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「責任」

攻撃部隊は敵の専制攻撃を退けることが出来た。

だが、この攻撃で受けた被害は甚大だった。

攻撃部隊の指揮官は負傷し、部隊所属の騎士や兵士も、動ける者は半数に減っていた。

ただ、士気を維持できたのは、勇者の2人が崩れず、敵の魔物や悪魔と互角に戦い抜いたからだった。

その勇者は、この厳しい戦闘でも大きなダメージは受けず、力は戦闘前と変わらず10割の能力が出せそうな雰囲気だった。


前方、未だ魔物の占拠する村の警戒はザーリージャに任せ、ヴィンツは迅代に様子を聞くために後方に歩いて来た。

「助かった、勇者ジンダイ殿」

ヴィンツは素直に迅代に礼を言う。

「いえ、勇者アリーチェの魔法が無ければ、手出しすらできませんでしたよ」

「他の部隊はどうなっている?」

「司令部部隊と魔法支援部隊、支援部隊が敵の襲撃を受けました」

「司令部部隊は司令部馬車も襲撃されましたが、司令官は救助出来ました」

「ただ、司令官のショックが大きく、現状、指揮を執るのは難しいと思いました」

迅代の言葉にヴィンツは頷く。迅代は続ける。

「その後、魔法支援部隊の敵を撃退、魔法支援部隊は召喚獣グリムのおかげで損害は少なかったです」

「そして、動ける者を連れて、ここに来たと言う訳です」

「優先度を下げて置いて来た、支援部隊のほうの敵が気がかりですが」


その言葉を聞き、ヴィンツが言う。

「なら、支援部隊の救援には私が向かおう」

「お供しますよ」

迅代はヴィンツと一緒に行こうとする。


そこに、騎士アークスがぞろぞろと人を引き連れてやって来た。

「ジンダイ様!」

アークスは迅代を見つけると、手を挙げて呼ぶ。

迅代もそれを見て、右手を上げて応える。

「どうですか?その後は」

「支援部隊の魔物も退散しました。もう安全でしょう」

「そうですか、それは良かった」


ぞろぞろと引き連れていたのは、補給部隊と輸送伝令隊の兵士で編成した臨時部隊だった。

輸送伝令隊の指揮官クーリッツが編成し、魔物を食い止めていたらしい。

クーリッツも迅代を見つけて手を挙げて挨拶する。

この臨時編成部隊では、無論逆襲などできる力は無いため、近づいてくる魔物を撃退するのが関の山だった。

それでも、そのおかげで、補給部隊と輸送伝令隊はほぼ無傷だった。


その後ろに、馬に乗った貴族が居た。

司令官ボーズギア皇子であった。

今のボーズギア皇子は、いつもの勢いは無く、その表情は暗く、陰鬱な雰囲気を出していた。

衣服は血まみれでボロボロのものから着替えたらしく、パリッとしていて、逆にこの場では違和感を醸し出していた。


ボーズギア皇子を認めた魔法支援部隊の指揮官と、負傷した攻撃部隊の指揮官の代わりの次席指揮官がボーズギア皇子の前に集まる。

そして、状況の推移や損害状況などを報告しているようだった。

馬上のボーズギア皇子は、報告にはうんうんと頷いていたが、どこか上の空のようだった。


だが、ボーズギア皇子はふと勇者ヴィンツに気が付き、馬を向かわせる。

「勇者ヴィンツ殿!さすが、勇者、この苦境でも変わらぬ力強さよ!」

ボーズギア皇子はそんな事を言いながら近づいてくる。

もうボーズギア皇子の拠り所は、強力な3勇者しか無いのかも知れない。


しかし、その横に居る迅代にも気づく。

「ジンダイ・・・お前もまだ居るのか・・・」

ボーズギア皇子は、ぼそっと周囲に聞こえない声で呟く。

迅代の顔を見たボーズギア皇子は、司令部馬車の中で晒した醜態が頭をよぎる。


失禁した事、怯えて戦えなかった事、ゴブリンにナイフで突かれて机の下で丸まっていた事・・・

ボーズギア皇子にとっては人に知られたくない大きな屈辱だった。

それを出来損ない勇者と蔑んでいた迅代に見られ、しかも、窮地を救われ、回復薬を恵まれた。

その事は、どれも、ボーズギア皇子のプライドが許さない事柄だった。


無論、迅代が救援に来る前の、失禁や怯えて戦えなかった事など、迅代は知っていないのだが。

ボーズギア皇子はショックで記憶が混濁し、何もかもが迅代に知られたと思い込んでいた。


ボーズギア皇子の馬は、ヴィンツの前ではなく、迅代の前に止まった。

「ジンダイ・・・」

ボーズギア皇子はまた呟く。

ボーズギア皇子の形相が怒りの色を持っているのを見て、迅代は、謹慎を破って作戦行動を行ったことを思い出す。


ボーズギア皇子はぐるりと周囲を見回しながら大声で叫ぶ。

「このジンダイを拘束しろ!命令違反、部隊脱走の罪人ぞ!!!」


辺りに居た全員の目が、ボーズギア皇子と迅代に注がれる。


しかし、ボーズギア皇子の言葉に誰も動かない。

命の恩人に等しい迅代を拘束など出来ようはずが無かった。


「キサマら!!動かぬか!!ジンダイは司令官の命に背き、この事態を引き起こした張本人かも知れぬ!!」

「こやつは部隊から抜け出し!何をしていたか!魔物と通じていなかったのか!、取り調べる必要が有る!!」


ボーズギア皇子の言葉に周囲の全員が驚く。


「な、・・・何を言っているのです?」

迅代は思いもしなかった言葉に、思わず問い返す。


さすがに家臣の騎士アークスも異議を唱える。

「ボーズギア殿下、勇者ジンダイ様は、私達陽動部隊を助けるため・・・」

「アークス、黙れ!!、今は総司令官として取り調べが必要と考え!命令しておる!」

そう言われてはアークスもこれ以上、口出しできなかった。


『これは・・・』

迅代は考える。

なぜこのような事をボーズギア皇子が言い出したのか。

『ショックのため?おかしくなった?それとも・・・保身?・・・部隊の大損害の罪を、俺に着せるため・・・』

迅代はそんな考えが頭の中をめぐり、怒りが持ち上がって来る。


『なんだ?なんなんだ??』

『この皇子は人としての心を持っているのか?』

『自分が死にそうだったのを覚えていないのか?』

『俺が突入しなかったらどうなっていたのか分かっているのか?』

『助けられた事を恩義とすら思わないのか?』

『こんな奴の命令で多くの兵士が死んだ』

『そして、ルーフも、グリンも・・・』

だんだんと怒りが制御できなくなってくる。


「早くしろ!命令であるぞ!何をしておるか!!」

周囲の空気に関係なく、ボーズギア皇子は叫び続けている。

「お前!そこの2名!命令である、ジンダイを拘束しろ!」


さすがに皇子に指さされては無視することは出来ない。

無視すれば自分たちが命令違反の罪に問われる事になるからだ。

兵士2名は視線を合わさずに、迅代の後ろに回る。


それを見たボーズギア皇子は勝ち誇ったような顔になる。


瞬間、迅代の背中が一回り大きく膨れたように見える。

周囲の者も、迅代が殺気にも似た耐えられないほどの怒りを感じているのを見て取る。

これでは迅代が皇子に襲い掛かるのではないか、と感じた。


「助けてくれたんだよ、緑の勇者の人は」

「ありがとう、グリムもジェーナも、助けてくれて」


そう言ってアリーチェが迅代に走って近寄り、抱き付く。


アリーチェの言葉を聞いた迅代は、一瞬、その場の時間が止まったように感じた。

そして怒りが収まるのを感じる。


「俺は・・・・・、うん」

迅代は腰のあたりに抱き付いたアリーチェの頭をなでる。

上を向いたアリーチェはにっこりとした笑顔を見せた。

迅代もアリーチェに笑顔を返す。


そうして、迅代はボーズギア皇子を見て言う。

「俺は味方を裏切ったりなんかしていない」


そう言って、アリーチェにバイバイをして、迅代は一人、部隊の後方に向かって歩き出す。


アリーチェとのやり取りを呆然と見ていたボーズギア皇子がまた騒ぎ出す。

「何をしておるか!!反逆者であるぞ!ひっ捕えよ!!」

もはや誰もボーズギア皇子の言葉に従う者は居ない。


癇癪を起しているボーズギア皇子に向かって勇者ヴィンツが口を開く。

「ジンダイ殿は、勇者としては力が足りないかも知れない」

「しかし、彼は持てる力で全力で戦った」

「そして多くの命を救い、我々の危機を救った」

「もう十分じゃないか」

ボーズギア皇子に向かって言う諭すような口ぶりに、ボーズギア皇子は反論できない。


ボーズギア皇子の顔が引きつりながら言葉をひねり出す。

「そ、そうですね、あの者の事より、村の解放でしたね」

ボーズギア皇子はヴィンツに賛同を得られないと察し話題を変える。


勇者ヴィンツは、なにやらブツブツと言っているボーズギア皇子を無視して、去って行く迅代を見ていた。

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