「油断」
---1時間前---
魔王軍討伐部隊は、村から3000メルト※ほど前で、先行陽動隊の襲撃の合図、村から火の手が上がるのを待っていた。
※約1800m
当然それは、スカウト部隊と支援部隊の混成部隊による火矢の攻撃だ。
ボーズギア皇子は、前回、完全に近い勝利を得たこの戦法をとても気に入っていた。
少数の兵士の犠牲と、強力な勇者の力が有れば、必勝の戦術と思っていた。
今回も失うのは勇者ジンダイの部下のはずであるので、気分が良いくらいだった。
うまくスカウト部隊が囮役をこなせるよう、ボーズギア皇子が有能と認めている騎士アークスを隊長に据えた。
だが、今朝、気になる報告が飛び込んできた。
謹慎を申し付けた勇者ジンダイが行方不明であると。
『あやつめ、余計な事をして、我が戦略を乱さなければ良いのだが・・・』
ボーズギア皇子は、司令部馬車の中で考えていた。
司令部馬車は特別な装飾と、特別な広さ、そして特別な防御力を持った形で作られていた。
4頭立ての馬車で引き、大型の4輪車で、完全に密閉され、火矢などの対策も施されていた。
『だが、これで、脱走の容疑もかけることが出来る』
『あやつはもうこれでおしまいだろう』
自然とボーズギア皇子の口元の口角が上がる。
『だいたい、あの勇者の呼び方を考え直せと母上から言われたが、どうしろと言うのだ』
『あやつを様付けして呼ぶなど、天地がひっくり返ってもすまい』
『だが、上手く部隊から外せたので、良しとしよう』
『脱走兵としてゆっくり始末すれば良い』
ボーズギア皇子が口元に笑みを浮かべる様子を見て、ご機嫌なようで、司令部馬車に居る参謀や護衛兵は安心する。
癇癪を起して、変な命令が出され無いかが心配だった。
司令部馬車には、屋根に上がって遠くを見ることが出来る高見台が装備されていた。
そこに護衛隊の騎士が昇って居て、村の様子をじっと観察し、火の手が上がるのを待ち構えている。
この騎士の合図が有れば、部隊を前進させ、魔法支援部隊の、勇者アリーチェの大規模魔法「スレッジャーギーム」を撃ち込む段取りだ。
この魔王軍討伐部隊の本隊は、突撃態勢を取っており、全員が騎乗、もしくは、馬車に乗車した状態であった。
すなわち、この場所での警戒態勢は取られていなかった。
これは、攻撃に目が行く余り、敵の動きを意識しない油断であった。
前衛である攻撃部隊のみ、村から魔王軍の攻撃に備えて、戦闘態勢に移行できる備えを取っていた。
しばらくして「ゴトン」と司令部馬車の上で大きな音が鳴った。
ボーズギア皇子をはじめ、馬車の中の面々が天井を見ていぶかしむ。
「なんだ?高見台の騎士様がコケでもしたのか?」
そんな事を参謀の一人が言って周囲の数人が笑ったが、皆、すぐに自分の仕事に戻る。
またしばらくして、馬に乗った伝令が司令部部隊の馬車に叫びながら接近してくる。
「敵襲!、敵襲!っ!!」
馬の伝令の声が突然途切れる。
そんな事より敵襲と聞いて、司令部馬車の者たちは騒然とする。
「このタイミングで敵襲とは」
「監視の騎士様は何をしているんだ」
そんな中、ボーズギア皇子が一喝する。
「静まれ!また敵の偵察部隊では無いか?攻撃部隊に蹴散らせと命令を出せ」
参謀の一人が馬車の外に出て様子を覗おうとして、扉を開けてみた。
「ぐぅ!!」
その参謀は、胸を弓矢で射抜かれ、馬車の外に落ちる。
それに続いて2~3本の矢が、司令部馬車の中に飛び込み、刺さる。
慌てて別の兵士が、馬車の扉を閉め、のぞき窓から外の様子をうかがう。
「て、敵に囲まれています!」
「なんだと!?」
ボーズギア皇子もその状況を想定していなかったらしく、驚く。
そのうち馬車の外が騒がしくなってきた。
馬車の反対側も護衛兵が覗き込むと、魔物が群れを成して接近してきていた。
「左側も魔物の・・・大軍です!」
「お前、高見台から様子を見よ」
ボーズギア皇子が、護衛兵の一人に命じる。
指さされた兵士は、一瞬ためらったが皇子の命令なので、高見台へ上る梯子へ手をかける。
高見台への天蓋を上げると、横には監視をしていた騎士が胸に斜めに槍を突き立て、バンザイをした状態で絶命していた。
胸から大量の血が噴き出したらしく、あたりに血が飛び散っていた。
上空を見ると1度ハーピーの姿を見たが、あまり多くは居ないようだ。
2~3体という所か。
そして、周囲を見回すと、両脇から魔物の軍勢が押し寄せていた。
各部隊の切れ目を切断するように動いていて、どうやら包囲を狙っているらしい。
兵士は見た様子を随時、ボーズギア皇子に報告する。
部隊の前方を見ると、大きな魔物が3体見える。
攻撃部隊はその魔物たちに襲われたようだ。
戦況は良く見えなかった。
すると、左側から迫ってくる魔物部隊複数隊の下に大きな光の輪が浮かぶ。
瞬間
「ドオオオオオオオオォォォン!」
100メルト※ほどの距離でスレッジャーギームの発動が起こる。
※60mほど
接近してきていた魔物の部隊は、土煙と共に上空に吹き飛ばされる。
馬車にも揺れと、上空から土砂が降り注ぐ。
「スレッジャーギーム炸裂!、左側の魔物の・・・半分、いや、3分の1ほどが吹き飛びました」
「しかし、まだ、多くの魔物が居ます!」
ボーズギア皇子は、状況が完全に不利である事だけは理解できた。




