《1》
早朝のまだ薄暗いキッチンで、奈菜は鍋の中の液体をかき混ぜていた。鍋の中には、薄紫色の液体が大量に入っている。
「よし!」
液体の出来に満足したように、彼女は上気した笑みを浮かべた。
誰かが食堂に入ってきた。奈菜はその人物の影を見据えると、口を開いた。
「・・・・・・今日はアンタか。全く、早すぎるんだよ!もう少し遅く来い!皆はまだ寝てるんだぞ!」
「・・・・・・!」
入り口で足を止めた人物は、慌てて物陰に姿を隠した。
「何でコソコソしてんだよ!」
人物は奈菜の動向を伺うように立ち止まっている。
「こちとら人手が足りないんだよ!舜!早く来たんなら手伝えよ!」
物陰から姿を現した舜は、頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた。
「何でオレだって分かるんですか?」
「そりゃあ、長年の勘ってもんだろ。アタシは人の気配に敏感なんだよ。」
「今日はオレの負けですね。」
「何勝手に勝負してんだよ。するならアタシに言えよな!」
奈菜のツッコミは、少し論点からずれている。舜と言い合っている間も、彼女の手が止まることはない。流れるような手つきで野菜を切り刻んで、それらを鍋に流し込んでいく。
「で、何をしたら良いですか?」
「ん~、とりあえず食器を運んでくれない?さっき来たときにそこのワゴンに置いといたから、それごと運んでな。」
「あ~!今日は舜に先越された!」
広い廊下に足音を響かせて飛び込んできたのは舞桜だ。何故か彼女は悔しそうに地団駄を踏んでいる。
「舞桜!まだ朝早いんだぞ!まだ寝てるヤツも多いんだから、もう少し静かにしてくれ!アタシも頭がキンキンする!」
「もしかして、私の美声を聞きすぎて耳と脳が肥えちゃった?」
「「それはない。」」
2人に同時にツッコまれたことによって大ダメージを負った舞桜は、涙目になりながらテーブルを台拭きで拭き始めた。
そうこうしている間に、大食堂に人が集まり始めた。各々好きなことをしている。
「奈菜さん。・・・・・・何ですか、これ。」
舜が顔を青ざめさせて奈菜に訊ねた。視線の先には、胴鍋の中に入った薄紫の液体。
「ヒィッ!魔女の薬品!?」
「んな訳ねえだろ。「紫芋のシチュー」に決まってんだろーが!」
鍋の中を覗き込んで悲鳴を漏らした舞桜を一蹴した奈菜は、カウンターから声を響かせた。
「朝飯出来たぜ!」
その一声に反応して、食堂にいる人がぞろぞろ動き出す。食堂には今日も活気が湧いている。
皿を洗い終わってホットミルクを飲んでいる奈菜の元に、黒カーディガンの女性が現れた。目の下に隈を作っている。
「亜澄!お前また徹夜してまで仕事してたのかよ・・・・・・。」
「ええ、少し立て込んでいまして。ブラックコーヒーを頂けませんか?」
「すぐ作るから、待っときな。その間に居眠りでもしとけ。」
亜澄は粉末のインスタントコーヒーではなく、豆を挽いて作ったコーヒーを好む。いつでも飲めるように、挽いた豆はストックされている。キッチンに香ばしいコーヒーの香りが漂う。
「お待たせー。って、寝ちゃってるか。」
奈菜がコーヒーを運んだ時には、亜澄は居眠りしていた。奈菜はテーブルにカップを置き、ブランケットをそっと亜澄にかけた。
(起きるのがもっと後になりそうだったら、また淹れ直そうかな。多分温かいのが好きだろうし。)
アパートで唯一料理人を務める奈菜は、住人の好みはあらかた知っている。ただ1人を除いて。
「やあ、久しぶり。元気にしてた?」
食堂にたった今入ってきた人物がそうだ。彼は、薄いジャケットを羽織っている。
「光輝・・・・・・!」
掠れ声の奈菜に呼ばれた彼は、満面の笑みを顔に浮かべていた。




