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「手向け」

今日は魔王軍討伐部隊に所属し、魔王軍拠点攻撃で命を落とした兵士を弔う式典が行われる。

式典は一般民衆が集まれる城の前の広場で行われ、そこから出棺され、火葬し、墓に運ばれることになる。


迅代は今日も朝から棺の前で立っている。

昨日は夜遅くまで立っていたが、翌日の事も有るので夕食後には就寝した。

最後を見送るのは自分の責務と考えて。


グリンの両親も近隣の村から駆け付け、式に参加していた。

婚約者のグレーテとは何度か顔を合わせた事が有るらしく、挨拶をしていた。


式典では、皇帝の代理として、ボーズギア皇子が英雄を称えるスピーチを行っていた。

集まった民衆は今回英雄となった3名の戦死者を思い思いの形で悼んでいた。

当然、ボーズギア皇子が語る「英雄」の物語は虚飾に満ちた物で、救国の想いで勇ましく戦い、命を落としたことになっていた。

完全に嘘と言う訳ではない。

ルーフもグリンも近衛隊兵士であり、魔王軍討伐部隊の一員だ。

生活のため以上の志も有ったのだろう。

しかし、個々人の事をほとんど知らないボーズギア皇子が、戦死者の事を過度に深く語り、レッテルを張るような言いようは、迅代には不快に思えた。

だが、それで良いとも思った。

彼らはもう英雄なのだから。


迅代は、ふと式典に来ている人々を見回してみたが、ルーフの愛しい人、キャリルは来ていないようだった。

『都合が悪かったのかな、後で家にお邪魔するか』

そう考えて、グリンの近親者に、グリンの最後の様子を伝えに行った。


墓への埋葬が終わった後、迅代はキャリルの所に向かった。

ルーフと親しかった輸送伝令隊の元同僚に、キャリルの家の場所を聞いたが知らず、代わりに働いている店の場所を聞いた。


キャリルが働いている店は、城から徒歩で10分ほどの場所に有った。

いかにも飲むのが好きな男たちが集まる店といった感じだった。

夕方前の頃合いだったので店のほうは、夜の営業に向けて準備を行っている所のようだった。


迅代は店の中にいる、昨日弔問に来ていた女性に声をかける。

「あの、今よろしいでしょうか?」

キャリルはテーブルのセッティングをする手を止めて顔を上げる。

「まだ、開店前でねー、あと一刻※程かかるよ」

※1時間ほど

「いえ、キャリルさんですか?」

「ん?何だい?ダンナとは初めて会うと思うけど・・・」

「実は、この店によく来ていたルーフの上官に当たるものでして」

迅代の言葉を聞いて、キャリルが一瞬動揺する。

「ルーフの事を話したくて参りました」

キャリルは一瞬目をそらして、迅代を引っ張って店を連れ出す。

「キャリルさん?」

迅代はどういう事か分からず、とまどう。

店の横の路地に入るとキャリルはぽつりと言う。

「ルーフのダンナは、良くしてくれた客、それだけさ」

「そうだったんですね、ルーフのほうはとてもキャリルさんを慕っていたようで」

そう言いながら迅代は思う。

『少し微妙な関係だったか・・・くそ、ルーフの奴、良いように言いやがって、全くアイツは』


「ルーフのダンナはとても良くしてくれた。でも、あたしは子持ちだしね」

「ルーフのダンナもそのあたりは気を使ってくれて、いつも楽しく話して飲む、それだけの関係さ」

そう言いながらキャリルの目が少し潤んでいた。


「ルーフは初対面の者には当たりがきついときが有りますが、慣れ親しんでくると色々と手を貸したりしてくれました」

「彼一流の抜け道で対処すると言うのは治りませんでしたが」

迅代はルーフが荷作りを手伝ってくれたり、夕食時に酒を飲んでいたりしたことを思い出す。


「ダンナは勇者ジンダイ様なのかい?」

キャリルが迅代のほうを見て言う。

「そうです」

「そうかい。ルーフのダンナが言ってたよ」

「今までの貴族の隊長とは違って、少なくとも兵隊の苦労を一緒にしてくれるタイプだって」

「でも、勇者らしくない外れの勇者だってね」


「ルーフは、普段から戦わないと言っていました」

「でも、今回は、私の危機に対して魔物に立ち向かってくれました」

迅代がポツリと言う。


それを聞いてキャリルが少し笑う。

「え、ルーフのダンナが?生き残ってる事だけが自慢の永年兵の?」

「もう・・・年寄なのに、慣れないことをするから、さ・・・」

キャリルの瞳から涙がこぼれ落ちる。


「でも、私はその行動に救われました」

迅代はうつむいて言う。

「そうかい。もう本当に英雄だね・・・」

「勇者様を助けちまうんだから・・・」

「あたしなんかが手の届かない・・・うう、ううう・・・」

キャリルは言葉が継げずに黙ってしまった。


「ルーフがキャリルさんに、これをと」

迅代はルーフが胸から下げていたお札の中身をキャリルに見せる。

お札には”キャリルこの金はもらってくれ”と走り書きが有り、一緒に銀行の口座札が入っていた。


キャリルはそれを一瞥して目を伏せた。

「要らないよ、そんなもの」


「ルーフの最後の願いを無駄にしないで下さい」

迅代は、お守りと口座札をキャリルに握らせる。

「では、私はこれで」

そう言うと迅代は帰って行った。


店の横の路地からしくしくと泣く声だけが聞こえていた。

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