《1》
薄暗いコンクリート造りの広い部屋で、2人は対峙していた。一方は余裕の笑みを浮かべている舞桜。もう一方は激しく息切れしている舜。
「何?君の体力はたったそれだけなの?」
「ち、違う・・・・・・。舞桜さんがオレより強すぎるんだ。」
「そんなこと関係ない!君は私にきっと勝てるよ!」
「オレは棒が武器で、舞桜さんは素手って、どう考えたってオレの方が有利なはずなのに・・・・・・!」
「じゃあ、もっかい腕立て伏せする?」
「・・・・・・疲れるから嫌だ。」
息も絶え絶えに言い捨てる舜を、舞桜は挑発の目で見据えている。大粒の汗が染みたタンクトップを脱ぎ捨てて、舜は倒れてしまった。小柄とは言っても、鍛えられたしなやかな筋肉が体を覆っているのが分かる。
「変態な!女子の前で裸にならないでよ!」
「裸って、下着てるでしょ。」
「視界に入れたくない!」
「傷付く。」
2人がいるのはアパート地下の、広い戦闘訓練場。さっきまで2人で戦っていた。その経緯は、その日の朝に遡る。
「オレ、この組織でスパイとして生きていきたいです。」
アパートに入って、怪我をした仲間の手当てを担当していた舜は、だんだんとファミリーに愛着を持ち始めた。温かいご飯をお腹いっぱい食べられるのも、フカフカの布団で心地よく眠れるのも、何より人の優しさに触れられたのも、彼からしたら始めての経験だった。
「それでは、そうしてください。」
しばらく舜の言葉を遮ることなく聞いていた亜澄は、眉一つ動かさずに平然と言ってのけた。舜は拍子抜けした。
「そんな軽々と、」
「舜さんは我々の仲間です。仕事は後々与えるとして、」
一度言葉を区切った亜澄は、舜の目をじっと見据えた。
「舜さんは強いですか?」
その言葉の意味を理解するのに数秒かかった。「強い」の基準が分からないのもそうだが、あまりにも唐突で、率直な質問だったからだ。
『舞桜が余裕で対応できていたからな。』
彼の脳内に、鏡が発した言葉が甦る。
(オレって、弱いんだな・・・・・・。)
押し黙ってしまった舜に、亜澄は口を開いた。
「ここは1つ、機会を与えましょう。」
亜澄が提案した「機会」というものは、意外すぎるものだった。
「何で亜澄さんは私と君を戦わせたんだろうね。」
「知らねぇよ。オレがスパイとしてこの組織にいることを諦めさせるためじゃ?」
「そんなことない!だって君はファミリーの一員なんだよ!皆仲間を諦めさせたりなんてしないから!」
「でも、現時点でオレは舞桜さんに勝てていないし、しかも舞桜さんはどんどん強くなってきてる。オレだって反応するのがギリギリなんだよ。」
「まあ君が強くなってるから、私も鍛練には手を抜きたくないし。」
「もう一戦、頼む。」
立ち上がった舜を見て、舞桜は満足げに微笑んだ。
結果、攻撃を仕掛けようとした舜の一瞬の隙を見抜いた舞桜が、舜の武器を真っ二つに折ったことで、鍛練は終了した。
「まあ、棒はいくらでもあるから大丈夫だよ。」
舞桜は、常人には到底理解しがたい慰めをして、戦闘訓練場を出ていった。
舜は部屋に帰らず、2階の食堂に立ち寄ることにした。食堂には数人の住人が午後の談笑を楽しんでいる。
「おぉ~舜!鍛練はどうだった?やっぱり舞桜は強すぎるだろ?」
「何度も攻撃を仕掛けようとしたんですけど、全部かわされたり隙を見つけられたりして、全敗です。」
「アイツすげえからな。とりあえず、疲れてんだろ。レモネードあるから飲んでけよ。」
「ありがとうございます。」
厨房から顔を覗かせた奈菜と会話を交わした舜は、食堂の端の席に腰かけた。高い窓から入ってくる日差しが柔らかい。
「ガキ、隣に座らせろ。」
舜の背後からぶっきらぼうに声をかけてきたと思ったら、いつの間にか鏡が隣に腰かけていた。
「鏡さん、オレのことを「ガキ」って呼ぶのやめてくれませんか?舞桜さんと同い年なんですよ。」
「私にとって、舞桜もお前もガキだ。」
「じゃあなんで、」
「舞桜はこの組織のエリートだから、名前で呼ぶ他ない。」
(オレって、とことん甘く見られてる・・・・・・。)
ショックを受けた様子を見逃さなかった鏡は、追い討ちをかけるように言葉を重ねた。
「今のお前じゃレザールの戦闘員にすら勝てるはずがない。もはや足手まといだ。お前が任務に出て、良い結果を伴うことが出来たら、私はお前を認めるがな。」
「そこまでにしてやれよ、鏡。」
2人の様子を見かねて、キッチンから奈菜が現れた。
「鏡はホットミルクで良いんだよな?」
「ああ、頼む。できれば蜂蜜入りで。」
「んなこと、とうの昔に分かってるんだよ。待ってな。」
鏡の注文を聞いた奈菜は、またキッチンに戻っていったーと思いきや、2人の方を振り向くと、舜に向かって尋ねた。
「そういえば、亜澄から何か聞いていないか?」
「亜澄さん?亜澄さんとは何も話してないですよ。」
「さっき、内線で伝言があった。亜澄から舜にだとよ。」
怪訝そうな顔で首をかしげた舜に、奈菜はニヤリと笑いかけた。
「『後で、首領の部屋に来い』だとよ。」




