「完全な勝利」
---1時間前---
戦闘用の法衣を着た勇者アリーチェは、ジェーナの手助けで馬から降りる。
当初予定された攻撃開始地点に到着した。
周囲には戦闘部隊に属する勇者ヴィンツ、勇者ザーリージャも居る。
懸念されたパトロール部隊は1隊としか出会わず、それも勇者が瞬時に全員を始末し、それから敵からの攻撃は受けていない。
隠密的な移動は成功したようだった。
昼前の攻撃開始時間に、アリーチェの乗る馬は間に合うよう、単独で行軍していた。
そのため、部隊の他の魔法士たちはもう少し到着まで時間がかかりそうだ。
攻撃部隊の指揮官とジェーナが何か話をしている。
その間にアリーチェは法衣の帽子を脱いで、右手を前に差し出す。
「サモン、ジージー」
アリーチェの言葉と同時に、魔法陣がアリーチェの目の前の空間に現れ、青色の平たい蛇に翼と足が生えたような生き物が出現した。
アリーチェは腕を差し出し、その生き物を止まらせる。
そこにジェーナが寄って来る。
「どうする?ジェーナ?」
アリーチェはジェーナのほうを向いて問いかける。
「アリーチェ様、敵の陣地はあちらの方です」
「魔物が沢山居る辺りに、どかーんと撃ち込んでください」
ジェーナは前のほうを指さしながらアリーチェに告げる。
「うん、わかったよ、ジェーナ」
「ジージー、あっちに飛んで様子を見せて」
生き物が止まっている腕を上に差し上げる。
「ジジジ」
その生き物はパタパタと羽根を動かしながら、飛んで行った。
それから少しして、ボーズギア皇子とその親衛騎士の一団10名ほどが馬で到着する。
ボーズギア皇子は攻撃部隊指揮官を呼び、様子を聞いてうんうん頷いている。
「やるよ?」
アリーチェがジェーナに告げる。
「皆さま!スレッジャーギーム、撃ちます!」
攻撃部隊の面々、そして勇者に告げる。
アリーチェを中心に大きな魔法陣が広がる。
「スレッジャーギーム!」
アリーチェが唱えた瞬間、300mほど先に閃光が発生する。
そして光の柱が出現し、同時に爆炎が上がる。
「ドオオオオオオン!!」
その直後に爆発音が響く。
「突撃!」
攻撃部隊の隊長が叫ぶと、勇者ヴィンツと勇者ザーリージャは爆発の方向に馬を走らせる。
そして二人の勇者の後に、攻撃部隊の騎士たちも続く。
そして後詰の兵士たちもぱらぱらと侵攻方向に走り出す。
本格攻撃の開始だ。
勇者の乗る馬は森の木々を縫うように進む。
やがて森が切れた野原に魔物達の拠点の領域が見えてくる。
やっつけで作ったような不細工な柵が、ずっと向こうまで立てられている。
その柵を勇者の馬は飛び越えさらに進む。
そこにコボルドが2体居たが何もできずに勇者の馬を見送る。
その2体のコボルドも後ろから追及してきた騎士の矢に射抜かれ、あっと言う間に倒される。
柵から更に進んだ所には、居住用の建物が有り、前の広場に大規模魔法で開けられた大きな穴と、オーク、コボルド、ゴブリンなどの死体が多数散らばっていた。
どうやら魔物たちが集結している所に魔法が撃ち込まれたらしい。
勇者2人は馬から降りる。
前からオークとトロールが2人に襲い掛かろうと、戦闘態勢を取っている。
オークが4体、トロールが4体。
先ほどの大規模魔法で手傷を負った者もいるようだ。
そしてヴィンツに向かって突進してくるオーク4体を、一瞬で細切れにした。
振りかぶってきた棍棒ごとだ。
ヴィンツの左右にオークの細切れの山が出来る。
「ひゅー」
ザーリージャはヴィンツの剣技に口笛を吹く。
それを見て触発されたのか、ザーリージャも動き出す。
「ちょっとは働いとくか」
ザーリージャはそう言って、トロールに向かって突進する。
トロールは腕を振り回し、ザーリージャを叩き潰そうとするが、長い戦斧がその腕を打ち切る。
今日の装備は刃の部分が長く取られた1mほどの長さの戦斧だ。
「こいつ、大物向きだからさあ、細かいのは任せるわ」
ヴィンツに向かって言う。
そして、更にトロールに向かって戦斧を振り回す。
次々とトロールの体が叩き割られる。
トロールが片付いた後、その後ろから5mほどある鶏頭のヘビのような魔物が現れる。
バジリスクだ。
一般にはAクラス以上の魔物として評価され、猛毒を吐き、石化の能力を持つとされる。
ザーリージャは一瞬手が止まったが、やれやれという感じで動き出す。
「こっちが勝つ流れなんでね、悪いが」
そう呟くと、バジリスクに襲い掛かる。
さすがに堅い鱗に包まれた体は、一刀に、とはいかないが、徐々にダメージを与えている。
ヴィンツはそんなザーリージャをちらっと見た後、目の前の敵に向き合う。
この拠点を統括する魔王の使徒だった。
黒い霞のようなものを纏った体に、黒い上下の服に身を包んでいる。
顔は黒い霞で良く見えないが、一瞬途切れる際に見えるのはカエルのような様相だ。
その使徒は、ヴィンツに相対しながら、銅色のバトンを構える。
使徒が先に魔法を放つ。
バトンから黒い狼の召喚獣が2匹現れる。
それをヴィンツのロングソードは一撃で2匹とも切り捨てる。
続けて使徒がニードルを5本投げつける。
ヴィンツはそれをやすやすとロングソードで叩き落とす。
そして返す刀で、使徒に斬りかかる。
使徒はバトンで受けようとしたが、バトン諸共、真横に両断されてしまった。
ヴィンツは敵の指揮官を倒した。
その頃には、ザーリージャもバジリスクの首を落としていた。
もうこの場に強力な魔物は存在していなかった。
そして、この戦闘で3名の負傷者は出たが、ヒーラーによる治療で治せるものだった。
魔王軍討伐部隊の初陣は、完全な勝利で終える事となった。




