ。」
奈菜は愕然とした。まさかこんなことを吐き捨てられるとは思わなかった。
「・・・・・・分かったよ、どっかに行くからさ。ただし・・・・・・、」
彼女は溜め息をつくとレザールの戦闘員達に向き直った。その目には、殺し屋特有の獰猛な光が輝いている。
「舜を連れて、アパートに帰る!こっちは料理しないといけないんだからな!料理人の苦労、甘く見んなよ!」
彼女の様子と「アパート」という発言に、戦闘員の1人が反応する。
「アパート?・・・・・・まさか貴様、アニマル・ファミリーなのか?」
声を震わせて尋ねた彼に、彼女は静かに頷く。舜は、奈菜が正直すぎる性格であることに呆れを感じた。それなら、自分が「奈菜は知らない人間だ」とまで言わなくても良かったのに。
「奈菜さん・・・・・・。」
「アタシはコードネーム・ハイエナ。ハイエナは食い意地が張ってんだ。見つけた獲物は必ず逃さない。絶対に、食らい付いて離さない!」
その一声を合図に、彼女は突進した。右手にパイナップルを抱えているのが舜には見えた。彼女はパイナップルを割ると、溢れ出る果汁を手に染み込ませ、握り締めた手を繰り出した。何mも吹き飛ばされた戦闘員は、経験したことの無い痛みに悶絶し始めた。舜に攻撃されたことによって生まれた擦り傷にパイナップルの果汁が沁みて、つねられたような痛みが発生している。
「舜大丈夫?こっちはもう少しで片付くからさ!」
「それよりもせっかく買った食材が!」
「良いよ、こんなの仲間と比べたら安いもんだ!お前はファミリーの一員なんだからな!」
「調子に乗るなよ糞アマ!」
猛々しく叫んだ戦闘員に向かって、奈菜は冷たく言い放った。
「戦闘力がこの程度のお前らがアタシを「糞アマ」だなんて呼ぶのに100年早いんだよ。先生に教えを買うて出直してきな。」
その発言が起爆剤になったのかは定かではないが、一斉に奈菜を攻撃し始めた。彼女は楽々攻撃をかわしながら戦闘員達に手刀を叩き込んで、気絶させていった。ただ1人、舜を押さえ付けている戦闘員をのこして。奈菜は、彼の後頭部に細くて硬くて冷たいものを押し付けた。
「レザールがどういう組織かアタシには知ったこっちゃない。だがな、その子は、舜はアタシ達の仲間なんだよ。」
「ア、アニマル・ファミリーは人を殺さない組織なんじゃ・・・・・・、」
「そんなこと今は通用しねぇよ。仲間を傷つけられようもんなら、アタシはソイツを許さない。」
「なっ・・・・・・!」
「分かったなら、こちらに背を向けたまま、アタシに殺される前に家に帰りな。このアホんだら!」
奈菜の怒声に驚いたのか、戦闘員達は一目散に逃げていった。彼女はゴマ粒のように小さくなってゆく彼らの様子を見てゲラゲラ笑った。
「アタシらに手を出したらこうなること覚えとくんだな、ざまあみろ!」
「・・・・・・あの、奈菜さん?」
舜は、彼女の様子に狂気を感じた。
「さっき戦闘員の頭に押し付けていたのは一体何ですか?」
「ああ、これ?」
奈菜はニンジンを取り出すと、ナイフのように持ち構えた。
「あの状況だと銃を取り出してもおかしくない、ていうアイツらの心理状態を少しばかり利用させて貰ったのさ。」
拍子抜けしたと同時に安心した舜は、その場に座り込んでしまった。アニマル・ファミリーのルールである「いかなる場合でも、人を殺してはいけない」に反してしまったと思ったのだ。
「良かったんですけど・・・・・・、」
舜は、道に落ちている物を見回した。粉々に砕けて果汁が飛び散っているパイナップル、戦闘員を殴ったときに使ったであろう真っ二つに折れた大根、パッケージからこぼれて潰れたミニトマト。その他にも包装が破けて中身が散らばってあちこちに転がっている食材。何も知らない一般人が見たら、驚いて腰を抜かすほどの惨状だった。
「・・・・・・買い直しましょう。」
面倒事が嫌いな奈菜にも、頷かないという選択肢はなかった。
スーパーから帰って今までの出来事を首領に報告した奈菜は、キッチンで買い直した食材を広げた。
「そんなに気難しい顔しなくても、君の料理は1番なのに。」
どこからともなく現れた光輝が、柱にもたれ掛かっている。その余裕さが何でも受け入れてくれそうな気がして、奈菜はずっと気になっていたことを尋ねた。
「そんなに褒めてくれるなら、何でアタシが出すドリンクに一切口を付けないか教えてくれよ。」
光輝の笑顔が凍りついた。
「アタシが出すドリンクに毒が入ってるか疑ってるんだろ?アンタと元々対立していた身だから、いつ裏切られるか分からないんだろ。」
「それなら僕がいつもレモンパイを食べているじゃないか。」
「アンタはアタシが料理に対して全力な事を知っているから、その裏を疑ってるんじゃないのかい?」
光輝は大きな溜め息をついた。
「違うよ。じゃあ聞くけど、僕の好きな飲み物知ってるかい?」
「そりゃあモデル仕事で真夜中にも仕事があるから、ブラックコーヒーじゃあ、」
「ブッブー。」
光輝は人差し指を使って、胸の前でバツを作った。奈菜は意外さを感じた。
「恥ずかしいことだけど・・・・・・僕は猫舌だし、炭酸とカフェイン入りの苦い飲み物は一切飲めないんだよ。あと、筋金入りの甘党。」
「はぁっ!?」
思わず声を上げた奈菜の口は、光輝の手によって塞がれた。相当恥ずかしいようで、耳が赤くなっている。
「僕はさっきの君みたいに勘違いされやすいんだ。だから教えとくよ、今度からここで休憩するタイミング増えるし。僕の好きな飲み物はアイスココアだ。」
「何だよおぉ・・・・・・!」
余計な心配をしていた彼女は、安堵と共に床に座り込んでしまった。困ったように笑いながら手を差しのべる光輝。奈菜彼に胸をときめかせながら、手をとった。




