「蛮勇」
迅代はトロールが放った木の即席槍の直撃を受けた。
無論、木の先端はそれほど尖っている訳でも無いので、刺さるような事は無いが、木を投げつけた運動エネルギーが迅代に打ち付けられた。
そのため迅代はその勢いで山肌に叩きつけられた。
『グ、グリン・・・』
脳震盪を起こしかけた迅代は自分のダメージを押して、グリンの事を気に掛ける。
グリンは足場から落ちかけており、なおかつ、敵の弓矢の標的となっている。
グリンの体には3本ほどの矢がすでに刺さっている。
しかし、グリンは痛みを押して必死の形相で、山肌にしがみついている。
このままでは致命傷を食らうか、痛みに耐えきれず転落するかのどちらかだろう。
迅代は意識がもうろうとするが、なんとか回復薬を煽る。
上級の回復薬の効果は絶大で、折れていたかも知れない肋骨辺りの痛みも薄れていく。
『この状況を打開・・・いや、グリンを助けるためには・・・』
迅代は自身に能力強化の魔法をかける。
レベルは低いが、無いよりマシだ。
「ストレングス!」
迅代はダメージから回復し、力がみなぎる感覚を感じる。
そして、足場から飛び出して、山肌を滑り降りる。
その行動は、グリンに射かけられる矢を引き付ける効果も有った。
矢を避けるため、ランダムな軌道で20mほど切り立った山肌を降りていく。
降りて来た迅代を狙ってオークやコボルドが群がってくる。
あと何秒かで武器が届くという距離まで引き付けて、閃光魔法を放つ。
「フラッシュ!」
閃光の不意打ちに、一列目に居る魔物は目が潰された状態っだ。
間髪入れず、向かってきていたオーク1体とコボルド3体をバトルナイフで薙ぎ払う。
腕や胴体を切られた魔物たちは次々と血を噴き出しながら悲鳴を上げ倒れ込む。
迅代も返り血を浴びるが、構わない。
二列目の魔物は、数体まだ目が見えないようだが、オーク1体とコボルド1体は目をしかめながらも襲ってくる。
オークはパワーで押してくる。
装備していている棍棒をやたらと振り回していて、うかつに近づけない。
襲ってきたコボルドのほうは弓兵だったが、弓を捨ててナイフでかかってくる。
オークの攻撃の隙を見て、ナイフのコボルドの刺突を避けて、その腕へ斬り込む。
「ギャウ!!」
コボルドは鮮血を腕から噴き出して転げる。
だが、オークがその隙に迅代をたたき割る体勢で棍棒を振りかぶっていた。
迅代は瞬間ダッシュで瞬時にオークの懐に突進し、バトルナイフを胃の辺りから差し込んだ。
「ズブ!!」
突進によりナイフの8割ほどがオークの体に差し込まれていた。
オークの棍棒は力なく振り下ろされる。
それでも容赦せずに迅代は胃から胸に向けてナイフを切り上げた。
「ギュオオオオオオ!!」
オークは叫びながら大量の血と内臓をぶちまけながら倒れこむ。
血にまみれた迅代は、今度は目が見えていないコボルドに向かって突進する。
止まって膠着すれば不利な体勢が固定化される。
しかしまだ魔物はかなり残っていた。
トロール2体、オーク1体、コボルド6体。
眩しい表情で居るコボルトに迅代は向かったが、その後ろから槍の穂先が迅代の胴体を狙って襲う。
際どい所で避けたが、迅代の左腕に鋭利な穂先がかする。
このまま突進は出来ないと判断し一歩下がる。
さすがに魔物たちも迅代の好きにはさせてくれない。
最後に残ったオークは槍使いのようだ。
すっと、迅代の左腕から血が流れ出る。
槍のオークはコボルド達に指示をして、いったん全員を引かせて、半分を迅代の後ろに回り込ませる。
そして残りのコボルドと自身がフォーメーションを組んで、迅代を仕留めようと言う事らしい。
状況を見て攻撃するべく、その包囲の輪の外で、トロールも木の槍を構えている。
正に迅代が恐れていた膠着状態だった。
迅代の戦闘を隠れて見ていたルーフは考える。
『助ける?』
『らしくねえ』
『らしくねえ・・・』
死にたくないと言っていたグリンの顔を思い出す。
「俺っちらしくねえんだよ」
払拭するように声に出して言い頭を振る。
今度は酒場のキャリルの事が浮かぶ。
『そうだよ、俺はキャリルと・・・』
ルーフは首から下げている袋を取り出す。
中にはキャリルからもらった幸運のお札が入っている。
『キャリルと・・・』
『・・・』
ルーフは中のお札を取り出し、走り書きをして元に戻すと、クロスボウの矢を装填する。
「隊長、グリン、でっかい貸しだぜ」
そう言うと、ルーフは1頭の馬に騎乗し、残りの2頭の馬引き、魔物の包囲に接近する。
そして馬上からクロスボウで最も近いコボルドに向かって撃つ。
「ひゅん!」
そしてルーフは撃ったクロスボウをすぐさま捨てて馬2頭を引き連れて鞭を撃つ。
「はいよお!」
3頭の馬を同時に操作して、迅代の包囲に突撃する。
ルーフが射た鉄矢がコボルドの尻に突き刺さる。
「ギャオ!」
撃ち倒す事は出来なかったが命中だ。
そしてその方向から馬が3頭突撃してくる。
魔物たちも迅代も状況が把握できず、一瞬固まる。
ルーフが精一杯考えた作戦だった。




