「職責」
迅代は、魔物の部隊に見つからないように、匍匐の体勢で司令部馬車に接近していた。
アークス達の陽動で、オークやコボルドの数は減ったが、ゴブリンが多数群がっており、馬車の屋根から内部に侵入していた。
『もう猶予が無いか』
迅代はそう判断して、姿が見られても突入するべきだと判断した。
『もしかしたらもう司令官が討ち取られているかも知れない』
『しかし、それでも、生死がはっきりしないと、今後の部隊の対応が出来ない』
迅代は立ち上がり、司令部馬車に向かって走り出す。
ゴブリン数体が迅代の動きに気づき、ショートソードやメイスを持って襲い掛かって来る。
しかし、ゴブリンでは迅代の敵では無かった。
飛び掛かってくるゴブリンを順次切りつけ、戦闘不能にしていく。
それでも次から次に襲って来るゴブリン。
しかし、反射神経が違う。
ゴブリンが攻撃する隙を的確に捉え、防御の薄い場所をバトルナイフで斬り付ける。
迅代の通り道に点々とゴブリンが倒れている。
そして迅代は先ほど会得した加速ジャンプをして司令部馬車の上に飛び乗る。
「ドスン!」
高見台の出入り口付近に着地すると、馬車の屋根に居るゴブリン2体を瞬く間に切り刻み、残り1体を蹴りで屋根から突き落とした。
そして馬車の上から瞬時に周囲を見回す。
この付近で残っている敵は、頭から馬車の扉に突っ込んで下半身のみが見えるオーク以外は、ゴブリンが10体ほどだった。
『もう司令部部隊周辺の敵は少ないな・・・騎士様たちを呼ぶか』
そう思い、見てもらえるか分からないが、アークス達に来るように手で合図する。
そして、迅代は馬車の中に突入する。
馬車の中にはゴブリンが3体居て、司令官の机付近に集まって、何かを攻撃している。
周囲には息が有るか分からない、参謀や、護衛の騎士、兵士が倒れていた。
『ボーズギア皇子は・・・居ない、そうすると』
迅代が馬車の中に突入してきたことに気づいたゴブリンが襲い掛かって来る。
向かって来たゴブリン3体は、迅代がバトルナイフを振り回した瞬間、腕や足を切り落とされて血飛沫と共に宙を舞った。
もう動けるゴブリンは居ないようだった。
迅代は司令官の机に近づき、その下を見た。
「うぐっ、うぐぐ・・・」
ボーズギア皇子が呻きながら血だらけでうずくまっていた。
「生きていましたか、ボーズギア殿下」
迅代はそう声をかけて、回復薬を取り出すと、ボーズギア皇子の傷口にかける。
大きな傷を治療した後、回復薬の瓶を渡す。
「後はご自分でお願いします」
ボーズギア皇子は怯えた瞳で迅代を見て、震える手で回復薬の瓶を受け取る。
次に迅代は、馬車の扉に上半身がはまっているオークに向かう。
迅代を威嚇して棍棒を振り回し、「ドン!、ドン!」と叩いているが、進む事も、戻る事も出来ないようだ。
「悪いが、始末させてもらう」
迅代はそう言うと、棍棒を避けて、オークにバトルナイフを突き立てた。
「グオオォォォ!」
大きな叫び声を上げたオークはそのまま動かなくなった。
そして馬車内に倒れている人員を見て、息が有る者を確認する。
オークに打ち倒された参謀はすでに息をしていなかったが、それ以外の3人にはかすかに息が有った。
迅代は、もうひと瓶ある回復薬を、息が有る3人に等分にかける。
3人とも意識はもうろうとしているが、出血は止まったようだ。
戦死する兵士多くは出血が原因であることを迅代は知っていた。
『出血さえ止まれば、後は運任せだ』
そう思いながら、ボーズギア皇子の元に歩み寄る。
ボーズギア皇子は呆然とした表情で震えながら壁にもたれて座っている。
迅代が主な傷跡には回復薬をかけたので、大きな出血は止まっていた。
「司令、各部隊の救出計画を立てて下さい」
「このままでは、魔法支援部隊、支援部隊が全滅してしまいます」
ボーズギア皇子は迅代の言葉に応えない。
ただ怯えた目で震えているだけだった。
「司令!」
迅代はボーズギア皇子の肩をつかんで揺さぶる。
「ひぃぃぃ!、やめよ!、何をするか!」
ボーズギア皇子は突然大声を出し、迅代の手を振り払う。
「司令!、命令を!」
迅代は根気強く、ボーズギアに語り掛ける。
しかし、また怯えた目のまま震えている。
皇子はショック状態で、しばらくは司令官としての職責を果たせそうになかった。
「ズズ!ズズ!ズズズ・・・」
突然、馬車の扉のほうで音がする。
迅代はとっさに身構える。
オークの死体が馬車の外に引っ張られているようだ。
死体が完全に外に出ると、人が通れるほどの穴が出来る。
迅代は、ゴブリンたちがまた突入してくるのに備える。
「うへー、気持ち悪いんですけど!」
そう言いながら、穴からオーリアの顔が覗いた。




