マフィアの1日は、食堂から始まる
街外れのアパートに、その日も朝がやって来た。ベランダに干された色とりどりの洗濯物を朝日が照らし出す。アパートの近隣に、美味しそうな朝食の匂いが漂う。鉄製のドアが開く音がして、続々と人が出てくる。アパートの2階は大食堂になっている。近隣に漂う朝ごはんの匂いの発生源はここだ。
「おら、朝飯だ!今日は和食パラダイスだから、沢山食って仕事頑張れよ!」
大食堂に向かい合う形の厨房の中で腕を振るう杯江田奈菜は、額に滲ませた汗をハンカチで拭うと、大鍋に入った味噌汁を机に運んだ。既に10人以上が大食堂に着いていて、各々食器を準備したり、アパートの住民と話したりしている。
「舞桜!アンタも手伝いな!そこでボーッと突っ立ってんじゃないよ。」
奈菜は舞桜と呼んだ少女にフォークを投げ付けた。彼女は、投げ付けられたフォークを見ずに、人差し指と中指の間に挟む形でキャッチした。
「奈菜さん!私、今日は目覚まし時計と一緒に起きたんだからね!めっちゃ眠いの!」
「アタシは朝の4時に起きてるんだからな。」
「奈菜さんは料理人だからでしょ!」
「全く。2人共、朝から元気ですね。」
論点が分からない言い争いをしている二人の横で、黒いカーディガンを羽織った若い女性が溜め息を付きながらコーヒーを啜る。
「うわ、亜澄さんったらブラックコーヒー飲んでる。砂糖とかミルクとか要らないの?」
「私には甘いものは向いていませんから。それに、徹夜で情報処理していたので。いつもカフェインは欠かせません。」
「亜澄、緑茶淹れてやるから今日はゆっくり休めよ。」
「ありがとうございます。」
亜澄は僅かに目を細めた。その顔が笑っていることを理解できるのは、彼女と長い関係を持ったアパートの住民だけである。ガヤガヤと騒がしいのがこの食堂の日常茶飯事だ、ある人が入ってくるまでは。
杖をついた男性が食堂に入ってきた途端、食堂は一瞬静まり返った。「獅子岡広牙」。その名を知らない人は、このアパートにいるはずがない。彼は、このアパートの大家さんだ。
「皆、おはよう。」
彼は春の日差しを思わせる穏やかな笑みを湛えて、食堂にいるアパートの住民に挨拶をした。
「「「「おはよーございます!」」」」
住民達は、明るく挨拶をした。そして、各々会話や準備に戻った。亜澄はカップを机に置くと、広牙のサポートに回った。
「おはようございます、首領。今朝はどうですか?」
「昨日ヒューチューブでストレッチをしたせいか、とても腰の調子が良くてね。杖が必要ないと思ったんだが、やはり階段で疲れてしまった。」
「無理をなさらないでください。貴方がいなくなってしまうと、ここにいる全ての者が、」
「分かっているよ、亜澄君。それより、鏡君は徹夜で仕事をしていたらしいから、今朝は遅くなるらしい。何度も執拗にチャイムを鳴らすのは止めてあげてくれ。」
「仰せのままに。彼女には夜通し頑張っていただいたものですから、今回ばかりは労う必要を感じます。」
「首領ー!ご飯出来ましたよー!食べましょー!」
朝食の皿が乗ったお盆を持った舞桜が、少し離れた所から2人に訴える。食堂にいる住民達は、微笑ましさを感じる者、呆れ笑いを浮かべるもの、気にしない者、と様々だ。奈菜は、広牙の方に歩み寄った。
「今日の朝食は?」
「和食パラダイス!少し味を薄くしたから、健康に気を使って少量にしなくても良いんだぜ!」
「おお、それは楽しみだ。そういえば奈菜君、もし暇があれば鏡君に朝食を残してくれないか?」
「もちろん!アイツ、徹夜で仕事してたからな。しかも、飯食わないと頭も働かないしよ。」
3人は、自分達の朝食を取るために、鍋や炊飯器が乗ったワゴンに向かった。
お気づきだろうか。このアパートは、ただのアパートではない。「アニマル・ファミリー」という名で知られるマフィアの本拠地だ。しかも、この組織はただのマフィアではない。裏社会に蔓延る闇と戦う、「白いマフィア」だ。彼らの存在を知る者は、日本の中にも一握りしかいない。
首領・獅子岡広牙、黒羽亜澄、杯江田奈菜、陽影舞桜、福来鏡という動物から取った名を持つメンバーの集まりだ。他にもいるが、数が多すぎるのでまたの機会に紹介しようと思う。
「そういえば、舞桜君。後で私の部屋に来てくれないか。大事な依頼がある。」
「仰せのままに!」
広牙に呼び出しを食らった舞桜は、努めて元気な声で答えた。しかし、僅かに舞桜の足が震えているのを奈菜は見てしまった。
(Best of luck to you、舞桜。)
彼女は心の中で励ましの言葉をかけた。尚、舞桜には届いていない様だ。




