「狼狽」
司令部馬車の周囲では、護衛兵が魔物を近づけまいと奮戦していた。
しかし、コボルドはともかく、オークには一般兵士では歯が立たない。
戦っているものの中には騎士も混じっていて、オークを倒す者もいたが、多勢に無勢、どんどんと押されていた。
周囲の喧騒が司令部馬車の中にも伝わって来る。
「ガン!」
「ゴトン!」
音がするたびに馬車が揺れる。
司令部馬車は密閉されており、攻撃してくる者の武器は届かないが、音だけが響くのも中に居る者の精神を削る。
「お、おい!、誰か伝令に出よ」
「攻撃部隊からザーリージャ殿を呼んでくるのだ!」
ボーズギア皇子は、今の状況では非常に困難な事を言い出す。
「ボーズギア殿下、今の状況では、外に出た瞬間に、魔物の攻撃にさらされ、とても伝令になど行けないでしょう」
「それよりは、状況が好転するのを待ち、戦力を温存するべきでしょう」
参謀の一人が、ボーズギア皇子の拙速な命令を諫める。
「状況が好転とな?今のこの状況で?」
「魔物に怯え、外に出たくないからそのようなことを申すのだろう」
ボーズギア皇子は、怯えている自分を棚に上げて、参謀をやり込める。
そうして言い負かすことで、魔物の恐怖が少し薄れる気がするからだ。
しかし、それは、何の解決にもならず、この場の士気が下がるだけだった。
諫めた参謀も、こう皇子に言われれば、返す言葉が無い。
「出過ぎたことを言い、申し訳ございませんでした」
参謀は素直に引き下がる。
「ふん、状況もわきまえない参謀など、無用で」
「ガツン!」
「ガツン!」
言い負かした事を得意げに誇示しようとするボーズギア皇子の言葉の途中で、司令部馬車がすごい衝撃を受け、全員がよろける。
「ガツン!」
「ガツン!」
ボーズギア皇子は青い顔で叫ぶ。
「ひぃぃ!」
「なっ、何事ぞ!!」
ボーズギア皇子は悲鳴に近い声を上げながら周囲の者に聞く。
高見台に半身登って周囲を見ている兵士のほうを全員が見るが、何も言わない。
「おい、どうなっておるのか!?」
護衛の騎士が兵士を揺り動かす。
「ボタ!」「ボタ、ボタ!」
兵士の体を大量の血が伝い、床に落ちる。
高見台で外を見ていた兵士はすでに絶命していた。
馬車内の者たちは、その様子に戦慄を覚える。
「ガツン!」「ガツン!」
何度も衝撃を受け、馬車の扉が半壊する。
オークが棍棒で力いっぱい叩き、馬車の扉を破壊しようとしていた。
「だ、誰か!」「誰か!!、何とかせよ!」
ボーズギア皇子は半狂乱で叫ぶ。
破壊された扉からオークの顔が覗く。
その瞬間、護衛の兵士が、ロングソードで突く。
「グォォ!」
顔に剣を突き立てられたオークは、すぐに引く。
しかし、今度は更に、衝撃が馬車を襲う。
「ガン!、ガン!、ガン!」
「ガツン!!」
今度は大きな戦斧で叩き出した。
堅牢な木材の上に鉄枠で補強してある馬車だったが、力任せの戦斧に斬り付けられ、だんだんと扉がボロボロになって行く。
同時に、馬車の屋根から、「ドン!」「ドン!」と音がする。
ボーズギア皇子は、青い顔で屋根のほうを見る。
「や、屋根の敵を打ち取れ!」
だが誰もその言葉に身動きしない。
もうすぐ高見台の出入り口から、敵の魔物が侵入してくると想定しているからだ。
この状況では、出入り口で対応したほうが防御側は有利で、時間が稼げる。
破られそうな扉と、高見台の出入り口で護衛の兵士と騎士が構える。
一応、ボーズギア皇子も剣を手にしていたが、ガクガク震えており、とても戦えそうになかった。
高見台の出入り口から、醜い小鬼の顔が覗く。
その瞬間、護衛の騎士は、ロングソードで小鬼、ゴブリンの頭を真横に切り裂く。
周囲に血が飛び散り、ボーズギア皇子にもかかる。
「ひぃぃ、いぃ!!」
ボーズギア皇子は切り取られた頭部を見て、悲鳴を上げる。
ボーズギア皇子は失禁してしまった。
周囲の者は失禁に気づいたが、皇子の尊厳と、魔物の撃退という優先事項があるので誰も言及しない。
「ドサ!」
頭部を切られたゴブリンの体は力なく床に落ちる。
直ぐに次のゴブリンが顔を出す。
今度は騎士が顎の下を突き、そして頭頂部に向かって切り裂く。
「ドスン!」
切り裂かれた勢いでゴブリンの体も床に落ちる。
扉のほうも、だんだんと損傷が大きくなってきており、人のサイズなら潜り抜けられそうなサイズの穴が開いている。
その穴から時折、ゴブリンが侵入しようとするが、護衛の兵士がその度に斬り付けて撃退していた。
何度かの敵の侵入の試みを護衛の騎士たちは上手く防いでいた。
しかし、高見台の出入り口から電撃がほとばしる。
魔物の魔術士が参戦してきたようだ。
上手く侵入者をさばいていた騎士が昏倒する。
その隙にとうとうゴブリンが馬車の中に侵入してきた。
威嚇するゴブリンを見て、ボーズギア皇子は腰を抜かして尻餅をつく。
「ひいいいぃぃ!て、敵だ!、敵だ!、討ち取れ!」
ボーズギア皇子自身は剣を構えもせず、床に落としていた。
参謀の一人がショートソードでゴブリンに斬りかかる。
ゴブリンに傷を負わせることは出来たが、返り討ちに遭い、倒れる。
「ズサ!」
扉を守っていた護衛兵が馬車の外からの槍に、腹を突かれる。
「ぐぅぅ!」
扉を守る者が居なくなり、オークが扉に半身を押し込み、馬車の中に顔を出す。
別の参謀が、ショートソードで突くが、力の入っていない突きは、かすり傷を負わせるだけで、オークにはダメージが少なかった。
オークは手に持った棍棒で参謀を叩きつけ、昏倒させてしまった。
司令官のデスクの下で丸くなって怯えているボーズギア皇子に、ゴブリンが駆け寄る。
そして、ナイフでボーズギア皇子を突き刺す。
「ぐわっ!!、だ、誰か!、誰か!」
「我を助けよ!!」
「ぐぅぅぅ!!」
ゴブリンは何度も机の下に隠れるボーズギア皇子を突き刺す。
「ううう、ああぁぁぁ」
ボーズギア皇子の意識がもうろうとしてきた時「ドスン!」と大きな音がする。
その1秒ほど後、辺りが血しぶきで染められた。
細切れになったゴブリンの手足がそこら中に飛び散る。
そして兵士らしき人物が、ボーズギア皇子の居る机の下を覗き込む。
その人物は勇者ジンダイだった。




