《1》
「そういえば、舞桜君。後で私の部屋に来てくれないか。大事な依頼がある。」
「仰せのままに!」
奈菜は、溌剌と答えた舞桜の足が震えているのを見てしまった。メンバーが首領に直接呼ばれることなど中々ない。普段は、情報屋達からの連絡をまとめている亜澄から仕事を割り当てられる。首領に呼び出されるのは、重要な任務を任されるか、ファミリーを除名されるかの二択だ。
(しかも舞桜のヤツ、まだ学生なんだよなぁ。)
ファミリーのメンバー全員が大人、とは限らない。中にはまだ10歳に満たない子供もいる。あくまでアパートは「本拠地」なので、家族を持っている者、田舎で農業を営んでいる者、ビル街を東奔西走している者、というように社会に紛れて生活しているメンバーは多い。舞桜は地元の中学校に通っているが、任務のためにしばしば休む。
(・・・・・・苦っ。)
ボーッと皿を洗っていた奈菜は、口に広がる苦味を感じて我に帰った。洗剤が飛び散って、口の中に入ってしまったことも気付かないくらい気が散っていたらしい。横に目を向けると、まだまだ片付けないといけない食器が山積みになっている。彼女は袖を捲った。
「失礼します。」
マンションの最上階、6階に広牙の部屋がある。舞桜がこの部屋に入ったのは、今日を含めてたったの2回。1回目は、少し前にこのマフィアに入ったばかりの頃の挨拶、2回目は今回。首領が呼び出した意図が全く分からない。
「いらっしゃい、舞桜さん。」
首領の右腕として働いている亜澄が出迎えてくれた。彼女は食堂でコーヒーを啜っていた時とは違い、スーツを身に付けている。
「学校には連絡をしておいたので、安心して任務に臨んでください。」
「はい。」
「遅れを感じていたら、私に言ってください。大学の範囲までは教えられます。」
「亜澄さん、勘違いしないでほしいんですけど。私まだ中学生なんですよ?大学の範囲なんて、」
「勉強のことを心配する必要はない。それを言いたかっただけです。」
「首領は?」
「リビングに。案内します。」
玄関で舞桜と二三言葉を交わした亜澄は背を向けると、スタスタと歩きだした。
「"レザール"という組織を知っているかな?」
「もちろん。奴らが絡んでいるとなると大分面倒な事になりそうですけど。」
アニマル・ファミリーの中では「レザール」という組織は精通した話題である。
「レザール」。闇社会が動く時には必ずこの組織が関わっている。武力、財力、権力、といった様々な力を持った巨大組織。以前報道された政治家の賄賂問題の裏で、この組織が大きく関わっていたはずだが、証拠不十分のために、メディアに取り上げられることはなかった。つい先日、首領が行方不明になり、その息子が跡を継いだという。しかし、先代首領派と現在の首領派での争いが絶えない、不安定な状態になっている。
「その組織に動きが見えたとの情報があった。真夜中にレザールの末端支配施設に出向いて、これを手に入れてきてほしい。先代までの情報が入ったUSBメモリだ。」
広牙は、深い輝きを持つテーブルの上に1枚の写真を出した。
「何でそんなに大切な情報をUSBメモリに入れるんですか?ウイルスに感染する恐れが高いですし、何より持ち運び出来るじゃないですか。コピーだって出来ますよ。」
「そこだよ、舞桜君。ここはあくまでも本拠地。ここ以外にもファミリーのメンバーは沢山いる。彼らに情報を見せるのに、メールを使ってしまうと誰かに電波を掴まれてしまうかもしれない。我々は「白いマフィア」とは言えど、警察の大部分も存在を知らない。」
「分かりました。私は、その写真にあるUSBメモリを末端支配施設から手に入れたら良いんですね?」
広牙は満足そうに頷いた。横から亜澄が歩み寄る。
「後で施設に関する資料を渡します。決行日時は明日と明後日の境界です。」
「それにしても、レザールが不安定になるというのはフェイクの情報ではないのでしょうか。」
「というと?」
「コウモリ共の中に裏切り者がいるのでは?」
「鏡君が夜通し調べてくれたから、本当の情報だよ。」
「そうですか・・・・・・。」
亜澄は不安を取り去るように頭を振ると、ノートパソコンに目を向けた。
「それにしても首領、また何かおかしなものを作られたようですが。」
「ああ、最近DIYにハマっていてね。この前は椅子を1から作ったよ。」
「ベランダの木屑はご自身で掃除してください。私は貴方の右腕とは言えど、召し使いではないので。」
「木屑くらいの小さなものだったら、雨が洗い流してくれるよ。」
「この前来ていただいた配水管整備の方曰く、何か大きな汚れが詰まっていたようでしたが。」
「さあ、何の事かな?」
「塵も積もれば山となります。掃除はしていただかないといけません。」
亜澄の目はどこまでも冷たかった。




